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1章『恋着編』
22「私は、大罪を犯した」
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忘れ物があり戻ってきた浅見は、物々しい雰囲気の現場に遭遇した。
「副会長?」
「後は、私に任せてくれないか」
いつからいたのかは分からないが、浅見はゆっくりと室内に入ってくると、火月の傍までくる。
「あんたはこいつが何をしたか……」
「分からない」
火月が最後まで言い切る前に、浅見は冷たく声を出す。それから眼鏡をゆっくりと押し上げて、火月を細く見つめる。
「こいつはな……」
「憶測で物をいうな」
「憶測なんかじゃねえ」
「では、お前はこの場所に居合わせていたのか」
姫木と天王寺が何を話して、何をしていたのか、全て見ていたのか。それを踏まえたうえでの発言なのかと、問い詰める。
ここにいたわけじゃない、けど、火月は確信を持った。だから天王寺を殴った。
「……火月、ちゃん」
口を閉じてしまった火月に、水月が心配そうに声をかけた。だが、火月は拳を握り締めたままグッと奥歯に力を込めた。
「なるほど、よく似せてある」
卓上に散らばる写真を手にした浅見もまた、偽物だと見抜く。
上手く化かしたつもりだが、浅見にもこれが姫木ではないことが一目でわかった。
「俺は……、許せない」
「尚人には、私から話をする。今日はここまでにしてもらえないか」
「でもっ」
「ここで尚人が火月君に謝罪しても、意味を持たない」
謝るべき相手が間違っていると、浅見に指摘され、今ここで天王寺を気が済むまで殴っても、全てを決めていい人物、つまり姫木が欠けていれば意味などないと、正論をぶつけられた。
浅見が言っていることは正しい。火月は行き場を失った怒りを机にぶつける。ガンッと音が鳴り、水月が駆け寄る。
「……クソッ」
「火月ちゃん、……後は浅見さんに任せようよ」
自分たちではこれ以上どうすることもできないと、水月はそっと火月の腕を掴む。それは帰ろうと促していた。
「二人ともすまない」
今ここで、何も解決できないことに、浅見が謝罪する。火月の怒りを鎮めることができず、姫木にも何もしてやれないと、辛酸をなめる。
「浅見さんが謝ることないです、……僕たち帰りますね」
掴んだ火月の腕を引き、水月は何とか火月を引っ張っていく。納得などできない、天王寺を許すこともできない、火月は拳を握ったまま顔を強張らせて歩かされる。
そして、部屋の入口まで引っ張ってこられたとき、顔をあげた。
「俺たちにも、知る権利はある!」
これは二人の問題かもしれないが、姫木があんな目に遭わされて、黙って見過ごすことなんかできないと、火月が鋭く睨む。
「了解した。事後報告はする、それでいいか」
「約束だからな、絶対守れよ!」
それだけ言い捨てて、火月は特別生徒室を飛び出していく。
「ちょっと待って、火月ちゃん」
一人で帰ってしまった火月を追って、水月も部屋を出て行った。
二人が出ていき、室内には静寂が訪れる。それでも、天王寺は視点の定まらないまま写真だけを見つめていた。
「お前らしくないな」
刺激を与えないように、そっと口にすれば、天王寺は写真の上に手を置く。
「……誰なのだ」
消え入りそうなほど小さな声がした。
昔から欲など持ち合わせていない天王寺。感情のままに行動したことなど、一度もなく、ましてや力づくで何かを手に入れようとするなど、あり得ない事実だった。
だからこそ、浅見はこの一件が腑に落ちない。
乱れたシャツ姿で、泣きながら走る姫木を見かけたのは、図書館より帰宅する途中。近くで見たわけではないが、確かに泣いていたと分かる表情だった。
何かあったと、急ぎ天王寺の元へ戻れば火月が怒声をあげていて、泣かせたのは天王寺で間違いないと判断し、部屋に入ったときに感じた独特の匂いで、ここで行われた罪を知った。
