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7章『恋敵編』
141「気持ち悪いんだよ!」
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玄関が閉められ、暗い空間に二人だけとなる。
「拭けよ」
早く拭けといった俺の言葉は、聞こえているのか聞こえていないのか、天王寺は微動すらしない。
「風邪引くだろう」
「……頭を冷やしておったのだ」
ようやく声を出した天王寺は、雨で頭を冷やしていたと言った。
そして顔を上げると真っすぐに俺を見つめてくる。
「私を嫌いになったと申したな、その明確な理由を述べよ」
納得できる回答を寄こせと、天王寺は鋭い眼差しを向ける。天王寺を納得させられる答えなんか、俺が導き出せるはずもなく、俺は言葉に詰まる。
「だから、冷めたんだよ」
「そのような理由で、私が了承できると思っておるのか」
「納得しろよ。俺が嫌いになったって言ってるだろう」
嫌いになった理由なんか要らない、嫌いにならなきゃいけないんだって、解ったんだから。だから俺から離れてやるって言ってるのに。
ちゃんと拒絶した、もう一緒に居たくないって、お前が大嫌いになったんだって言ったじゃないか。なんでそれで納得しないんだよ。
睨みつけるように天王寺を見れば、頭に被せたタオルをそのまま床に落とした。
「私のどこが気に入らぬ」
「何もかも全部だ」
「全てが受け入れられぬと、そう言いたいのか」
「そうだよ。お前の全部が嫌いで、気持ち悪いんだよ!」
近くに居るだけで気分が悪くなるほど、嫌いになったと俺は冷酷に言い放つ。
「それでは納得などできぬ」
「お前が納得できなくても、……おい、勝手に上がってくるなっ」
天王寺はびしょ濡れのまま、玄関をあがり俺の腕を掴むと、濡れて冷たい自分へ抱き寄せた。俺までびしょ濡れだ。
抱きしめられた腕は冷たく、俺の体温を奪っていく。
「ならばなぜ泣いておる」
天王寺の切ない声が降る。
俺は怒鳴りながら泣いていたことに気がつけなかった。こんな酷い事言いたくないのにと思う心が、痛んだからかもしれない。
微かな嗚咽を漏らす俺を天王寺はさらに抱きしめる。
「訳を申せ」
「だからさっきから……」
「姫の本心を話すのだ」
全部嘘だと、天王寺は決めつけた。俺が嘘をついていると。
抱きしめる腕に力が入る。なんで放してくれないんだ、傍にいちゃいけないのに、あんなに酷い事いったのに、どうしてまた抱きしめてくれるのか。
どうして分かってくれないんだ。
「嫌いになったんだから、それでいいだろう」
抱きしめられていた腕を振りほどいて、俺はまた声を荒げた。
「その理由はどこにある」
「理由なんかない。もう、一緒に居たくない」
「私は理由もなく、そなたに忌み嫌われるのか」
一歩も引かない天王寺に、俺は感情的になって上着を力任せに掴んだ。納得しろよ、一緒にいちゃいけないって、釣り合わないって分かるだろう。
頭のいいお前なら、理解できるだろうと、俺はむきになる。
「そうだよ、理由なんかない! 俺はお前が嫌いだ、嫌いなんだ」
「姫」
「傍に居たくない、俺は傍にいちゃいけないんだ」
上着を掴んだまま俺は、溢れる涙を見せたくなくて下を向く。
「何ゆえに、傍に居られぬなどと口にするのだ」
「……っう、お前は天王寺家の跡取りで、俺なんかと一緒にいるような奴じゃないんだ」
「どうしたというのだ」
「俺は金持ちでも、地位だってない、ただの学生で、何もない」
溢れだす涙とともに、言わなくてもいいことまでどんどん溢れだして、俺はもう自分が何を言っているのか錯乱していた。
『身分だって違うし、住んでる世界も全然違うんだ』
『俺はお前には相応しくない』
『俺の価値なんてどこにもない』
『素直に諦めろよ、俺なんか捨てちゃえよ……』
『頼むから、もう関わるな……、放っておいてくれ……。頼むから……』
ただ溢れだす言葉が次々と声になり、天王寺はしばらくただ黙って聞いていた。
「お前は、家のためにちゃんと相手を選ばなきゃいけないんだ。俺なんかに構ってる場合じゃない」
「相手とは何のことよ」
「結婚相手だよ。お前なら誰でも選り取り見取りだろ」
誰が見ても美形で、頭脳明晰、欠点なんてどこにもない。俺には完璧にしか見えない、……女性なら誰しもが放っておかないほど、魅力的な存在。
それなのに、俺なんかに惚れるなんて絶対おかしいし、間違っている。
結婚相手を選べと言った俺の腕が掴まれ、顔を上げさせられた。
「本気で言っておるのか」
「俺は相応しくない。お前の迷惑にも足枷にもなりたくないんだって、……解れよ」
「いつ私が迷惑だと口にした、姫が私の足枷になるなど、誰が申したのだっ」
「なるんだよ! 俺はお前の邪魔にしかならないっ……、んんっ……」
強く言い返した俺の口は、天王寺の唇で塞がれた。
腕を引かれ、引き寄せられた俺はそのまま深い口づけを与えられる。
「んっ……、なにす……っんん」
抵抗する俺の腰を抱き、天王寺は離さぬように強く引き寄せて、呼吸ごと唇を奪った。
