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完結章『片恋編』

222「お前の優しさなんか、痛みしか、ない」

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だから、連絡もこないし、連絡もしない、そんな勝手な想像をしていた。だけど、違ったんだって、今、分かった。

「……だよな」

怒りなんかじゃなくて、納得したため息が出た。
手紙の最後に、天王寺はどこかの企業のお嬢さんとの縁談が進んでいると記載されていたからだ。
会わなくなって、ようやく悪い夢から覚めたんだと知った。そうだよ、男の俺なんか好きになるはずなかったんだ。全部、全部夢だった……。

「馬鹿……だよ、俺もお前も」

今更目が覚めるなんてさ。
手紙を握る手が震えていた。おまけに滲んだ瞳で文字さえ読めなくなった。なんでこんなに好きになってんだよ! なんで一生離さないとか、愛してるとか、俺しか要らないなんて言ったんだっ。
結局、お前は天王寺なんだよ、ちゃんとしたお嬢様と一緒になるのが正当で、当たり前だろ。
ぐしゃぐしゃになった手紙が、涙と一緒に床に落ちる。

「うっ、……どうして……っ、好きにさせたんだよ」

そんなに簡単に忘れられるなら、初めから諦めろよ……、もっと早く捨てろよ。んで、ずっとずっと愛してくれたんだ。なあ天王寺、お前にとって俺はもう用済みなのか?
金で解決できるほど、簡単な想いだったのか?

「……、金なんて、いらない」

いくら大金を積まれても、気持ちは止まらない。自分は天王寺が好きで、好きで、もうどうしようもないくらい溺れてしまった。それなのに、あいつは忘れた。
大金を用意したのは、きっと俺が一生困らないようにとの配慮だと、優しさなんだと分かっている。天王寺は優しいんだ、そう涙が出るほど優しい。

「お前の優しさなんか、痛みしか、ない」

俺は奥歯を噛んだまま、床に落ちた手紙を踏み潰した。





それからさらに三か月経過した。
俺はお金は受け取れないし、要らないと、お断りの手紙を天王寺のお父さんへ返事を送り、天王寺とは今後一切会うことはないと、それもちゃんと伝えた。

『幸せになれよ』

それだけでいい、最後に伝えてくださいと添えた。
それ以来、天王寺家からは動きがなかったから、俺と天王寺はそのまま自然消滅となった。もちろん火月や水月にもちゃんと知らせたし、俺よりも怒ってくれたけど、これが現実なんだって、これが正しい選択なんだと説得した。
天王寺尚人のことを知らない後輩が何人も入ってきて、火月も水月も卒業に向けて忙しくなって、当然俺もそうで、友人も出来たんだ。
それに、可愛い彼女だってできた。嫌々連行された合コンで知り合った女の子。連絡先だけ交換して、それからたわいもないやり取りや、勉強を教え合ったりしているうちに、意気投合して、そのまま付き合うことになった。
生まれて初めてできた彼女は、本当に可愛らしい人。俺にはちょっと勿体なかった。

「やっぱり混んでるね」

眉を下げて彼女の佐々木美紀が、ごめんねと謝罪してきた。

「はは、女の子ばっかりだね」
「可愛いデザートのお店だからね」

列に並び始めてすでに30分経過。
最近できたと言う、オーダーメイドのデザートカフェに行きたいと、佐々木さんに言われて、甘党の俺は二つ返事でOKを出したが、まさかこんなに混んでるとは思わず、つい苦笑してしまう。
今だ店の入り口が見えてこないほどの列。
佐々木さんの説明だと、なんでもパフェとケーキが自分好みでオーダーできるのだと言う。
アイスやトッピングにとどまらず、フルーツやソースや飾り、スポンジやタルト仕様にも選べるらしい。しかも可愛くて映えると大人気。

「姫木君、今日はやめておく?」

並び始めてから一時間経ったころ、悪いと思ったのか、佐々木さんが申し訳なさそうにひそひそと耳打ちしてきた。

「大丈夫だよ。俺も食べたいし」

甘党の俺がまだまだ待てるよって佐々木さんに言えば、可愛く笑ってくれた。この行列も気になるし、こんなに話題になってたら、一回くらい食べたいだろう。

「ありがとう、姫木君」
「ところで、なんていう名前なの?」

そういえば店の名前聞き忘れてたと、今更なことを尋ねてしまう。

「あ、お店が乗ってる本持ってきたよ」

この間雑誌で特集されていたんだと、佐々木さんはカバンを漁って雑誌を探す。それから数ページめくって、俺にその特集を見せてくれたんだけど、見せられた瞬間息が止まった。
代表取締役で、店のプロデュースをした人物の写真に見覚えがあったからだ。

「……天王寺」

それは約一年ぶりにみる天王寺尚人、その人だった。
写真なのに、相変わらずキラキラしてて、琥珀色の瞳が吸い込まれそうなほど、綺麗だった。

「この人、すごくカッコいいよね。まだ23なんだって、すごいね」

この若さで社長で、素敵なお店まで開業して、他にもスイーツ店をプロデュースしてるんだって、と、彼女は今、海外でも注目されてる人なんだよって教えてくれた。

「……」
「姫木君? どうかした?」

黙ったまま写真に釘付けになってしまった俺に、佐々木さんが覗き込んできたけど、俺はどうしてもその写真から視線を反らせなくなった。
馬鹿だ……、ちゃんと忘れた、もう捨てたのに、好きが溢れて止まらない。胸が締め付けられて、溢れそうになる涙を必死に堪える。特集記事なんか一文字も視界に入ってこないし、すごくすごく遠いところにいる感覚しか襲ってこない。
淡い色のスーツが、透ける綺麗な髪に良く映えて、凛々しい顔が社長なんだと伝えている。

「ひ、姫木君?!」

いつのまにか雑誌に大粒の涙が落ちて、佐々木さんが驚いて声をあげた。
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