だが、確証はない。浅見はたとえ親友だとしても、素直に全てを話してくれるのだろうか? と、一瞬迷ったが、このままではいけないと、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。
「何があった」
ここで、姫木に何をしたんだと、浅見は低く声を落として天王寺に問いかける。
夕暮れの校舎は静まり返り、不気味なほどの影を纏って、沈黙を生み出していく。口を閉じたままの天王寺を見つめ、やはり話してはもらえないかと、浅見が諦めたときだった……。
「私は、大罪を犯した」
写真を見つめたまま、口を開いた天王寺はその写真を床に払い落とす。
火月が告げたように、冷静になったその瞳には、別人にしか映らない。姫木に似てはいるが、姫木ではないとようやく見極められた。
床に落ちた写真を一枚拾い上げ、浅見はここで事件の経緯を判断することができた。事件を仕組んだ犯人は、この写真を姫木だと思い込ませて、天王寺を暴走させたのだと。
おそらく、幾度か姫木の名を出して、軽い暗示にかけたうえで、同情するような態度か、言葉を発した。それにより、天王寺は写真の人物を姫木だと思い込み、襲った。
「姫木を襲ったのか……」
確信を得るために、浅見はあえて直に問う。すると、天王寺は全身を震わせ、瞳を激しく揺らがせ、机に両手をついた。
「私は、私は、……姫に取り返しのつかぬことをしてしまったのだ」
写真の人物が姫木ではなかったというのなら、天王寺は真っ新な姫木を穢してしまった。無理やり全てを奪ってしまったのだと、唇を噛み締めて光を失う。
「姑息なことを……」
浅見は天王寺には聞こえない声で、写真の犯人に毒を吐く。背格好はあまりにも似ている、髪形はかつらを用いたことはすぐわかった。けれど、そのことを天王寺に伝えることは止めた。
後の祭りなのだ。ここで犯人の名をあげたところで、問題はさらに膨れ上がり、下手をすれば姫木に起こったことが公になる。それだけは阻止したいと、浅見は眼鏡の奥に光を宿す。
「副会長?」
「後は、私に任せてくれないか」
いつからいたのかは分からないが、浅見はゆっくりと室内に入ってくると、火月の傍までくる。
「あんたはこいつが何をしたか……」
「分からない」
火月が最後まで言い切る前に、浅見は冷たく声を出す。それから眼鏡をゆっくりと押し上げて、火月を細く見つめる。
「こいつはな……」
「憶測で物をいうな」
「憶測なんかじゃねえ」
「では、お前はこの場所に居合わせていたのか」
姫木と天王寺が何を話して、何をしていたのか、全て見ていたのか。それを踏まえたうえでの発言なのかと、問い詰める。
ここにいたわけじゃない、けど、火月は確信を持った。だから天王寺を殴った。
「……火月、ちゃん」
口を閉じてしまった火月に、水月が心配そうに声をかけた。だが、火月は拳を握り締めたままグッと奥歯に力を込めた。
「なるほど、よく似せてある」
卓上に散らばる写真を手にした浅見もまた、偽物だと見抜く。
上手く化かしたつもりだが、浅見にもこれが姫木ではないことが一目でわかった。
「俺は……、許せない」
「尚人には、私から話をする。今日はここまでにしてもらえないか」
「でもっ」
「ここで尚人が火月君に謝罪しても、意味を持たない」
謝るべき相手が間違っていると、浅見に指摘され、今ここで天王寺を気が済むまで殴っても、全てを決めていい人物、つまり姫木が欠けていれば意味などないと、正論をぶつけられた。
浅見が言っていることは正しい。火月は行き場を失った怒りを机にぶつける。ガンッと音が鳴り、水月が駆け寄る。
「……クソッ」
「火月ちゃん、……後は浅見さんに任せようよ」
自分たちではこれ以上どうすることもできないと、水月はそっと火月の腕を掴む。それは帰ろうと促していた。
「二人ともすまない」
