54 / 88
第4章 境界の扉が開くとき
◆19 由良と尊①
しおりを挟む
――皎月が、夜を照らしている。
小さな星は、その強い明かりにかき消されて見えなくなってしまう。
星を淘汰する白光だ――
浮かぶ雲の合間から除く月が、殊更に美しい夜だと思った。
それなのに気分は最悪だった。
私はずっと苛立ちを抑えていたから。
目の前の、この――「至って普通に視えるけれど、何となくモヤっとする気配」の持ち主。「葉室尊」に。
のほほんとした少年っぽいビジュアル。特筆すべきところもない平凡そうなこの青年が。来るもの拒まずの清兄はともかく、気難しい蒼兄の傍にどうして入り込めたのだろう?
私にはそれが不思議でならなかった。
「私の名前は千秋由良。千秋清和の妹で久我蒼真の従兄妹……っていうのは、もう分かってるよね」
白い輝きを仰ぎ見ながら、とても簡単で形式的な自己紹介をした。
言葉の端々に、冷たい感情が滲み出てしまう。
相手にも、多分それが伝わっているだろう。
「はい……俺は、葉室尊って言います。『プチ・エトワール』っていうパティスリーの――」
「パティシエなんでしょ?君のことはもう知ってる」
「あれっ、誰から聞いたんですか?」
「店で見慣れない人が働いているって教えてくれた人がいて、調べたから」
「………そ、そうですか」
葉室尊は肩を竦めて気まずそうな表情を浮かべる。
いつの間にか素性を調べられて、気分を害したかもしれない。でもそんな事は、今の私にはどうでも良かった。
「……ところで君、清兄のこと――どう思ってるの?」
「えっ?」
店を出て、いきなりそんなことを訊かれ、どういう意図なのか分からない彼は面食らっている。私は憮然としたまま、じっと葉室尊を見詰めた。
「えっと、その……すごく良くしてもらってますし、人間として好きですよ?」
「……いきなりあんな事されたのに?」
「いや、確かにあれはびっくりしましたけど……でも普段の清和さんは気遣いのできる優しい人だから。あれはちょっと悪ノリが過ぎたって感じですよね」
あははと笑って、人の良さそうな雰囲気を醸し出している。
それに対して、私の心の中のモヤモヤはどんどん大きくなるばかりだった。ますます葉室尊を睨みつけてしまう。
「二人の間でキスなんて何でもないこと……そう言いたいの?」
「いやいや!?さっきのは、急に身体が動かなくなったからであって……いくら、俺の事調べるためとはいえ、あんな不意打ちは無しですよっ」
マウントを取られているのかと思ったけど……はっきりしないわね、葉室尊。
「……ふうん、じゃあ蒼兄のことは?」
「………!」
会話の流れとして訊かれることは想像がついたと思うが、何故か彼は言葉を詰まらせた。
「同じ……ですよ?普通に、まあ、面倒みてもらっていて――世話にはなってます」
「……なんだか微妙な答えだね」
「いえごく普通です!普通の仲です」
妙に力いっぱい「普通」を強調してくる。何故だろう……余計にモヤモヤしてしまう。私と違って自分は普通だと言いたいのだろうか。
「それはともかく――で?君は、どうして『ななつ星』で働いてるの?」
「それは、話すと少し長くなるんですけど――」
小さな星は、その強い明かりにかき消されて見えなくなってしまう。
星を淘汰する白光だ――
浮かぶ雲の合間から除く月が、殊更に美しい夜だと思った。
それなのに気分は最悪だった。
私はずっと苛立ちを抑えていたから。
目の前の、この――「至って普通に視えるけれど、何となくモヤっとする気配」の持ち主。「葉室尊」に。
のほほんとした少年っぽいビジュアル。特筆すべきところもない平凡そうなこの青年が。来るもの拒まずの清兄はともかく、気難しい蒼兄の傍にどうして入り込めたのだろう?
私にはそれが不思議でならなかった。
「私の名前は千秋由良。千秋清和の妹で久我蒼真の従兄妹……っていうのは、もう分かってるよね」
白い輝きを仰ぎ見ながら、とても簡単で形式的な自己紹介をした。
言葉の端々に、冷たい感情が滲み出てしまう。
相手にも、多分それが伝わっているだろう。
「はい……俺は、葉室尊って言います。『プチ・エトワール』っていうパティスリーの――」
「パティシエなんでしょ?君のことはもう知ってる」
「あれっ、誰から聞いたんですか?」
「店で見慣れない人が働いているって教えてくれた人がいて、調べたから」
「………そ、そうですか」
葉室尊は肩を竦めて気まずそうな表情を浮かべる。
いつの間にか素性を調べられて、気分を害したかもしれない。でもそんな事は、今の私にはどうでも良かった。
「……ところで君、清兄のこと――どう思ってるの?」
「えっ?」
店を出て、いきなりそんなことを訊かれ、どういう意図なのか分からない彼は面食らっている。私は憮然としたまま、じっと葉室尊を見詰めた。
「えっと、その……すごく良くしてもらってますし、人間として好きですよ?」
「……いきなりあんな事されたのに?」
「いや、確かにあれはびっくりしましたけど……でも普段の清和さんは気遣いのできる優しい人だから。あれはちょっと悪ノリが過ぎたって感じですよね」
あははと笑って、人の良さそうな雰囲気を醸し出している。
それに対して、私の心の中のモヤモヤはどんどん大きくなるばかりだった。ますます葉室尊を睨みつけてしまう。
「二人の間でキスなんて何でもないこと……そう言いたいの?」
「いやいや!?さっきのは、急に身体が動かなくなったからであって……いくら、俺の事調べるためとはいえ、あんな不意打ちは無しですよっ」
マウントを取られているのかと思ったけど……はっきりしないわね、葉室尊。
「……ふうん、じゃあ蒼兄のことは?」
「………!」
会話の流れとして訊かれることは想像がついたと思うが、何故か彼は言葉を詰まらせた。
「同じ……ですよ?普通に、まあ、面倒みてもらっていて――世話にはなってます」
「……なんだか微妙な答えだね」
「いえごく普通です!普通の仲です」
妙に力いっぱい「普通」を強調してくる。何故だろう……余計にモヤモヤしてしまう。私と違って自分は普通だと言いたいのだろうか。
「それはともかく――で?君は、どうして『ななつ星』で働いてるの?」
「それは、話すと少し長くなるんですけど――」
18
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
京都かくりよあやかし書房
西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。
時が止まった明治の世界。
そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。
人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。
イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。
※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。
待つノ木カフェで心と顔にスマイルを
佐々森りろ
キャラ文芸
祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」
昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。
叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。
すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。
しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……
マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。
しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!
人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。
天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。
日照不足は死活問題である。
賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。
ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。
ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。
命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。
まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。
長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。
父と母のとの間に起きた事件。
神がいなくなった理由。
「誰か本当のことを教えて!」
神社の存続と五穀豊穣を願う物語。
☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる