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15 ホストクラブ『Φblivion』-オブリビオン- ①

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「………先輩、さっきから顔がうるさくて仕事の邪魔なんですけど」
「えっ、顔?」

後輩からのダメ出しに、蓮は深く沈めていた体をソファから起こした。
最近、蓮のヘルプにつくことが1番多いユキが、呆れ顔で立っている。

ここは蓮の勤めるホストクラブ、『Φblivionオブリビオン』の店内。
開店時間にはまだ余裕があり、マネージャーや黒服、新人ホストなど数人が、準備のためにフロアとバックヤードを行き来している。
桜木町・関内辺りでは老舗の部類に入る人気店だ。
店内の内装はアンティーク調で豪華だが派手過ぎず、落ち着いた大人向けの雰囲気を売りにしている。在籍ホストは20名ほど。
オーナーも元ホストで気さくなこともあり、店の雰囲気も良く働きやすい。
蓮は、3ヶ月前に別の店からここに移ってきた。
店での成績はトップ5圏内をキープしていて、掃除などの雑務からは解放された身分である。

「ニヤけたり難しい顔したり、何なんですか。気になりすぎて掃除も出来ないし、お客に連絡も出来ません」
「あぁ~~…顔に出ちゃってたか~、悪い悪い」

ふふふ…と蓮は静かに笑い、ますますニヤけ顔になる。
スーツ姿の長い脚を組み直し、ゆったりと背もたれに体を預けたまま前髪を軽く弄った。スマホの中の写真を何度も見返して悦に入っている様子は、誰が見ても怪しい。

「……先輩って、たまに残念なイケメンて感じになりますよね」
「ユキー?先輩への口の利き方考えようなー?」
「僕はこの塩加減がいいって、先輩も言ってくれたじゃないですか」

ユキはホストデビューしてまだ1ヶ月の新人だが、蓮に対しては遠慮がない。淡々とした口調でキツいことを言ったかと思うと急に甘えてきたりして、掴みどころがないタイプだが、誰にでも思ったことをズバズバ言う裏表のなさが蓮は気に入っていた。そもそも蓮自身もこの店ではまだ新人なので、あまり先輩ぶる気も最初からない。

「そりゃそうだけど。それは客前でのネタとしての話な?オンとオフを考えなさい」
「ええ~……先輩には……もっと大らかに僕を見守って欲しい」
「……お前のその、俺に対する謎の信頼感はどこから来てるわけ?」

ユキと話していると、強張った肩の力も抜けてしまう。話す相手に気を遣わせない、不思議な空気感を持っている。
見た目はパンク系の美少年といった風情で、左耳にはストレートバーベルと呼ばれるタイプのボディピアスを3つ着け、そのうちの2つはチェーンで繋がっている。右にも1つ。
サラリとした金髪を顎のラインで切り揃えていて、ホストとしては中々インパクトのある外見をしている。
このヴィジュアルだからバンドでもやってるのかと訊いたことがあるが、「個人情報なんで」と素気無そっけない答えが返ってきて謎のままだ。
年齢は19歳。もちろん、店で酒は飲まない。
今どきのアイドルのように整った顔をしているので、写真を見て一目惚れしましたと言って指名してくる客も多い。

だが一般常識が通じないところもあり、一緒に働くホスト仲間からのウケはあまり良くなかった。
そうこうしているうちに蓮の傍にいることが増え、ヘルプの何たるかを一から指導する役目を上から押し付けられた。
あまりうるさく言わない蓮のことを慕っているのか、なめているのか。
よく分からないがその両方という気がしている。

「俺はいいけど。他の先輩だと気にする人もいるから気を付けろってこと」
「……分かってます。蓮夜先輩以外にはこんな事言いませんし」
「うん。だからその使い分け、どういうことよ」

ユキは、この美少年ビジュアルで毒を吐くというキャラが受けているらしく。
まだ入って1ヶ月の新人だが、そこそこ固定客も付いている。
需要と供給をマッチングさせるホストクラブでは、客からの人気が全てだ。
最初は、誰にでもフラットなユキの態度に不満を漏らしていたキャストも、最近はあまりあれこれ言わなくなった。
話してみると人懐っこい所もあって礼儀正しい所も無くはない……とだんだん周りに伝わってきて、揉め事は減ってきている。
マイペース過ぎると思うが、まぁそこがいいんだよなと蓮は早めに諦めたクチだ。
ちなみに蓮の源氏名は「蓮夜」という。
本名に夜をくっつけただけの、あまり深く考えずに付けた名である。

「で、何なんです?」
「好きな人とデート、みたいなことをしたんだよ」

蓮の言葉に、ユキはぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「………先輩、そういう人いたんですか」
「いちゃダメかよ。こういう仕事しててもプライベートは大事だろ」
「それには、僕も同意しますけど」
「一緒に出掛けた時の写真見ると、つい顔がゆるんじゃってさ。好きな人がいるって幸せだな」
「……相手はどんな人ですか?」

普段、他人のプライベートに干渉しないユキが珍しく興味を示してきた。

「興味あるの、お前?聞きたい?元々は憧れの人というか……俺にしたら高嶺の花、って感じの人なんだよなー」
「…ふぅん?……ちょっと写真、見せてくださいよ」

ユキがそう言って隣に座ってくる。
どうしようかと一瞬迷ったが――ユキなら周りに吹聴することもないか、と思えた。
仕事仲間の噂話には興味を持たないし、口も堅い。個人主義に見えるが仕事ではよく助けてくれるので、案外ユキに対する信頼度は高かった。
そして誰かに惚気のろけたい欲求も確かにあって。

「しょうがないなー……誰にも言うなよ?」

コクコクとユキが素直に頷くので、『ツキナギ』の店内でコーヒーを前に微笑む泉水の写真をそっと見せた。

「……綺麗で、落ち着いてる感じの人ですね」
「だろ?カフェの二代目でさ、若いけど店長代理なんだよ。フランスでギャルソン修行したこともある人で、めちゃくちゃ真面目で仕事熱心な……っていうかお前、『男?』って突っ込まないんだな」
「まぁそこは……今の時代、色んなパターンがありますから」
「お前のそういう柔軟さが、俺は好きだよ」

素直に言葉にしたら、ユキはぎゅっと眉を寄せて何かに耐えるようにこちらを睨んでくる。

「褒めたんだぞ」
そんな急に……と小さく呟き、蓮に「ん?」と聞き返される。
「……ちょっと意外でした」
「何が?」
「先輩はもっと賑やかそうな人を好きになるのかなって」
「はは、やっぱ俺ってそんな感じ?」
「先輩の太客って、ノリのイイ人が多いから……でも、この人」
「うん?」
「すごくちゃんと人の話を聞いてくれそうな感じがします」
「ユキ……っ!!」

蓮がユキをものすごい勢いでハグした。

「お前はやっぱり賢いな……!人を見る目があるっ」
「…………苦しい、です」
「悪ぃ」

ハグから解放して、ユキのさらさらストレートヘアをわしゃわしゃとかき混ぜた。

「セットが乱れるから止めてくださいぃい」

と、声を荒げるユキが珍しくて面白かったのでそのままふざけ合っていると、いつの間にか傍に立つ人影があった。
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