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1章『恋着編』

29「ふざけんなッ!」

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このまま特別生徒室まで連行するつもりなのか?! と、俺は全力で抵抗を試みる。だって、まだ心の準備とか、納得も出来ていないと、足を踏ん張って留まる。

「これはお前の使命だ」
「なんで、俺がッ」
「告白されただろう」
「うっ、それは……」
「誠意を見せろ、姫木!」

自分で終止符を打てと、浅見が声を荒げる。このまま、後味の悪いまま別れてもいいのか? と言われ、それは嫌だと思う。
解決などしなくても、何らかの結末は欲しい。こんなあやふやなまま天王寺と別れて、数年、もしくは一生こんな気持ちを抱えていきたくはない。
けど……

「手紙、手紙じゃダメですか」

面と向かって会話をする気にはなれないと、提案すれば、

「却下する」

と、即答された。

「なんでだよ」
「尚人には、普通の文面では伝わらない」

それはお前がよく知っているだろうと、睨まれる。
確かに日本語がいまいち伝わらないというか、天王寺が勝手な解釈で内容を捉える傾向がある。つまり、手紙を書いたところで、姫木の気持ちは一文も伝わらない可能性があると、浅見に指摘され、思わず納得。
そういえば、天王寺って俺の言葉通じなかったと。

「でもっ」
「駄々を捏ねるな。お前なんか愚劣の極みで、人間の屑だとでも言ってやれ」

さすがに立ち直れないだろうと、浅見が助言するが、

「そこまで言うかッ」

さすがにそこまで酷い言葉は言えないと、言い返す。ほんと浅見は容赦ねえと、少しだけ背筋が冷える。

「ならば、気色悪いと、気持ち悪いとでも言ってやれ」
「だから、そこまでは……」
「そこまで言わなければ、伝わらないぞ」

天王寺にはそこまで言う必要があると、むしろそこまで言わなければ駄目だと、さらに言い返された。
面と向かって、『お前は人間の屑で、気持ち悪いんだよ』なんて、あのキラキラした天王寺に言えるのか? 否、答えはNOだ。

「さっきから煩いんだけど」

ズルズルと引っ張られて、特別生徒室に近づいたころ、桜井が部屋から出てきて両腕を組んで仁王立ちした。
まあ、廊下であれだけ騒いでいれば、必然と騒がしい声は響くわけで。

「それは失礼した」

眼鏡を中指で押し上げた浅見は、俺の腕を解いて桜井と対峙する。

「尚様のお仕事の邪魔しないでよ」
「俺にはお前が邪魔しているようにしか見えないがな」
「僕は、尚様のお世話してるの」

邪魔してるなんて変な言いがかりはしないでほしいと、桜井は浅見を睨みつける。天王寺の秘書的なポジションなのだと、腹が立つほどの高飛車な態度で。

「フッ、……こんなちんちくりんが付き人なんて、尚人も可哀想だな」

鼻で笑った浅見は、負けずと言い返す。当然頭にきた桜井は、一歩前に出ると、

「尚様は、陰湿眼鏡より、可愛い方がいいって」

めいっぱいの皮肉を込めて反論する。

「可愛い? 憎たらしいの間違いだろう」
「冬至くんの視力落ちたんじゃないの。僕より可愛い子なんているわけないじゃん」
「鏡がないのなら、送ってやろうか?」

自分の姿を見たことがないんだろうと、浅見も負けじと皮肉を込める。廊下の空気はさっきから絶対零度。誰も口出しを出来る状態ではなかった。
そんな言い争いが少し続いて、突然桜井が腰を折って、浅見の後ろを覗き込む仕草をした。

「それより、もう乗り換えたんだ。さすが手慣れてるね」

視線の先は姫木だった。つまり、その台詞は俺に向けて言われたもので、一瞬何を言われたのか分からなくて、きょとんとしてしまった。
それを横目に、浅見が怪訝な顔をする。

「何が言いたい」
「尚様なんかより、冬至くんの方がお似合いだよってこと」
「お前は……」
「ねえ、今度はどんな手を使って冬至くんを落としたの?」

桜井は意地悪な笑みを作って、天王寺から浅見に乗り換えるのが早いと、クスクスと笑い出す。
なんだこいつ、本当にムカつく。俺は何か言い返そうと口を開いたが、それよりも桜井の方が早く、もっと酷いことを言われた。

「お前なんかが尚様に釣り合うとでも思ったの。どうやって誑かしたかは知らないけど、下層な奴は引っ込んでなよ」

口調まで荒くして、身に覚えのない言いがかりをつけられ、罵られた。
さすがにカチンときた。言いがかりも甚だしい、どうみたって天王寺に付きまとわれてたのは、俺だ!

「ふざけんなッ!」

つい怒鳴っていた。だが、桜井は余裕な笑みを浮かべたまま、近くまでやってくる。

「身長が低くて、目が大きいからさ、尚様は僕と重ねただけなんだよ」
「は?」
「よく見れば、全然可愛くない、ゴミみたいなのにね」

クスクスと鼻で笑って、人のことをゴミだと言い出した。マジでなんなのコイツ!!
俺は可愛いのを売りにしているわけじゃない、むしろ、捨てたいんだと、つい右手が上に上がっていた。
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