カフェと雪の女王と、多分、恋の話

凍星

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18 花のような微笑に(右京Side)

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――正直、一目惚れだったのかもしれない。
爽やかな雰囲気と、歯並びの綺麗な笑顔が眩しくて。
初めて見た時から好印象だったのは確かだ。

コーヒーの味も気に入ってセレスタイトに通い始め、しばらく経った頃。
彼に声を掛けられた。

「お水は、冷水と常温だとどちらがお好みですか?」と。

コーヒーを飲む時の私の癖に、彼は気が付いてくれたのだ。

これは歯科医師国家試験を受ける前から始まった、私のジンクスのようなもので――
色素沈着を気にして、コーヒーを飲む時に水も一緒に飲む。それも、かなり。
それならコーヒーを飲まなければいいとも思うのだが、嗜好品というものはそう簡単に止められるものでは無く。自分の罪悪感を少しだけ軽くするための補償行為、とも言えた。

急激な温度差が歯にはあまり良くないということも知っていて、確認してくれた訳だ。私が歯科医師だということも、テーブルに無造作に広げていた雑誌や論文で分かっていたらしく。歯に気を遣う人間だと分かった上で、気にしてくれたことに驚いたし……とても感激した。
以来、私の希望を聞いてくれて、いつも常温の水を出してくれるようになった。
気遣いや接客も素晴らしいと分かり、ますます気持ちが高まった。

それから、少しずつ彼に近付けるように努力してきたのだが……。

「藤田歯科にまたデリバリーのご依頼、ですね。この間のお届けで気に入ってもらえたんでしょうか?」
「ああ、そうなんだ。助手の皆にも好評でね。コーヒーとその日に買える焼菓子をセットで7人分。ランチ以外の時間ならデリバリーして貰えるんだよね?」
「はい、その時間なら父がいますし、混んでもいないので大丈夫です。右京さんの医院はうちから10分のビルの中ですしね」

にっこりと微笑むその姿が、今日も麗しい。
立てば芍薬、座れば牡丹…と、女性の容姿を褒める時の言い回しがあるが。
彼の場合なら、立てば竜胆、座れば紫陽花…などと、和風で青系の花で例えたくなる。儚げながら凛とした風情があって良い。
こちらもつられて笑顔になる。
彼は私の、日々の癒しとも言うべき存在になっていた。

「いつも済まないね」
「とんでもないです!こちらこそ、いつもありがとうございます。右京さんだけじゃなく、医院の方達にも沢山利用していただいて、助かってます」

よその医院での修行を終えて、実家の藤田歯科で働き始めることになったのがひと月前。元々は姉から教えてもらった店だが、今では自分の方が熱心に通っている。

「あと、これはこの間約束したスウェーデンのお土産。スウェーデンには王室があるって知ってるかな?その王室御用達のチョコレート店の商品が美味しそうだったのでね。ぜひ、泉水くんに食べさせたくて…それとこっちはトナカイのマグカップで……」

お土産物を詰めた紙袋からいくつか取り出して説明を始めると、彼は少し慌てた素振りを見せた。

「あ、あの右京さん、そんなにあれこれ頂くのはちょっと…」
「……迷惑かな?」
「いえ、そんな迷惑なんて。ただ、申し訳ないなって」
「じゃあもらってくれ。どうせ他にあげる人もいないんだ」
「……職場の皆さんには?」
「彼女達にはもちろん、それぞれお望みのお土産をもう渡しているから」
「そ、そうですか……」

そう言い切ると、彼も断りきれなかったようだ。遠慮がちにではあるが、全ての品を受け取ってくれる。
良かった。これで第一関門突破だ。

「で、だね。泉水くん。実はもう一つお願いがあるんだが」
「何でしょう?」
「付き合って欲しいお店があるんだよ」
「……僕にですか?」

そう切り出したのは鎌倉にあるショコラトリーの話。
今回の一番の目的はこれだ。
ワインとのペアリングを楽しめる企画を特別に開催していて、それに同席して欲しいと頼み込んだ。

「時間は遅めで20時からの回なので、お互い仕事が終わってから参加できると思うんだが。昔、お世話になった教授への贈り物として、そこのチョコレートを考えていて……舌の確かな人に付き合って欲しくてね」

すぐに承諾――とはいかず、彼は考える素振りを見せる。

「でも、僕もお酒とのペアリングにはそんなに確かな意見を言えないと思いますし……誰かもっと、親しい人に付き合ってもらった方が、右京さんも楽しいんじゃないですか?」

恋人の存在を気にしたようだ。

「今は特別な人もいなくてね。助手の誰かを1人だけ誘うとなると余計な誤解を生むし…私は、ぜひ君に付き合ってもらいたいんだ。帰りはもちろん、タクシーを呼んで家まで送るよ」

付き合っている人はいない、ときちんと伝えておくのも大事だろう。
あまり不自然さがなく、なおかつ押し付けがましくないように、と色々考えてのお誘いがこれだった。
今のところ、私は自分の恋愛対象が男性だということを彼に告げていない。
恋愛感情が絡んでいると悟られない方が、彼も気軽に応じてくれるのではないかと思ったからだ。

「頼むよ、泉水くん。私を助けると思って……」

拝むように手を合わせ、頭を下げる。
泉水くんは困ったなと苦笑して、しばらく考えていたが。

「右京さんにそこまで言われちゃうと……うーん、分かりました。僕で良ければ、同席させていただきます」
「そうか!?ありがとう!本当に助かるよ」

承諾してもらえた嬉しさで、彼の手を両手で包み込んだ。
びっくりした顔をしていたが、笑ったままで体を引いたりする反応はなかった。

うん。触れたりするのもダメではないようだ。

――こうして、私は2週間後の約束を取り付けることに守備よく成功した。

一度、2人だけで出掛けてしまえばお互いの距離も縮まるだろうし……私と付き合うメリットにも気付いてもらえるに違いない。

今、私が焦りを感じているのはあの男の存在を知ったからだ。
泉水くんが「蓮」と名前で呼ぶ男。

私のことを彼が下の名前で呼ぶのは、医院長である姉も「藤田先生」であり、区別するために「右京」と呼んで欲しいとこちらから頼んだからなのだが……向こうは自発的にお互いを名前で呼び合っているらしく、かなり気になった。
まあ30代の私と違って、2人は年齢も近いようだし付き合いもラフなのだろうが。

店によくいる常連の男性、「橘」と名乗った泉水くんの知人に訊いたところ、彼の職業は「ホスト」だと教えられた。……成程、派手な身なりと容姿だった訳だと納得した。
彼との仲がどこまでのものなのか分からないが、今ならまだ間に合うだろう。
――客観的に見て、彼が泉水くんに相応しいとは……到底、思えなかった。
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