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真夏の夜のおたのしみ

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僕は、眠ってしまったキーを起こさないように泡だて器を洗ってかいる。
部屋はバニラエッセンスとアーモンドパウダーの香りが充満していて、窓からは昇ったばかりの青く未熟な陽が射している。
真夜中の、二人だけのお楽しみはもうやめられない。背徳的な味に酔ってしまっている。

 *

「タロ!この本、見て!おいしそう!」

サクッとレポートを書き終えたキーは、届いたばかりのレシピ本を僕に見せてきた。
可愛い絵柄なのに、すごくおいしそうなその本は、まるで魔法の絵本のようだった。

「素敵な本だね、キー。えーと、僕まだレポート終わってないんだけど」
「あとで手伝うよ。先におやつの時間にしない?」

時計は深夜1時を指していた。14時間ほどおやつには早い。

「僕ね、マドレーヌ食べたい。一緒に作ろうよ、タロ。」
「わかった。ちょっと本を貸してね」

キーから本を受け取り、「マドレーヌの作り方」を読んだ。
どうやら、粉類とバター、卵を混ぜて焼くだけのようだ。
僕は粉類をふるい、バターを小皿に入れ、ラップをかけて電子レンジに突っ込んだ。

「キー、マドレーヌ型ある?」
「あるよ!」
「一緒に型に流そうよ。型とスプーン持ってきて」

僕たちはボウルの中にある生地を掬って、金属のつやつやしたマドレーヌ型に落としていく。
キーは芸術兵として将来有望なだけあって、器用に生地を型に詰めていく。
対して僕は均等に盛り付けられないどころか、テーブルを汚してしまった。

「タロ。まだ手が震えるの?」
「いや、これは単に僕が不器用なだけだよ」
「大丈夫ー?」

キーは意地悪な笑みを浮かべて、僕の手を取るとキスをした。

「王子様の呪いがとけますように。えっへへ。」

僕はキーを無言で撫で、額にキスをしたあと、

「じゃ、これ焼くからね。アイスティーの準備するから、僕の王子様は好きな茶葉を選んでて」

と、優しく伝え、キッチンペーパーに載せた未完成なマドレーヌたちをフライパンに載せ、蓋をした。

「タロ、いつもの紅茶が飲みたいな。」
「じゃあ、氷水持ってくるから、フィルターに葉っぱを入れて待っててね。」

タイマーを30分にセットして、フライパンを弱火で熱しながら、ハンディクーラーにコロコロと氷を一杯まで詰め、水で満たした。

「楽しみだね。なんだかいけないことしてるみたい。」
「これは体に悪いぞー。ふ、っふふ」
「なんで笑うの?タロ?」
「僕たちもっといけないことしたことあるじゃん。」
「アヤの薄い本の中では、ね」

 *

テーブルの上で、氷がカランと溶け落ちる音がした。
僕たちは、夢中になってキスをしていた。
はじめて屋上に閉じ込められたとき、僕たちはまだ友達だったけど、今ではかけがえのない存在になっている。
……息が熱い。舌が痺れる。脳が融けそうだ。
腕前のいいお客さんは何人もいたけど、それでもなんとも思わなかった僕が今、「欲しがりさん」になってしまっている。

「……ねえ、いいでしょ?」

お互いにそんなことを囁き、僕の指先がキーのシャツの中に入ろうとしていたその時、

ジリリリリリリリ!!

けたたましい音で、タイマーが鳴った。

「僕たち30分もキスしてたの?」

と、キーが笑った。

 *

僕は、眠ってしまったキーを起こさないように泡だて器を洗っている。
部屋はバニラエッセンスとアーモンドパウダーの香りが充満していて、窓からは昇ったばかりの青く未熟な陽が射している。
真夜中の、二人だけのお楽しみはもうやめられない。背徳的な味に酔ってしまっている。

キーは、疲れたのかすうすうと寝息を立ててぐっすり眠っている。赤い毛布の端を持ち、ソファの上で丸まっている。
僕はプラスティックのお皿にマドレーヌを乗せ、紅茶の瓶と一緒にテーブルに置いた。

キーの寝顔を見ながら食べるおやつは格別だ。
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