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5章『偏愛編』

95「絶対天王寺のせいだっ」

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日曜日だというのに電車は満員状態だった。俺たちが降りる駅よりさらに3つ向こうで何やら盛大なイベントをしているとのことで、利用客がめちゃめちゃ増えていたのだ。
朝のラッシュ時のような混雑の中、途中で降りるため俺たちはドアの近くで足を止めた。奥まで進んだら降りられなくなりそうで。

「す、すごいね。……いつもこうなの?」
「いえ、いつもはもっと空いてますよ、……っと」
「姫ちゃん、大丈夫」

人並みに押されて俺がよろけると、尚希が俺を窓側に引き、自分が壁になるように俺を囲ってくれた。俺が他の人に押されないように、潰されないように尚希は正面に立つと、俺を守るようにしてくれた。
そこにいるだけでカッコいいのに、こんなことされたら自然と顔が赤くなる。
しかもこの空間で、この体制、この美貌。注目されないわけがなくて、俺と尚希はいったいどういう関係なのかという視線が痛い。

「Cresciuti fuori non per un po'.」(しばらく見ないうちに大きくなったね)

恥ずかしくて目を伏せていた俺に、唐突に尚希がイタリア語で声をかけてきた。もちろん俺にはさっぱりわからない。だけど尚希は嬉しそうに俺を見ながら、さらに声をかけてくる。

「Grazie per la Guida di oggi e vi ringrazio」(今日は観光案内してくれてありがとうね)
「……?」

何を言われたのか分からない俺に、尚希は笑顔だけ向けてくる。でも尚希が突然イタリア語なんか話したせいで、周りの視線は一気に引いた。たぶん、イタリア語なんてあまり話せる人もいなく、みんな若干の距離を置いたみたいだ。
と、同時に電車が大きく揺れ、俺は必死に壁に手をついた。

「僕に掴まっていいよ。……尚ちゃんだと思っていいから」
「ぇ……」

まさかここで天王寺の名前がでてくるとは思わず、俺は尚希を見上げてしまう。

「どうぞ」
「えっと、その……わッ」

電車が揺れた。俺はとっさに尚希を掴んでしまった。抱きつくように掴まってしまい、なんだか恥ずかしくて俯いてしまう。

(天王寺だと思って……)

そんなことを言われたら、意識してしまう。きっと天王寺がここにいても、尚希と同じことをしてくれたと思うだけに、重なってしまう。


『姫、私から離れるでない』


妄想と現実が入り交じる。天王寺ならきっと俺を片腕にでも抱き寄せ、この人混みから俺を守るんだろうか、誰にも見えないように囲ってくれるかもしれない。そんなことを考え出したら、どんどん顔が熱くなってしまい、俺は完全に下を向いた。
それは電車を降りるまで、俺の熱は引くことはなかった。

「さすがに、ここまでは予想してなかったよ」
「俺も知らなくて……」
「まあ、せっかく来たんだし、入ろうか」

水族館入り口に大きく張り出されていた貼り紙と垂れ幕くに、俺と尚希は変な汗を掻きながら肩を落としていた。



【全面改装工事につき、24日にて閉館させていただきます】
【リニューアルオープンは、今冬予定】



一週間後に閉館を迎えるため、現在公開範囲が狭く、ショーなども執り行われていないとの注意書き。結果的に、半分ほどしか公開されておらず、日曜日なのにお客さんもほとんどいない状態だった。

「……混雑してるよりはいいですよ」

男同士でデートなんかしてるんだから、むしろ人は少ない方がよかったと俺は笑ってみせた。

「薄暗い場所なら、姫ちゃんも恥ずかしくないかなって思ったんだけど」
「そうなんですか」

尚希も尚希なりに考えてくれていたんだと、俺はちょっとだけ感謝した。確かに薄暗いほうが恥ずかしさは軽減されるかもしれないと。

「ちょっと残念だけど、行こうか」
「ぁっ、……あのっ」
「おいで」

尚希は俺の腰に腕を回して、水族館へと入っていく。そうだ忘れちゃいけない、俺は今日恋人を演じないといけないんだった。どこで彼女が見てるかもわからないし。
館内の薄暗い照明に溶け込んだ頃、俺は唐突に思い出して、精一杯の恥ずかしを堪えて尚希の腕に抱きついてみた。

「……姫ちゃん」
「こ、恋人だから……」
「ふふ、そんな可愛いことされちゃうと、お返ししたくなっちゃう」
「……っえ」

腕に抱きついた俺に、尚希はおでこに軽いチュウをしてきた。それはナチュラルに挨拶でもするかのように、ほんと自然に。

「さて、どっちから周る?」

暗くて見えないけど、俺の顔は今絶対に赤いと分かる。なんで男相手で俺はこんなにドキドキして、赤くなってしまうんだろうかと、あり得ない感情にドキドキとともに落胆もした。

(絶対天王寺のせいだっ)

あいつのせいで俺は、おかしくなっちゃったんだ。男にドキドキするなんて、どう考えても全部天王寺のせいだ。俺は赤くなるのも、恥ずかしいのも、鼓動が高まるのも全部天王寺のせいにした。
それから腕を組んだり、手を繋いだりしながら、尚希と俺は客のいない水族館をそれなりに楽しんでいた。

「ちょっとトイレ行ってきます」

巨大な水槽で、回遊する魚たちを眺めていた尚希にそう言うと席を外すと声をかけた。

「それじゃ、飲み物でも買ってくるよ。何がいい?」
「甘いのがいいです」
「了解、この辺にいるから」
「はい、ちょっと行ってきます」

短い会話の後、尚希は飲み物を買いに水族館入り口へ向かい、俺はトイレを探してそこへ向かった。
通路の奥にようやく見つけて、俺は用を済ませ、手を洗い乾燥機で乾かしていたら、誰かが入ってきた。
特に気にすることもなかったのだが、入ってきた人物はいきなり俺の腕を掴むと無理やり個室に連れ込み、鍵をかけ、俺を壁に押し付けてきた。
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