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4章『恋路編』

おまけ『Compleanno』

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『おはようございます』


高級車が校門に到着すれば、登校中だった誰もが道をあけ、頭を下げた。
運転手がドアを開ければ、金髪が朝日に映える天王寺尚人が降りてくる。高身長、容姿は完璧、顔は見とれるほどに綺麗だった。
皆が会釈するなか、尚人は真っ直ぐ前だけを見て歩く。
そう、これが日常の中学の登校姿だった。



構内でも、すれ違う者はみな、進路を譲り、会釈を忘れない。先生ですら会釈を忘れない。
天王寺家の三男である尚人に何かあれば、とんでもない仕打ちが待っていると分かっているからだ。
あくまでも噂だが、会社を潰されたとか、家族がバラバラになったとか、国外へ追放されたとか、怖い噂が後をたたない。よって、皆、当たり障りのない接触をしていた。

「おはよう、尚人」
「冬至也、今朝も変わりないようだな」

教室に入れば、浅見冬至也が尚人を迎えてくれた。幼馴染と言えば聞こえもいいが、冬至也は将来尚人の秘書になることが約束されている関係だ。

「そういえば、もうすぐ誕生日だな」

尚人が席に着けば、浅見がそう声をかけてきた。
何か欲しいものはあるか? そう尋ねた。

「兄さんや両親にも問われたが、私は、今のままで十分である」
「せっかくの誕生日なんだ、欲しいものくらいあるだろう」
「私のために用意したものならば、どれも嬉しいが」

特に欲しいものなどないと、尚人は浅見には言うが、今だかつて、尚人がコレが欲しいと強請ったと聞いたことがなかった。
とはいえ、超お金持ちで、末っ子の尚人はみんなから可愛がられていたので、大概のものは買い与えられている。
中には別荘だってあるくらいだ。
でも、違う。
おそらく浅見だけではない。家族も感じているはずの違和感。
それは、尚人が心から喜んでくれる物を見つけられないのだ。物欲がないのはもちろん、尚人は周りに合わせていく。つまり、その場のソレに満足してしまうのだ。

「尚人、あまり家族を悲しませるなよ」

浅見は家族に同情して一言注意するが、本人は何を言われたのか分からず、奇妙な顔を見せる。

「どういう意味なのだ?」
「何か、欲しいものを言ってやれということだ」
「欲しいものとは?」
「尚人は、何を貰ったら嬉しいんだ?」

変な言い回しをするよりいいかと、浅見はダイレクトに尋ねる。
そうすれば、何故かひどく困った表情を返される。

「どれもこれも嬉しいのだ。それ以上などないであろう」

個人的に欲しいものはなく、頂いたものはどんな物でも嬉しいと、素直に答えてはくれたが、それでは誕生日の意味がないのだと、浅見は眼鏡の位置を正す。

「服やカバンで、気になる物はあるか?」
「皆が選んでくれるもので、十分である」
「食べたいものはあるか?」
「好き嫌いはない、どの食材も食べるに値するが」

お手上げか……。浅見は今年も尚人の欲しいものは見つかりそうもないと、日常使いができそうな物を探すことに決めた。
決して冷めているわけではないが、尚人にとって欲とはなんなのか? たまにそんなことを、浅見は考える。
幼い頃から、お菓子1つ欲しがらず、兄や親に与えられるものだけで満足していた。
喜怒哀楽も控えめで、それが本当かどうかは見極められない。激しい感情を家族でさえ、誰も見たこともないだろう。
浅見は、せめてもう少しわがままでもいいのに、と、わずかに目を細めた。





誕生日当日。

「天王寺くん、良かったらコレ貰って」
「誕生日、おめでとう」
「気に入ってくれると、嬉しいけど」

朝から尚人は女子たちからのプレゼントで、埋まりそうになっていた。


「私のために、用意してくれたのか、心から感謝する」
「ありがたく、受け取らせていただく」
「そなたが選んだものが、無用なものであるはずがない」


プレゼントをくれる女の子に、優しく微笑みながら、尚人は素直に受け取ってくれる。しかも、どれもこれも大切にしてくれると言われ、綺麗な笑みで優しくお礼を言われれば、惚れるのは一瞬だ。
こうして尚人は恋多き乙女たちを増やしていくのだが、告白されると、丁寧に説得力をもって全て断る。


『私たちは未成年であり、社会に出れば、より多くの者たちに巡り合う。私よりも、そなたに相応しい相手が現れる可能性はゼロではない。よって、将来また私と出会うことがあり、気持ちに変化が訪れなかった時は、付き合うとしよう』


