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第3章 『ななつ星』という結界

◆1 一夜明けて

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――翌朝。
スッキリしない感情を抱えながら、尊はいつも通り『プチ・エトワール』に出勤していた。

体調の方はすっかり良くなって問題なかったが、昨夜の蒼真との別れ方があまりにも最悪だったせいで……メンタルの方はどうにも落ち着かないままだ。

「尊、大丈夫?もしかして、まだ体調悪い?」
「あっ、はい!すみません美玲先輩、何でもありません」

ぼんやりしている尊を見て、まだ具合が悪いのかと周囲が心配する。

(こんなんじゃダメだ……!しっかりしないと)

パンパンと自分の頬を叩いて気合いを入れ直してから、尊は仕事に向かう。
冷蔵ケースに出来上がったケーキを並べ、焼き菓子の補充をし、カウンター周りの備品のチェックや片付けなど、開店の準備を滞りなくすませた。

そうしてやる事をやってしまい、開店5分前の一瞬の空白時間が訪れると、頭の中に、どうしても昨夜の記憶が甦ってしまう。


――昨夜、起きたこと。

謎のバーテンダーに出逢って。

その男は除霊ができる人間で。

自分に憑いていた女性の霊を祓ってくれた。

これまで幽霊関係で色々悩んできた自分にしたら、ずっと出会いたかった相手だった、のに――

(………ああ……なんで、こんな最悪な出会いになっちゃったんだろう……!?)

除霊をしてくれたと聞いた時は、単純にすごく喜んでいたのに。
その後は、いきなりベッドに押し倒されて、さっきの事を憶えていないのか、お前は何なんだと詰め寄られ――正直、訳が分からなくて……混乱したし、腹が立ったし……悲しくもなった。

自分と同じモノが視える人に、やっと出逢えた。
自分と違って色々なことができる凄い霊能力者みたいだし、これまでのこと、これからのこと、何より自分について、分からないことが色々訊けるかも、と。
そう思って喜んだのも束の間。
『お前は普通じゃない』とか――『理解不能』だとも、言われてしまった。

落ち着いて考えれば、自分勝手な期待が膨らみすぎた結果でもあるのだが……蒼真の態度にも腑に落ちない点が多かった。

『何をしたのか覚えていないのか』とか、『本性を暴く』とか……

(多分、目が覚める前のことを言ってるんだと思うけど……俺、寝惚けて何かしたのかな?)

うぅーん、と唸ってばかりだ。
朝からずっと同じことを繰り返し考えてしまっている。
色々はっきりしないままなので、余計気になって仕方がなかった。

正直、今すぐにでもあの店に行って、事の経緯をきちんと確かめたい。
けれど……。

(もう一度、あの人に会うのが……怖いんだ、俺)

本当は、会いたい。
話してみたい。
あの人の事がもっと知りたい。
でも迂闊に近付けば、また手酷く拒絶されるかもしれない。
勝手に同類みたいに思ってしまったけど、向こうには全く種類の違う人間みたいに見えてるのかもしれない……。

(普通の人から見ても、霊能力者から見ても、俺って異端なんだろうか……?)

――そんな考えが頭に浮かぶと、尊の気分はこれ以上ないくらいどんよりしてしまった。

(……あー、もう止めよう!今、そんなこと考えてもキリがない!仕事、仕事!)

そう思って気持ちを切り替えたタイミングで開店時間となり、尊は店の外に出るために入口に向かった。

これは尊の勝手な自論だが、パティスリーというのはいつ来ても楽しく、キラキラした雰囲気が必要な場所だと思う。ケーキには、普通の菓子とは違う、憧れみたいな想いも詰まっているのだ。
その憧れを売る店員が「人生ドン底です」みたいな顔をしていたら、ケーキの売上に関わる。

どんなに落ち込んでいようと、クローズの札をオープンに掛け替えたら、いつも通り笑顔でお客様を迎えなくてはならない。

「ん……?」

いつもなら、ご近所のおばあちゃんやお母さんたちが開店を待っていたりするのだが、今日は何故か扉の向こうに人だかりの影がない。

おかしいな?と思いながら、少しだけドアを開けると、黒尽くめファッションの背の高い男がひとり、仁王立ちで店の前に立つ姿が、目に飛び込んできた……!


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