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真夜中の卵
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かろうじて目を開けてみると、やはりぼんやりとした白い光が真夜中の薄暗い部屋をかすかに青白く浮き上がらせていたから、あたしは夢かどうかを確認するためにもう一度目を固く閉じた。それでもまぶたの向こう側の明るさを眼球で感じたので、仕方なく起き上がろうかと思い、そこで金縛りにあっていることに気がついた。
初めての金縛りだった。だからもっと怖いものだと思っていたけど、むしろ好奇心の足音が聞こえてきそうなぐらいあたしはこの状況を楽しんでいた。職業病かもしれない。今月の原稿のネタがどうしても浮かばなくて、どうしようかと焦っていたから。
体は動かないのに、目は動く。視界には部屋が見える。一人暮らしをしている正真正銘あたしの孤独な部屋の天井だった。その天井が今にもあたしに向かって嫌味の一つでも言いたそうな顔をしている気がする。
「お前はいつまで独身を貫くつもりなんだ? まさかお前の代で先祖代々脈々と受け継がれてきた血を途絶えさせるつもりなのか?」
耳に蓋をしたいのに、手が動かない。それでもあたしは結婚をする気にはなれなかった。子供――、それは確かに気がかりだけど、別にあたしの代で終わったところで、いったいそれがどうしたというのだ。太陽だっていつかは滅びるんだ。あたしのしょうもない血が何世代か先の未来を歩んだところでなにかが変わる訳でもあるまいし――。
ふと、天井を擬人化させた妄想の声とは違う音を耳が拾った。それは間違いなく誰かの話声で、その声の方向と雰囲気と部屋の明るさからテレビがついていることにようやく気がついた。
緊張の中にワクワクする自分を閉じ込めて、 耳を澄ましてみた。眠る前は確かに消したはずで、決してタイマーなどはしてない。だから間違いなく怪奇現象だと思った。怪奇現象なら、見逃すことも聞き逃すわけにもいかない。その執念からか、あたしの耳の奥にある感覚器官が鋭くなっていき、ぼそぼそと喋るテレビの音を少しずつ拾いはじめていった。
――卵について、あなたはどうお考えですか?
――私はずっと言っているように卵ほど原始的でかつ理想的な産卵はないと思っているのですよ。
――それはこの星の哺乳類を否定していると?
――そうだとしたらどうします?
――否定した先を聞きたいだけです。つまり、卵の進化とでも言いましょうか。
――進化、いい言葉だ。まず卵は、あの殻だ。そして生だ。数は周囲のバランスでどうとでもなる。大切なのは一つの生命を育むために、あそこまで進化した星の原型をいかに崩すかにあって――。
そこで急に音が途絶えた。見ると部屋はいつものように真っ暗で、さっきまでの金縛りが嘘のように体は軽く、真夜中特有の重たい静寂が淀んでいる中にあたしは一人ぼっちだった。
フラフラと立ち上がって、何の気なしに冷蔵庫を開ける。パックの中に並んでいる卵を一つ取り上げて、その表面の少しザラザラとした感触を確かめながら中に詰まっているドロドロの液体を想像した。瞬間、あたしはどうしても卵の中に入りたい欲望に駆られ、どうやって自分の大きく育った肉体を折り曲げれば卵の中に入れるのかを考えながら、数年ぶりに煙草に火をつけて、ついでに卵かけご飯を食べようと思って、卵を一つ割った。
思った、だけで、実際にあたしは食べなかった。卵は、消えた。ご飯すら消えた。残ったのは、卵の俯瞰的な概念と、内側に秘められた量子力学だった。
卵の中には、果たして卵が入っているのか、入っていないのか。
この難題を解決すべく、あたしは生まれたのかもしれない。家族の見守る中、いち卵として。
「おはよう、もうすぐ朝だよ。また、また、」
また、の続きはきっと永遠にやってこない。髪をかき上げるように息をふっと吐いて、残り香に少しでも煙草の余韻がないかを確認する。そんな毎日だから、辛いときもあれば、辛くないときもある。
あたしは、もうとっくに気が狂っている。
いったい、どこまでが夢で、どこまでが現実なのだろうか。ラリっている夢の中でさらにラリっているように、とにかくあたしは今日も身動きの取れないぎちぎちの殻の中に閉じ込められながら、誰かがこの固い殻を割ってくれるのを今か今かと待っているのだけど、もし可能ならあたしはあたし固有の卵を一度は産んでみたいものだと、そんな夢みたいなことを考えながら、また今夜も一人寂しく卵かけご飯でも食べようかと思っている。せめて。
――お腹はもうペコペコだ。本当は誰でもいいから、家族が欲しいのだけど……。あっ、太陽だ!
