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10章『恋慕編』

195「尚希はこの国で何をしているんだ」

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尚希と尚政が到着したのは、どこかの地下駐車場。天王寺と浅見が乗った車と火月・水月の乗った車は途中でいなくなり、到着したのは一台のみ。
不安になった尚政は、尚希の袖を引く。

「……尚希、大丈夫なのか」
「怪しまれないように、尚ちゃんたちと火月ちゃんたちの車は、別の場所に向かわせただけだよ」

後でちゃんと合流するから大丈夫だと、尚希は笑って見せたが、尚政は一応保護者として気が気ではない。

「……尚希」

今まで尚希のことに首を突っ込んだことはなかったが、良くない友達が大勢いるのではと、尚政はここにきて大きな不安に襲われた。だが、尚希は軽い足取りでフェリアスの後をついていく。
案内されたのは、薄暗いが広い部屋。簡易的なベッドや、ソファーがいくつか無造作に置かれ、安いラブホのような広い部屋だった。

「安全な場所って、こんなところしか用意できないわよ」

もっと綺麗なところを用意したかったけど、尚希の要望に応えるならこれくらいしかできないと、フェリアスは申し訳なさそうに口にした。

「寝泊りできれば十分だ。ありがとうフェリアス」
「ナオキにしてもらってることにしたら、大したことじゃない」
「悪いけど、少し力を借りるよ」

尚希はフェリアスに対して、力を借りたいと申し出る。

「もちろん、危険な仕事はお手の物よ」

頼まれたフェリアスは、笑顔で何でも言ってと尚希に返事を返した。それから尚希は天王寺たちがここに合流するのを待って、作戦を練るというと、少し外出してくると告げた。
会いたい人がいるんだとか。
一応変装して尚希が出て行くと、部屋には尚政とフェリアスの二人きりとなった。

「尋ねてもいいか?」

唐突に尚政はフェリアスにそう声をかけた。フェリアスは「どうぞ」と快く受けてくれて、尚政はソファーに腰を下ろした。

「尚希はこの国で何をしているんだ」

さっきフェリアスが言った、尚希にしてもらっていることがあるという台詞がどうにも引っかかったのだ。

「お兄さんなのに、知らないの?」

少し馬鹿にされたように返されたが、実際知らないのでは言い返すことも出来ない。

「すまない」
「ふっ、ナオキがいうように、真面目なお兄さんね」

素直に謝罪した尚政に、フェリアスは知らなくて当然よと返してきた。

「ナオキは、ああ見えて秘密主義者でしょう」
「秘密主義者?」
「決して自分を見せない」

そうでしょう、と同意を求められ、尚政は彼女はよく尚希を見ていると感心した。フェリアスが言うとおり、いつも軽くあしらって、真面目に物事に向き合ってるようには見えない。おそらく母親譲りの客観的というか楽天的思考なのかもしれないが、そのせいでお堅い方々からはあまり良くない印象を持たれる、誤解されやすいのだと、尚政は常に心配しているのだが、尚希にその性格を直す気はゼロ。尚政もそれが尚希らしいと、いつしか諦めてはいた。

「私たちを救ってくれてるの、コレでね」

どこから取り出したのか、フェリアスは小さな石を尚政に投げてよこした。見事にキャッチした石を尚政は不思議に眺める。こんな石で何を救っているのかと、尚政は石とフェリアスを交互に見る。

「この石は?」
「リンディアで採掘される石だよ」
「石の売買でもしているのか、尚希は?」

ポンっと宙に放った尚政は、なんでもないその石に一体何の価値があるのかと、もう一度フェリアスに視線を向ければ、笑っていた。

「庭園に使うんだって、ナオキが言ってたわ」

その台詞に尚政は、ようやく石の存在に心当たりがあったことを思いだす。
造園業や建設関係にも手を広げている天王寺グループで、人気の高い石がある。それは特殊な石で、黒曜石のような輝きをもち、苔や草が生えず、手入れが簡単で、池やエントランスなどに使用すれば漆黒の闇が映し出されとても綺麗な深みを増すと、一部では有名だった。

「この石はこの国で採れていたのか……」
「ええそうよ。でも見つけてくれたのはナオキ」

リンディアに訪れた尚希が、石を見つけ商売にしたとフェリアスは、過去を懐かしむような表情で微笑む。

「私たちにとっては、ただの石。……ナオキのおかげで助かった人が大勢いるのよ」
「それはどういう意味なんだ?」
「仕事を失った下層の人たちに、仕事とお金を与えてくれたの」

尚希はこの国に会社を設立し、生活に困ってる人だけを雇っていると教えられた。きちんと調査をし、本当に困っている人しか雇わないのだと。
小さかった会社も今ではかなり大きくなり、雇える人数も増え、多くの生活困難者がその命を救われてるんだと、フェリアスは尚希には感謝してもしきれないと話した。
知らなかった。尚希が会社を設立したなんて聞いたことはなかった。
おそらく背後に母がいることが憶測でき、企みは二人だけで行われた可能性が大だ。
顎に手を添えた尚政は、自分はどこまで尚希に興味がなかったのか、どれほど無関心であったのかと、自分を悔いた。
だが、その考えはフェリアスによって変えられる。

「知らなくて当然よ。ナオキは自分の名前は絶対に出さないって決めてたから」
「名前を?」
「ええ、あくまでも自分は提案者で資金は出すけど、関わらないって、茶化していたわ」

いつもの何考えてるか分からない笑顔で、テキパキと土地と場所を勝手に決めて、どこから連れてきたのか、現社長をいきなり代表者にして、後はよろしくって消えたと。
関わらないって言っていたが、頻繁に顔を出しては現場の様子を気にしていて、会社が軌道に乗るまで裏で手を回していたのは、みんなが知ってる。本当に優しい人。

「素敵な弟さんね」

フェリアスは尚政にそう言って、今回の事は必ず尚希の役に立つと、フェリアスは強い色を見せた。みんなで恩返しするんだと。
普段真面目なところをあまり見せない尚希の、大人な部分を見たような気がして、尚政は弟を誇りに感じた。時々世界を旅していると耳にするのは、観光ではなくお爺様のように世界の動きを見ているのかもしれないと、尚政は、今度尚希を捕まえてじっくり話をしたいと望んだ。茶化しそうな尚希を真面目にするにはどうすればよいかと、悩みながら。
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