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第5章 月下の胎動
◆26 静寂が支配する場所で
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階段の中腹にある、やや開けた場所で由良は待っていた。
「……遅かったね」
「これでも急いで来たんだぞ?店前でずっと刑事みたいに張り込んでさー。腹は減るし、ヒマだし、風邪引くかと思ったぜ」
緊張感のない愚痴に、由良は苦笑している。
「ごめん。無茶させて」
タイトな黒のニットに黒のパンツ。その上から黒のトレンチコートを羽織った由良は、いつも以上に中性的な雰囲気だった。
もはや焦がれていると言ってもいい相手の、相変わらず美麗な姿に満足しながら、麟也は尊を差し出した。
「ほらよ、ご所望のパティシエだ。これで文句はないだろ? ちょっとは褒めてくれ」
抱きかかえた尊を、冷たい石の通路にそっと下ろす。
「……私の、こんな無茶なお願いを聞いてくれるのは、麟也だけだよ」
由良は、にっこりと破顔して。
そして手を伸ばし、麟也の頬を撫でた。
「ありがとう」
「うっ、く……」
その極上の笑顔だけで、麟也はここに至るまでの、全ての苦労が吹き飛ぶ気がした。
(くっそ、このやろ。悪魔みたいに可愛いぜ)
クラクラと眩暈を感じつつも、唇を噛み締め、麟也は平静を装った。
「えーっと……お姫様の仰せのままに、連れて来たのはいいけどさ」
そして足元で寝ている尊に、麟也はもう一度視線を送る。
シンプルな白シャツにブラックジーンズ姿。仕事終わりの恰好のまま、いきなり飛び出してきた感じだった。
流石に寒いだろうと思い、麟也は自分のライダースジャケットを羽織らせてやっている。
「――何度見ても、触れても、本当に普通っぽいんだよな、コイツ」
「うん……私もそう思う。そこが、彼の特別な所なんだよね」
「まあ、禹歩が効くんだから何かあるんだろうけど……で?それで思い切りよくスッパリやるって訳か」
親指を立て、自分の首を掻き切る仕種をしてみせる。麟也の視線は、今度は由良の左手に吸い寄せられた。
その手に握られているのは、一振りの日本刀だった。
***
由良は夜空を仰いだ。
――雲は無く、良く晴れていて、頭上には星が瞬いている。
深い樹木に囲われ、小さな街灯しかないこの場所では、その輝きが一層美しく見えた。
(……ここならば、きっと”声”が届きやすい)
そんな予感に笑みが零れる。
今、由良と麟也が会話している場所――
ここは、鎌倉宮から少し移動した所で、とある皇族の墓所の敷地内である。
石の階段をさらに登り詰めた頂上には、格子状の石の柵と青銅色の扉に囲まれた悲劇の皇子の墓がある。
その少し手前、階段の中腹にある踊り場のような平坦な場所に三人はいるのだった。
ここは、昼間でもあまり人気がない。
同じく親王にゆかりのある鎌倉宮に足を運ぶ者でも、ここまで来ることは稀だ。
深い緑に囲まれた不可侵の場所――そんな特別な領域感を普段から漂わせているこの場所で、由良は大胆にも、退魔の儀を行おうとしていた。
自分の領域である北辰妙見神社では、清和や親戚の目がありすぎて、止められるのは目に見えている。
どこか、この辺りで人目につかず刀を振るうことができる場所――
そう考えた時に思いついたのが、ここだった。
由良は訪れた場所で、その土地その場所の主、祀られた神の声を聞くことができる人間だが――この場所で、一度も墓の主の声らしきものを聞いたことはない。
歴史によれば、ここは後世に造られた鎮魂の場所であり、そのせいか、親王御本人の魂は此処にはいない、と感じられた。
だから、と言ってはとても失礼なのだが、此処は色々と都合が良かった。
聖域であることは言わずもがなだし、由良はこの場所と相性が良く、力を発揮しやすい。
事前に榊の枝と日本酒を持ち込み、祈りを捧げ、改めて場を浄め、簡易的な神籬――神の依り代となる場所――を作った。準備は万全。
