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2章『狂恋編』

38「おいで」

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どこへ向かっているのかは分からなかったが、車中で俺は天王寺の印象を軽く聞かれつつ、ついでに天王寺のことも少しだけ聞かされた。
顔立ちはさすがは兄弟というべきか、やはり似ている。だが、言葉遣いや性格が違うことに違和感を覚えたが、その答えは意外にもあっさりと解明した。

「尚ちゃんは、おじいちゃん子だからね」
「おじいさんと暮らしてるんですか?」
「そう、僕は幼い頃からお母さんについて行って、海外暮らしだったんだけど、さすがに二人の子供を連れてお仕事は難しいって、おじいさんに預けられてたんだ。ちなみに長男はお父さんに連れていかれたんだけどね」
「もしかして妙な話し方って、おじいさん譲りだったり……」
「ピンポーン、正解。尚ちゃんてば現代っぽくないでしょう」

そう言いながら、尚希はクスッと笑って見せる。確かに言葉遣いが変わっているとは思ってはいたが、そんな経歴があったことにちょっと驚いたが、言われてみれば古風な話し方をするなぁ~と思い出して、俺もつい笑ってしまった。

「時々恥ずかしい台詞とか普通に言いますよね」
「そうそう、聞いてるこっちが恥ずかしいよね」
「ですよね」

俺と尚希は天王寺の話題で意気投合しながら、会話を楽しんだ。
どのくらい走ったのだろう、めちゃめちゃ大きなホテル正面に車を留めた尚希は、

「着いたよ」

そう言って、車から降りた。
従業員がすぐにやってきて、綺麗な会釈をしながら「お待ちしておりました」と丁寧な挨拶をし、別の人が助手席のドアを開けてくれた。

「どうぞ」

俺にまで会釈をして、車から降りるように促す。なんだかお金持ちになったみたいだったけど、恥ずかしい。俺はそそくさと車を降りると、つい辺りを見回してしまう。
だって、こんな高価そうなホテルなんて来たことないんだから。
入り口がすでにゴージャスすぎて、普通の恰好の俺はなんだか居たたまれない。

「おいで」

優しく声をかけてくれた尚希は、俺の背中を軽く支えながらホテルの中へと案内してくれる。エントランスに入れば、支配人が従業員を従えて深々と頭を下げる。
何これ? 映画のワンシーンですか? とツッコミを入れたくなる光景。
ホテルのロビーは煌びやかで、華やかな花が巨大な花瓶に飾られ、高そうな絨毯が敷かれ、天井にはもちろんシャンデリア。絵画なんかもたくさん飾ってあり、ホテルマンの制服も清楚ながらも豪華な装飾がしてあった。
あまりの豪華さに唖然としている俺は、完全に別世界に迷い込んだ小さな猫。少々の怯えを含ませた顔で辺りを見回していると、尚希が優しく笑ってくれた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「……でも」
「尚ちゃんの事を聞かせてくれるお礼に、食事をご馳走するよ」

さあおいでと、優しくエスコートしてくれる尚希に、俺はただついていくしかできなかった。ホテルの正面を抜け、どんどん奥へと案内され、小さなエレベーターにたどり着く。

「スイートルーム直通のエレベーターだよ」

微笑む尚希がそう説明してくれたが、俺はホテルの豪華さや従業員の態度などでもう胸はいっぱいいっぱいで、ただただ尚希に言われるがままエレベーターに乗り込む。
どんどん上昇するエレベータと一緒に、俺の鼓動も早くなる。
最上階に到着すると、尚希が豪ジャスな部屋の扉をカードキーで開ける。

「さあ、入って」

促されて部屋に入った俺は、目の前に広がる光景に驚きと嬉しさで胸が高鳴った。ここがホテルの一室だとは全然想像もできないほど広く、全面ガラス張りに近い窓は、空と眼下に広がる街を絵画のように見せていた。
こんなところ来たこともない俺は、驚きと感動で窓に歩くと呆然と外を眺めた。

「どう、気に入った?」
「す、すごい。俺こんな部屋、初めてで」

テンションが上がり、俺は尚希に振り向くと子供の様にはしゃいでしまった。何もかもが豪華で、煌びやかで、華やかで、一生に一度くらいはこんなところに泊まってみたいと思う部屋。
キラキラ全開の俺に、尚希はゆっくりとソファーに腰かけながら、クスクスと笑い出すと優しい笑みをくれる。

「尚ちゃんに連れてきてもらったりしないの?」

尚希は、てっきり天王寺にこういうところに連れてきてもらってたりするのではないのかと尋ねた。

「ないですよ」
「へぇ~、そうなんだ」

俺の回答に尚希は不思議そうな顔をしてみせたが、すぐに柔らかな表情へ戻し「ご飯にしようか」と部屋備え付けの電話を手にした。
コールしてから数分後、部屋のチャイムが鳴ると、食事が部屋に運び込まれてきた。
部屋もすごいが、運び込まれてきた食事もまた豪華というより、綺麗だった。大きなお皿にアートのように盛りつけられた料理たち。
俺は促されるまま席につくと、美味しそうな料理に唾を飲み込んだ。一通り料理を運ばせた尚希は食事が終わるまで二人きりにしてほしいといい、従業員を下がらせた。

「あの~、なんか悪いです」

例え天王寺のお兄さんだとしても、初対面だし、こんな豪華なご飯をおごってっ貰うのはさすがに気が引けて、俺は遠慮気味に声を出す。

「気にしないで。尚ちゃんのこといっぱい教えてもらいたいんだ」
「でも……」
「尚ちゃんの情報と食事は等価交換だとでも思って」

そういうと、尚希は俺に食事を進めてきた。情報とご飯でおあいこと言われたら、なんかいいかなぁ? とか思って、俺はあらかじめ用意されていた箸でご飯をいただくことにした。当然ほっぺたが落ちるほど美味しかった。
尚希は初めに言った通り、学校での天王寺のことをいろいろ聞いてきた。ちゃんと学校に通っているのかとか、誰かに恨まれたり、陰口を言われたりしていないか、友達はできたのか、会長として頑張っているのかなどなど、本当にとことん天王寺について聞いてきた。まるで過保護の両親のように。
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