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24 『Φblivion』の「連夜」と泉水③

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「ユキ!」

他の席のヘルプに入っていたユキの所に、蓮がそっと駆け寄る。

「悪い。前に話した通り、泉水さん達来てるんだ。接客頼んでいいか?」

泉水達が来ることを前もって伝えておいたおかげで、ユキは直ぐに事態を把握してくれた。

「分かりました、すぐに行きます」
「サンキュ」

ユキが親指を立てて応えた。
「任せてください」とでも言いたそうな、ユキのキリッとした表情に、蓮はちょっとびっくりする。

(ユキが張り切ってる?)

おお、と何だか感動しながら、蓮はそのまま莉奈の所に向かった。

***

「はじめまして、ユキと言います。蓮夜先輩にはいつもお世話になっています」

しばらくして、ユキが泉水達の席に現れた。ペコリとお辞儀をすると綺麗に染められた金髪がサラリと流れ、繊細で整った顔を際立たせた。瞳には灰色がかったカラーコンタクト。華奢な見た目も相まって、まるで2次元から抜け出てきた少年のように見える。その雰囲気は2人を驚かせた。

礼儀正しく90度に近いお辞儀をして名刺を出してくるユキは、いつもの何倍もキビキビしている。
泉水達はそれが通常と思っているが、周りのスタッフやキャストは、ユキの変貌ぶりに一体何事かと好奇の眼差しを向けていた。

「かなり若そうに見えるが、今、幾つなんだ?」
「18です」
「18……!」

未成年と知って、ますます2人は驚いてしまう。

「未成年でも働けるって知らなかったよ」
「はい、飲酒さえしなければ。あと退店時間も人より早いですけど」
「普段、蓮……夜くんと一緒にいることが多いの?」
「『蓮』で大丈夫ですよ。普段通りで」
「ごめん、慣れなくてね」

そう言って、笑う泉水はどこか物憂げだ。
区切られたエリアの幾つか先の席に、蓮と莉奈の姿が見えていた。戻ってきた蓮を嬉しそうに迎え、体を寄り添わせている。

「橘さんと……『泉水さん』ですよね。先輩からお話しは聞いてます」

ユキは泉水をジッと見詰めた。

(これが先輩の好きな人……)

写真で見ていた通り落ち着いていて爽やかな雰囲気だ。実際に声を聴くと、イメージそのままの優しい話し方をする。
蓮とは両想いになったらしいが、まだ付き合うことを迷っていると聞いていた。

「あれ……?橘さん!こんな所で何してるの」

そんな時、通りすがった女性客から驚きの声が上がった。
髪を高い位置でひとつにまとめ、耳には大きなフープ型のピアス。
着ている服もワンショルダーで肩を大きく出したトップスに、タイトなパンツとピンヒール、というかなり派手なファッションの華やかな女性だ。

「えっ、篠塚?そっちこそ何で……あ、家が横浜でこの近辺なんだったか?」
「そうです、そうです。橘さんは桜木町でしたっけ。やだー、奇遇過ぎますね。にしても何でホストクラブなんですか?しかも女子抜きで?」

けらけらと明るく笑うその人は、橘の顔見知りらしかった。

「泉水、悪い。ちょっと抜ける。馴染みの編集者なんだが、少し話しておきたい事があってな」
「えっ」

止める間もなく橘は席を立ち、篠塚と呼んだ女性と連れ立って別の席へと行ってしまう。どうやら真面目な仕事の話があるようだ。

(独りにされてしまった……)

困ったなと思っていたら、ユキが空きかけたシャンパングラスを満たしてくれた。

「どうぞ。せっかくだから飲んでください」
「ありがとう。男相手の接客なんてさせて申し訳ないね」
「いえ、全然。僕は泉水さんとお話してみたかったので……蓮夜先輩のこと、色々心配ですか?」

どきりとして、グラスに伸びた手が一瞬止まる。

「……蓮から、僕のこと何か聞いてる?」

もし話したのなら、この青年は蓮に信頼されているのだろう、と思った。
そっと問いかけるとユキも静かに答えた。

「はい、少しだけ。ちょっと前ですけど……自分からしたら高嶺の花みたいな、スゴく好きな人がいる、って」
「……ええっ……!?」

口にしたシャンパンにせてしまう。

「まさか蓮くん、お店の中でそういう事を普通に言ってたり……!?」
「あ、俺だけです、俺だけ。2人だけの秘密って事で、こっそり教えてくれたんです。デートした後で、ちょっと惚気のろけたかったみたいですよ」

(デート!?って、『ツキナギ』に行った時のことか。あれ、蓮くんの中ではデート、だった?……スゴく好き……高嶺の花?? それ後輩くんから伝えられて、今どんな顔したらいいのかな……!)