こんな感じの台詞を添え、十数年後にまた会おうと言わんばかりの配慮をしていた。
つまり、これが広がって誰も告白をしてこなくなった。
恋する乙女は、みな数年後を夢見ていたが、おそらく時が過ぎれば気持ちも変わる。きっと大人になったころには、尚人のことなどいい思い出になっているだろう。
そんなモテモテの尚人と違い、浅見に近寄るものはいない。モテないわけではなく、クール過ぎて、近寄りにくいのが本音。


『お前ごときが、俺と釣り合うとでも?』


冷ややかに言い放った言葉で、傷つけた女の子は数知れず……。告白の時点で、興味がないとはっきりと言うタイプだ。
つまり、二人とも今まで、彼女なしだ。





「おかえり、尚ちゃん! うわぁ~、今年もたくさんだね」

車のトランクから後部座席まで、ぎっしりと詰め込まれたプレゼントを眺めて、次男の尚希がにっこりと笑った。

「すまぬが、一緒に運んではくれぬか?」
「いいよ。いつもの部屋でいい?」
「感謝する」
「台車回して」

尚希は、運転手に台車を持ってくるように言い付け、尚人とともにプレゼントを別室へと運ぶ。
そこは、広い広い保管部屋。
尚人が今まで、いろんな方から頂いたものを保管してある部屋だ。ガラスケースに入っていたり、棚に並べられていたりと、まるでショップのような室内。

「とりあえず、纏めておくから、尚ちゃんはシャワーね」

大切なプレゼントは、尚希が責任をもって台車から下ろしておくから、本日の主役は早く次の準備をするようにと、ウインクを送った。

「尚希兄さんにそのようなこと……」
「いいの、いいの、尚ちゃんは主役なんだから」
「しかし、……」
「尚ちゃんが帰ってくるの、楽しみにしてるんだよ」

みんな待ってるから早くと、尚希に急かせれ、尚人は深く頭を下げてその部屋を後にした。
それから、豪華な夕食と、何段もあるようなケーキが用意され、祖父、両親、兄弟みんなで尚人の誕生日を祝うことになった。





「尚人や、好きなものはあるか?」

一番に自作のカタログを広げたのは祖父だった。毎年、悩んで悩んでプレゼントを用意するも、飛び跳ねるほど喜んではもらえず、今年は本人に選んでもらおうと考えたのだ。
友人たちの孫は、アレが欲しいとか、入手困難だったりとかで、本当に我が儘で困ると、嬉しそうに話していたが、うちの尚人は我が儘を一切口にしないから、それもそれで悲しいと会話をしたこともあった。
だから、今年こそは自身が欲しい物を貰ってほしいと、祖父は玩具、ゲーム、本、食べ物、土地、島まであらゆる分野を用意した。
プレゼントの選択肢が多すぎて、尚人は一瞬戸惑ったが、お爺様がせっかく選んでくれたのだからと、一通り目を通して、

「これがよいです」
「……誠、それでよいのか?」

と、選んだのは、急須セットだった。
その場にいた皆が、思わずそれでいいのか? なぜそれなのか? と、目を丸くしたが、答えはすぐに分かった。

「お爺様にお茶を煎れます」

尚人は、これを使ってお茶をしたいと言ったのだ。祖父はその優しさに思わず涙が……。
だが、結局それは尚人が欲しい物とは違い、祖父のためであり、なんとも複雑な心境を味わう。
それから、両親がプレゼントを手渡した。

「尚人、私たちからのプレゼントはこれよ」
「また一つ、大人になったな」
「父上と母上、ありがとうございます」

両親が用意してくれたのは、オーダーメイドの衣装。有名デザイナーのオーダーメイドで、帽子や靴、靴下まで一式揃っていた。お値段はとても口にできない。

「尚人、誕生日おめでとう」

そう言いながら、シンプルな細長い箱を手渡したのは、長男の尚政。

「尚政兄さん、ありがとうございます。大切にします」

箱にはシンプルなネクタイと、眩しいほどのダイヤがついたネクタイピン、黒塗りの綺麗な万年筆が入っていた。
正装をする機会が多いため、身に付けるものが一番使ってもらえるため、皆、装飾品を選んでいる。
もちろん、次男も同じ考えで。

