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7章『恋敵編』

147「そういう問題じゃないっ!」

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「私の香りを姫に移したい。この香りが姫に移るまでは離さぬ」
「待て待て、お前の布団でなんか絶対しないからなっ」

こんなお前の香りしかしないところでなんてしたら、俺は完全に溺れちゃう。

「心配せずとも、乱暴にはせぬ」
「そういう問題じゃないっ!」
「さすれば、激しい方がよいと……」
「そうじゃねえ――!」

お前の耳はどうなってんだ、そう叫びたかった俺は迫る天王寺に必死に括られた腕を伸ばし突っぱねる。そういえばさっき、消毒がどうとかっていってたよな、つまり、高城に触られたのが気に入らないってことだろう。
だったら、さっきのキスで終わったはず。

「高城にはキスしかされてないって、ほんと」

だから、これ以上は嫌だと抵抗すれば、天王寺は眉間に皺を寄せて俺を覗き込んでくる。

「私にそれを証明できる証拠はあるのか」
「は、はい?」
「唇以外触られていないという証拠があるならば、今ここで見せてみよ」

真剣そのもので問われた言葉に、俺は何も言い返せなくなった。
そんな証拠あるわけない。そもそもそんなのどうやって証明するんだよ。なんで俺が高城となんか……。
何も言い返せなくなった俺を、天王寺は大きく誤解しくれた。

「やはり、何かあったのだな」

キス以外にも、身体を触られたと勘違いした天王寺の目が冷える。
詳細は身体に問うなどと、とんでもないことを言い出した天王寺に、俺は激しく抵抗。

「何もないってば。本当にキスだけ、悪かったってばぁ」
「その言葉、信じられぬ」
「信じろよ、高城とは何もないって……、っぁ、触んなっ」

身動きのとれない俺の胸に天王寺の手が滑る。

「ここに触れられたりしておらぬのか」

胸の飾りを掠めるように撫でた手が、俺の熱を煽る。

「嫌だッ、……ここは嫌だ。お前のベッドはやだって」

香りが全身に纏わりつく。天王寺に嗅覚まで犯されているみたいで、俺は快楽を引きずり出されるようなわずかに甘い香りに怖くなる。

「姫がそのように拒むのなら仕方あるまい、場所を変えるとしよう」

ベッドに拒絶を見せた俺を再び抱きかかえると、天王寺は広くて、深くて、大きなこれまた淡い緑のソファーへと俺を移動させた。
気にしたこともなかったが、天王寺はグリーンが好きなんだなぁ~、なんて、ぼんやり考えていたら、ソファに寝かせられ、天王寺はやっと俺の拘束を解いてくれた。

「ここならばよいか」

そっと尋ねられ、俺は思わず頷いてしまった。ベッドでもソファーでも、天王寺の好きにさせるなんて、ダメだろう俺。
だが、そう思った時はもう天王寺の濃厚な口づけを受け入れており、俺の抵抗は漏れる吐息で消えていた。






――――――

「なんで……」

構内で姫木を見つけた高城は、天王寺と歩く姿を見つけ足を止めた。
天王寺と姫木は別れたと思っていたのに、並んで歩く姿を目撃し、高城は顔色を白くし、奥歯を噛み締めた。
そんな高城に近づく男が一人。

「姫木には手を出すな」

それは刺すような忠告。
声がした方を見れば、中指で眼鏡を押し上げる顔立ちのいい男が立っていた。

「あんたは、浅見冬至也か」
「高御堂家の人間に名前を知られているなんて、光栄だな」
「天王寺家の影の実力者……」
「それは随分と高評価だな」

浅見家は代々秘書として仕えているだけだと、実力などないと浅見は苦笑してみせた。

「姫木先輩に近づくなっていうのは、忠告、それとも警告ですか」

ただの注意か、それとも脅しか、高城はそれを浅見に問う。それを聞いた浅見は、高城と距離を詰め小さく声を落とす。

「天王寺家を敵に回したくないなら、手を引けと言ったんだ」
「なぜですか、姫木先輩の家はごく普通の家庭ですよ」
「調べたのか? まあいい、姫木に手を出すことは、天王寺家を相手にするということだけ覚えておけ」

浅見はこれ以上姫木に関わるな、二人の仲を邪魔するようなことはするなと、警告する。
だが納得できない高城は、浅見に食って掛かる。

「何者なんですか、姫木先輩は」

もしかしたら自分のように身分を隠しているのかもしれないと、高城は姫木の存在に疑いの視線を向けた。
しかし、浅見は喉で笑うと、どこか楽しそうに表情を和らげた。

「尚人の一番で、そして天王寺家を驚かせた人物」
「天王寺家を?」
「姫木に何かあれば、おそらく天王寺家が黙っていない。それだけだ」

浅見はそう言い残して、そこを去った。
天王寺尚人という人物を恋に落として、感情を与えた唯一の人物、姫木陸。
しかも尚人は家族から愛されており、特に会長が溺愛している。その尚人を悲しませるようなことがあれば、恐らく天王寺家全員が黙っていない。どんな手も尽くすだろうことがわかるだけに、浅見は苦悩を覚える。
姫木は大人しく天王寺家に入るつもりはあるのかと、逃れられない運命に巻き込まれていることに気付いているのかと、姫木の将来と尚人の将来を案じて、浅見はただ一人深いため息を零した。
二人に幸あれと。



8章『星合編』へ続く。

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