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6章『忘却編』

113「金目的って話」

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翌朝、天王寺が起きた時には姫木の姿はなかった。
朝食はいらないと早朝に学校へ向かったと執事に聞かされ、天王寺はどこか寂しい気持ちを味わう。
学校へ行けば姫木に会えるだろうか? 昨夜、間違えたといった人物は誰なのか、天王寺は素直に聞きだしたいと願った。だからこそ姫木を見つけたいと、少し話がしたいと、天王寺はふらりと構内を歩いていたが、ふと「姫木」という響きが耳に入り、そっと足を止めた。
物陰に身を置き、会話する生徒たちの声に耳を貸す。
内容からして、火月の友達のようであった。

「姫木だって、良かったんじゃないのか?」
「バックが怖くて近づけなかったけど、いつもなんか一人っていうか」
「講義もいつも一人だしさぁ」
「そうそう、声かけるとか、自殺行為だったじゃん」
「火月の奴、大丈夫とか言ったけど、全然大丈夫じゃなかったしな」
「声かけたら、『私を通せ』って凄まれたって話でしょう」
「なんで知ってんだよ。……ったく、火月のやついい加減なこと言いやがって」
「金目的って話……」

女性がそう口にした瞬間、天王寺は頭が真っ白になった。
『目的は金』確かにそう聞こえた。
生徒たちの会話はそこまでしか耳に届かなくなり、天王寺は逃げるようにその場を後にした。
その足取りは重く、怒りに満ちて。
しかし、生徒たちの会話はその後も続いており、
女の子の台詞は、

「金目的って話も、これで消えるんじゃない」

と続いていた。

「まったく誰だよ、姫木が金目的で天王寺さんに近づいたなんて言い出した奴」
「どうみても天王寺さんが迫ってた方だよな」
「そうそう、見てるこっちの方が恥ずかしいって」
「けどさぁ、あんなに愛されるとむしろ羨ましいよねぇ」
「なになに、お前、あんな恋に憧れるわけ?」
「まあちょっとはね……。でも、あそこまでは遠慮するわ」
「私も、アレはさすがに無理かも……」
「俺もあそこまでは出来ない自信ある」
「あんたがやったらストーカーよ。天王寺さんだから許されるのよ」
「ひでぇ~、そういうのって差別じゃねえ」
「頼むから犯罪者にはなるなよ」
「あっはは……、マジ勘弁してよ」

生徒たちは冗談を言いながら盛り上がり、火月と一緒に今度姫木に声をかけてみようと話した。
天王寺が距離を置いた姫木に声をかけるなら、今しかないと思ったからだった。





体調が優れない、そう言って天王寺はそのまま早退した。
部屋にこもり、ベッドに腰かけた天王寺は先ほど聞いた台詞をまた思い出す。

『金目的』

確かに耳にした。
今までもよからぬ目的で近づくものもいたが、全て浅見が忠告をし、排除してくれた。しかし、今回は浅見本人から友だと紹介され、危険人物などとも聞いてはいない。

(わからぬ……)

あの浅見を欺けるほど姫木は巧みな罠を張れるというのか? それとも浅見は何か弱みを握られているのか?
いや、浅見に限ってそのようなことはありえない、そう思いなおした天王寺は首を左右に振る。
抜けている記憶が忌々しい。
高校を卒業したところまでの記憶しかない。つまり姫木の記憶が一切ない。しかも姫木は1年、学部も違う。自分と出会い友になるには矛盾がありすぎると、天王寺は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
脳裏に病院と公園の記憶が蘇る。……浅見と一緒だった。

(やはり、冬至也と付き合っておるのか)

違うと否定されたが、状況を整理すれば整理するほどそこへ結びつく。だが、浅見が嘘を述べる訳はないのも承知の上。
それに、姫木に抱く奇妙な感情の説明もつかない。

(私は姫木に……、触れたいのか?)

説明できない感情に揺さぶられ、天王寺は現状がとても心地よいと感じていた。姫木がここへ帰ってくる、姫木と共に食事ができる、一緒に生活している、それがなぜかとても嬉しいと心が弾んでいた。

(しかし、姫木の目的は金であると……)

構内で立ち聞きしてしまった会話。天王寺は眉間に皺を寄せ、ベッドのシーツを強く握りしめる。それは胸の奥から湧き上がる怒り。
こんなにも苛立つことなど、今まで一度だってありはしなかった。悪口を言われても、悪戯されても、腹が立つことなどなかったのに、なぜこんなにも腹が立つのだ。

(姫木、そなたは何者なのだ)

なぜ私はそなたに触れたいなどと思う、そなたと共にいたいと願う……、なぜ、私の心を蝕む。
私はいつ、どのようにそなたに出会った?
今まで友などと呼べる者は、浅見しかできなかった、他に必要だとも考えたこともない。
それなのに、私に浅見以外の友ができた。
近づくものはみな、敬語を使い、私と距離を置き、気遣いをしながら接する。
だが、姫木は違った。

(何を企んでおるのだ)

気さくに接してくる姫木に、疑心が生まれる。
天王寺は、何か裏がある、そう思うことで苛立ちの原因をそこへ繋げ、思考は道を反れていく。

(金銭が目的であると申すのか……)

それは、事実であるのか?
天王寺は冷たい床を見つめたまま、ただ黙ってうつ向いた。
どす黒く渦巻く闇が、天王寺を支配し苦しめる。
こんなにも苦しいのに、どうにもならない闇が深く色を染めていくばかり。
天王寺は、渦巻く黒を纏ったまま、怖いくらい静かに床を見つめていた。
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