突然、色々な情報が押し寄せて、泉水は軽く目眩を感じた。お酒のせいもあるのだろう。一気に顔が熱くなってくる。
ユキは揶揄っている様子は全くないが、真顔で言われてしまうのも相当恥ずかしい。
素面しらふではいられない状況になってきて、思わずグラスの中身を勢いよく飲み干した。

「はぁ……でも驚いた。そんな風に言ってたなんて……どちらかというと、僕の方がそう思ってたから」
「え?」

酔いが回ってきたせいもあって、泉水は次第にユキに対する緊張感が薄れてきた。次第に饒舌になってくる。

「ほら、蓮くんて誰とでも仲良くなれそうな――とにかくモテそうなタイプだから。僕は恋愛経験が少なくて……彼のそういう所に引け目を感じちゃうんだよね」
「……ああ、それは何となく分かります。僕もどちらかと言えば暗い方なので、最初は先輩の明るすぎる太陽オーラが苦手でしたから」

ホストのユキが自分を「暗い」と言えてしまうことに、少し驚く。すごく正直な子なんだなと思う。

「そうなの?秘密を共有できるくらい、今は仲が良くなってるみたいだけど」

自分でも意外だったんですよね、とユキは続ける。

「先輩って押しが強いようで、引く時は引いてくれるっていうか。案外気を遣ってくれるタイプなんで。一緒にいる相手の居心地を良くできる天性の才能がある、人たらしだなって僕は思ってて……ホストとしては最強じゃないですか?」

(……それは僕もそう思う。あの『ツキナギ』へのお誘いがデートのつもりだったとしても、蓮くんはそんな素振りを感じさせなかったし。普通に楽しませてくれて……指にキスはされた、けど)

――あの時には、もう自分を好きだったということなのか、とふと思う。
あれには……やっぱり特別な意味が込められていたのだろうか?
ユキからの情報が加わると、気になることが一気に増えて、ますます頭がグルグルしてくる。

「ユキくん……!」
「はい」
「おかわり、お願いします」
「はい」

淡い黄金色の液体をグラスに注ぎながら、ユキがポツリと呟いた。

「先輩はいつもヘルプに僕を選んでくれて……僕は、協調性があまり無くて、周りから浮いてたんですけど。だから蓮夜先輩には、とても感謝しています」

淡々と、でも思っていることをきちんと伝えようと、泉水の目をみてしっかり話してくれる。

「面倒見なくちゃとか、そういう義務感からでもなく、自然体で優しい人だなって」
「うん……うん。分かるよー。普通に人懐っこいんだよね……」

泉水の口調がだんだん緩んできた。

「僕、ツンデレなんで先輩に直接こういうことは言ってません。これは、泉水さんと2人だけの秘密ってことで」

そう言って唇に指をあて、内緒ですよと囁くユキが、ここで初めて笑った。まるで花が綻ぶような可憐さ、艶やかさで、その笑顔を間近で見た泉水は、心を撃ち抜かれたような気分になった。

(ユキくん、笑うと物凄く可愛いな……!)

これが所謂ギャップ萌えというものかと、泉水は実感した。
グラリと倒れそうになる体を何とか支える。
初見では愛想が無さそうに見えるが、一度でもこんな笑顔を見せられると急激に好感度がアップしそうだ。何とかして笑わせたい……!と思わせる所が、ユキの魅力かもしれない。

「ユキくんはお酒飲めないなら、普段何飲んでるの?何か頼んだら?」
「あ、ノンアルのカクテルとか、ビールとかです」

じゃあと、あれこれメニューを眺めている所で、2人の前に立つ人影があった。

「ユキ――蓮夜のお客様か?」
「……高城さん?」
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