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第1章 視えるパティシエと謎の店
◆ 2 血濡れの花嫁衣装
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この店の中では自分にだけ視えている魂の残り火。
――いわゆる「霊魂」。
尊は、こういったものが子供の頃から視えてしまう独特の感覚を持っていた。
この普通ではない感覚……能力という程、大層なものではない「視えやすい霊感体質」が尊の唯一にして最大の心配事であり、物心ついてからずっと抱えている悩みの種だ。
いつものように、じっと眼を凝らすと姿形がしっかり視えてくる。
(古風な着物を着てる……ちょっと昔の時代の女の人か……?)
白い着物の上に黒い着物を重ね着した姿。帯も白い。胸元には時代劇のお姫様のように懐剣もある。もしかしてこれは……花嫁衣装なのだろうか?
着物は古めかしい図柄だが、かなり豪華な刺繍が施されているようだ。
細かい部分まで視えてくると、白い胸元に咲いた牡丹の花のような「紅」が気になった。
最初は柄なのかと思ったが――それは首元から滴るような筋を引いて広がっていて……流血の証なのだと気付き、ハッとなる。
……切られたのか、自ら切ったのか。
その辺に、彼女が消えられずにいる理由があるのだろうか――……
髪は結っておらず、だらりと下ろされた長い髪が、黒いモヤとなって男性の体に纏わりついている。その顔は、髪に覆われてよく視えなかった。
その姿は日本画などでみるいかにもな幽霊とは違って、生きていた頃のことを想像させて痛々しい。
店内の壁沿いに設えられた棚の上には、ペストリーと呼ばれる甘いパンや、惣菜パンが置かれている。
問題の男性客は生のケーキ類ではなくそういったパン類がお目当てのようで、それらを見回し、幾つかトレイに乗せながらゆっくりと尊のいるレジカウンターへと近付いてくる。
買い物をしに来たお客様なのでレジに来るのは当たり前だが……「それ」が少しずつこちらに向かってくるという状況に、尊は気が気ではない。
左手首に巻いている水晶のブレスレットに、無意識に指で触れた。
(うぅ、めちゃくちゃ怖いんですけど!これが少しは効果を発揮してくれないかな)
魔除に効果があるという品で、とある神社で最近買った物だ。10,000円もする値段にびっくりしながら、藁にも縋る思いで購入し、身に付けてみたのだが――
これが本物なら、アレも自分には近付けないとか、もしくは視えなくなるとか、分かりやすい変化が、何かあって欲しかった。
こういうことに慣れたつもりの尊でも、怖いものは怖い。長いあいだ刷り込まれ続けた恐怖心はそう簡単には無くならない。
だが、あまり見過ぎると宿主にも、憑いている女性にも気付かれてしまう……そうなると色々厄介だ。
尊は意識して目を逸らした。
(子供の頃は死んでる人だって気付かなくて、あの人だあれ?ってよく親に訊いたりしてたよな……)
最初は何のことかと笑っていた両親も、次第に尊が普通ではないと分かって――どう対応したらいいのかと頭を悩ませるようになった。
眼の病気、脳の病気、心の病気……色々調べられたけど、何も見つからず。
自分にしか視えていないのだと自覚してからは、周りを困らせるだけだと分かり、今は口にするのを止めている。
――これが尊の日常。
此の世に彷徨っている魂が視えてしまう。
でもそれだけだ。
祓うことが出来るとか、そういう能力は残念ながら全くない。
憑かれている人に伝えることで、人助けができたらいいと思った時期もある。
でも信じてもらえることは殆どなく、怖がらせるだけで……
過去には色々あった。
そんな実体験から、現在の「見ざる言わざる聞かざる」状態に落ちいっている。
もちろん、この職場でも誰にも話していない。
2人とも良い人だと分かってはいる。
ただ、せっかく就職できた憧れの職場で迷惑はかけたくないし、怖がらせたり……また気味悪がられたり、したくなかった。
――いわゆる「霊魂」。
尊は、こういったものが子供の頃から視えてしまう独特の感覚を持っていた。
この普通ではない感覚……能力という程、大層なものではない「視えやすい霊感体質」が尊の唯一にして最大の心配事であり、物心ついてからずっと抱えている悩みの種だ。
いつものように、じっと眼を凝らすと姿形がしっかり視えてくる。
(古風な着物を着てる……ちょっと昔の時代の女の人か……?)
白い着物の上に黒い着物を重ね着した姿。帯も白い。胸元には時代劇のお姫様のように懐剣もある。もしかしてこれは……花嫁衣装なのだろうか?
着物は古めかしい図柄だが、かなり豪華な刺繍が施されているようだ。
細かい部分まで視えてくると、白い胸元に咲いた牡丹の花のような「紅」が気になった。
最初は柄なのかと思ったが――それは首元から滴るような筋を引いて広がっていて……流血の証なのだと気付き、ハッとなる。
……切られたのか、自ら切ったのか。
その辺に、彼女が消えられずにいる理由があるのだろうか――……
髪は結っておらず、だらりと下ろされた長い髪が、黒いモヤとなって男性の体に纏わりついている。その顔は、髪に覆われてよく視えなかった。
その姿は日本画などでみるいかにもな幽霊とは違って、生きていた頃のことを想像させて痛々しい。
店内の壁沿いに設えられた棚の上には、ペストリーと呼ばれる甘いパンや、惣菜パンが置かれている。
問題の男性客は生のケーキ類ではなくそういったパン類がお目当てのようで、それらを見回し、幾つかトレイに乗せながらゆっくりと尊のいるレジカウンターへと近付いてくる。
買い物をしに来たお客様なのでレジに来るのは当たり前だが……「それ」が少しずつこちらに向かってくるという状況に、尊は気が気ではない。
左手首に巻いている水晶のブレスレットに、無意識に指で触れた。
(うぅ、めちゃくちゃ怖いんですけど!これが少しは効果を発揮してくれないかな)
魔除に効果があるという品で、とある神社で最近買った物だ。10,000円もする値段にびっくりしながら、藁にも縋る思いで購入し、身に付けてみたのだが――
これが本物なら、アレも自分には近付けないとか、もしくは視えなくなるとか、分かりやすい変化が、何かあって欲しかった。
こういうことに慣れたつもりの尊でも、怖いものは怖い。長いあいだ刷り込まれ続けた恐怖心はそう簡単には無くならない。
だが、あまり見過ぎると宿主にも、憑いている女性にも気付かれてしまう……そうなると色々厄介だ。
尊は意識して目を逸らした。
(子供の頃は死んでる人だって気付かなくて、あの人だあれ?ってよく親に訊いたりしてたよな……)
最初は何のことかと笑っていた両親も、次第に尊が普通ではないと分かって――どう対応したらいいのかと頭を悩ませるようになった。
眼の病気、脳の病気、心の病気……色々調べられたけど、何も見つからず。
自分にしか視えていないのだと自覚してからは、周りを困らせるだけだと分かり、今は口にするのを止めている。
――これが尊の日常。
此の世に彷徨っている魂が視えてしまう。
でもそれだけだ。
祓うことが出来るとか、そういう能力は残念ながら全くない。
憑かれている人に伝えることで、人助けができたらいいと思った時期もある。
でも信じてもらえることは殆どなく、怖がらせるだけで……
過去には色々あった。
そんな実体験から、現在の「見ざる言わざる聞かざる」状態に落ちいっている。
もちろん、この職場でも誰にも話していない。
2人とも良い人だと分かってはいる。
ただ、せっかく就職できた憧れの職場で迷惑はかけたくないし、怖がらせたり……また気味悪がられたり、したくなかった。
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