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完結章『片恋編』
229「振られちゃったんだね」
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◆◆◆
解放されたのは10日目だった。
久しぶりの外をちょこっとだけ満喫して、俺は急いで不動産屋に駆け込んだ。
とにかく路地裏で、絶対に目立たたなくて、むしろ人が住んでいるのか分からないような物件を探していると、ヤバい人だと思わせるような物件を探しに探しまくった。
家賃6800円、敷金、礼金なし。
激安物件を見つけたのは、2日目。俺は両親に友人の家に住み込みするなんて、嘘をついて、尚希に手続きと保証人になってもらって、簡単な荷物だけもって引っ越した。
保証人が尚希だったため、不動産屋は酷く驚いて、重大な秘密事項なのかと勝手に勘違いして、情報は絶対に秘密にしますとか言われた。
帰ろうと思えば帰れるので、荷物は最低限にした。
築45年以上、2階建て、部屋は風呂無し、シャワー付き、トイレあり、部屋は3畳ほど、一応狭いがキッチンもついていた。必要最低限の家具家電は、俺の返済できる範囲で、尚希が用意してくれた。ちなみに生活費や交通費もお借りした。
外装は半分蔦に覆われて、塗装も剥げているような本当にオンボロアパートで、8部屋ある部屋は現在空室が5部屋もあった。どうやら本年度中に取り壊しが決定したとのことで、住人たちは次の家を探して出て行ったとのことだった。そんな物件を無理言って紹介してくれたのは、俺が少しの間でいいと言ったからで、仮住まいも仮住まいでお借りしたのだ。
尚希に、犬小屋より酷いんじゃないかと言われたが、ここなら絶対に見つからない自信があった。だから即決した。
大学までは遠く離れてしまったが、通えない距離じゃない。俺は片道約1時間以上もかけて通うことに決めていた。
とにかく尚人や由尚に見つからなければいいと、そう、尚人が結婚するまでだからと。天王寺家の三男が結婚したなんてなれば、絶対にニュースになると分かっている、だから、そのニュースを聞くまで我慢するんだと、強く誓った。
佐々木さんにもしばらくあまり会えないと、謝罪した。街中で姿を見られると困ると思ったからだ。
こうして、俺の一人暮らしは、静かに、秘密裏に始まった。
◆◆◆
「尚ちゃん! 久しぶりだね」
姫木の相手をして欲しいとの父の用事を済ませた尚希は、実家に顔を見せた。
もちろん姫木のことは内緒だと、口止めをされているので、ただ素直に尚人に会いに来たのだ。アメリカで勉強中は邪魔しちゃいけないと、尚希も尚政も静かに見守っていたから、会うのは1年ぶりで間違いなかった。
「尚希兄さん、久しぶりである」
「あれ? 尚ちゃん痩せた?」
「そのようなことはない」
心配そうに眉を寄せた尚希に、心配させまいと尚人は微笑んで、変わらないと返事を返したが、抱きしめた感覚が明らかに細かった。
けれど、可愛い弟が困ってしまうといけないと、尚希はそれ以上深追いをやめた。
「尚ちゃんのお店、見てきたよ」
女の子がすごい列作ってたと、尚希が驚きと嬉しい声をあげたが、尚人の表情は一瞬で曇る。あんなに繁盛しているのに、嬉しくないのかなって、尚希の方も顔を曇らせてしまう。
「喜ぶ顔が見れなかったのだ、あのような店、ただの飾りに過ぎぬ」
「尚ちゃん……」
店の名前を聞いたとき、尚ちゃんらしいと、姫ちゃんにはちょっと恥ずかしいかななんて、苦笑しちゃったけど、今はとても悲しく響く。
