詩「富士山」

有原野分

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富士山

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友達と富士山を登っている途中、
知らない女性に誰かと間違われた
「Hさんですか?」
「いえ、違います」
空気の薄さで返事すら危うく
苦しさのせいか
僕の名前は忘れられていたようだ
だから仕方なく
その女性に呼ばれた名前を
まるで家宝かのように
名乗るようにしたんだけど
本当はそんな名前に興味はなく
気がついたら山頂から
小さく見える湖の上に
点のような花火が
ハンコを押す役所のように
世間は何一つ真実を疑わない
証拠なんてこれっぽっちも必要なく
宝くじの確率が変動しないように
僕の名前が変わったことなんて
靴擦れの痛みのように
歩いているうちに忘れ去られ
途中で引き返す訳にもいかず
誰かの信じたい名前や
誰かの信じている道を
ただ歩くしかなかった
名前も知らない草木も
名前も知らない細胞も
それらはいつだって酸素とか
二酸化炭素とかを吐き出しながら
生きているフリを淡々とこなし
冷たい風が耳を凍らせる
雲の上では何も聞こえない
隣にいた友達もどこかへ行ってしまった
山は人を変える
このまま転げ落ちてしまいたくなる
ただそんなことより
いつか誰かに本当の名前を呼ばれたい
できればでいいから
本当の自分になったあかつきには
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