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26 君に、飛び込んでみる
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「えっ、わっ、どうしたの!?」
グイグイと引っ張り、店の入口へと向かう。ベルベットのカーテンを越え、無言の泉水は蓮の問いかけを無視して店の外に連れ出した。
重い扉を押し開けると、夜の冷たい空気が頬を撫でる。
頭を冷やした方がいいのは分かっている。でも抑えきれない何かが泉水を突き動かしていた。
その一方で蓮の方は、険しい顔をした泉水の様子に、嫌な予感しかしない。
これは振られるってことかと勝手に思い、どうしたらいいのかと慌てていた。
「泉水さん、その――来なければ良かったって思ってる?俺の仕事は、やっぱり受け入れられない、とか?でも少し待って欲しくて――」
「…………」
慌てて弁明をする蓮を、泉水は壁際に立たせて真正面から見据える。
そのまま、無言でネクタイを掴んだ。
力強く引き寄せられて、蓮は思わずバランスを崩す。
「えっ、わっ……!」
泉水の方に倒れ込みそうになり、何とか踏みとどまった所で――蓮は唇を奪われていた。
「!?」
泉水が蓮に口付けたのだ。
(えっ……!!?何?どういうこと!?)
思考が追いつかず慌てる蓮を黙らせるように、泉水は舌でその唇を割った。蓮の熱を探って、互いの舌先を絡める。
「……蓮、っ」
「……!!」
溢れる吐息の合間に囁かれた、切なく自分を呼ぶ泉水の声に――蓮の理性は吹き飛んだ。
泉水の手首を掴まえ、店の脇の路地に連れ込んで、その身体を壁に強く押し付ける。
どういうつもりかと問いかけるよりも先に、視線が絡み合い、泉水の欲情に濡れた瞳に誘われて、自分からさらに深く唇を重ねていった。
もう一度、舌が触れあうと、その感触に頭の奥がじんと痺れた。
熱くて、まるで別の生き物のようなそれは、泉水の欲望をはっきりと伝えている。
自分を、「欲しい」と思ってくれている……その事に、蓮は堪らなくなった。
熱。感触。匂い。息遣い。
そんな感覚の全てが思考能力を奪う。
お互いしか見えない――
周りを気にすることもせず、初めて感情のままに求めあう。柔らかな唇の感触を飽きることなく貪り、味わい尽くすかのように口腔内を舌で激しく犯し、上顎と歯列をなぞった。
「あ……っ」
喘ぐ唇から、吐息と、唾液を溢す泉水の反応に、蓮の身体はさらに熱くなる。
「泉水、さん……」
2人だけのこの時間が、永遠に続けばいいと思った。
***
――冷静な思考を取り戻したのは、かなり経ってからだ。
戻らないと、マズい。
勿論そう分かってはいたが、この状況を壊したくない気持ちが強すぎて、蓮は動けずにいた。
身体の熱が治まらなかったせいもあるが。
抱き合ったまま、目線の下にある泉水の頭にそっと口付ける。
「これが、付き合うかどうかの返事?」
「………」
「ちゃんと言ってくれないと、このまま離せない」
蓮としては、今度こそ、直にきちんとした言葉が欲しかった。
「……君から、逃げる理由を。僕は、探してたんだと……思う」
「!」
抱き合ったままの状態で、泉水は蓮の胸に埋めていた顔を上げた。
一言一句、搾り出すような泉水の声が、蓮の胸をしめつける。
「さっきの彼に、君と僕じゃ住んでる世界が違うって言われたよ」
「皇さんに……?」
「彼の言葉で逆に目が覚めた……他人に言われるまでもない。そんなの元々感じてた。だからこそ、自分の目で確かめるために、わざわざここまで来たんだ」
濡れたような瞳が蓮を見詰めている。真っすぐに。
いつも自分を癒してくれた、強くて優しい瞳だ。
「どうしようもなく好きだって、分かってたくせに。いつまでも悩んでる自分に……急にもの凄く腹が立って――つい」
「――それで、キス?」
「ごめん、酔った勢いです……」
恥ずかしそうに俯く泉水がやけに可愛らしくて、蓮は笑った。
愛しくて、幸せすぎて、おかしくなりそうだった。
「めちゃくちゃ燃えた」
「燃え……!?」
(そ、それなら良かった……のかな?)
ストレートな蓮の感想に、顔が熱くなってしまう。
泉水には、今でも恋愛の仕方が分からない。それでも――
「……『泳ぎ方を知らなければ、水の中に飛び込んでみる事だ』って名言、知ってる?」
唐突な質問を、蓮に投げかけてみた。
「え、突然のクイズ?知らないなぁ……誰の言葉?」
「調べてみて」
「宿題?」
「そう。僕は、名言事典が愛読書なんだ。読んでると、ためになって面白いよ」
へえ、と半信半疑の表情を浮かべながらも、蓮は笑った。
「知らないこと、お互い沢山あるよね」
お互いの顔を見詰め合いながら、泉水の口許にも自然と笑みが浮かぶ。
「あらためて、僕と――付き合ってくれる?」
「すっごく今更だけど……勿論」
蓮は、もう一度きつく泉水を抱き締めた。
「やっと、言ってくれたー……もう、今すぐ押し倒したい気持ちで一杯なんだけどなー」
「ええっ?」
「何で今、仕事中なんだろ……はぁ……辛すぎる。けど、そろそろ戻らなきゃ」
「うん……だよね」
「次にゆっくり会えるとしたら、また来週の月曜日?」
そうだね、と言いながら泉水は何かを思い出したようで、やや困った顔になる。
「蓮くん、その前にひとつ言っておきたいことが」
「んん?」
グイグイと引っ張り、店の入口へと向かう。ベルベットのカーテンを越え、無言の泉水は蓮の問いかけを無視して店の外に連れ出した。
重い扉を押し開けると、夜の冷たい空気が頬を撫でる。
頭を冷やした方がいいのは分かっている。でも抑えきれない何かが泉水を突き動かしていた。
その一方で蓮の方は、険しい顔をした泉水の様子に、嫌な予感しかしない。
これは振られるってことかと勝手に思い、どうしたらいいのかと慌てていた。
「泉水さん、その――来なければ良かったって思ってる?俺の仕事は、やっぱり受け入れられない、とか?でも少し待って欲しくて――」
「…………」
慌てて弁明をする蓮を、泉水は壁際に立たせて真正面から見据える。
そのまま、無言でネクタイを掴んだ。
力強く引き寄せられて、蓮は思わずバランスを崩す。
「えっ、わっ……!」
泉水の方に倒れ込みそうになり、何とか踏みとどまった所で――蓮は唇を奪われていた。
「!?」
泉水が蓮に口付けたのだ。
(えっ……!!?何?どういうこと!?)