初めての金縛りだった。だからもっと怖いものだと思っていたけど、むしろ好奇心の足音が聞こえてきそうなぐらいあたしはこの状況を楽しんでいた。職業病かもしれない。今月の原稿のネタがどうしても浮かばなくて、どうしようかと焦っていたから。
体は動かないのに、目は動く。視界には部屋が見える。一人暮らしをしている正真正銘あたしの孤独な部屋の天井だった。その天井が今にもあたしに向かって嫌味の一つでも言いたそうな顔をしている気がする。
「お前はいつまで独身を貫くつもりなんだ? まさかお前の代で先祖代々脈々と受け継がれてきた血を途絶えさせるつもりなのか?」
耳に蓋をしたいのに、手が動かない。それでもあたしは結婚をする気にはなれなかった。子供――、それは確かに気がかりだけど、別にあたしの代で終わったところで、いったいそれがどうしたというのだ。太陽だっていつかは滅びるんだ。あたしのしょうもない血が何世代か先の未来を歩んだところでなにかが変わる訳でもあるまいし――。
ふと、天井を擬人化させた妄想の声とは違う音を耳が拾った。それは間違いなく誰かの話声で、その声の方向と雰囲気と部屋の明るさからテレビがついていることにようやく気がついた。
緊張の中にワクワクする自分を閉じ込めて、 耳を澄ましてみた。眠る前は確かに消したはずで、決してタイマーなどはしてない。だから間違いなく怪奇現象だと思った。怪奇現象なら、見逃すことも聞き逃すわけにもいかない。その執念からか、あたしの耳の奥にある感覚器官が鋭くなっていき、ぼそぼそと喋るテレビの音を少しずつ拾いはじめていった。
――卵について、あなたはどうお考えですか?
――私はずっと言っているように卵ほど原始的でかつ理想的な産卵はないと思っているのですよ。
――それはこの星の哺乳類を否定していると?
――そうだとしたらどうします?
――否定した先を聞きたいだけです。つまり、卵の進化とでも言いましょうか。
――進化、いい言葉だ。まず卵は、あの殻だ。そして生だ。数は周囲のバランスでどうとでもなる。大切なのは一つの生命を育むために、あそこまで進化した星の原型をいかに崩すかにあって――。
そこで急に音が途絶えた。見ると部屋はいつものように真っ暗で、さっきまでの金縛りが嘘のように体は軽く、真夜中特有の重たい静寂が淀んでいる中にあたしは一人ぼっちだった。
フラフラと立ち上がって、何の気なしに冷蔵庫を開ける。パックの中に並んでいる卵を一つ取り上げて、その表面の少しザラザラとした感触を確かめながら中に詰まっているドロドロの液体を想像した。瞬間、あたしはどうしても卵の中に入りたい欲望に駆られ、どうやって自分の大きく育った肉体を折り曲げれば卵の中に入れるのかを考えながら、数年ぶりに煙草に火をつけて、ついでに卵かけご飯を食べようと思って、卵を一つ割った。
思った、だけで、実際にあたしは食べなかった。卵は、消えた。ご飯すら消えた。残ったのは、卵の俯瞰的な概念と、内側に秘められた量子力学だった。
卵の中には、果たして卵が入っているのか、入っていないのか。
この難題を解決すべく、あたしは生まれたのかもしれない。家族の見守る中、いち卵として。
「おはよう、もうすぐ朝だよ。また、また、」
また、の続きはきっと永遠にやってこない。髪をかき上げるように息をふっと吐いて、残り香に少しでも煙草の余韻がないかを確認する。そんな毎日だから、辛いときもあれば、辛くないときもある。
あたしは、もうとっくに気が狂っている。
いったい、どこまでが夢で、どこまでが現実なのだろうか。ラリっている夢の中でさらにラリっているように、とにかくあたしは今日も身動きの取れないぎちぎちの殻の中に閉じ込められながら、誰かがこの固い殻を割ってくれるのを今か今かと待っているのだけど、もし可能ならあたしはあたし固有の卵を一度は産んでみたいものだと、そんな夢みたいなことを考えながら、また今夜も一人寂しく卵かけご飯でも食べようかと思っている。せめて。
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