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11 丘の上のカフェ

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『ツキナギ』は最寄りの駅から、徒歩で約20分。
そこを目当てにして行かない限り、たまたま辿り着くというようはことは絶対ない秘境めいた場所……小高い丘の上にある。予約が取りにくいことも含めて、とにかく行きにくい店として名を馳せているのはその為だ。

「……泉水さん……この道、間違ってないよね?」

蓮が不安そうな声を出し、泉水に尋ねる。かれこれ15分は歩いたが、今登っている坂道はどんどん人気のない方向へと続いていた。

「僕も、だんだん心配に、なってきたけど……大丈夫、なはず。お店のHPとか、常連さんのブログ、とかで、行き方、散々見てたから……みんな辿り着くまでに、一度は、道間違えた?、って思う、らしいよ…?」

大丈夫、と薄く笑う泉水の声にも、不安は滲んでいる。
そして息が切れてしまい、話すのがツラそうである。

坂の傾斜がかなりキツく、それがいつ終わるとも知れずとにかく長く続いていた。
そして道幅も狭いので車で上がるのも中々難しく、タクシー運転手泣かせだという噂もあった。

「あっ!!アレっぽくないですか?」

蓮が大きな声と共に、視線の先を指差す。少し先にある木立の中に、黒っぽい古民家風の建物が見えてきた。

「あー!そうだ、あれだよ!写真で見た建物だ」

2人で顔を見合わせたタイミングで、蓮がイェーイと両手を肩の高さに上げハイタッチの仕種をした。その動きにつられて、泉水も思わず掌をパチンと合わせてくれる。

(あっ)

無意識な行動だったのだが、泉水の手が合わさった瞬間にハッとなった。
ツーショットを撮る時に肩が触れたことはあるが、生身に触れたのはこれが初めてではないか。

ほんの一瞬。なんと儚い……。
じっと手を見る…と歌ったのは誰だっけ、と蓮はつい自分の掌を眺めた。

「とにかく、無事到着できて良かった」
「うん…感慨深い」

肩で息をしてぜいぜい言っている泉水と比べ、蓮は達成感で晴々とした顔をしている。

「……結構体力、あるね」
「時々走ったりしてるからかな。あとは若さで?」
「4歳しか違わないのに。僕も少し走ろうかな……」

泉水が恨めしそうに呟いて、額の汗を拭った。案外、負けず嫌いらしい。
2人とも暑くなって途中で上着を脱いでいて、お互い長袖TシャツとYシャツ姿だ。
その体を泉水がジッと眺めてくるので、何だか落ち着かない。

「な、何?」
「ジムにも行ってる?」
「まぁ、時々」

そうかぁと言うその目がやけに真剣だ。本気で体力作りを考えているのだろうか。
少し細身のその体型が好みなんだけどな、といささか不純な考えがよぎった。
泉水がシャツのボタンをひとつ外し首を緩めた。ほんの少し首元が覗き、肌の白さが蓮の意識を引く。

――その手に触れたせいだろうか。
自分の中で妙なスイッチが入ってしまった気がする。

(あーもう、こんなのでドキッとするとか中学生……いやそれ以下かも)

自分の中の子供じみた衝動に懐かしささえ感じつつ、よこしまな視線を泉水から無理矢理引き剥がす。

大分歩いただけあって、駅や商店街の喧騒から離れた静かな場所だった。
この『ツキナギ』というカフェは、立地面から言うと相当不便な場所にあるにも関わらず、こだわりのコーヒーを提供して客足が絶えない人気店となった。開店はSNSがまだそこまで日常的になっていない頃だったのだが、口コミでどんどん噂が広まり沢山の人に愛されている名店だ。

「よし、じゃあ行きましょう」

黒い格子戸をガラガラと引いて、泉水を先に通してから店内に入った。

「いらっしゃいませー」

女性店員の明るい声が出迎えてくれる。
この建物はかつてお茶室として建てられた個人宅を改装したものだと聞いている。入口の土間で靴を脱いでから中に上がるようになっていた。
外見からの印象と同じく、中も古民家らしさをそのまま活かした造りだ。
年月を感じさせる大きな木の柱と梁、それらに支えられた白壁はどこか温もりを感じさせる。

ガラスの格子戸に囲まれた店内には、明るい光が差し込んでいる。
テーブルと椅子のセットが6セットあり、そのどれもデザインはバラバラだ。

民藝家具のようなものや、北欧系のモダンなものなど様々だが、不思議と統一感があった。
予約してあることを伝えるとお好きなお席にどうぞ、と言われ、2人は窓際の縁側近くのソファ席を選んだ。外の景色が良く見える特等席である。さすが、延々と坂を登っただけあって見晴らしの良さが素晴らしい。
遠くの山並みまで見えて、まるでどこかの山小屋に居るような気分になれる。

「開店すぐの時間に予約できてラッキーでしたね」

自分たちが最初のお客らしく、他にはまだ誰も来ていない。
うん、と泉水が頷き、2人並んで窓外の景色にしばらく見惚れた。

「本当に、蓮くんのおかげだよ。ここに来たがってた蓮くんのお客さんにもお礼を言いたい気分だな」
「アハハ……そうっすね」

その人、架空の人なんですけどねとも言えず、曖昧な笑みを浮かべる。
泉水は蓮がここに誘った理由を、少しも疑っていないように見えた。

(ちょっとは疑ったりしないのかな。単純に誘いをかけられてる、ってさ)

そもそも、泉水は蓮のことをストレートだと思っているから、疑いようがないのかもしれないが。
そのことに関しては、何となくオープンにするきっかけを逃していた。
このタイミングで口にすると、いかにも口説く為の前フリに聞こえてしまいそうな気がして――今、それを言うのは躊躇いがあった。

『お出かけのOK取れました』
と橘に連絡した時、
『グッジョブ。俺の情報があって良かっただろ?』
と、ドヤ顔が目に浮かぶようなメッセージが返ってきて笑ってしまったが。
『しばらくは友達として仲良くなっとけ』
と釘も刺されていた。
泉水の性格を考えると、いきなりぐいぐい行くのは逆効果だろうとのアドバイスだ。
それも踏まえて、蓮はかなり慎重になっているところがある。
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