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6章『忘却編』
114「何が目的だ」
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―― ガチャ ――
どのくらいそうしていたのか、玄関が開く音が響いた。
姫木が帰ってきたのだ。
「……ただいま」
控えめに声を出した姫木は、ゆっくりとなるべく音を立てないように帰ってくると、シャワーを浴びる。天王寺が体調不良で早退したと聞いたから、きっと寝ていると察して静かに帰ってきたことはわかる。
その後も、姫木は静かに静かに行動をする。
ドアを閉めても、微かに漏れるドライヤーの音が響いてきたのを耳にし、天王寺はベッドから立ち上がっていた。
限界だった。
これ以上、この苛立ちを押さえ込むことはできないと、天王寺は部屋を出る。
「姫木……」
「うわっ、天王寺、……体調は大丈夫なのか?」
薄暗いリビングに姿を見せた天王寺に、姫木は跳び跳ねる勢いで驚きながら、心配する声を発する。
髪を乾かし終わった姫木は、水を飲んで部屋に戻るところだった。
上限スエットのラフな姿。
「具合悪いなら、ちゃんと着替えて寝てないとダメだろう」
明らかに帰ってきたままの姿の天王寺に、姫木はちゃんと寝てないと良くならないと声をかけた。
火月のサッカーの試合を、水月と学校帰りに応援に行くと言ってあったので、ご飯はいらないと言ってあったが、まさか寝間着も着ないで起きているとは思わず、姫木は心配そうに顔をしかめた。
だが、天王寺は黙ったままゆっくりと姫木に近づくと、怒りを表す表情を見せる。
「何が目的だ」
低い低い声がした。
「は?」
「私に近づいた理由を述べよと言った」
黒い塊が口を出る。
天王寺は、自身を蝕む闇を晴らすべく、姫木に迫る。姫木の口を割り、企みを全て話してもらうと決めた。
「……近づくってなんだよ」
「何が狙いだ」
「お前、それ、本気で言ってんのか?」
姫木の瞳が伏せられる。
やはり、後ろめたいことが。天王寺はそれを確信し、目を細めた。
「素直に話せば、逃してやらぬこともない」
ことと次第によっては、黙って見逃してやると、天王寺は持ちかける。
現在、被害はまだ受けていない。よって、天王寺はこのまま消えるがいいと告げる。
「ふざけんなよ」
「何を申す」
「逃さなかったのは、お前の方だろうがっ」
姫木は潤んだ瞳で、天王寺を思いっきり睨み付けた。
「私がそなたを……」
「勝手なことばっかり言いやがって」
握り拳をつくり、姫木は唇を噛み締めた。
勝手に一目惚れして、好き勝手やりやがって、独占欲むき出しで、嫌いだったのに好きにさせておいて、記憶を失くしたから消えろなんて、身勝手過ぎると、姫木はじっと睨む。
「目的は金……」
―― ダンッ ――
とんでもないことを口にした天王寺の言葉を、飲み干したグラスを机に強く置くことで、制止させた。
金が欲しくて近づいたなんて、そんな風に思われたことが、悔しくて切なくて、腹が立つ。
本当に全部忘れて、俺のことも何も覚えていないんだと知った。
「金なんか欲しくないっ!」
「ならば、なんだというのだ」
「う、グッ……」
天王寺は、目的が金ではないと言った姫木の胸元を掴みあげていた。
どうしてこんなにも苛立つのかと、天王寺の腕に力が入り、自然と姫木の首を絞めるような形になる。
なぜ、浅見とは親密にふれ合うのか、なぜ、自分を見ないのか、なぜ、自分は姫木が欲しいなどど思うのか、何もかも分からない。
壁に押しあてた姫木を、少しずつ上に持ち上げる天王寺の表情は、怒りに満ちていく。
「何も目的がなく、私に近づいたと申すのかっ」
「は、離せ……、俺は……」
「何を企んでおるのか、話すがよい」
「だから、何も……」
「これでもしらを切ると」
グッと力を込め、天王寺は姫木の首を締め上げる。
息が、できない。
「――ッ」
「罪は問わぬ」
何もしていないのに犯罪者扱いされ、姫木は自然と涙が溢れた。大きな瞳から落ちた涙に、天王寺の力が抜けた。
なぜ、姫木は泣いている?
