オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

第２章 訳ありバーテンダーとパティシエの秘密

◆１０ 悪夢から目覚めても

…………光が消えた。


暗闇が視界を塞ぐ。


きぃ。

ぎぃ、きぃ――と。


何かが。
錆びついたような軋んだ音をたてる。


ゆっくりと。
淀んだ空気が降りてきて、饐えた匂いに包まれていく。


そして匂いと共に、足元から。
徐々に体を這い上ってくる。
自分のことを、捕えようと。
暗闇から。


……何かが

闇から這い出る何かが、視える

自分だけに視える、モノ

誰にも気付いてもらえない

逃げられない

どこまでも、何処にでも現れる

暗闇さえ有れば――

アレは、いつでも此方側に出て来れる

少しずつ、忍び寄って

手を伸ばしてくる

曲がった鉤爪
痩せた身体
頭に戴くのは、角

闇から生まれたモノ……

そのナニかが―――………

俺の身体を這い上ろうと、近付いてくる――……




「わあ……っ！！こっちに来るなぁっ！！」

声が枯れるくらい必死に叫んでいた。

「……おい！しっかりしろ、聞こえてるか？」

暗闇の中、たった一人だと思っていたら、誰かの声が聴こえた。

「嫌だ、嫌だ……っ！！助けて……！」
「俺の声を聞け！こっちを見ろ――葉室尊！！」
「………！！」

名前を呼ばれる声で、尊はようやく目を覚ました。
自分の肩を揺さぶるその相手が、誰かも分からなかった。それでも無我夢中で縋りついた。

「鬼が………！」
「！？」
「鬼が、俺の、あ、足に触って、這いあがって……きそうになって……っ」

呼吸が苦しくて、涙が出そうになった。
とても夢とは思えなかった。
リアルな恐怖が、まだ拭えなくて、尊は自分を抱く相手の胸に顔を押し付けたまま、ぶるぶると震えた。
その身体に、そっと手が添えられる。

「……それは、現実じゃない。ただの夢だ。それにこの場所は、そういうモノを寄せつけないようになっているから――安心しろ」

相手は、怯える尊を宥めるように、落ち着いた低い声でそう言って――背中を撫でている。
ゆっくりと。
大きな掌から伝わる熱が、温かくて。
少しずつ、尊の息は穏やかになっていく。

（夢……今のが、夢……？）

肌に掛かる爪の痛みまで感じたのに、と思った。呼吸が落ち着いても、それが本当に幻だったと納得できるまで、しばらくかかった。
相手の着ているシャツを強く握りしめ過ぎて、シワになっているのが見えて……慌てて手を離す。

黒いワイシャツに黒いベスト。グレーのネクタイ……この服装どこかで見たような……

恐る恐る、顔を上げて、子供のように縋りついた相手が誰なのか、そこで初めて気が付いた。

「……やっと正気に戻ったか」
「わわわ、わあっ！！」

そこにいたのは、自分を気絶させた、あのバーテンダーだった。
一気に、現実に引き戻された。けれど、これはまだ悪い夢の続きなのか？ってーーそんな風に思ってしまった……。