詩「水島」

有原野分

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水島

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おれは
海が好きだったと最近知った
車で三時間半
日々の部活で疲れている娘は
死んだように眠っている
窓を開けて
ロシアの冷たい風土が生んだ奇跡のような音
 楽を聞きながら
サービスエリアの人ごみに消えていく

風が
いつどの思い出にも存在した
浮き輪を膨らませる
軽い酸欠と短い渡航時間に
あの日食べ残したおにぎりを悔やんだ
日々は透明だ
波打ち際を歩くおれたちは
どこか遠くの貧しい国からきた移民のような
 心持ちで
足跡を残していく

曇りだった
顔が濡れるのが嫌で
ずっと浮き輪をつけたまま
波の上に漂っていた娘は
一度砂浜に上がって
砂で城を作ってから
引き寄せられるかのように果てしない青い海
 にまた飛び込んで
おれが拾ってくる貝やヒトデを
珍しそうに手にしてから
忘却の彼方に忘れてきた
死んだ猫を思い出している
水面に映る来年の夏
おれたちはきっと孤独だろう
ただの人間として


気がつけば
娘は顔をつけて遊んでいた
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