「Buon Compleanno(誕生日おめでとう)、 尚ちゃん」

明るく声をあげて、次男の尚希も小さな箱を手渡した。
中身は、見ただけで分かる高級腕時計。

「尚希兄さんもありがとうございます」

頭を下げてしっかりとお礼を述べた尚人に、皆、微笑んではいたが、どこか納得ができず、ほんの少しだけ影を落とす。
今年も心から喜んでもらえるものは渡せなかったと。
もっとはしゃいだり、瞳を輝かせて喜んでくれてもいいのに、尚人はごくごく普通に喜んでくれた。
決して喜んでいない訳じゃないが、それが本当に欲しいものではないと、なんとなく分かってしまうのだ。

「尚ちゃん、車とかのほうが良かったかな?」

まだ中学生だけど、高級車でも用意したほうが良かったかな? と、尚希が苦笑しながら口にした。
男の子ならカッコいい車に興味あるよねと。
今年はかなり悩んで、デザインもものすごくこだわったけど、結局あまり満足してもらえなかったみたいだと、尚希は肩を落としていた。

「車は、免許を入手してからにしていただきたいが……」
「そうだよね、まだ早いか」
「尚希兄さん?」

苦笑いを浮かべた尚希に、尚人は何か気に障ることをしてしまったのだろうかと、首をかしげながら悲しげに尋ねる。
不安な表情を浮かべる尚人に、尚希は慌てて両手を振る。

「ごめん尚ちゃん、そんな顔しないで」
「そんな顔とは?」
「大丈夫、大丈夫、大人になったら、僕がめちゃめちゃカッコいい車買ってあげるからね」

と、尚希はなんとか尚人の曇り顔を払拭すべく早口にそう言ったが、尚人の表情は晴れない。

「尚希兄さんに甘えるわけにはいかぬ」

車くらい自分で購入すると、尚人は尚希に迷惑をかけたくないと口にする。
素直に買ってもらうという選択肢はないようだった。
それが余計寂しい。可愛い、可愛い弟に何かしてあげたいのに、いつも丁重に正論で断られる。
『美味しい?』と尋ねれば『美味しい』と答え、『楽しい?』と聞けば、『楽しい』、『寂しい?』も、もちろん、『寂しい』と、答える尚人。
そこに自我はあるのだろうか? 誰もが素直でいい子だというが、家族にとってその感情はまるで無感情に感じた。





食事が済み、それぞれが解散となった頃、尚希が尚政の元へ姿を見せた。

「今年も惨敗かな……」

苦笑を浮かべて、尚希は同じソファに腰かけた。

「そうだな」
「尚ちゃんって、何をしてあげたら思いっきり喜んでくれるのかな?」

誕生日に限らず、弟が喜んでくれそうなことを結構しているが、以上も以下もなく、いつもこんな感じで終わってしまうと、尚希は本当の笑顔を見せてもらったことがないと、肩を落とした。

「無邪気に笑ったところは、見たことがないな」
「あれは、微笑むというか、作り物だよね」
「いや、尚人はあれで喜んでいるんだろう」

尚政は、他の子供のようにはしゃいだりはしないが、喜んではいると口にする。そうでなければ、眉くらい下げるだろうと。

「尚ちゃん、怒ったりもしないんだよねぇ」

喜怒哀楽が小さいと、尚希はさらに凹む。
確かに僅かに機嫌が悪いときもある、けれど話しかければ普通に接してくれるし、悲しいときはちゃんと涙も見せてくれる。けれど、子供にしては大人すぎる反応で、大声をあげたり、泣き叫んだりもない。

「浅見なら何か知ってるんじゃないのか?」

幼い頃からずっと一緒にいる浅見冬至也なら、気を許して感情を見せているのではないかと、尚政はそれを促すが、尚希はなぜかがっくりと項垂れた。

「それ、確認済みだよ政兄」
「は?」
「こっそり隠し撮り頼んだんだけど、何も撮れないって断られた」

そう、浅見といるときは自然体でいるんじゃないかと、笑った顔を撮って欲しいとお願いしたことがあったが、『尚人は笑わない』と、きっぱり断られたことがあると、尚希は正直に話す。

「笑わないとは、随分な意見だな」

人の可愛い弟に、それは言いすぎだろうと尚政は眉間に皺を寄せたが、尚希が訂正を入れる。

「そういう意味じゃなくて、満面の笑みがみたいってお願いしたの」
「なるほど、そういう意味か」

にっこりと微笑む顔じゃなくて、ちゃんと心から笑う顔が見たかったんだと、尚希はますます暗くなる。
たぶん無邪気な笑顔を見せてくれていたのは、赤ちゃんの頃だけ。物心がつくころには、すでに営業スマイルを身に付けていた。

