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第1章 視えるパティシエと謎の店
◆ 4 背後霊が…沢山?
しおりを挟む(……あああ、また、やってしまったあぁ……)
店から鎌倉駅へと向かう帰り道。ひとり路地裏を歩きながら、尊は力のない微笑みを浮かべた。
時間は19時前で、帰宅時間としては普段より全然早い。貴重な早帰りだし、さっさと帰りたいのだが……。
………寒い。
手も、足も、冷たく冷え切って――
まるで血が通っていないみたいに思える。
季節は秋の始め。
紅葉もまだまだだし、残暑の名残も感じられて、今日も少し蒸し暑いくらいの陽気だったはず。
それなのに尊はガタガタと身体を震わせて、少しでも熱を与えようと冷たい手に息を吹きかけた。
動きの鈍った脚を引きずりながら、何とか歩いている……という情けない状況だ。
タクシーは使いたくない、というか使えない。見習いパティシエのお財布事情は常に厳しい。
相当顔色も悪かったようで、自分を見た美玲先輩に「顔、真っ青だよ!」と悲鳴をあげさせてしまった。店長にも心配されてしまい、結局、後片付けを免除され、今日はとにかく帰って休みなさい、と早々に店を追い出された。
原因は分かっている。
さっきの「霊魂」を自分に引き寄せたからだ。
(……彼女は、あの姿のまま亡くなったのかな)
先程まで視えていた「霊魂」の残像を思い返す。血のついた白い着物と、黒い着物のコントラストが目に焼き付いて離れない。結婚式を挙げたばかりで死んだのか、それとも結婚が叶わず死んだのか……その無念をあれこれ想像してしまう。その辺りに、今でも此の世に留まっている理由がありそうな。
喚びよせたあの瞬間、胸が潰れるような、悲しくて泣きたくなるような……そんな想いにも捉われた。
少し不思議なのだが、引き寄せた霊は尊自身には姿も視えず、存在も感じられなくなる。消えたのかどうか分からないが、まるでそれと引き換えのように身体に不調がおこる――それがお約束のパターンだ。
いつから、こんなことが出来るようになったのか、はっきりとは覚えていない。
『霊魂に、視えていると気付かせることで自分の方に引き寄せる――』
「視える」に付属しているおまけのようなもの。
相手に告げることもできず、それでも素通りできなくて見詰めてしまううちに、いつの間にか身に付いた……かなり消極的な技(?)だった。
存在を分かって欲しい霊からすれば、誰彼構わずすぐに飛びつきたくなる、ってことなのかも、と尊は解釈している。
このおまけ能力で成仏とか浄化とか、出来ているなら良かったのだが……残念ながら、そうではないようで。ただ宿主を変えているだけ、という気がしている。視えないけれど、多分自分に憑いているのではなかろうか。
体調が悪くなるのと、引き寄せた瞬間に、相手の記憶や感情が少し分かるのがその証だ。
ふと思ったが、今後もこれを続けたとして、視える眼を持った人がもし自分を視たら――沢山の霊を引き連れて歩いている……『ひとり百鬼夜行』みたいなことになっていたり……!?
(……やっぱり、コレをやるのは程々にしておこう)
笑えない光景をリアルに想像してしまった。
さらに寒さが増したような。
しかも勝手にやっていることなので相手に感謝されることもなく、ただ自分がしばらく辛い状態で過ごさなければならない……という虚しさ。
どうせ追加できるならもっと違う能力のオプションをお願いしたかった。
この行為の救いはと言えば、辛そうな人を助けられること。
そして、自分の不調は時間と共に自然に解消されること、だろうか。
とは言っても、元気になるまで結構時間はかかるので、本当ならこんな事やりたくはない。
それなのに目の前で取り憑かれている人を見ると、ついやってしまう。
自分でも馬鹿だなとは思う。
じゃあ何でやってしまうかと言えば……負けず嫌いな性格もあって、何もしない、出来ない、というのが多分――悔しいから、だろう。
とにかく、あのまま見過ごしていたら、ずっと後悔することになったはず。
それを思えば、体調は最悪でも今の状態の方がまだいいや、と。尊は自分を納得させた。
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