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第3章 『ななつ星』という結界
◆7 招かれた理由①
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――最後のお客様を送り出し、店を閉めて、ようやく3人だけで話せる時間が取れたのは、22時の閉店からしばらく経った頃だった。
「お疲れ様!いやー、本当に助かった。ありがとうね、尊くん」
清和が笑顔で労ってくれる。
彼は仕事中も時々メニューについて説明してくれていたし、一人で厨房を回しているというのに、こちらへの気遣いも完璧で。
おまけに気難しそうな蒼真も彼の言うことなら素直に聞く……という光景を何度か目にして、衝撃を受けた。従兄弟同士だというが、傍で見ていると二人の雰囲気は兄弟のようで、蒼真は基本的に彼に頭が上がらないようだ。
そんな猛獣遣いみたいなスキルにもすっかり感動してしまった。
「……俺、猫の手くらいには役に立ちましたかね?」
色々不慣れなことも多かったし、実際の所どうだったのか気になって聞いてみると、清和は目を見開いて「もちろん」と大きく頷いた。
「かなり助かったよ?これは社交辞令じゃなくて本音。ムチャ振りをして悪かったね」
そう言ってポンポンと肩を叩かれた。蒼真と比べると、とても雰囲気が柔らかくて穏やかだ。優しい笑顔を向けられて、正直ホッとした。
「そう言ってもらえて安心しました」
「だよな?蒼真も助かっただろ」
「……まぁこのくらい、元々接客経験があるなら――出来て普通じゃないか?」
視線を合わさず、しれっと呟いたのは蒼真だ。
……まぁ別に期待はしてませんけどね?
もうちょっと他に言うことないのかな?
そっけない言葉をかけられて、少しだけムッとする。
――とは言っても。
蒼真も、仕事中はきちんとフォローしてくれたし、分からないことには丁寧に答えてくれていた。口調はずっとこんな感じだが、仕事中は別に気にならないし、自分の店の梶原店長と通じる雰囲気もあった。変に気は遣わず、ムダのない的確な指示を出してくれるのは動きやすい。
もしかして一緒に働くとしたら、案外やりやすい相手かも……と、そう思わせられてしまった。
「まぁでも、ウチから依頼してるお仕事が、少し早く始まったと思ってくれたら。もちろん、今日の働き分も報酬に加えておくしね」
清和の口から依頼された仕事の話が出て、尊はハッとする。
「あっ、あの」
「うん?」
「メニュー開発の件、あれって清和さんも承知してるんですか?」
「ああ、もちろん。ここの店長は俺だしね」
「ここで何日か一緒に働くのが条件……って言われましたけど、本気ですか?」
そうなのだ。
あの後、さらに告げられた詳しい仕事内容は――
「『ななつ星』で実際に働きながら、スイーツの新メニューを考えて欲しい」
ということだった。
梶原店長からは少し変わった依頼だから、受けるかどうかはお前に任せると言われていた。メニューひとつ作るのに「一緒に働く」なんて条件……普通はあり得ないだろう。
明らかに自分をこの店に来させる口実なんだよな、と思い、頭に血が昇った状態でここまで来たのに。
いつの間にか、すっかり憤りが消えてしまった。
働いているうちに、この店の雰囲気にすっかり馴染んだ……いや取り込まれた、というべきか?