締め上げていた腕の力が抜かれ、姫木はズルズルと壁を滑り落ちるように、床に落ちた。
「ゴホッ……ゴホ……っ」
大量の空気が流れ込み、姫木は噎せるように呼吸を整える。なんで、こんな扱いを受けなければいけない。なんで犯罪者だと決めつけられた、お金なんか欲しくないのに……。
信じたくない姫木は、止まらない涙を拭う。
ズキンと胸が痛む。
姫木が泣いている姿が、どうしようもなく苦しい。
あれほどまでに怒りに満ちていた心が、今度は空虚を生む。
無意識だった。
天王寺は腰を屈むと、泣いている姫木に手を伸ばしていた。涙を拭うために。
―― バッシーン ――
伸ばした手は払い除けられ、次に頬に痛みを感じた。
「お前なんか最低で、大嫌いだっ!」
鋭く睨まれ、姫木は逃げるように部屋を出ていった。
頬を叩かれたと気づいたのは、姫木が玄関を出てから。天王寺はそっと叩かれた頬に手を添えると、激しい頭痛に見舞われる。
「な、なんだ……」
割れるような痛み。そして、奇妙な光景が脳裏にちらついた。
『大嫌いだ』
昔、そうどこかでこの台詞を聞いた覚えがある。
それに、この痛み……、どこかで……。
「……特別生徒室?」
断片的に思い出す記憶に痛みを伴い、天王寺は頭を抱えて床に蹲った。
破かれたようなシャツで、必死に胸元を隠す姫木の姿。泣いている。
手を伸ばしたのは自分。だが、その手は姫木に触れる前に止まった。
乾いた音が響き、姫木が逃げていく。
「これは、……なんだ……ぅっ」
頭痛は天王寺を襲い、そのまま意識ごと奪った。
どのくらいそうしていたのか、玄関が開く音が響いた。
姫木が帰ってきたのだ。
「……ただいま」
控えめに声を出した姫木は、ゆっくりとなるべく音を立てないように帰ってくると、シャワーを浴びる。天王寺が体調不良で早退したと聞いたから、きっと寝ていると察して静かに帰ってきたことはわかる。
その後も、姫木は静かに静かに行動をする。
ドアを閉めても、微かに漏れるドライヤーの音が響いてきたのを耳にし、天王寺はベッドから立ち上がっていた。
限界だった。
これ以上、この苛立ちを押さえ込むことはできないと、天王寺は部屋を出る。
「姫木……」
「うわっ、天王寺、……体調は大丈夫なのか?」
薄暗いリビングに姿を見せた天王寺に、姫木は跳び跳ねる勢いで驚きながら、心配する声を発する。
髪を乾かし終わった姫木は、水を飲んで部屋に戻るところだった。
上限スエットのラフな姿。
「具合悪いなら、ちゃんと着替えて寝てないとダメだろう」
明らかに帰ってきたままの姿の天王寺に、姫木はちゃんと寝てないと良くならないと声をかけた。
火月のサッカーの試合を、水月と学校帰りに応援に行くと言ってあったので、ご飯はいらないと言ってあったが、まさか寝間着も着ないで起きているとは思わず、姫木は心配そうに顔をしかめた。
だが、天王寺は黙ったままゆっくりと姫木に近づくと、怒りを表す表情を見せる。
「何が目的だ」
低い低い声がした。
「は?」
「私に近づいた理由を述べよと言った」
黒い塊が口を出る。
天王寺は、自身を蝕む闇を晴らすべく、姫木に迫る。姫木の口を割り、企みを全て話してもらうと決めた。
「……近づくってなんだよ」
「何が狙いだ」
「お前、それ、本気で言ってんのか?」
姫木の瞳が伏せられる。
やはり、後ろめたいことが。天王寺はそれを確信し、目を細めた。
「素直に話せば、逃してやらぬこともない」
ことと次第によっては、黙って見逃してやると、天王寺は持ちかける。