そうして、今に至っている。
同時に、神社にとっても由良にとっても、最も大切なものを持ち出してきたのだった。
「……遅かったね」
「これでも急いで来たんだぞ?店前でずっと刑事みたいに張り込んでさー。腹は減るし、ヒマだし、風邪引くかと思ったぜ」
緊張感のない愚痴に、由良は苦笑している。
「ごめん。無茶させて」
タイトな黒のニットに黒のパンツ。その上から黒のトレンチコートを羽織った由良は、いつも以上に中性的な雰囲気だった。
もはや焦がれていると言ってもいい相手の、相変わらず美麗な姿に満足しながら、麟也は尊を差し出した。
「ほらよ、ご所望のパティシエだ。これで文句はないだろ? ちょっとは褒めてくれ」
抱きかかえた尊を、冷たい石の通路にそっと下ろす。
「……私の、こんな無茶なお願いを聞いてくれるのは、麟也だけだよ」
由良は、にっこりと破顔して。
そして手を伸ばし、麟也の頬を撫でた。
「ありがとう」
「うっ、く……」
その極上の笑顔だけで、麟也はここに至るまでの、全ての苦労が吹き飛ぶ気がした。
(くっそ、このやろ。悪魔みたいに可愛いぜ)
クラクラと眩暈を感じつつも、唇を噛み締め、麟也は平静を装った。
「えーっと……お姫様の仰せのままに、連れて来たのはいいけどさ」
そして足元で寝ている尊に、麟也はもう一度視線を送る。
シンプルな白シャツにブラックジーンズ姿。仕事終わりの恰好のまま、いきなり飛び出してきた感じだった。
流石に寒いだろうと思い、麟也は自分のライダースジャケットを羽織らせてやっている。
「――何度見ても、触れても、本当に普通っぽいんだよな、コイツ」
「うん……私もそう思う。そこが、彼の特別な所なんだよね」
「まあ、禹歩が効くんだから何かあるんだろうけど……で?それで思い切りよくスッパリやるって訳か」
親指を立て、自分の首を掻き切る仕種をしてみせる。麟也の視線は、今度は由良の左手に吸い寄せられた。
その手に握られているのは、一振りの日本刀だった。
***
由良は夜空を仰いだ。
――雲は無く、良く晴れていて、頭上には星が瞬いている。
深い樹木に囲われ、小さな街灯しかないこの場所では、その輝きが一層美しく見えた。
(……ここならば、きっと”声”が届きやすい)
そんな予感に笑みが零れる。
今、由良と麟也が会話している場所――
ここは、鎌倉宮から少し移動した所で、とある皇族の墓所の敷地内である。
石の階段をさらに登り詰めた頂上には、格子状の石の柵と青銅色の扉に囲まれた悲劇の皇子の墓がある。
その少し手前、階段の中腹にある踊り場のような平坦な場所に三人はいるのだった。
ここは、昼間でもあまり人気がない。
同じく親王にゆかりのある鎌倉宮に足を運ぶ者でも、ここまで来ることは稀だ。
深い緑に囲まれた不可侵の場所――そんな特別な領域感を普段から漂わせているこの場所で、由良は大胆にも、退魔の儀を行おうとしていた。
自分の領域である北辰妙見神社では、清和や親戚の目がありすぎて、止められるのは目に見えている。
どこか、この辺りで人目につかず刀を振るうことができる場所――
そう考えた時に思いついたのが、ここだった。
由良は訪れた場所で、その土地その場所の主、祀られた神の声を聞くことができる人間だが――この場所で、一度も墓の主の声らしきものを聞いたことはない。
歴史によれば、ここは後世に造られた鎮魂の場所であり、そのせいか、親王御本人の魂は此処にはいない、と感じられた。
だから、と言ってはとても失礼なのだが、此処は色々と都合が良かった。
聖域であることは言わずもがなだし、由良はこの場所と相性が良く、力を発揮しやすい。
事前に榊の枝と日本酒を持ち込み、祈りを捧げ、改めて場を浄め、簡易的な神籬――神の依り代となる場所――を作った。準備は万全。
そうして、今に至っている。
同時に、神社にとっても由良にとっても、最も大切なものを持ち出してきたのだった。
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