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第3章 『ななつ星』という結界
◆5 お店の中で睨みあい!
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「ご注文がお決まりでしたら、どうぞ」
「お兄さん……初めて見るけど、新しく入ったひと?由良くんは今日いないのぉ?」
(??由良くん……?)
いきなりあれっと思った。休んでいるのは確か妹さんだったよな?
「ちょっと都合が悪くて、今日は俺だけです」
とりあえずそう伝え、にっこりと精一杯愛想よく微笑んでみる。
「ふぅーん、そっかぁ。残念」
女性のテンションは明らかに下がってしまった。「由良くん」がお目当てだったらしい。
「ご注文、どうしましょうか?」
「……そうだなぁ、別になんでもいいんだけど……おすすめとかある?」
尊は彼女が手にするメニューを覗き込んだ。
「そうですね……お食事はされますか?」
「ちょっとお腹も減ってる。おつまみなら何がいいかな」
「すぐに食べたいならこちらの前菜とサラミの盛り合わせとか……あと季節メニューの舞茸とタコのアヒージョが、今のおすすめですかね」
ゆるく巻いた長い髪を指先で弄りながら、へぇとか、ふぅんとか言いつつ、それ美味しそうと言ってくれた。
「お酒のおすすめは?」
(あまり知っているカクテルは多くないんだけど、何をすすめよう?)
女性の姿形をあらためて見直し、真剣に考えた。
彼女のファッションは、肩を出したトップスにチュールスカート。女性らしい甘めのスタイル。
単純かもしれないけど、お酒も甘くて飲みやすいのが好みかもしれない。
「サッパリ系ならジントニック、甘めならシャンパンベースのベリーニなんてどうでしょう。どっちも飲みやすいカクテルですよ」
「……じゃあ甘めので」
「かしこまりました!ありがとうございます」
尊が頑張って対応したお陰かどうか分からないが、気怠るい雰囲気の若い女性は、おつまみを2つとカクテルを1つ注文してくれた。ホッとしてカウンターに戻って行く。
「オーダーお願いします……あんな感じの対応で大丈夫でしたか?」
「いや、全然問題なし!さすが梶原さんのとこで働いてるだけあるなー。安心して見ていられる」
「……案外手慣れてるな。酒は強くなさそうだと思ったが、カクテルには意外と詳しいのか?」
様子を見ていた清和に褒められ、驚いた顔の蒼真を見て、少しだけ嬉しくなった。
「さっきのおすすめは、女友達が好きなカクテルを言ってみただけで……引き出しはそんなに無いんですよね。またあんな風に聞かれたら、多分答えに困るかも」
「困ったらすぐ聞きに来い。無理に自分だけで何とかしようとするな」
「あっ、はい。分かりました……!」
反射的に敬語が出た。
予想外に優しい言葉をかけられて――もの凄くビックリしたせいだ。
この男の口から、こんな理想の上司みたいな台詞が聞けるとは。
「………」
「何だ?何か言いたそうな顔だな」
「久我さんて、俺に対してそういう普通の対応も出来るんだなぁ……って、ちょっと感動して」
この台詞を聞いていた清和が、盛大に吹き出して爆笑した。
「あはは!いいよいいよ、その調子。蒼真にはそれくらいの対応が正解」
ビシッと親指を立てられた。
蒼真は思い切り眉を顰めている。
「可愛い顔して案外言うよねぇ、尊くん。いいね、そういうとこ俺は気に入った」
清和は肩を震わせて笑っている。そんなつもりはなかったが、嫌味っぽくなってしまったようだ。
「お前は、俺をどんな奴だと思ってるんだ?」
「えーと、だいぶ自己中……いや我が道を行く人だなって」
「…………」
またしても正直に本音を言ってしまい、蒼真の眉間のシワが深くなった。
色々言いたいことを言ってやると思ってここに来たせいか、つい強気な言葉が出てしまう。
「……この俺に、面と向かっていい度胸だな」
「だって、これまでの俺に対する言動、客観的に振り返ってみたらそうなるでしょ……!?」
今の尊は、色々画策されてここに呼ばれたこともあって、かなりケンカ腰になっている。蒼真がさらに凄んだ目付きで思い切りこちらを睨んできたので――尊も怯まず睨み返した。
「お前が、俺にそうさせてるんだろう」
「全部俺のせい?だから、そういう言い方とかが――」
「……あ?」
お互い譲らず、睨み合いが続く。
顔と顔が近付く。
ますますヒートアップしていきそうなところで――
「はいストップー。君たち、営業中に大人げなく揉めないように」
「すいませーん、注文お願いします」
清和からの静止と同時に、お客からも声がかかった。
「はーい!」と尊は軽快なフットワークでお客の所へ飛んで行く。
拍子抜けしたのは蒼真だった。放置されてしまい、切り替えが早すぎると一人でぼやいている。
それを見ていた清和がにやにやと笑い、
「お前に平気で口ごたえ出来る人間って、かなり貴重だよな?」
何故だかやけに嬉しそうに、厨房に戻っていった。
(……のんびりしているくせに、俺には随分ずけずけと物を言う)
自分を揶揄いたそうな清和の態度は気に入らないが、尊の方は案外順応性が高くて、そこには感心していた。
(あいつが傍にいると、どういう訳か……気が緩むな)
多少キツイことを言っても平気で言い返してくるし、本音で話しても大丈夫な相手だと、感じ始めている。
気になっているのは、隠された「本性」の部分だけだと思っていたが――
「尊」の存在そのものが、気になっているのか、と。
そう思うと、蒼真は少々複雑な気分になった。
「お兄さん……初めて見るけど、新しく入ったひと?由良くんは今日いないのぉ?」
(??由良くん……?)
