116 / 268
6章『忘却編』
113「金目的って話」
しおりを挟む
翌朝、天王寺が起きた時には姫木の姿はなかった。
朝食はいらないと早朝に学校へ向かったと執事に聞かされ、天王寺はどこか寂しい気持ちを味わう。
学校へ行けば姫木に会えるだろうか? 昨夜、間違えたといった人物は誰なのか、天王寺は素直に聞きだしたいと願った。だからこそ姫木を見つけたいと、少し話がしたいと、天王寺はふらりと構内を歩いていたが、ふと「姫木」という響きが耳に入り、そっと足を止めた。
物陰に身を置き、会話する生徒たちの声に耳を貸す。
内容からして、火月の友達のようであった。
「姫木だって、良かったんじゃないのか?」
「バックが怖くて近づけなかったけど、いつもなんか一人っていうか」
「講義もいつも一人だしさぁ」
「そうそう、声かけるとか、自殺行為だったじゃん」
「火月の奴、大丈夫とか言ったけど、全然大丈夫じゃなかったしな」
「声かけたら、『私を通せ』って凄まれたって話でしょう」
「なんで知ってんだよ。……ったく、火月のやついい加減なこと言いやがって」
「金目的って話……」
女性がそう口にした瞬間、天王寺は頭が真っ白になった。
『目的は金』確かにそう聞こえた。
生徒たちの会話はそこまでしか耳に届かなくなり、天王寺は逃げるようにその場を後にした。
その足取りは重く、怒りに満ちて。
しかし、生徒たちの会話はその後も続いており、
女の子の台詞は、
「金目的って話も、これで消えるんじゃない」
と続いていた。
「まったく誰だよ、姫木が金目的で天王寺さんに近づいたなんて言い出した奴」
「どうみても天王寺さんが迫ってた方だよな」
「そうそう、見てるこっちの方が恥ずかしいって」
「けどさぁ、あんなに愛されるとむしろ羨ましいよねぇ」
「なになに、お前、あんな恋に憧れるわけ?」
「まあちょっとはね……。でも、あそこまでは遠慮するわ」
「私も、アレはさすがに無理かも……」
「俺もあそこまでは出来ない自信ある」
「あんたがやったらストーカーよ。天王寺さんだから許されるのよ」
「ひでぇ~、そういうのって差別じゃねえ」
「頼むから犯罪者にはなるなよ」
「あっはは……、マジ勘弁してよ」
生徒たちは冗談を言いながら盛り上がり、火月と一緒に今度姫木に声をかけてみようと話した。
天王寺が距離を置いた姫木に声をかけるなら、今しかないと思ったからだった。
体調が優れない、そう言って天王寺はそのまま早退した。
部屋にこもり、ベッドに腰かけた天王寺は先ほど聞いた台詞をまた思い出す。
『金目的』
確かに耳にした。
今までもよからぬ目的で近づくものもいたが、全て浅見が忠告をし、排除してくれた。しかし、今回は浅見本人から友だと紹介され、危険人物などとも聞いてはいない。
(わからぬ……)
あの浅見を欺けるほど姫木は巧みな罠を張れるというのか? それとも浅見は何か弱みを握られているのか?
いや、浅見に限ってそのようなことはありえない、そう思いなおした天王寺は首を左右に振る。
抜けている記憶が忌々しい。
高校を卒業したところまでの記憶しかない。つまり姫木の記憶が一切ない。しかも姫木は1年、学部も違う。自分と出会い友になるには矛盾がありすぎると、天王寺は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
脳裏に病院と公園の記憶が蘇る。……浅見と一緒だった。
(やはり、冬至也と付き合っておるのか)
違うと否定されたが、状況を整理すれば整理するほどそこへ結びつく。だが、浅見が嘘を述べる訳はないのも承知の上。
それに、姫木に抱く奇妙な感情の説明もつかない。
(私は姫木に……、触れたいのか?)
