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4章『恋路編』
80「全て私の責任だ」
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尚政は尚希の隣に座ると、長い足を組んで険しい表情を作った。
「姫木君とは事件以来だな」
「あの時は、ご迷惑をおかけしました」
「いや、あれはこちらの問題だ。君が謝罪する必要はない」
あくまでも俺は巻き込まれただけで、当然のことをさせてもらったまでだと、尚政は軽く頭を下げた。
「でも、いろいろしていただいて、ありがとうございました」
病院の治療費や通院費、病院までの送り迎え、多額の慰謝料まで払われそうになったけど、両親と俺で全力で断った。大した怪我もせず、無事戻ってきたのだから、そこまでしてもらわなくても大丈夫だと。
テレビで見たことあるような、真っ黒いスーツケースに押し込まれていた札束には、家族全員で真っ青になったのを覚えている。かすり傷程度でこんな大金をいただくわけにはいかないと、なぜかこっちが必死に頭をさげてお引き取り願ったのだった。
実際にこの目で大金を目の前にすると、人は怖いと思うのだとこの時初めて知った。
父さんと母さんから、すごい友達を作ったんだなと、驚かれたが、さすがに言い寄られているとは言えず、俺は自慢げにすごいだろうと苦笑いを返すので精一杯だった。
そんな出来事を思い出してしまい、俺の口元はピクピクとひきつったが、目の前に座る尚政は一度大きく息を吸うと、息とともに言葉を出した。
「尚人がこうなってしまったのは、全て私の責任なんだ」
瞼を伏せ、眉間に深い皺を寄せた尚政は、後悔の言葉を吐き出した。それって尚政が何かしたってことなのか、俺は全然分からない経緯に顔を曇らせた。
しかも隣に座る尚希も難しい顔をしており、何かを聞ける状態ではなく、俺の方がどうしていいのか分からなくなってしまう。
わずかな沈黙が訪れ、尚政が足を崩して両肘を腿に乗せて頭を抱えるように俯く。
「私があんなことを言わなければ、尚人はこんなことにはならなかった」
「……?」
俺には全然分からない原因に、自然と頭を傾げた。それから尚政は重たい口を開くと、こうなった経緯を話してくれた。
それは酷く後悔を含ませて。
時間にして一時間も経っていないが、俺はとても長い時間に感じていた。
全てを話終えた尚政は、項垂れるようにまた頭を抱えた。
「全て私の責任だ」
押し出すように出した声は、重たく冷たかった。
正直俺はなんて声をかけていいかわからなかった。俺と『別れろ』と言われたくらいで、なんでこんなことになったんだ? そもそも付き合ってもいないし、恋人なんて仲でもたぶんない。
事件だって別に天王寺が悪い訳じゃないし……、それに、卒業したらもう会わないだろう。天王寺は自社の会社を継ぐと聞いた。つまり社長になるんだから、俺なんかと会うわけがないんだ。
2つ上の天王寺とは卒業時期は違うが、俺だって卒業したら就職して、ちゃんと将来に向かって進むんだし、天王寺とのことは苦い青春の思い出に過ぎない。
それぞれの道に進むだろう未来は、遠くて近い。
『愛しておる』
ふと聞こえた天王寺の残像。俺はハッとした。
天王寺が口にするそれは、俺には冗談にしか聞こえてなかった。その言葉が、何故か今重くのし掛かる。
優しく笑ってくれた顔が思い浮かび、俺は1人で頬を染めてしまう。
違う、あんなのただの気も迷い。だって天王寺はグループを背負う、後継者だろう。男の俺と付き合うとか、恋人になるとかあり得ない。
この際だからはっきりさせておかないといけないと思った俺は、いきなり身を乗り出した。
「確認なんですけど、俺は天王寺の友達です」
何か誤解されていると困ると、俺は友達を強調する。
が、それに驚いたのは尚政だった。
「将来を誓い合っているのではないのか」
「ち、違います」
「ではまだキスもしていないと」
「えっと、それはその……」
なんでそんなところツッコむんだぁ~と、内心で叫びながら俺は返答に困った。
顔から火が出る。いや、その、キスはもう何度か……って、いやいや、あれはその天王寺が勝手に……。というか、キス以上のことも。
うわぁぁぁ──!