思考が追いつかず慌てる蓮を黙らせるように、泉水は舌でその唇を割った。蓮の熱を探って、互いの舌先を絡める。
「……蓮、っ」
「……!!」
溢れる吐息の合間に囁かれた、切なく自分を呼ぶ泉水の声に――蓮の理性は吹き飛んだ。
泉水の手首を掴まえ、店の脇の路地に連れ込んで、その身体を壁に強く押し付ける。
どういうつもりかと問いかけるよりも先に、視線が絡み合い、泉水の欲情に濡れた瞳に誘われて、自分からさらに深く唇を重ねていった。
もう一度、舌が触れあうと、その感触に頭の奥がじんと痺れた。
熱くて、まるで別の生き物のようなそれは、泉水の欲望をはっきりと伝えている。
自分を、「欲しい」と思ってくれている……その事に、蓮は堪らなくなった。
熱。感触。匂い。息遣い。
そんな感覚の全てが思考能力を奪う。
お互いしか見えない――
周りを気にすることもせず、初めて感情のままに求めあう。柔らかな唇の感触を飽きることなく貪り、味わい尽くすかのように口腔内を舌で激しく犯し、上顎と歯列をなぞった。
「あ……っ」
喘ぐ唇から、吐息と、唾液を溢す泉水の反応に、蓮の身体はさらに熱くなる。
「泉水、さん……」
2人だけのこの時間が、永遠に続けばいいと思った。
***
――冷静な思考を取り戻したのは、かなり経ってからだ。
戻らないと、マズい。
勿論そう分かってはいたが、この状況を壊したくない気持ちが強すぎて、蓮は動けずにいた。
身体の熱が治まらなかったせいもあるが。
抱き合ったまま、目線の下にある泉水の頭にそっと口付ける。
「これが、付き合うかどうかの返事?」
「………」
「ちゃんと言ってくれないと、このまま離せない」
蓮としては、今度こそ、直にきちんとした言葉が欲しかった。
「……君から、逃げる理由を。僕は、探してたんだと……思う」
「!」
抱き合ったままの状態で、泉水は蓮の胸に埋めていた顔を上げた。
一言一句、搾り出すような泉水の声が、蓮の胸をしめつける。
「さっきの彼に、君と僕じゃ住んでる世界が違うって言われたよ」
「皇さんに……?」
「彼の言葉で逆に目が覚めた……他人に言われるまでもない。そんなの元々感じてた。だからこそ、自分の目で確かめるために、わざわざここまで来たんだ」
濡れたような瞳が蓮を見詰めている。真っすぐに。
いつも自分を癒してくれた、強くて優しい瞳だ。
「どうしようもなく好きだって、分かってたくせに。いつまでも悩んでる自分に……急にもの凄く腹が立って――つい」
「――それで、キス?」
「ごめん、酔った勢いです……」
恥ずかしそうに俯く泉水がやけに可愛らしくて、蓮は笑った。
愛しくて、幸せすぎて、おかしくなりそうだった。
「めちゃくちゃ燃えた」
「燃え……!?」
(そ、それなら良かった……のかな?)
ストレートな蓮の感想に、顔が熱くなってしまう。
泉水には、今でも恋愛の仕方が分からない。それでも――
「……『泳ぎ方を知らなければ、水の中に飛び込んでみる事だ』って名言、知ってる?」
唐突な質問を、蓮に投げかけてみた。
「え、突然のクイズ?知らないなぁ……誰の言葉?」
「調べてみて」
「宿題?」
「そう。僕は、名言事典が愛読書なんだ。読んでると、ためになって面白いよ」
へえ、と半信半疑の表情を浮かべながらも、蓮は笑った。
「知らないこと、お互い沢山あるよね」
お互いの顔を見詰め合いながら、泉水の口許にも自然と笑みが浮かぶ。
「あらためて、僕と――付き合ってくれる?」
「すっごく今更だけど……勿論」
蓮は、もう一度きつく泉水を抱き締めた。
「やっと、言ってくれたー……もう、今すぐ押し倒したい気持ちで一杯なんだけどなー」
「ええっ?」
「何で今、仕事中なんだろ……はぁ……辛すぎる。けど、そろそろ戻らなきゃ」
「うん……だよね」
「次にゆっくり会えるとしたら、また来週の月曜日?」
そうだね、と言いながら泉水は何かを思い出したようで、やや困った顔になる。
「蓮くん、その前にひとつ言っておきたいことが」
「んん?」
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