本当は店を貸し切って、姫木を招待するはずだった。喜んでくれる顔も、美味しそうに食べる顔も、近くで独り占めするつもりだった。姫のために作った店。甘いものが大好きな姫木が喜んでくれるように、全力を尽くした。けれど、それはもう叶わなくなってしまった。
「尚希兄さん、……私はどうすればよいのだ」
肩口に頭を乗せ、尚人が泣きそうなほど細い声で頼ってきた。尚希は姫のことを知っている、何度も助けてくれた、だから助けて欲しいと、尚人は藁にでも縋る気持ちで尚希に弱音を吐き出した。
「姫ちゃんには会ったの?」
「一度だけ」
「振られちゃったんだね」
姫木から彼女が出来たと聞いていたから、尚希は振られたんだと知る。
「私が姫を手放したがゆえに、罰が下ったのだ」
日本に置き去りにしたから、自分は捨てられたという。相手が男ならば、どんな手を使っても取り戻したが、女性では手が出せないと、本音も吐き出す。
姫木は人並みの幸せを掴んだ、それを邪魔する権利は自分にはないと、どうすることもできないのだと、切ない優しさが溢れ出す。
「尚ちゃんはどうしたいの?」
我が儘なんてほとんど口にしたことのない、弟にそれを問う。自分はどうしたいのか、ちゃんと言葉にしてみてと、促す。
「姫の傍にいたい。……姫だけでよいのだ、他には何も望まぬ……」
「それ、本気で言ってる?」
尚希は、姫木以外は何も望まないと言ったその言葉は本心かと問う。本当に、天王寺家の名前も、財産も、家も、家族も要らないのかと、聞く。
家族も要らないのかと問われ、尚人は目を見開いて顔をあげた。兄や両親、祖父を捨てて、姫木の元へ行けるのか? そう聞かれ、答えを失った。
家を捨てることはできる、けれど家族を捨てることなど出来るはずがない。
「……」
言葉を詰まらせた尚人の頭を撫でながら、尚希は優しく微笑んであげる。
「僕たちを捨てないで」
姫ちゃんはとっても大事な人かもしれないけど、僕の事まで捨てないでと、尚希はそっと囁く。
解放されたのは10日目だった。
久しぶりの外をちょこっとだけ満喫して、俺は急いで不動産屋に駆け込んだ。
とにかく路地裏で、絶対に目立たたなくて、むしろ人が住んでいるのか分からないような物件を探していると、ヤバい人だと思わせるような物件を探しに探しまくった。
家賃6800円、敷金、礼金なし。
激安物件を見つけたのは、2日目。俺は両親に友人の家に住み込みするなんて、嘘をついて、尚希に手続きと保証人になってもらって、簡単な荷物だけもって引っ越した。
保証人が尚希だったため、不動産屋は酷く驚いて、重大な秘密事項なのかと勝手に勘違いして、情報は絶対に秘密にしますとか言われた。
帰ろうと思えば帰れるので、荷物は最低限にした。
築45年以上、2階建て、部屋は風呂無し、シャワー付き、トイレあり、部屋は3畳ほど、一応狭いがキッチンもついていた。必要最低限の家具家電は、俺の返済できる範囲で、尚希が用意してくれた。ちなみに生活費や交通費もお借りした。
外装は半分蔦に覆われて、塗装も剥げているような本当にオンボロアパートで、8部屋ある部屋は現在空室が5部屋もあった。どうやら本年度中に取り壊しが決定したとのことで、住人たちは次の家を探して出て行ったとのことだった。そんな物件を無理言って紹介してくれたのは、俺が少しの間でいいと言ったからで、仮住まいも仮住まいでお借りしたのだ。
尚希に、犬小屋より酷いんじゃないかと言われたが、ここなら絶対に見つからない自信があった。だから即決した。
大学までは遠く離れてしまったが、通えない距離じゃない。俺は片道約1時間以上もかけて通うことに決めていた。
