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第2章 訳ありバーテンダーとパティシエの秘密
◆8 もうひとつの『何か』
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「!?」
どこからともなく声が響いた。
『……それにしても、その匂いは何とかならんのか?』
「!!?」
『護摩木の匂い……どこぞの行者を思い出して気分が悪い。修験道の者どもは、いつの時代も暑苦しくて敵わぬ』
「な……」
蒼真はただ呆然と、その場に流れる言葉を聞くしかなかった。
――開いた口が塞がらない、とはまさにこの事。
まだ意識がないはずの尊の口から、別人の声が漏れている。
『どうした?口がきけなくなったか?』
横たわっていたベッドからゆっくりと上半身を起こし、こちらに向けて探るような視線を投げてくる。しかも、喋っている内容が――何やら意味不明のようで、的を射ているような気もした。
(……俺のことを「修験者」だと言い当てた?)
想定外の事態に、蒼真は激しく動揺していた。
さっきの婚礼衣装の女の霊は、確かに祓ったはずだ。
魂を焼く手応えも、しっかりあったというのに。
一体、何が起きているのか――全く意味が分からない。
だがこれは、確かに「葉室尊」ではない、と。
それだけは断言できた。
身体を包むオーラのようなものが、全く違う。
「お前は、一体――何だ?」
尊が……いや目の前の「何か」が、ニヤリと笑う。
『さぁて、「何」と問われても、少々答えに困るのぅ。我は、其方に名乗る名も義理も持ち合わせてはおらぬが――戯れに「不空羂索」とでも呼んでみるか?』
「何を、馬鹿な……!」
「不空羂索観音」なら、蒼真も知っている。六観音、または七観音のひとつとされるもので、民を救う為の羂索を手に持っている観音菩薩だ。
目の前の「何か」は自分をそう呼べと言う。
「ふざけるな」
蒼真がぴしゃりと一喝すると、相手は鈴を転がすような声で笑った。
『……やはり面白いな。其方』
「こっちは面白くも何ともない。お前が何なのか知らないが、その身体から排除してやる」
『……やってみるか?出来るものなら、な』
売り言葉に買い言葉。
お互いの間に、見えない火花が散った。
睨みあいながら、いつの間にか尊の外見が変化していることに、蒼真は今さら気付く。髪は白く光り、なんとその瞳は黄金色に輝いているではないか。
――虹彩が猫か何かの様に縦にスッと細く閉まった。その獣のような瞳を見て、ハッと我に返る。
(違う。コレは観音菩薩などではない。絶対に)
「貴様が不空羂索だと――?」
そんな筈はないと、咄嗟にそう思った。
自分には分かる。これは、この気配は――
「貴様が神仏なら、この俺に近い気配がする訳がない……!」
そう言いながら、尊の腕を抑えようとした。
――が、尊の身体は目の前から掻き消える。
恐るべき身の軽さで、あっという間にベッドから離れた場所にあるソファーに飛び移っていた。少しも音がしないことに背筋が寒くなる。
この生き物は重力とは無縁の世界にいるらしい。いや、「生き物」と言えるのかどうか、それすらも分からないが。
金色に輝く瞳と髪以外、見た目はそのままだ。ジーンズに黒のパーカーを着た普通の若者。
それなのに、その動きは人ではなかった。
その時。
――りん、と。
鈴の音が、どこからか聴こえたような気がしたが。
それも一瞬で、蒼真が意識する前に響きは遠のく……。
そうじゃなぁ、とやけに年寄りじみた呟きが更に続く。
『我と其方には似たところがある――言うなれば、夜の眷属。宵闇の月、深淵の匂い、蒼い焔……そんなものが似合う種族、と言うところか?』
ソファーの背の上にバランス良くすらりと立って、離れた場所から蒼真を見下ろしてくる。
「黙れ……!」
どこからともなく声が響いた。
『……それにしても、その匂いは何とかならんのか?』
「!!?」
『護摩木の匂い……どこぞの行者を思い出して気分が悪い。修験道の者どもは、いつの時代も暑苦しくて敵わぬ』
「な……」
蒼真はただ呆然と、その場に流れる言葉を聞くしかなかった。
――開いた口が塞がらない、とはまさにこの事。
まだ意識がないはずの尊の口から、別人の声が漏れている。
『どうした?口がきけなくなったか?』
横たわっていたベッドからゆっくりと上半身を起こし、こちらに向けて探るような視線を投げてくる。しかも、喋っている内容が――何やら意味不明のようで、的を射ているような気もした。
(……俺のことを「修験者」だと言い当てた?)
想定外の事態に、蒼真は激しく動揺していた。
さっきの婚礼衣装の女の霊は、確かに祓ったはずだ。
魂を焼く手応えも、しっかりあったというのに。
一体、何が起きているのか――全く意味が分からない。
だがこれは、確かに「葉室尊」ではない、と。
それだけは断言できた。
身体を包むオーラのようなものが、全く違う。
「お前は、一体――何だ?」
尊が……いや目の前の「何か」が、ニヤリと笑う。
『さぁて、「何」と問われても、少々答えに困るのぅ。我は、其方に名乗る名も義理も持ち合わせてはおらぬが――戯れに「不空羂索」とでも呼んでみるか?』
「何を、馬鹿な……!」
「不空羂索観音」なら、蒼真も知っている。六観音、または七観音のひとつとされるもので、民を救う為の羂索を手に持っている観音菩薩だ。
目の前の「何か」は自分をそう呼べと言う。
「ふざけるな」
蒼真がぴしゃりと一喝すると、相手は鈴を転がすような声で笑った。
『……やはり面白いな。其方』
「こっちは面白くも何ともない。お前が何なのか知らないが、その身体から排除してやる」
『……やってみるか?出来るものなら、な』
売り言葉に買い言葉。
お互いの間に、見えない火花が散った。
睨みあいながら、いつの間にか尊の外見が変化していることに、蒼真は今さら気付く。髪は白く光り、なんとその瞳は黄金色に輝いているではないか。
――虹彩が猫か何かの様に縦にスッと細く閉まった。その獣のような瞳を見て、ハッと我に返る。
(違う。コレは観音菩薩などではない。絶対に)
「貴様が不空羂索だと――?」
そんな筈はないと、咄嗟にそう思った。
自分には分かる。これは、この気配は――
「貴様が神仏なら、この俺に近い気配がする訳がない……!」
そう言いながら、尊の腕を抑えようとした。
――が、尊の身体は目の前から掻き消える。
恐るべき身の軽さで、あっという間にベッドから離れた場所にあるソファーに飛び移っていた。少しも音がしないことに背筋が寒くなる。
この生き物は重力とは無縁の世界にいるらしい。いや、「生き物」と言えるのかどうか、それすらも分からないが。
金色に輝く瞳と髪以外、見た目はそのままだ。ジーンズに黒のパーカーを着た普通の若者。
それなのに、その動きは人ではなかった。
その時。
――りん、と。
鈴の音が、どこからか聴こえたような気がしたが。
それも一瞬で、蒼真が意識する前に響きは遠のく……。
そうじゃなぁ、とやけに年寄りじみた呟きが更に続く。
『我と其方には似たところがある――言うなれば、夜の眷属。宵闇の月、深淵の匂い、蒼い焔……そんなものが似合う種族、と言うところか?』
ソファーの背の上にバランス良くすらりと立って、離れた場所から蒼真を見下ろしてくる。
「黙れ……!」
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