説明できない感情に揺さぶられ、天王寺は現状がとても心地よいと感じていた。姫木がここへ帰ってくる、姫木と共に食事ができる、一緒に生活している、それがなぜかとても嬉しいと心が弾んでいた。
(しかし、姫木の目的は金であると……)
構内で立ち聞きしてしまった会話。天王寺は眉間に皺を寄せ、ベッドのシーツを強く握りしめる。それは胸の奥から湧き上がる怒り。
こんなにも苛立つことなど、今まで一度だってありはしなかった。悪口を言われても、悪戯されても、腹が立つことなどなかったのに、なぜこんなにも腹が立つのだ。
(姫木、そなたは何者なのだ)
なぜ私はそなたに触れたいなどと思う、そなたと共にいたいと願う……、なぜ、私の心を蝕む。
私はいつ、どのようにそなたに出会った?
今まで友などと呼べる者は、浅見しかできなかった、他に必要だとも考えたこともない。
それなのに、私に浅見以外の友ができた。
近づくものはみな、敬語を使い、私と距離を置き、気遣いをしながら接する。
だが、姫木は違った。
(何を企んでおるのだ)
気さくに接してくる姫木に、疑心が生まれる。
天王寺は、何か裏がある、そう思うことで苛立ちの原因をそこへ繋げ、思考は道を反れていく。
(金銭が目的であると申すのか……)
それは、事実であるのか?
天王寺は冷たい床を見つめたまま、ただ黙ってうつ向いた。
どす黒く渦巻く闇が、天王寺を支配し苦しめる。
こんなにも苦しいのに、どうにもならない闇が深く色を染めていくばかり。
天王寺は、渦巻く黒を纏ったまま、怖いくらい静かに床を見つめていた。
朝食はいらないと早朝に学校へ向かったと執事に聞かされ、天王寺はどこか寂しい気持ちを味わう。
学校へ行けば姫木に会えるだろうか? 昨夜、間違えたといった人物は誰なのか、天王寺は素直に聞きだしたいと願った。だからこそ姫木を見つけたいと、少し話がしたいと、天王寺はふらりと構内を歩いていたが、ふと「姫木」という響きが耳に入り、そっと足を止めた。
物陰に身を置き、会話する生徒たちの声に耳を貸す。
内容からして、火月の友達のようであった。
「姫木だって、良かったんじゃないのか?」
「バックが怖くて近づけなかったけど、いつもなんか一人っていうか」
「講義もいつも一人だしさぁ」
「そうそう、声かけるとか、自殺行為だったじゃん」
「火月の奴、大丈夫とか言ったけど、全然大丈夫じゃなかったしな」
「声かけたら、『私を通せ』って凄まれたって話でしょう」
「なんで知ってんだよ。……ったく、火月のやついい加減なこと言いやがって」
「金目的って話……」
女性がそう口にした瞬間、天王寺は頭が真っ白になった。
『目的は金』確かにそう聞こえた。
生徒たちの会話はそこまでしか耳に届かなくなり、天王寺は逃げるようにその場を後にした。
その足取りは重く、怒りに満ちて。
しかし、生徒たちの会話はその後も続いており、
女の子の台詞は、
「金目的って話も、これで消えるんじゃない」
と続いていた。
「まったく誰だよ、姫木が金目的で天王寺さんに近づいたなんて言い出した奴」
「どうみても天王寺さんが迫ってた方だよな」
「そうそう、見てるこっちの方が恥ずかしいって」
「けどさぁ、あんなに愛されるとむしろ羨ましいよねぇ」
「なになに、お前、あんな恋に憧れるわけ?」
「まあちょっとはね……。でも、あそこまでは遠慮するわ」
「私も、アレはさすがに無理かも……」
「俺もあそこまでは出来ない自信ある」
「あんたがやったらストーカーよ。天王寺さんだから許されるのよ」
「ひでぇ~、そういうのって差別じゃねえ」
「頼むから犯罪者にはなるなよ」
「あっはは……、マジ勘弁してよ」
生徒たちは冗談を言いながら盛り上がり、火月と一緒に今度姫木に声をかけてみようと話した。
天王寺が距離を置いた姫木に声をかけるなら、今しかないと思ったからだった。
体調が優れない、そう言って天王寺はそのまま早退した。
部屋にこもり、ベッドに腰かけた天王寺は先ほど聞いた台詞をまた思い出す。
『金目的』
確かに耳にした。
今までもよからぬ目的で近づくものもいたが、全て浅見が忠告をし、排除してくれた。しかし、今回は浅見本人から友だと紹介され、危険人物などとも聞いてはいない。
(わからぬ……)
あの浅見を欺けるほど姫木は巧みな罠を張れるというのか? それとも浅見は何か弱みを握られているのか?
