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1章『恋着編』

24「俺は話したくない」

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「尚様が軽蔑したの間違いでしょう」

姫木に軽蔑されたのではなく、天王寺が捨てたが正解じゃないのかと、桜井は薄ら笑いでクスクスと笑う。互いに熱くなることはなく、絶対零度の空気を生み出していた。

「お前は、大きな誤算をしている」
「……誤算?」
「尚人は、本気だと言うことだ」

何が言いたい? と、桜井は大きな瞳を細めるが、今度は浅見が口角をあげる。

「玲央君、お前の好きにはさせない。絶対にな」

必ず桜井に後悔をさせると、浅見は強く言い放つ。このままでは済まさないと。
姫木に出会い、天王寺は変わった。何事にも無関心で、感情などほとんど見せなかったが、姫木に対してだけは激しい感情を見せた。幼いころからともに過ごしてきたが、天王寺に感情や我が儘が存在していたことに正直驚いている。
『初恋』によって目覚めた感情は、少々暴走気味ではあったが、人間味があり、浅見にとってそれは嬉しい出来事でもあった。おそらく天王寺家の者なら、誰しもを驚かせる姿だ。
――だが、ここで余計なことをしてくれた者がいる。桜井玲央。
この可愛い顔をした悪魔は、天王寺を奈落の底に落とした。絶対に許すことなどできないと、浅見は眼鏡を光らせた。

「姫木君じゃ、不釣り合いだって、ちゃんと本人に言ってあげなよ」
「お前は……」
「身分違いなんだよってね」

そもそも天王寺と話すことさえ許されない下層なんだよと、桜井は怒気を帯びる。

「いい加減にしろ」

さすがに言いすぎだと、浅見が制止の声をあげれば、桜井は悪びれた様子もなく、軽く舌を出して、

「前々から言おうと思ってたんだけどさ、僕、冬至くん大嫌いなんだよね」

いつも天王寺にくっついて、自分の邪魔ばかりしてと、あかんべーをしてきた。

「奇遇だな、俺もお前が好かない」
「へえ、だったらさ、僕と尚様の邪魔しないでよ」

僕こそが天王寺に相応しいのだと、可愛がってもらっていると、浮かれた勘違いをしている桜井に、浅見がフッと鼻で笑った。

「空樽は音が高いとはよく言ったものだ」
「何それ?」
「自分で調べたらどうだ」
「だから嫌いだって、言ったんだよ!」

そういう嫌味なところも大嫌いなんだと、桜井は声を荒げてそのまま立ち去ってしまった。
腹を立てたのは間違いなく、とりあえず軽い憂さ晴らしが出来たことには満足したが、これからが本番だと、浅見は固唾をのんでその時を待った。





桜井が去ってから数分後、浅見はようやく待ち伏せしていた人物を発見した。

「姫木」

そう声を掛ければ、明らかに怪訝な表情を返された。

「俺、急いでるんで」

目も合わせてもらえず、浅見は眼鏡を指で押し上げる。
当然といえば、当然の成り行きではあるが、天王寺を救いたいと思う気持ちが、引き下がれないと背中を押す。

「少しでいい、話がしたい」
「話すことなんか……」
「承知の上だ」

天王寺の顔はもちろん、浅見の顔だって見たくないのは、全て分かっている。公にはできないが、あれは犯罪だ。
天王寺が裁かれるべき案件で間違いない、だが、何か打つ手があるのなら、どんなことでもすると、浅見は頭を下げていた。

「止めてください! 浅見さんに頭を下げられる理由なんかない」
「5分でもいい、時間をくれ」
「俺は話したくない」
「話さなくていい、話を聞くだけでいい」

会話は求めていない、ただ今回の事件には裏があった、それだけは伝えたかった。
それが何かのきっかけになればいいと。
姫木は深く頭を下げた浅見に、話を聞くだけでいいと言われ、ひとまず頷いた。
校門では目立つため、二人は空室へと移る。

「これを……」

明かりのない部屋に入るなり、浅見は封筒を手渡してきた。厚みがあることから、中身が入っていることを知り、姫木は封を開けて中身を取り出す。
入っていたのは数枚の写真。

「?! ……俺?」

写真には自分らしき人物が写っており、服をはだけさせて知らない学生に馬乗りになっていた。
驚いた姫木は机に写真をばらまき、他の写真も確認する。
写真は全てぼやけてはいたが、どれもこれも男性と絡んでいる写真ばかりで、キスをしていたり、裸で抱き合っていたりと、卑猥な写真ばかりだった。

「なんだよ、……コレ」
「尚人が罠にかけられた写真だ」
「罠?」

浅見は声色を落として、写真を一枚拾う。

「上手く化けたものだ」

冷たく吐き捨てると、浅見は拾った写真をくしゃくしゃに握りつぶす。それが怖くて姫木はゴクリと唾を飲む。

「誰かが、姫木に見えるように化けて、この写真を撮った」
「俺に?」
「尚人はまんまと嵌められたんだ」

握りつぶした写真を投げ捨て、浅見は苦虫を噛み砕くように苦い顔をして見せた。こんなもので尚人を地獄に落として、何が面白いんだと、浅見は机に散らばった写真を叩き潰す。
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