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序章 遙か昔の夢語り
◆後篇
しおりを挟むそうして百夜が過ぎたある日。
すっかり日が暮れた暗い深山の中。
若者は御堂を荒らす幾人もの野党と遭遇してしまう。
御像に手をかけ、売り払う手筈を話し合う彼奴らを見て、若者は怒りに我を忘れた。
腰の刀を抜き払い、御堂に踊り入る。
――神仏をも畏れぬ獣め!
勢いよく切りかかった若者だったが。
御像を血で汚してしまうことを恐れた若者の太刀は、その刹那、動きを鈍らせた。
躊躇いが、運命を決めた。
若者が苦労して手に入れた花が散った。
若者は幾本もの刀で刺し貫かれ、その場に倒れる。
その身体から沢山の血が流れ出し――動くことは叶わなくなった。
そのまま、御堂の床に打ち捨てられる。
御像は何処かへ持ち去られてしまった。
……若者はその様子を、ただ床の上で見詰めることしか出来なかった。
もう、声を発することも出来ない。
目も見えない。
少しずつ息が苦しくなる。
涙が溢れた。
若者の瞼には観音像の美しい姿が、今も焼き付いて離れない。
こんなにはっきりと、その姿を思い浮かべることができるのに。
何も無くなってしまった堂内に、静けさだけが遺される――……
血溜まりに倒れ伏すその身体に。
はらはらと。
何処からともなく、花弁が舞い落ちる。
こぼれ落ちる雪のように。
白く儚く。
とめどもなく。
若者が献じ続けた花たちが、花弁となって、還ってきたようだった。
天が涙を流すとしたら、この様な光景になるのかもしれぬ。
動けぬ身体を、優しく覆い包んでいく。
……りん。
りん、りん。
りん、しゃん。
りん、と。
倒れ伏す若者以外、誰も居らぬ空間を、白く輝く花弁と鈴の音が満たす。
『――なんと。
なんとあっけないもの。
人の命は、こんなに簡単に消えてしまう。
……これ、人の子よ。
我を独りにしないでおくれ。
其方の柔らかな言葉を、声を、もう一度、我に聴かせておくれ。
………死んではならぬ。
誓いを果たせ。
人の子よ――――』
……誰かの。
何かの、声が。
頭の中に響くのを、若者は聴いたような気がした………
――それは遠い昔の夢。
誰も知るものはいない。何処にも記されてはおらぬ、小さな物語。
膨大な時の流れの中の、ほんの一雫。
些末で儚い。だが何物にも代え難い。
命を賭した、尊い誓いの物語であったとか……
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