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10章『恋慕編』
199「尚ちゃんっ!」
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食料は十分なほど準備してもらったので、浅見が夕食を作ると言い出し、水月と火月がそれを手伝うとキッチンへ向かい、天王寺家兄弟は作戦を考えることにした。
窓がない部屋の為、外の様子は分からないが、少し早めに夕食をとったメンバーは、片付けが終わるとそれぞれ好きな場所に腰かけた。
日本を発った時より、天王寺が気落ちしているのが分かっていた尚政は、自然と天王寺の隣に腰かけた。
それからコップ半分の水を差しだす。
「尚人、心配ない。姫木は必ず取り戻す」
「酷い仕打ちを受けておるのかもしれぬのだぞ」
「その心配はない。王子は姫木を大切にしているようだからな」
「……信じられぬ」
不安で不安で胸が押しつぶされそうな天王寺は、瞳を揺るがせ尚政を見る。手が届かない、声が聞こえない、姿が見えない、何も分からない状況では何も信じられないと。
それと同時に、自分がこの事態を招いたのだと、酷く後悔をしている天王寺は、唇をきつく噛み締めていた。姫木は愛らしく、可愛く、愛しいと知っていて、いつも誰かに連れ去られてしまうのではないかと心配していたのに、目を離してしまった。
だから連れ去られた。全ては自分の落ち度が招いた事態なのだと、天王寺は自分を責め続けた。
それを知ってか、尚政は差し出した水を飲むように勧める。少し落ち着きなさいと促して。
天王寺は尚政の優しさを受け取り、水を飲み干す。少しだけ気分が落ち着いたような気がしたが、コップを尚政に返して5分も経たずして瞼が重くなった。
明らかに意図的な睡魔。
「……尚政、兄さ……ん。……なに、を……」
そこまで口にした天王寺は、そのまま尚政に倒れこむように崩れ落ちた。
誰が見ても不自然な天王寺の様子に、尚希が立ち上がる。
「尚ちゃんっ!」
「心配ない。少し眠ってもらっただけだ」
そう言って尚政は、小さな小瓶を尚希に見せる。
「政兄、それは?」
「以前も姫木のことで眠れなくなったことがあったからな。紗奈に処方してもらったんだ」
「もう驚かせないでよ」
睡眠薬で眠っただけだと説明を受けた尚希は、ほっとして腰を下ろす。情緒不安定になると眠れなくなる天王寺を休ませるために、事前に準備しておいたと尚政が説明すれば、ひとまず全員が息を吐いた。
眠りについた天王寺をそっとベッドに寝かせると同時に、浅見が静かに口を開いた。
「以前から気になっていることがあるのだが……」
そう言って浅見は、水月に視線を合わせる。今日はいろいろあったから、作戦会議は明日からと尚希に言われて、皆そろそろ休もうとしていたのだが、浅見はここでずっと気にかかっていることがあると、つい声を出してしまった。
天王寺が眠っている今なら、静かに話ができるだろうと考えての事だった。
「僕?」
気になることがあると視線を向けられた水月は、自分を指さして首を傾げた。
「いや、姫木のことなんだが」
「陸くん?」
「ああ、火月と水月に確認したいことがある」
重たく口を開いた浅見は、水月だけじゃなく火月にも視線を向けた。幼馴染である二人にどうしても聞いておきたいことがあるのだと。
「なんだよ、改まって」
妙に真剣な表情を向けられた火月が、その緊張感を嫌そうに返答した。
「姫木はモテるのか?」
「陸が? まさか、それはないって」
「なぜ言い切れる?」
「可愛がられるけど、女の子に告白されたことなんて一度もないぜ」
昔から一緒にいるけど、可愛いってよく懐かれはするが、恋愛感情で好きだと想われたことはないだろうと。子犬みたいで可愛いってよく言われていたのを思い出した火月は、どことなく姫木はキャラクター化されていたと話す。
「陸くん、小学生のときと中学生の時に振られてから、大人になってから、恋愛するって言ってたかな?」
水月が中学の時に振られたのがショックだったのか、それから恋の『こ』の字も見られなかったと思い出す。
周りから好かれてはいたけど、それは恋じゃなかったと二人は浅見に言う。
「男から好かれていたということはないか?」
険しい表情のまま浅見は、次の質問をした。女性ではなく男性からと問われ、火月と水月は互いに顔を見合わせる。そして二人は同時に天王寺に視線を向けた。
姫木に恋した男は、天王寺だけだろうと、ついじっと見てしまった。
「陸に恋したのって、こいつだけだろう」
「尚人が初めて……」
「あっ!」
浅見が何かを納得しようとしたその時、水月がいきなり何かを思い出して声を出した。
「水月、どうした?」
「もしかして、アレってそういうことだったのかな?」
手を叩く勢いで、過去を思い出しながら水月は火月の腕を掴んだ。
「アレってなんだよ」
訳の分からない同意を求められ、火月が妙な顔をして水月に言葉を返す。なんとなく興奮気味の水月は、火月に顔を近づけると過去を思い出してと迫る。
「陸くんのいじめだよ」
「いじめ?」
「昔からよくいじめられてたでしょう」
水月に言われて、火月は昔の姫木を思い出す。『姫木』という名前と、小柄で大きな瞳は男の子にしては可愛すぎて、よくからかわれたり、いじめにあっていたと、記憶が蘇る。