何思い出してんだ俺。
真っ赤になった顔を隠すため、俺は無言で俯く。そしてそこへ油を注ぐは尚希。
「キスなんて可愛いよね、二人はもっと濃密な……」
「尚希さんっ!」
俺はソファを立ち上がり、尚希を睨む。
「もう姫ちゃんってば、可愛い」
むきになって怒る俺を、尚希は顎に手を添えて楽しそうに眺めてくる。
「尚希。で、二人はどこまでの関係なんだ」
明らかに何かを知っている尚希に向き、尚政はそう尋ねた。
イタズラに笑った尚希は、なぜか俺に視線を向けてくる。
「友達だって、本気で思ってるの姫ちゃん」
「そ、それは……、その……」
いろいろ知ってしまっている尚希から見れば、俺たちはきっと友達以上だ。
けど、分からないんだ。正直、恋人なんて関係なのかどうかもあやふやで、俺は友達だと自分に言い聞かせてきた。同性なのに恋人とか考えられないし、恋人になった覚えもない。だったら、やっぱり友達でいいんじゃないかって普通思うだろう。
「少なくとも尚ちゃんは違うよね」
「尚希、私にも分かるように説明しろ」
「んー、説明したいんだけど、姫ちゃん次第で変わっちゃうんだよねぇ」
尚希は困ったように頭を掻きながら、尚政と俺を交互に見る。俺が友達だと認めれば、友達。恋人だと認めれば、恋人。
俺の返答次第で回答を決めているようだった。
「姫木君とは事件以来だな」
「あの時は、ご迷惑をおかけしました」
「いや、あれはこちらの問題だ。君が謝罪する必要はない」
あくまでも俺は巻き込まれただけで、当然のことをさせてもらったまでだと、尚政は軽く頭を下げた。
「でも、いろいろしていただいて、ありがとうございました」
病院の治療費や通院費、病院までの送り迎え、多額の慰謝料まで払われそうになったけど、両親と俺で全力で断った。大した怪我もせず、無事戻ってきたのだから、そこまでしてもらわなくても大丈夫だと。
テレビで見たことあるような、真っ黒いスーツケースに押し込まれていた札束には、家族全員で真っ青になったのを覚えている。かすり傷程度でこんな大金をいただくわけにはいかないと、なぜかこっちが必死に頭をさげてお引き取り願ったのだった。
実際にこの目で大金を目の前にすると、人は怖いと思うのだとこの時初めて知った。
父さんと母さんから、すごい友達を作ったんだなと、驚かれたが、さすがに言い寄られているとは言えず、俺は自慢げにすごいだろうと苦笑いを返すので精一杯だった。
そんな出来事を思い出してしまい、俺の口元はピクピクとひきつったが、目の前に座る尚政は一度大きく息を吸うと、息とともに言葉を出した。
「尚人がこうなってしまったのは、全て私の責任なんだ」
瞼を伏せ、眉間に深い皺を寄せた尚政は、後悔の言葉を吐き出した。それって尚政が何かしたってことなのか、俺は全然分からない経緯に顔を曇らせた。
しかも隣に座る尚希も難しい顔をしており、何かを聞ける状態ではなく、俺の方がどうしていいのか分からなくなってしまう。
わずかな沈黙が訪れ、尚政が足を崩して両肘を腿に乗せて頭を抱えるように俯く。
「私があんなことを言わなければ、尚人はこんなことにはならなかった」
「……?」
俺には全然分からない原因に、自然と頭を傾げた。それから尚政は重たい口を開くと、こうなった経緯を話してくれた。
それは酷く後悔を含ませて。
時間にして一時間も経っていないが、俺はとても長い時間に感じていた。
全てを話終えた尚政は、項垂れるようにまた頭を抱えた。
「全て私の責任だ」
押し出すように出した声は、重たく冷たかった。
正直俺はなんて声をかけていいかわからなかった。俺と『別れろ』と言われたくらいで、なんでこんなことになったんだ? そもそも付き合ってもいないし、恋人なんて仲でもたぶんない。
事件だって別に天王寺が悪い訳じゃないし……、それに、卒業したらもう会わないだろう。天王寺は自社の会社を継ぐと聞いた。つまり社長になるんだから、俺なんかと会うわけがないんだ。
2つ上の天王寺とは卒業時期は違うが、俺だって卒業したら就職して、ちゃんと将来に向かって進むんだし、天王寺とのことは苦い青春の思い出に過ぎない。
それぞれの道に進むだろう未来は、遠くて近い。
『愛しておる』
ふと聞こえた天王寺の残像。俺はハッとした。
天王寺が口にするそれは、俺には冗談にしか聞こえてなかった。その言葉が、何故か今重くのし掛かる。
優しく笑ってくれた顔が思い浮かび、俺は1人で頬を染めてしまう。
違う、あんなのただの気も迷い。だって天王寺はグループを背負う、後継者だろう。男の俺と付き合うとか、恋人になるとかあり得ない。
この際だからはっきりさせておかないといけないと思った俺は、いきなり身を乗り出した。
「確認なんですけど、俺は天王寺の友達です」
何か誤解されていると困ると、俺は友達を強調する。
が、それに驚いたのは尚政だった。
「将来を誓い合っているのではないのか」
「ち、違います」
「ではまだキスもしていないと」
「えっと、それはその……」
なんでそんなところツッコむんだぁ~と、内心で叫びながら俺は返答に困った。
顔から火が出る。いや、その、キスはもう何度か……って、いやいや、あれはその天王寺が勝手に……。というか、キス以上のことも。
うわぁぁぁ──!
何思い出してんだ俺。
真っ赤になった顔を隠すため、俺は無言で俯く。そしてそこへ油を注ぐは尚希。
「キスなんて可愛いよね、二人はもっと濃密な……」
「尚希さんっ!」
俺はソファを立ち上がり、尚希を睨む。
「もう姫ちゃんってば、可愛い」
むきになって怒る俺を、尚希は顎に手を添えて楽しそうに眺めてくる。
「尚希。で、二人はどこまでの関係なんだ」
明らかに何かを知っている尚希に向き、尚政はそう尋ねた。
イタズラに笑った尚希は、なぜか俺に視線を向けてくる。
「友達だって、本気で思ってるの姫ちゃん」
「そ、それは……、その……」
いろいろ知ってしまっている尚希から見れば、俺たちはきっと友達以上だ。
けど、分からないんだ。正直、恋人なんて関係なのかどうかもあやふやで、俺は友達だと自分に言い聞かせてきた。同性なのに恋人とか考えられないし、恋人になった覚えもない。だったら、やっぱり友達でいいんじゃないかって普通思うだろう。
「少なくとも尚ちゃんは違うよね」
「尚希、私にも分かるように説明しろ」
「んー、説明したいんだけど、姫ちゃん次第で変わっちゃうんだよねぇ」
尚希は困ったように頭を掻きながら、尚政と俺を交互に見る。俺が友達だと認めれば、友達。恋人だと認めれば、恋人。
俺の返答次第で回答を決めているようだった。
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