現在、被害はまだ受けていない。よって、天王寺はこのまま消えるがいいと告げる。
「ふざけんなよ」
「何を申す」
「逃さなかったのは、お前の方だろうがっ」
姫木は潤んだ瞳で、天王寺を思いっきり睨み付けた。
「私がそなたを……」
「勝手なことばっかり言いやがって」
握り拳をつくり、姫木は唇を噛み締めた。
勝手に一目惚れして、好き勝手やりやがって、独占欲むき出しで、嫌いだったのに好きにさせておいて、記憶を失くしたから消えろなんて、身勝手過ぎると、姫木はじっと睨む。
「目的は金……」
―― ダンッ ――
とんでもないことを口にした天王寺の言葉を、飲み干したグラスを机に強く置くことで、制止させた。
金が欲しくて近づいたなんて、そんな風に思われたことが、悔しくて切なくて、腹が立つ。
本当に全部忘れて、俺のことも何も覚えていないんだと知った。
「金なんか欲しくないっ!」
「ならば、なんだというのだ」
「う、グッ……」
天王寺は、目的が金ではないと言った姫木の胸元を掴みあげていた。
どうしてこんなにも苛立つのかと、天王寺の腕に力が入り、自然と姫木の首を絞めるような形になる。
なぜ、浅見とは親密にふれ合うのか、なぜ、自分を見ないのか、なぜ、自分は姫木が欲しいなどど思うのか、何もかも分からない。
壁に押しあてた姫木を、少しずつ上に持ち上げる天王寺の表情は、怒りに満ちていく。
「何も目的がなく、私に近づいたと申すのかっ」
「は、離せ……、俺は……」
「何を企んでおるのか、話すがよい」
「だから、何も……」
「これでもしらを切ると」
グッと力を込め、天王寺は姫木の首を締め上げる。
息が、できない。
「――ッ」
「罪は問わぬ」
何もしていないのに犯罪者扱いされ、姫木は自然と涙が溢れた。大きな瞳から落ちた涙に、天王寺の力が抜けた。
なぜ、姫木は泣いている?
締め上げていた腕の力が抜かれ、姫木はズルズルと壁を滑り落ちるように、床に落ちた。
「ゴホッ……ゴホ……っ」
大量の空気が流れ込み、姫木は噎せるように呼吸を整える。なんで、こんな扱いを受けなければいけない。なんで犯罪者だと決めつけられた、お金なんか欲しくないのに……。
信じたくない姫木は、止まらない涙を拭う。
ズキンと胸が痛む。
姫木が泣いている姿が、どうしようもなく苦しい。
あれほどまでに怒りに満ちていた心が、今度は空虚を生む。
無意識だった。
天王寺は腰を屈むと、泣いている姫木に手を伸ばしていた。涙を拭うために。
―― バッシーン ――
伸ばした手は払い除けられ、次に頬に痛みを感じた。
「お前なんか最低で、大嫌いだっ!」
鋭く睨まれ、姫木は逃げるように部屋を出ていった。
頬を叩かれたと気づいたのは、姫木が玄関を出てから。天王寺はそっと叩かれた頬に手を添えると、激しい頭痛に見舞われる。
「な、なんだ……」
割れるような痛み。そして、奇妙な光景が脳裏にちらついた。
『大嫌いだ』
昔、そうどこかでこの台詞を聞いた覚えがある。
それに、この痛み……、どこかで……。
「……特別生徒室?」
断片的に思い出す記憶に痛みを伴い、天王寺は頭を抱えて床に蹲った。
破かれたようなシャツで、必死に胸元を隠す姫木の姿。泣いている。
手を伸ばしたのは自分。だが、その手は姫木に触れる前に止まった。
乾いた音が響き、姫木が逃げていく。
「これは、……なんだ……ぅっ」
頭痛は天王寺を襲い、そのまま意識ごと奪った。
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