まあいいかとなってしまった自分は、やっぱり単純なのかもしれない。
だが、そうは言っても、やはりきちんと本当の理由を訊いておきたかった。
「もちろん本気だよ?スイーツメニューを置きたいっていうのも本当。女性客が多いこともあるし、ウチの店の客層とか、雰囲気とか、色々知ってから考えて欲しいから……まぁでも、僕達の本音は――それだけじゃあない、っていうのは」
そこで、清和がにっこりと――さらに笑みを深くした。
「君にも、分かってると思うけどね」
この発言が合図だったように、蒼真の雰囲気が変わった。
目付きが一瞬で剣呑なものになり、優しげだと思った清和までも、鋭さを纏った気がする。自分に集中する視線を受けて……尊は、ハッと身が縮む思いがした。
「お疲れ様!いやー、本当に助かった。ありがとうね、尊くん」
清和が笑顔で労ってくれる。
彼は仕事中も時々メニューについて説明してくれていたし、一人で厨房を回しているというのに、こちらへの気遣いも完璧で。
おまけに気難しそうな蒼真も彼の言うことなら素直に聞く……という光景を何度か目にして、衝撃を受けた。従兄弟同士だというが、傍で見ていると二人の雰囲気は兄弟のようで、蒼真は基本的に彼に頭が上がらないようだ。
そんな猛獣遣いみたいなスキルにもすっかり感動してしまった。
「……俺、猫の手くらいには役に立ちましたかね?」
色々不慣れなことも多かったし、実際の所どうだったのか気になって聞いてみると、清和は目を見開いて「もちろん」と大きく頷いた。
「かなり助かったよ?これは社交辞令じゃなくて本音。ムチャ振りをして悪かったね」
そう言ってポンポンと肩を叩かれた。蒼真と比べると、とても雰囲気が柔らかくて穏やかだ。優しい笑顔を向けられて、正直ホッとした。
「そう言ってもらえて安心しました」
「だよな?蒼真も助かっただろ」
「……まぁこのくらい、元々接客経験があるなら――出来て普通じゃないか?」
視線を合わさず、しれっと呟いたのは蒼真だ。
……まぁ別に期待はしてませんけどね?
もうちょっと他に言うことないのかな?
そっけない言葉をかけられて、少しだけムッとする。
――とは言っても。
蒼真も、仕事中はきちんとフォローしてくれたし、分からないことには丁寧に答えてくれていた。口調はずっとこんな感じだが、仕事中は別に気にならないし、自分の店の梶原店長と通じる雰囲気もあった。変に気は遣わず、ムダのない的確な指示を出してくれるのは動きやすい。
もしかして一緒に働くとしたら、案外やりやすい相手かも……と、そう思わせられてしまった。
「まぁでも、ウチから依頼してるお仕事が、少し早く始まったと思ってくれたら。もちろん、今日の働き分も報酬に加えておくしね」
清和の口から依頼された仕事の話が出て、尊はハッとする。
「あっ、あの」
「うん?」
「メニュー開発の件、あれって清和さんも承知してるんですか?」
「ああ、もちろん。ここの店長は俺だしね」
「ここで何日か一緒に働くのが条件……って言われましたけど、本気ですか?」
そうなのだ。
あの後、さらに告げられた詳しい仕事内容は――
「『ななつ星』で実際に働きながら、スイーツの新メニューを考えて欲しい」
ということだった。
梶原店長からは少し変わった依頼だから、受けるかどうかはお前に任せると言われていた。メニューひとつ作るのに「一緒に働く」なんて条件……普通はあり得ないだろう。
明らかに自分をこの店に来させる口実なんだよな、と思い、頭に血が昇った状態でここまで来たのに。
いつの間にか、すっかり憤りが消えてしまった。
働いているうちに、この店の雰囲気にすっかり馴染んだ……いや取り込まれた、というべきか?
まあいいかとなってしまった自分は、やっぱり単純なのかもしれない。
だが、そうは言っても、やはりきちんと本当の理由を訊いておきたかった。
「もちろん本気だよ?スイーツメニューを置きたいっていうのも本当。女性客が多いこともあるし、ウチの店の客層とか、雰囲気とか、色々知ってから考えて欲しいから……まぁでも、僕達の本音は――それだけじゃあない、っていうのは」
そこで、清和がにっこりと――さらに笑みを深くした。
「君にも、分かってると思うけどね」
この発言が合図だったように、蒼真の雰囲気が変わった。
目付きが一瞬で剣呑なものになり、優しげだと思った清和までも、鋭さを纏った気がする。自分に集中する視線を受けて……尊は、ハッと身が縮む思いがした。
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