今ここで、何も解決できないことに、浅見が謝罪する。火月の怒りを鎮めることができず、姫木にも何もしてやれないと、辛酸をなめる。
「浅見さんが謝ることないです、……僕たち帰りますね」
掴んだ火月の腕を引き、水月は何とか火月を引っ張っていく。納得などできない、天王寺を許すこともできない、火月は拳を握ったまま顔を強張らせて歩かされる。
そして、部屋の入口まで引っ張ってこられたとき、顔をあげた。
「俺たちにも、知る権利はある!」
これは二人の問題かもしれないが、姫木があんな目に遭わされて、黙って見過ごすことなんかできないと、火月が鋭く睨む。
「了解した。事後報告はする、それでいいか」
「約束だからな、絶対守れよ!」
それだけ言い捨てて、火月は特別生徒室を飛び出していく。
「ちょっと待って、火月ちゃん」
一人で帰ってしまった火月を追って、水月も部屋を出て行った。
二人が出ていき、室内には静寂が訪れる。それでも、天王寺は視点の定まらないまま写真だけを見つめていた。
「お前らしくないな」
刺激を与えないように、そっと口にすれば、天王寺は写真の上に手を置く。
「……誰なのだ」
消え入りそうなほど小さな声がした。
昔から欲など持ち合わせていない天王寺。感情のままに行動したことなど、一度もなく、ましてや力づくで何かを手に入れようとするなど、あり得ない事実だった。
だからこそ、浅見はこの一件が腑に落ちない。
乱れたシャツ姿で、泣きながら走る姫木を見かけたのは、図書館より帰宅する途中。近くで見たわけではないが、確かに泣いていたと分かる表情だった。
何かあったと、急ぎ天王寺の元へ戻れば火月が怒声をあげていて、泣かせたのは天王寺で間違いないと判断し、部屋に入ったときに感じた独特の匂いで、ここで行われた罪を知った。
だが、確証はない。浅見はたとえ親友だとしても、素直に全てを話してくれるのだろうか? と、一瞬迷ったが、このままではいけないと、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。
「何があった」
ここで、姫木に何をしたんだと、浅見は低く声を落として天王寺に問いかける。
夕暮れの校舎は静まり返り、不気味なほどの影を纏って、沈黙を生み出していく。口を閉じたままの天王寺を見つめ、やはり話してはもらえないかと、浅見が諦めたときだった……。
「私は、大罪を犯した」
写真を見つめたまま、口を開いた天王寺はその写真を床に払い落とす。
火月が告げたように、冷静になったその瞳には、別人にしか映らない。姫木に似てはいるが、姫木ではないとようやく見極められた。
床に落ちた写真を一枚拾い上げ、浅見はここで事件の経緯を判断することができた。事件を仕組んだ犯人は、この写真を姫木だと思い込ませて、天王寺を暴走させたのだと。
おそらく、幾度か姫木の名を出して、軽い暗示にかけたうえで、同情するような態度か、言葉を発した。それにより、天王寺は写真の人物を姫木だと思い込み、襲った。
「姫木を襲ったのか……」
確信を得るために、浅見はあえて直に問う。すると、天王寺は全身を震わせ、瞳を激しく揺らがせ、机に両手をついた。
「私は、私は、……姫に取り返しのつかぬことをしてしまったのだ」
写真の人物が姫木ではなかったというのなら、天王寺は真っ新な姫木を穢してしまった。無理やり全てを奪ってしまったのだと、唇を噛み締めて光を失う。
「姑息なことを……」
浅見は天王寺には聞こえない声で、写真の犯人に毒を吐く。背格好はあまりにも似ている、髪形はかつらを用いたことはすぐわかった。けれど、そのことを天王寺に伝えることは止めた。
後の祭りなのだ。ここで犯人の名をあげたところで、問題はさらに膨れ上がり、下手をすれば姫木に起こったことが公になる。それだけは阻止したいと、浅見は眼鏡の奥に光を宿す。
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