いや、浅見に限ってそのようなことはありえない、そう思いなおした天王寺は首を左右に振る。
抜けている記憶が忌々しい。
高校を卒業したところまでの記憶しかない。つまり姫木の記憶が一切ない。しかも姫木は1年、学部も違う。自分と出会い友になるには矛盾がありすぎると、天王寺は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
脳裏に病院と公園の記憶が蘇る。……浅見と一緒だった。
(やはり、冬至也と付き合っておるのか)
違うと否定されたが、状況を整理すれば整理するほどそこへ結びつく。だが、浅見が嘘を述べる訳はないのも承知の上。
それに、姫木に抱く奇妙な感情の説明もつかない。
(私は姫木に……、触れたいのか?)
説明できない感情に揺さぶられ、天王寺は現状がとても心地よいと感じていた。姫木がここへ帰ってくる、姫木と共に食事ができる、一緒に生活している、それがなぜかとても嬉しいと心が弾んでいた。
(しかし、姫木の目的は金であると……)
構内で立ち聞きしてしまった会話。天王寺は眉間に皺を寄せ、ベッドのシーツを強く握りしめる。それは胸の奥から湧き上がる怒り。
こんなにも苛立つことなど、今まで一度だってありはしなかった。悪口を言われても、悪戯されても、腹が立つことなどなかったのに、なぜこんなにも腹が立つのだ。
(姫木、そなたは何者なのだ)
なぜ私はそなたに触れたいなどと思う、そなたと共にいたいと願う……、なぜ、私の心を蝕む。
私はいつ、どのようにそなたに出会った?
今まで友などと呼べる者は、浅見しかできなかった、他に必要だとも考えたこともない。
それなのに、私に浅見以外の友ができた。
近づくものはみな、敬語を使い、私と距離を置き、気遣いをしながら接する。
だが、姫木は違った。
(何を企んでおるのだ)
気さくに接してくる姫木に、疑心が生まれる。
天王寺は、何か裏がある、そう思うことで苛立ちの原因をそこへ繋げ、思考は道を反れていく。
(金銭が目的であると申すのか……)
それは、事実であるのか?
天王寺は冷たい床を見つめたまま、ただ黙ってうつ向いた。
どす黒く渦巻く闇が、天王寺を支配し苦しめる。
こんなにも苦しいのに、どうにもならない闇が深く色を染めていくばかり。
天王寺は、渦巻く黒を纏ったまま、怖いくらい静かに床を見つめていた。
10
お気に入りに追加
300
あなたにおすすめの小説
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
少年売買契約
眠りん
BL
殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。
闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。
性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。
表紙:右京 梓様
※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。
【完結】【R18BL】清らかになるために司祭様に犯されています
ちゃっぷす
BL
司祭の侍者――アコライトである主人公ナスト。かつては捨て子で数々の盗みを働いていた彼は、その罪を清めるために、司祭に犯され続けている。
そんな中、教会に、ある大公令息が訪れた。大公令息はナストが司祭にされていることを知り――!?
※ご注意ください※
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【以下特殊性癖】
※射精管理※尿排泄管理※ペニスリング※媚薬※貞操帯※放尿※おもらし※S字結腸※
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる