カフェと雪の女王と、多分、恋の話

凍星

文字の大きさ
上 下
13 / 36

12 意外な姿

しおりを挟む
メニューを見ると、本日のおすすめコーヒーが5種類あった。豆の香りや味の特徴などが詳しく書かれていて、どれも興味をそそられる。そこからひとつを選ぶのもかなり悩むのだが、コーヒーの淹れ方も3種類から選べるようになっていて、それもまた迷ってしまう要因のひとつだった。

「…………」
「俺はどうしようかなー。泉水さんのとこだと、いつもグァテマラで甘めで酸味もあるのが好きなんだけど……今日は違うのにするかな」
「…………」
「じゃ、俺はこれで。今日のおすすめの2番にしよう。淹れ方は3種類か……フレンチプレスかペーパーフィルターか、セラミックフィルター?豆の味をまるごと味わうならフレンチプレス?……じゃあ俺はそれにしようかな」
「…………」
「泉水さんは、どうする?」
「…………」
「……泉水さん?生きてる??」

あまりにも反応が無さすぎて心配になってきた時。

「…………インフューズド、か」
「え?」

ぼそりと聞こえたのは普段と様子の違う低い声だ。

「ルワンダのカレンゲラ、エチオピアのチェルベサ、ニカラグアのラグーナ……インフューズドはライチとトロピカルフルーツ……どれも気になり過ぎる……どれか1つなんてっ……!どうしよう、選べない……っ」
「い、泉水さん!?」

呪文のような長い台詞とともにいきなりメニューに突っ伏す泉水にギョッとした。

「……ここに来るのが楽しみ過ぎて何を頼むか前もって考えてたんだけど、いざメニューを見たらHPに載ってなかった豆もあって、考えていたプランが崩れてしまって――ちょっと頭が真っ白に…っ」

メニューに額をつけたまま、ふうぅっと大きく息を吐いた。
……その深刻過ぎる様子に圧倒され、蓮は咄嗟にかける言葉が見つからない。

「う、うん……?そう、なんだ?」

(選択を間違えたら死ぬ……くらいの意気込みだな……そんなに激しく悩むとか、泉水さんコーヒーが絡むと人格変わるタイプ……??)

店での落ち着いた泉水しか見たことがない蓮にとって、これはかなりの衝撃だった。

(知らなかったなー。こんなマニアックでオタクみたいな面があるとか、新発見。ちょっと面白い……)

我慢しようとしたがこらえ切れず蓮が吹き出したのを見て、泉水がはっと我に返る。

「ごめん、僕ってめちゃくちゃ面倒くさい奴だよね……」
「いやいや。ところで泉水さん、今日は俺が一緒なんだってこと、忘れてない?」
「………?」

チッチッと舌を鳴らし、泉水の目の前で人差し指を立てて左右に揺らす。芝居がかった仕種をした上で、さらにウィンクまで付け加えてみせた。

「!!?」

動揺する泉水の反応はスルーして、蓮はそのまま話し続ける。

「とりあえず。お互い2つずつ頼むことにすれば4種類は試せるよ」
「え……?」
「今日は他に予定もないし、ここでゆっくりしてもいいんじゃない?あ、お店の制限時間とかあるのかな。それは後で聞くとして、泉水さんが気になってるのってどれ?」
「えっ…と、無理して選ぶなら1,2,4,5…とか」
「ほぼ全部なんだね」

蓮は笑いながら、じゃあその4種でいこうと当たり前のように言った。

「いや、蓮くんは全然無理しなくていいんだよ?」
「俺は元々2番が気になってたし、もう一杯くらい全然余裕だから。スイーツプラスしてのんびり寛ごうよ。泉水さんは何番にする?」
「あ、えっと…じゃあ1番と5番…?」
「OK、分かった。なら俺が2番と4番ね。とりあえず一杯ずつ頼もうか。あ、あと淹れ方はどうする?」
「セラミック……」

そんな風に泉水が呆気に取られている間に蓮は店員に声を掛け、いつの間にかスルスルと滞りなく、オーダーを完了させていたのだった。

「もっと混んできたら2時間制って言ってたから、そこは気を付けないとねー。いやーどんな風に味が違うか楽しみだ」
「………」
「泉水さん?あれ、また機能停止しちゃった??」

返事のない泉水の前で、ヒラヒラと手を振る。

「……蓮くん!」
「えっ、何っ?」

突然、泉水に両手でがしっと手を握られる。

(はあっ!?)

そのダイレクトで生な感触に、蓮は少なからず狼狽えた。

「ありがとう。僕の珈琲オタクぶりに引かないなんて……君って本当にスゴいし、優しいよね。こういうのを神対応って言うのかな?いや神対応っていうか、もう神様?って言いたい……!蓮くんって、いつも誰にでもこんなに心が広いの?」
「うっ、イヤッ、そんな特別なことではっ……」

強く握られている手の方に意識を持っていかれ、蓮の口は上手く回らなかった。

「僕はその、集中しだすと周りが見えなくなって、いつもこんな感じだから。付き合える人も限られちゃって」
「え、そうなの?」

温厚で誰とでも上手く付き合えそうなイメージだったので、意外な告白だった。

「うん。唯一、今でも付き合ってくれるのが製菓学校時代の友人で。そういえば、あいつも21歳で蓮くんと同い年だ」
「へえー。もしかして、その人のおかげで泉水さんは俺みたいな年下にも抵抗がないとか?」
「言われてみれば確かにそれもあるかな……でもアイツは蓮くんみたいに優しくないし、同級生だと思ってるからこっちに全っ然気を遣わないけど」

そんな話をした後、泉水はまるでたった今気が付いたというように「ごめん、つい」と笑いながら握っていた手をゆるめる。
蓮は咄嗟にその手を自分の手で包み込み、握り返した。

「言ってくれれば、俺はいつでも付き合うよ?」
「!」

冗談ぽくアピールしようとしての、衝動的な行動だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

おかわり

ストロングベリー
BL
恐ろしいほどの美貌と絶品の料理で人気のカフェバーのオーナー【ヒューゴ】は、晴れて恋人になった【透】においしい料理と愛情を注ぐ日々。 男性経験のない透とは、時間をかけてゆっくり愛し合うつもりでいたが……透は意外にも積極的で、性来Dominantなヒューゴを夜ごとに刺激してくる。 「おいしいじかん」の続編、両思いになった2人の愛し合う姿をぜひ♡

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...