「全然わかんない!」

両手を頭上にあげた尚希は、弟の感情の沸点がまるで分からないと、お手上げポーズをする。それを横目に尚政も深いため息を吐き出した。

「夢の国にでも、連れていってみるか?」
「あっ、それ、お爺様が実行済み」
「結果は?」
「いつもどおり」

つまり、魔法にもかからなかったということ。こうなるとお手上げに近い。尚人のテンションはどうしたら上がるのか? 二人は天井と床を見つめて固まる。

「面白そうな話をしているな」

無言になった2人に不意に声がかけられ、尚政と尚希はふわりと顔をあげた。立っていたのは父親だった。

「お父様!」

突然現れた父の姿に、尚希が驚いて姿勢を正す。

「私も同席してもよいか」
「構いません」

突然現れた父は、尚政に許可をもらい向かいのソファに座る。そして、二人と同じく眉間に皺を寄せた。

「世間の子供のように、我が儘を言えばよいものを」

軽い息を吐き出しながら、父は末っ子の望みが分からないと、頭を抱える。
おまけに、母にも父にも甘えない、もちろん祖父にも。聞き分けだけはピカイチだった。

「尚ちゃん、女の子にモテるんだけど、そっちも興味ないみたい」

バレンタインなんか、トラックでチョコレート貰ってくるのに、可愛い子とか気になる子はいないの? と聞けば、皆、とても可愛いが、と、ひとくくりで返される。
尚希の口からバレンタインの話が出て、父と尚政も過去の出来事を思い返す。





――――――

『尚人、気になる女の子はいたのか?』

大量にチョコレートが届き、父は頭を撫でながら、好きな子はいるか? そう訪ねてみた。
恋をしてもおかしくない年頃だと。

『皆綺麗で、とても可愛い方ばかりで、私では不釣り合いです』
『恋はしていないのか?』
『私にはよくわかりません』

尚人は『恋』がよく分からないと口にした。尚希がとっかえひっかえ女の子を連れてあるいていたが、尚人は誰かと一緒にいたいとは思わないと話す。

『そうか、尚人にはまだ側に居たいと思える人が現れないのだな』

父は、まだ恋を知らないのだと理解したが、あれほどまでにチョコレートを受け取っておいて、気になる女性もいないとは、少し寂しいとさえ思う。

『お父様、私もいずれ恋をするでしょうか?』
『ああ、尚人なら素敵な恋をする。私が約束しよう』
『本当ですか。それではその日を楽しみにしております』

優しく微笑んだ尚人は、いつか来るその日を心待にしていると言ったが、父は素敵な恋が出来るように神に願った。




――――――

『めずらしいな、部屋から出てこないとは』

バレンタインの翌日、尚人が朝から部屋に籠ったままだと執事に言われ、様子を見に行けば、机に向かって真剣に何かを書いていた。

『尚政兄さん、申し訳ありません』
『叱っているわけではない、体調でも悪いのかと見に来ただけだ』

昼食にもこないと言われたので、尚政が部屋まで来たのだ。

『本日は、済ませておかなければならぬことがあり、夜までは部屋を離れられません』

尚人は片手にペンを持ったまま、尚政に頭を下げると、再び机に向かってしまった。
勉強でもしているのかと、そっと覗けば誰かに手紙を書いていた。

『もしや、ラブレターか?』

机に広げられていた一通の可愛らしい手紙が視界に入り、尚政はその手紙に返事を書いていると分かった。
尚人に恋の相手ができた、尚政はつい口角を緩めて微笑んでしまったが、視線を逸らせば、可愛らしい手紙の山が床に置かれた箱にどっさり入っていた。

