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20 「告白」は、突然すぎて

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『恋は野薔薇の木、友情は柊の木。野薔薇の花咲くときは、柊の花は色を失う。だが、どちらが四六時中咲いているだろうか』

――ブロンテの「恋愛と友情」か……。

恋愛と友情は互いを退けあう……というような意味の名言の数々が、泉水の視界に映っては消えていく。
今は開店5分前。
泉水だけの時間だ。
愛読書の世界名言事典をパラパラとめくり、何度目かの溜息を吐いた。
我ながら、どれだけ乙女なんですかと言いたくなる行動である。

分かってはいるが『一体、どこからが「恋」なのか?』と、経験豊富な過去の偉人に教えを請いたい気分だった。25歳だというのに誰かときちんと付き合ったこともない自分は、とにかく恋愛偏差値が低過ぎる……と今さらながら頭を抱えている。

――「蓮への気持ち」が自分にとって特別だとしたら。

そう思い始めた泉水だが、ここからどうすべきなのかと。
蓮の「自分への気持ち」を、確かめたい気持ちももちろんあるが……どうやって?
ストレートに「僕のことどう思ってる?」なんて、訊ける気は全くしない。
それに、もし両想いだとしても……そこからどうなりたいんだろう。
蓮と自分が付き合うなんて、余りにも現実味がなかった。
また溜息を吐いたその時。

「泉水さん!」
「れ、蓮くん?」

かなり慌てた様子で、蓮が突然店に飛び込んできて、泉水を驚かせた。

「どうかしたの?そんなに急いで」
「うん、あのさ、訊きたいことがあって」

何?と問いかけると、蓮は少し呼吸を整えて。

「――この間ここで見た歯医者さん。藤田さんと、今度2人だけで出掛けるって本当?」
「え、そのことどうして……」

そう言いながら心当たりが思い浮かんだ。

「もしかして、蓮くんとアキさん……橘さんて、繋がりがある?」

蓮の方に問いかけるような視線を送ってみる。少しためらう素振りがあったが、これはもう隠しておけないと判断したのか蓮は素直に事実を告げた。

「うん、実は少し前に話しかけられて、お互いに連絡先を交換したんだけど――それはともかく、本当なんだね?」

成程、親しくなっていたから、あんな風に蓮くんの行動を読んだような発言をしていた訳か、と泉水は納得する。自分に秘密にしていたのはどういうつもりなのだろうと、それに関しては後で問い詰めたい気がした。

「まぁ、お得意様だから、断り切れなくて。同伴する適当な相手がいなくて困ってたから一度くらいならと思って受けたんだけど。でもどうしたの、それってそんなに重大なこと……?」

そう聞いた蓮は、とんでもないといった雰囲気をみなぎらせ、カウンターに両手をつき泉水の方に身を乗り出している。その余裕のない様子がいつもの蓮らしくなく、一体どうしたのかと不思議に思う。
はぁ、とひとつ息を吐くと、真剣な表情に切り替わった。

「……行かないで欲しい」
「えっ?」
「あの人と2人きりで出掛けるとか、マジで止めて欲しい」
「ちょ、ちょっと蓮くん?いきなりどうしたの??」

“アイツが絶対嫌がるだろ”

そう言った橘の言葉が頭に浮かぶ。
急に喉が渇いて、うまく声が出ない気がした。
また、心臓が煩くなる。

「蓮くんが――そんなに必至になる理由って、何……?」

躊躇いがちに絞り出した声は掠れていて、泉水の動揺が伝わってしまう。

「………俺が何を考えてるか、知りたい? 」

蓮の声のトーンが一段低く、一層真剣なものになった。
急に纏う空気が変わったように思えて、泉水の鼓動が、強く、速くなる。

「泉水さん、いつも俺は感情が顔に出やすいって揶揄からかうよね……だったら、今、俺が何を考えてるか当ててみてよ」
「……!」

真正面から視線を捉えられて、逸らすことが出来ない。
頭に血が上ってしまい、熱くて、どうしたらいいのか分からなくなってくる。
蓮の綺麗な顔が目の前にあって、問い詰めるようにこちらを見ていた。

――どう思ってるか、って?
そんな風に止めるのは……嫉妬、してるから?
それは僕のことを、友達として見ていないってこと――なのか。

蓮の気持ちを確かめる絶好のタイミングが、今、突然訪れて、泉水の喉元まで言葉が迫り上がる。

“僕を好きだから?”

――思い切ってそう訊いたら、どんな答えが返ってくるんだろう。
恋愛対象として好かれているなんて、そんな自信は今もない。
でも。
これまでの僕達のやり取りに、友情以上のものを感じたのは確かで。

訊きたい。
だけど。
それを口にしてしまったら。

(……もう元には戻れない。唯の店員とお客には――戻れなくなるんだ)

この関係を失うことが急にリアルな現実として浮かび上がり、泉水は突然、足元が崩れるような恐怖を感じた。

(蓮くんが、二度とこの店に来なくなる……?)

その想像は泉水の心を冷たく凍らせ、あっという間に自由を奪う。

「そ、そんなの――」

舌がもつれてしまう。

「超能力者じゃないし、ムリ……」

そう言って、情けなく弱気な心に降参しそうになったところで――

泉水の言葉は、蓮の唇に遮られた。

(…………え?)

びっくりし過ぎて、何が起きているのか分からなかった。

蓮に、口付けられている。
蓮は泉水の唇を啄むようにそっと触れて、すぐに離れた。

「……キスしたいって、ずっと思ってた」

そんな囁きが聴こえて、夢でも見ているのだろうかと……泉水は呆然としてしまう。

蓮の長い睫毛や切なげな表情を間近に見ると、胸が締め付けられるような思いがして、身体が熱くなる。

自分しか見ていないその瞳に、心も体も動けなくなる魔法をかけられたようで。

このキスは「告白」なのだと――ようやく受け入れられても、感情が全く追いつかない。言葉が何も出て来ない。

「蓮、くん……」

随分長い時間、見詰め合っていたような気がしたが、多分、ほんの数秒のことなのだろう。

お互いが、その手を相手に伸ばそうとした時、扉の外に人の気配を感じた。
カランとドアベルが鳴り、お客が入ってくる。

「また来るから……俺とのこと、ゆっくり考えてみて」

耳元でそう呟いて、蓮はさっと身を翻して店の外へと出て行ってしまう。
触れようと伸ばしかけた泉水の手が、そのままカウンターに落ちる。
入ってきたお客に対応するために笑顔を作ることには成功した泉水だったが、その日一日中、全く仕事が手につかず、ひどく苦労することになったのだった――
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