とにかく尚人や由尚に見つからなければいいと、そう、尚人が結婚するまでだからと。天王寺家の三男が結婚したなんてなれば、絶対にニュースになると分かっている、だから、そのニュースを聞くまで我慢するんだと、強く誓った。
佐々木さんにもしばらくあまり会えないと、謝罪した。街中で姿を見られると困ると思ったからだ。
こうして、俺の一人暮らしは、静かに、秘密裏に始まった。
◆◆◆
「尚ちゃん! 久しぶりだね」
姫木の相手をして欲しいとの父の用事を済ませた尚希は、実家に顔を見せた。
もちろん姫木のことは内緒だと、口止めをされているので、ただ素直に尚人に会いに来たのだ。アメリカで勉強中は邪魔しちゃいけないと、尚希も尚政も静かに見守っていたから、会うのは1年ぶりで間違いなかった。
「尚希兄さん、久しぶりである」
「あれ? 尚ちゃん痩せた?」
「そのようなことはない」
心配そうに眉を寄せた尚希に、心配させまいと尚人は微笑んで、変わらないと返事を返したが、抱きしめた感覚が明らかに細かった。
けれど、可愛い弟が困ってしまうといけないと、尚希はそれ以上深追いをやめた。
「尚ちゃんのお店、見てきたよ」
女の子がすごい列作ってたと、尚希が驚きと嬉しい声をあげたが、尚人の表情は一瞬で曇る。あんなに繁盛しているのに、嬉しくないのかなって、尚希の方も顔を曇らせてしまう。
「喜ぶ顔が見れなかったのだ、あのような店、ただの飾りに過ぎぬ」
「尚ちゃん……」
店の名前を聞いたとき、尚ちゃんらしいと、姫ちゃんにはちょっと恥ずかしいかななんて、苦笑しちゃったけど、今はとても悲しく響く。
本当は店を貸し切って、姫木を招待するはずだった。喜んでくれる顔も、美味しそうに食べる顔も、近くで独り占めするつもりだった。姫のために作った店。甘いものが大好きな姫木が喜んでくれるように、全力を尽くした。けれど、それはもう叶わなくなってしまった。
「尚希兄さん、……私はどうすればよいのだ」
肩口に頭を乗せ、尚人が泣きそうなほど細い声で頼ってきた。尚希は姫のことを知っている、何度も助けてくれた、だから助けて欲しいと、尚人は藁にでも縋る気持ちで尚希に弱音を吐き出した。
「姫ちゃんには会ったの?」
「一度だけ」
「振られちゃったんだね」
姫木から彼女が出来たと聞いていたから、尚希は振られたんだと知る。
「私が姫を手放したがゆえに、罰が下ったのだ」
日本に置き去りにしたから、自分は捨てられたという。相手が男ならば、どんな手を使っても取り戻したが、女性では手が出せないと、本音も吐き出す。
姫木は人並みの幸せを掴んだ、それを邪魔する権利は自分にはないと、どうすることもできないのだと、切ない優しさが溢れ出す。
「尚ちゃんはどうしたいの?」
我が儘なんてほとんど口にしたことのない、弟にそれを問う。自分はどうしたいのか、ちゃんと言葉にしてみてと、促す。
「姫の傍にいたい。……姫だけでよいのだ、他には何も望まぬ……」
「それ、本気で言ってる?」
尚希は、姫木以外は何も望まないと言ったその言葉は本心かと問う。本当に、天王寺家の名前も、財産も、家も、家族も要らないのかと、聞く。
家族も要らないのかと問われ、尚人は目を見開いて顔をあげた。兄や両親、祖父を捨てて、姫木の元へ行けるのか? そう聞かれ、答えを失った。
家を捨てることはできる、けれど家族を捨てることなど出来るはずがない。
「……」
言葉を詰まらせた尚人の頭を撫でながら、尚希は優しく微笑んであげる。
「僕たちを捨てないで」
姫ちゃんはとっても大事な人かもしれないけど、僕の事まで捨てないでと、尚希はそっと囁く。
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