『恋文の返事を書いております』

その返事に、尚政は額に汗を浮かべる。

『まさか、全てに返信しているのか?』
『宛先が判明しているものだけですが』
『メッセージカードを送るのは、駄目なのか?』

お礼の手紙を送りたいのなら、一人一人に手紙を送るのではなく、メッセージを印字して、それを郵送すればよいのではと尚政が伝えるが、尚人はそっと首を振る。

『私の事を想って書き留めた文である、想いに答える義務があります』

頂いた想いにはちゃんと答える義務があると、尚人は再びペンを走らせる。

『尚人、そういうのは本命だけでよいのだぞ』

全ての人に文を返すなど、途方もない作業だと言う。アイドルだって受け取るだけだと付け加えて。
だがしかし、尚人は難しい顔をして顔をあげた。

『本命はおりませぬ、よって平等をとっております』
『なら、せめて気になる女の子だけでは、駄目か?』
『皆、優しい方です』

本当に好きな子はいないようだと、尚政は口許を震わせながら、

『皆の顔も覚えているのか?』

恐る恐る尋ねた。
すると眉が下がり、珍しく尚人は僅かに肩を落とす。

『誰も思い出せません。私の目に止まるような方に出会えません』

プレゼントを持ってきた女の子は、みんな可愛くて綺麗だった、記憶にはそれしか残っておらず、表情や髪型さえも虚ろだと正直に話す。
父と母は、出会った瞬間に互いに惹かれたと聞いてはいたが、尚人にはまた現れないと視線まで下がる。
恋に興味がないわけではなく、両親の出会いのように、運命の人を探しているのかと、尚政はそっと頭を撫でてあげた。

『心配はない、尚人にも必ず運命の人が現れる』
『それは、私が大人になったらですか?』
『それは分からない。赤い糸の長さは誰にも分からないからな』
『赤い糸?』
『目には見えないが、小指の先に結ばれているとされていて、繋がる先は運命の人だと言われている』

尚政が説明すれば、尚人は小指をじっと眺めた。この指に結ばれている糸あり、その先に求める人がいる。まるでお伽噺だったが、尚人はそれを信じた。

『尚政兄さん、ありがとうございます。赤い糸の方に出逢えるのを楽しみにしております』

表情を明るくした尚人は満足したのか、再び机に向かった。
それを見届けた尚政は、どうか弟に素敵な運命の人をお願いしますと、天に祈った。






父親も尚政もそんなやりとりをしたことを思いだし、互いに額を押さえた。

「どうかしたの、二人とも?」

突然同じポーズをとり、尚希が慌てて声をかければ、二人から同じ台詞が飛び出した。


『神に祈る』


と。

「なになに、どういうこと?」
「尚人の幸せは、神に託すと言うことだ」

身を乗り出した尚希に、父親が返答し、尚政もまた大きく頷いた。

「それって、僕達じゃ幸せにしてあげられないってこと?!」
「いや、尚人は今のままで幸せなんだ」
「お父様?」
「尚希には不幸せに見えるのか?」

父親は、現状の尚人をどう思うと聞く。特に不満もなさそうだし、つまらなそうでもない。かといって、寂しそうでもない。

「そうは見えません」
「尚人は今の現状で満足している、ただ興味を引くものに出会えてないだけだ」

何か興味をひく何かに出会えれば、きっともっと嬉しそうにしてくれるはずだと、父親が尚希に話せば、尚政が顔をあげた。

「今度、街へ誘ってみよう」

流行りのものや、美味しい食べ物が日々変化している街へ行けば、何か興味をひかれるものもあるかもしれないと提案すれば、尚希が瞳を輝かせる。

「僕も連れてってね」

尚ちゃんとデートするんだと、尚希のテンションが上がる。
そして、男四人でのお出掛けが実行されたのだが、

「尚希、お前がはしゃいでどうする?」

帰宅後に尚政が、一番楽しそうだった尚希にため息を吐く。

「私も買いすぎてしまったな」

ついで、父親も久しぶりの買い物に気分があがって、うっかり衝動買いをしてしまっていた。

「ごめん、政兄」

尚希と父親は反省の色を伺わせながら、深いため息を吐き出した。
結局、尚人はいつもと変わらない様子だったからだ。
流行りのドリンクを与えても、カッコいい服を選んでも、美味しいものを食べても、『嬉しいです』の一言で返され、終始微笑んでいたのが記憶に新しい。
もっと子供らしくはしゃいだり、満面の笑みを浮かべたり、何か欲しいとねだったりもなく、いつもと変わらないその様子に、三人は、


『尚人を喜ばせるには、どうしたらいいんだ』


と、嫌な頭痛を覚えながら、本日一番はしゃいでしまったと、反省だけが残った。



おしまい





――――――
【お知らせ】
※『独占欲の花束』は、続編が存在しますが、4章でハッピーエンドのため、ひとまず完結とします。
続きが気になる方がいましたら、忘れた頃にまたお会いしましょう♪
お読みいただき、本当にありがとうございました。
ちなみに、別サイトでもゆっくり、まったりと掲載中です。
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