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1章『恋着編』

13「恋は病か……」

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だが、自分が泣かせているなど、微塵も思わない天王寺の顔は険しい。

「姫を悲しませている者の名を申すのだ」

浅見の言葉に納得がいかないと、天王寺は直接本人に尋ねる。

「……っく、ぅう、……」
「姫、頼む。教えてはくれまいか」

抱きしめていた俺の体を少し離すと、顔を覗き込むように天王寺は腰を屈める。悲しませている者に制裁を下すと、強く言いながら天王寺は俺の言葉を急かす。

「……天王寺さんが……ぁ、ひっく……」

嗚咽とともにでてきた名前に、天王寺が見事に固まった。浅見が口にした通り、姫木を泣かせているのは自分だと知らされたから。
まさか本当に自分の名前がでてくるとは思わず、天王寺は目を丸くして静止したかと思うと、次の瞬間小さく「……私が」と、呟いた。
全身から力が抜けて、眩暈さえ覚えながら、天王寺は姫木の顔を上にあげさせた。

「私が姫を泣かせていると、……いうのか……」
「おい、尚人」

焦点の合わない瞳で姫木を見つめる天王寺に、浅見が何かを感じ取って声をかけたが、それも耳には届いていないようで、泣いている真っ赤になった姫木の瞳を見つめたまま動かなくなった。
それから数秒後、天王寺は姫木の頬に手を添えると悲愴な表情を浮かべた。

「私が……、姫を悲しませておるのだな」

頬を流れた涙を優しく指で拭った天王寺は、悲愴な表情から柔らかな笑みに顔を変える。それがあまりにも綺麗で、姫木は見惚れた。

「そのような表情をさせたくはない」
「……?」
「私の生涯をもって、償う」

『結婚しよう』と、唐突にとんでもない台詞を吐き出した。
頭の中が真っ白になるのは一瞬だった。だから、天王寺の顔が徐々に俺に近づいてきていることにも気づけなかった。
近づいていることは理解できたが、思考がパニックになって、体は全く動かない。
キスされる?!
頭の中では分かっていても、体が命令を聞かない。

「陸ッ!」
「尚人っ!」

火月と浅見の声が重なり、二人はほぼ同時に行動を起こし、火月は姫木を、浅見は天王寺を引き離す。引き離された天王寺が浅見を睨みつける。

「何をするのだ、冬至也!」

必死に押さえつけながら、浅見は落ちそうな眼鏡を抑える。

「本気で嫌われるぞ」
「何を根拠にそのようなことを申す!」
「いいから、落ち着け」

合コンでいきなり結婚を申し込むような奴を、誰が好きになるんだと、浅見は怒鳴ってやりたい気持ちを堪える。
そもそも天王寺に激しい感情があったこと自体、異常な光景だった。いつも穏やかで、感情の起伏がほとんどないのが、天王寺尚人という人物。
よって、制御する方法が見つからないと、浅見は嫌な汗まで浮かべる。
『お友達から作戦』が台無しになると、全力で取り押さえるが、姫木から引き離された天王寺の機嫌は急降下。

「姫を悲しませた責任をとると申しておるのだ」

今すぐに婚姻を結んで、姫木を幸せにすると、もはや意味不明な台詞まで飛び出して、浅見は猛獣と化した天王寺を必死に押さえ込む。

「大人しくしろ、姫木が怯えているだろう」

浅見にそう言われて、視線を姫木に向ければ、奇怪なものを見るように怯えた目で、火月にしがみついていた。

「……姫」

再度名を呼べば、姫木はビクッと肩を震わせて、火月の後ろに隠れてしまった。

「大丈夫か、陸」
「陸くん」

すっかり怯えてしまった姫木に、火月と水月が寄る。姿を隠され、天王寺は落胆したように大人しくなる。
それを確認し、浅見はようやく天王寺を開放する。

「古人はよく例えたものだな」

ズレた眼鏡を正しながら、浅見はようやく一息つく。姫木に嫌われてしまったと、落ち込む天王寺、それを横目に眺めながら、深く深く息を吐き出し、浅見はため息を混じらせて、この難題をどう乗り切るか苦悩した。

「恋は病か……」

そう、恋とは不治の病。どんな名医でも治せないと言う。今まで一度も罹ったことのない病に、天王寺が侵された。しかも手に負えないほどの暴徒と化して。
幼いころから共に過ごしてきたが、これほどまでに激しい感情を見たことなどなく、浅見に戸惑いと焦りが生まれる。
果たして、この『初恋』を実らせてあげることはできるのか?

「ったく、どうしてこいつだったんだ」

火月と水月に慰められている姫木を視界に入れて、浅見はどうして『男』なんだと、疲労感がどっと溢れた。
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