何か言葉を発するたびに、天王寺は俺の口をその冷たくなった唇で何度も何度も塞ぐ。
分かち合う体温が心地いいと、与えられるキスがとても温かかった。
「拭けよ」
早く拭けといった俺の言葉は、聞こえているのか聞こえていないのか、天王寺は微動すらしない。
「風邪引くだろう」
「……頭を冷やしておったのだ」
ようやく声を出した天王寺は、雨で頭を冷やしていたと言った。
そして顔を上げると真っすぐに俺を見つめてくる。
「私を嫌いになったと申したな、その明確な理由を述べよ」
納得できる回答を寄こせと、天王寺は鋭い眼差しを向ける。天王寺を納得させられる答えなんか、俺が導き出せるはずもなく、俺は言葉に詰まる。
「だから、冷めたんだよ」
「そのような理由で、私が了承できると思っておるのか」
「納得しろよ。俺が嫌いになったって言ってるだろう」
嫌いになった理由なんか要らない、嫌いにならなきゃいけないんだって、解ったんだから。だから俺から離れてやるって言ってるのに。
ちゃんと拒絶した、もう一緒に居たくないって、お前が大嫌いになったんだって言ったじゃないか。なんでそれで納得しないんだよ。
睨みつけるように天王寺を見れば、頭に被せたタオルをそのまま床に落とした。
「私のどこが気に入らぬ」
「何もかも全部だ」
「全てが受け入れられぬと、そう言いたいのか」
「そうだよ。お前の全部が嫌いで、気持ち悪いんだよ!」
近くに居るだけで気分が悪くなるほど、嫌いになったと俺は冷酷に言い放つ。
「それでは納得などできぬ」
「お前が納得できなくても、……おい、勝手に上がってくるなっ」
天王寺はびしょ濡れのまま、玄関をあがり俺の腕を掴むと、濡れて冷たい自分へ抱き寄せた。俺までびしょ濡れだ。
抱きしめられた腕は冷たく、俺の体温を奪っていく。
「ならばなぜ泣いておる」
天王寺の切ない声が降る。
俺は怒鳴りながら泣いていたことに気がつけなかった。こんな酷い事言いたくないのにと思う心が、痛んだからかもしれない。
微かな嗚咽を漏らす俺を天王寺はさらに抱きしめる。
「訳を申せ」
「だからさっきから……」
「姫の本心を話すのだ」
全部嘘だと、天王寺は決めつけた。俺が嘘をついていると。
抱きしめる腕に力が入る。なんで放してくれないんだ、傍にいちゃいけないのに、あんなに酷い事いったのに、どうしてまた抱きしめてくれるのか。
どうして分かってくれないんだ。
「嫌いになったんだから、それでいいだろう」
抱きしめられていた腕を振りほどいて、俺はまた声を荒げた。
「その理由はどこにある」
「理由なんかない。もう、一緒に居たくない」
「私は理由もなく、そなたに忌み嫌われるのか」
一歩も引かない天王寺に、俺は感情的になって上着を力任せに掴んだ。納得しろよ、一緒にいちゃいけないって、釣り合わないって分かるだろう。
頭のいいお前なら、理解できるだろうと、俺はむきになる。
「そうだよ、理由なんかない! 俺はお前が嫌いだ、嫌いなんだ」
「姫」
「傍に居たくない、俺は傍にいちゃいけないんだ」
上着を掴んだまま俺は、溢れる涙を見せたくなくて下を向く。
「何ゆえに、傍に居られぬなどと口にするのだ」
「……っう、お前は天王寺家の跡取りで、俺なんかと一緒にいるような奴じゃないんだ」
「どうしたというのだ」
「俺は金持ちでも、地位だってない、ただの学生で、何もない」
溢れだす涙とともに、言わなくてもいいことまでどんどん溢れだして、俺はもう自分が何を言っているのか錯乱していた。
『身分だって違うし、住んでる世界も全然違うんだ』
『俺はお前には相応しくない』
『俺の価値なんてどこにもない』
『素直に諦めろよ、俺なんか捨てちゃえよ……』
『頼むから、もう関わるな……、放っておいてくれ……。頼むから……』
ただ溢れだす言葉が次々と声になり、天王寺はしばらくただ黙って聞いていた。
「お前は、家のためにちゃんと相手を選ばなきゃいけないんだ。俺なんかに構ってる場合じゃない」
「相手とは何のことよ」
「結婚相手だよ。お前なら誰でも選り取り見取りだろ」
誰が見ても美形で、頭脳明晰、欠点なんてどこにもない。俺には完璧にしか見えない、……女性なら誰しもが放っておかないほど、魅力的な存在。
それなのに、俺なんかに惚れるなんて絶対おかしいし、間違っている。
結婚相手を選べと言った俺の腕が掴まれ、顔を上げさせられた。
「本気で言っておるのか」
「俺は相応しくない。お前の迷惑にも足枷にもなりたくないんだって、……解れよ」
「いつ私が迷惑だと口にした、姫が私の足枷になるなど、誰が申したのだっ」
「なるんだよ! 俺はお前の邪魔にしかならないっ……、んんっ……」
強く言い返した俺の口は、天王寺の唇で塞がれた。
腕を引かれ、引き寄せられた俺はそのまま深い口づけを与えられる。
「んっ……、なにす……っんん」
抵抗する俺の腰を抱き、天王寺は離さぬように強く引き寄せて、呼吸ごと唇を奪った。
何か言葉を発するたびに、天王寺は俺の口をその冷たくなった唇で何度も何度も塞ぐ。
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