酷い奴で抱きついたり、キスを迫ったり、スカートをはかせたりしようとする者までいたと蘇った記憶に、ようやく火月が「あっ」と声を漏らした。
窓がない部屋の為、外の様子は分からないが、少し早めに夕食をとったメンバーは、片付けが終わるとそれぞれ好きな場所に腰かけた。
日本を発った時より、天王寺が気落ちしているのが分かっていた尚政は、自然と天王寺の隣に腰かけた。
それからコップ半分の水を差しだす。
「尚人、心配ない。姫木は必ず取り戻す」
「酷い仕打ちを受けておるのかもしれぬのだぞ」
「その心配はない。王子は姫木を大切にしているようだからな」
「……信じられぬ」
不安で不安で胸が押しつぶされそうな天王寺は、瞳を揺るがせ尚政を見る。手が届かない、声が聞こえない、姿が見えない、何も分からない状況では何も信じられないと。
それと同時に、自分がこの事態を招いたのだと、酷く後悔をしている天王寺は、唇をきつく噛み締めていた。姫木は愛らしく、可愛く、愛しいと知っていて、いつも誰かに連れ去られてしまうのではないかと心配していたのに、目を離してしまった。
だから連れ去られた。全ては自分の落ち度が招いた事態なのだと、天王寺は自分を責め続けた。
それを知ってか、尚政は差し出した水を飲むように勧める。少し落ち着きなさいと促して。
天王寺は尚政の優しさを受け取り、水を飲み干す。少しだけ気分が落ち着いたような気がしたが、コップを尚政に返して5分も経たずして瞼が重くなった。
明らかに意図的な睡魔。
「……尚政、兄さ……ん。……なに、を……」
そこまで口にした天王寺は、そのまま尚政に倒れこむように崩れ落ちた。
誰が見ても不自然な天王寺の様子に、尚希が立ち上がる。
「尚ちゃんっ!」
「心配ない。少し眠ってもらっただけだ」
そう言って尚政は、小さな小瓶を尚希に見せる。
「政兄、それは?」
「以前も姫木のことで眠れなくなったことがあったからな。紗奈に処方してもらったんだ」
「もう驚かせないでよ」
睡眠薬で眠っただけだと説明を受けた尚希は、ほっとして腰を下ろす。情緒不安定になると眠れなくなる天王寺を休ませるために、事前に準備しておいたと尚政が説明すれば、ひとまず全員が息を吐いた。
眠りについた天王寺をそっとベッドに寝かせると同時に、浅見が静かに口を開いた。
「以前から気になっていることがあるのだが……」
そう言って浅見は、水月に視線を合わせる。今日はいろいろあったから、作戦会議は明日からと尚希に言われて、皆そろそろ休もうとしていたのだが、浅見はここでずっと気にかかっていることがあると、つい声を出してしまった。
天王寺が眠っている今なら、静かに話ができるだろうと考えての事だった。
「僕?」
気になることがあると視線を向けられた水月は、自分を指さして首を傾げた。
「いや、姫木のことなんだが」
「陸くん?」
「ああ、火月と水月に確認したいことがある」
重たく口を開いた浅見は、水月だけじゃなく火月にも視線を向けた。幼馴染である二人にどうしても聞いておきたいことがあるのだと。
「なんだよ、改まって」
妙に真剣な表情を向けられた火月が、その緊張感を嫌そうに返答した。
「姫木はモテるのか?」
「陸が? まさか、それはないって」
「なぜ言い切れる?」
「可愛がられるけど、女の子に告白されたことなんて一度もないぜ」
昔から一緒にいるけど、可愛いってよく懐かれはするが、恋愛感情で好きだと想われたことはないだろうと。子犬みたいで可愛いってよく言われていたのを思い出した火月は、どことなく姫木はキャラクター化されていたと話す。
「陸くん、小学生のときと中学生の時に振られてから、大人になってから、恋愛するって言ってたかな?」
水月が中学の時に振られたのがショックだったのか、それから恋の『こ』の字も見られなかったと思い出す。
周りから好かれてはいたけど、それは恋じゃなかったと二人は浅見に言う。
「男から好かれていたということはないか?」
険しい表情のまま浅見は、次の質問をした。女性ではなく男性からと問われ、火月と水月は互いに顔を見合わせる。そして二人は同時に天王寺に視線を向けた。
姫木に恋した男は、天王寺だけだろうと、ついじっと見てしまった。
「陸に恋したのって、こいつだけだろう」
「尚人が初めて……」
「あっ!」
浅見が何かを納得しようとしたその時、水月がいきなり何かを思い出して声を出した。
「水月、どうした?」
「もしかして、アレってそういうことだったのかな?」
手を叩く勢いで、過去を思い出しながら水月は火月の腕を掴んだ。
「アレってなんだよ」
訳の分からない同意を求められ、火月が妙な顔をして水月に言葉を返す。なんとなく興奮気味の水月は、火月に顔を近づけると過去を思い出してと迫る。
「陸くんのいじめだよ」
「いじめ?」
「昔からよくいじめられてたでしょう」
水月に言われて、火月は昔の姫木を思い出す。『姫木』という名前と、小柄で大きな瞳は男の子にしては可愛すぎて、よくからかわれたり、いじめにあっていたと、記憶が蘇る。
酷い奴で抱きついたり、キスを迫ったり、スカートをはかせたりしようとする者までいたと蘇った記憶に、ようやく火月が「あっ」と声を漏らした。
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