いきなりあれっと思った。休んでいるのは確か妹さんだったよな?
「ちょっと都合が悪くて、今日は俺だけです」
とりあえずそう伝え、にっこりと精一杯愛想よく微笑んでみる。
「ふぅーん、そっかぁ。残念」
女性のテンションは明らかに下がってしまった。「由良くん」がお目当てだったらしい。
「ご注文、どうしましょうか?」
「……そうだなぁ、別になんでもいいんだけど……おすすめとかある?」
尊は彼女が手にするメニューを覗き込んだ。
「そうですね……お食事はされますか?」
「ちょっとお腹も減ってる。おつまみなら何がいいかな」
「すぐに食べたいならこちらの前菜とサラミの盛り合わせとか……あと季節メニューの舞茸とタコのアヒージョが、今のおすすめですかね」
ゆるく巻いた長い髪を指先で弄りながら、へぇとか、ふぅんとか言いつつ、それ美味しそうと言ってくれた。
「お酒のおすすめは?」
(あまり知っているカクテルは多くないんだけど、何をすすめよう?)
女性の姿形をあらためて見直し、真剣に考えた。
彼女のファッションは、肩を出したトップスにチュールスカート。女性らしい甘めのスタイル。
単純かもしれないけど、お酒も甘くて飲みやすいのが好みかもしれない。
「サッパリ系ならジントニック、甘めならシャンパンベースのベリーニなんてどうでしょう。どっちも飲みやすいカクテルですよ」
「……じゃあ甘めので」
「かしこまりました!ありがとうございます」
尊が頑張って対応したお陰かどうか分からないが、気怠るい雰囲気の若い女性は、おつまみを2つとカクテルを1つ注文してくれた。ホッとしてカウンターに戻って行く。
「オーダーお願いします……あんな感じの対応で大丈夫でしたか?」
「いや、全然問題なし!さすが梶原さんのとこで働いてるだけあるなー。安心して見ていられる」
「……案外手慣れてるな。酒は強くなさそうだと思ったが、カクテルには意外と詳しいのか?」
様子を見ていた清和に褒められ、驚いた顔の蒼真を見て、少しだけ嬉しくなった。
「さっきのおすすめは、女友達が好きなカクテルを言ってみただけで……引き出しはそんなに無いんですよね。またあんな風に聞かれたら、多分答えに困るかも」
「困ったらすぐ聞きに来い。無理に自分だけで何とかしようとするな」
「あっ、はい。分かりました……!」
反射的に敬語が出た。
予想外に優しい言葉をかけられて――もの凄くビックリしたせいだ。
この男の口から、こんな理想の上司みたいな台詞が聞けるとは。
「………」
「何だ?何か言いたそうな顔だな」
「久我さんて、俺に対してそういう普通の対応も出来るんだなぁ……って、ちょっと感動して」
この台詞を聞いていた清和が、盛大に吹き出して爆笑した。
「あはは!いいよいいよ、その調子。蒼真にはそれくらいの対応が正解」
ビシッと親指を立てられた。
蒼真は思い切り眉を顰めている。
「可愛い顔して案外言うよねぇ、尊くん。いいね、そういうとこ俺は気に入った」
清和は肩を震わせて笑っている。そんなつもりはなかったが、嫌味っぽくなってしまったようだ。
「お前は、俺をどんな奴だと思ってるんだ?」
「えーと、だいぶ自己中……いや我が道を行く人だなって」
「…………」
またしても正直に本音を言ってしまい、蒼真の眉間のシワが深くなった。
色々言いたいことを言ってやると思ってここに来たせいか、つい強気な言葉が出てしまう。
「……この俺に、面と向かっていい度胸だな」
「だって、これまでの俺に対する言動、客観的に振り返ってみたらそうなるでしょ……!?」
今の尊は、色々画策されてここに呼ばれたこともあって、かなりケンカ腰になっている。蒼真がさらに凄んだ目付きで思い切りこちらを睨んできたので――尊も怯まず睨み返した。
「お前が、俺にそうさせてるんだろう」
「全部俺のせい?だから、そういう言い方とかが――」
「……あ?」
お互い譲らず、睨み合いが続く。
顔と顔が近付く。
ますますヒートアップしていきそうなところで――
「はいストップー。君たち、営業中に大人げなく揉めないように」
「すいませーん、注文お願いします」
清和からの静止と同時に、お客からも声がかかった。
「はーい!」と尊は軽快なフットワークでお客の所へ飛んで行く。
拍子抜けしたのは蒼真だった。放置されてしまい、切り替えが早すぎると一人でぼやいている。
それを見ていた清和がにやにやと笑い、
「お前に平気で口ごたえ出来る人間って、かなり貴重だよな?」
何故だかやけに嬉しそうに、厨房に戻っていった。
(……のんびりしているくせに、俺には随分ずけずけと物を言う)
自分を揶揄いたそうな清和の態度は気に入らないが、尊の方は案外順応性が高くて、そこには感心していた。
(あいつが傍にいると、どういう訳か……気が緩むな)
多少キツイことを言っても平気で言い返してくるし、本音で話しても大丈夫な相手だと、感じ始めている。
気になっているのは、隠された「本性」の部分だけだと思っていたが――
「尊」の存在そのものが、気になっているのか、と。
そう思うと、蒼真は少々複雑な気分になった。
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