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完結章『片恋編』

225「俺に犠牲になれって……」

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日曜日だというのに、朝から来客があり、姫木家は物々しい空気に包まれた。
訪ねてきたのは天王寺由尚。

「おっしゃっている意味がよく分からないのですが……」

お茶を出して、家族三人で並んで話を聞き、姫木の父親がそっと尋ねた。

「こちらの勝手でご迷惑をおかけしてしまうことは、大変恐縮ですが、立ち退きをお願いしますと申し上げました」

由尚はこのあたりに高級マンション建設の予定があるので、立ち退きをしてほしいと言ってきたのだ。もちろんご近所数軒、全てにお願いに伺うと追加して。
しかも立ち退き料として10億だすと、現金まで用意してきた。

「そんなにですか?!」
「これは迷惑料でして、新居もご用意させていただきます」
「と、言いますと?」
「ここからは離れてしまいますが、天王寺家所有の土地を提供させていたく予定です」

終始ニコニコと由尚は、隣県に新居と土地を用意するとまで言い出した。両親は突然の話に目を丸くしたが、俺にはどうしてもそれを素直に受け止められなかった。

「陸くんと言ったかな? 大学は少し遠くなってしまうね、良かったら希望の大学への移動や、一人暮らし用の部屋も用意しようか」

まるで俺を天王寺から遠ざけるように、監視下に置くようなものの言い方に、自然と眉間に皺が寄る。はっきりと会わないって言ったのに、ここまでするのかと、裏があるかどうかも分からないのに、憎いとさえ思ってしまっていた。

「突然押しかけてしまって申し訳ない。今日のところは資料だけ置いておきますので、目を通していただけると助かります」

軽く会釈をした由尚は、席を立ち帰っていくが、帰り際にとんでもないことを言い出した。

「陸くんを少しお借りしても構いませんか?」

玄関で靴を履いた由尚は、何を考えているのか、俺と話がしたいと両親に願い出た。

「陸をですか?」
「教育関係の仕事にも多少携わっておりまして、現役大学生の意見を少しお聞きしたいと思いまして」

今どきの学生は何を考えているのか、とか、どんなことに興味があるのか、そんなことを少しだけ聞きたいと、優しく微笑む顔は、天王寺によく似ていた。

「どうかな、陸くん。おじさんの話し相手になってくれないかい?」
「いいですよ」

俺も話したいことがあると、俺は即答でOKを出した。両親は少し心配していたけど、すぐ戻るからと、俺は由尚の車に乗り込んだ。





「俺の手紙、読みましたか?」

リムジンの後部座席で、俺と由尚は向かい合わせで座る。

「ああ、読ませてもらったよ」
「だったら、俺に関わるの、やめてください」

はっきり天王寺とは会わないと言ったし、もう終わったと本人にも言ったと身を乗り出す。

「やはり、昨日会っていたんだね」

顎に手を添えて、由尚は息子に嘘を吐かれたことを悲しく思った。嘘なんか吐く子じゃなかったのに、姫木から悪影響を受けたんじゃないかとさえ、疑う。

「俺はもう、尚人さんとは関わらない。それじゃダメなんですか」
「それでいい。だが、尚人はそうはいかない」
「?」

由尚は、尚希や尚政から姫木への想いを聞いてはいたが、それを認めるわけにはいかないと、完全否定していた。いくら好きでも、相手は『男の子』、やはり天王寺家にとって大スキャンダルは免れない。それに姫木家にも多大な被害と迷惑がかかる。マスコミに追われたり、誹謗中傷の標的になることは目に見えて分かる。天王寺家ならば、もみ消すことなど容易いが、姫木はそうはいかない。そんな標的の的になるようなことにはしたくないのだと、由尚は、打てる手は打つべきだと、別れさせることを選んだ。

「君がここいると知っていれば、尚人は会いに来る」

だから、知らない土地に移ってほしいのだと、先ほどの目論見を素直に話した。しかも姫木の行方は由尚が責任をもって隠すとさえ言って。
見つけられなくなれば、いずれ気持ちも冷めて、いつしか姫木のことも諦めてくれるはずだと予測しての提言。

「もう終わったと、会わないって本人にちゃんと言いました」
「それではダメなんだ」

昨日の尚人の様子からして、諦めきれていないのは一目瞭然だった。どんな手を使ってでもよりを戻そうとするだろうと、由尚は目を細めた。
本当にそこまで入れ込んでいるとは思っても見なかったが、尚希や尚政の言葉は正しかったと、今更実感していた。
あれ程までに落ちた尚人は、見たことがなかったからだ。

「俺に犠牲になれって……」
「そうではない。私は尚人も陸くんも守りたいんだ」
「守るって、どういう意味ですか?」
「そうだね、君にはまだ分からない世界かもしれない」

スキャンダルが公になった後の世界は、まだ誰にも分からないのだと、由尚は苦笑して見せた。父である治尚が尚人の恋を応援するとは言っていたが、おそらく姫木家のことは計算にない。尚人のことはなんとかなっても、姫木家がどうなるのかまでは分かっていない。由尚は世間は冷たいのだと、心を痛める。

「結婚の邪魔なんかしませんから」

姫木が声を荒げていった言葉に、一瞬何のことかと由尚は眉を寄せたが、すぐに自分が仕掛けた嘘だと思い出す。結婚相手がいると言えば、素直に別れてくれると判断した嘘。
結果的に、姫木はそれを信じて別れを決めて、本人にも告げたといった。
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