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5 蓮、地縛霊を味方につける

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「泉水の奴だが……アイツがゲイだってのは、そもそも分かってるか?」
「あ、ファンっぽい女性客に囲まれたのを一度見たことがあって……その時の反応で何となくそうかなとは思ってましたけど」

そうか、と橘が一旦話を区切る。

「……それもあって、とにかく恋愛経験が少ないんだ。高校時代の初恋の失恋を未だに引きずっててな。その時以来、誰かを好きになっても身体が反応しなくなったんだと。SEXに拒絶反応を示してるから誰かと付き合いたいとも思えなくて、誰ともまともに付き合ってないから、いつまで経ってもそのトラウマが治らない……っていう悪循環に陥ってるらしい」

橘が溜息と共に語ったのは――泉水のそんな隠された過去と秘密。

「えっ、ちょっ、泉水さんのそんなめちゃくちゃプライベートでセンシティブな情報をあっさりと……っ!」

慌てたのは蓮の方だ。

「本人の知らない所で、俺なんかに話したら傷つくじゃないですか!」
「……お前は誰かに話したりする気なのか?」
「しませんよ!!する訳ないでしょう!」
「――お前は俺が見込んだ男だ。そう言ってくれると思ったよ」
「は、はい??」

橘が、我が意を得たり、とばかりにうんうんと力強く頷く。

「つまり、だ。泉水のトラウマ解消に協力してやって欲しい。それがお前に言いたいことって訳だ」
「……………えっ…?」

トラウマ解消に協力……?
それって……
蓮はぐっと眉根を寄せ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「つまり、肉体的な手解きを俺に任せたいと……?」

その瞬間、振り下ろされたファミレスのメニューの角が蓮の頭に食い込んだ。

「いってえええ!!!」
「殺すぞ、この馬鹿」
「暴力反対っ……!!いや、だって!話の流れがそんな感じでしたよね!?」

ジンジンしている頭を押さえつつ、激しく抗議する。

「だから!アイツとちゃんと恋愛してくれってことだよ!俺の許可も無いうちにそんな先走ったことしたら、社会的に抹殺するからな……?」

言葉より先に手が出るタイプなのか、ツッコミに容赦がなかった。ニッコリとめちゃくちゃ不穏な笑顔を浮かべながら牽制してくる。“俺が見込んだ男”などと言いながら、蓮に対する信頼度は案外低そうだ。
殴られた頭をさすりながら、蓮はぶつぶつと文句を言った。

「は、はあ……まあ、言いたいことは分かりましたけど……痛ってぇな……だけど、何でわざわざそんな秘密を、俺に話すんです?俺が泉水さんを口説く気満々なのは、見てて分かってたんですよね??なら、ただ見守ってくれてても良かったんじゃないですか」
「……それで、上手くいくならな……」

はあぁ~と、かなり大きな溜息を吐く。

「お前の感情ダダ漏れ、ってさっき言っただろ?でも今の所、泉水の方は恋愛的な感じでは全く無反応、だよな」
「あぁっ!それ言われるとツラいっ………やっぱり、そう思います……?」

救いを求める信者のように、額を押さえて天を仰ぐ。

「まぁ……誰が見てもそう思うんじゃないか」

そうなのだ。
こんなにほぼ毎日会いに行って、笑顔全開で大好きオーラ出しまくりで、構って構ってと纏わりついているにも関わらず、だ。

「すっげーやんわりとした対応、なんすよね……」

蓮は遠くの空を見つめるような目をして、薄く微笑んだ。
泉水がノーマルかもと思っていた時ならいざ知らず、今はゲイだとハッキリ分かっただけにその現実がツラい。

「まぁ……そうだな。今の所、な」

ゴホンゴホンと橘が咳払いをし、少しは気を遣っているのか空気を変えようとする。

「多分、アイツは無意識にそういう感情をスルーするようになっちまってるんだと思う。誰かと付き合っても――相手を失望させるだけだからってな。で、そんな状況を打破するために、俺がお前に協力してやろうと」
「ん?協力?」
「あの歯科医のこととか、気になるだろ?」
「!なりますねっ…」

思わず身を乗り出す。

「泉水に関すること、歯科医のこと、何か欲しい情報があれば教えてやる。泉水の方も少しせっついて、お前の後押しをしてやるから――アイツの腰が引けてても、すぐに諦めないで気長に付き合ってやってくれないか?……まぁその、お前の気持ちがその位本気なら、って話しだが」
「……橘、さん……?」

視線を逸らし、気恥ずかしそうに頭を掻く姿には泉水への親心(?)が滲んでいた。心なしか顔も赤い。

(……正直びっくり、だ)

まさかこんな話をされるとは思わなかった。
泉水のトラウマのこともそうだが、自分が泉水と付き合うのを応援したいだなんて――
この男は見かけによらず心配症でお節介で……こちらが思う以上に、泉水を大事にしている、ってことなのか、と。

(地縛霊、とか言っちゃってるけど……愛されてんなぁ泉水さん)

無意識に、頬がゆるんだ。
橘への共感と信頼が、少しずつ蓮の中に芽生え始めていた。

「ありがとうございます……俺にそんな大事な話をしてくれて。……上手く言えないですけど、橘さんの泉水さんを心配する気持ちは伝わってきました。だから……俺も焦らずゆっくり、泉水さんに気持ちをぶつけられたらなって思います!」

テーブルにぶつかりそうな勢いで、思い切り頭を下げた。

「…お、おぅ。ま、とにかくその、アイツが本気で嫌がらない程度に、頑張ってくれ。……あと、このことは泉水には絶対内緒な?アイツに知られたら、俺が殺されること間違いなしだから」
「うっ、そしたら俺も同罪なのでは?」
「はは、かもな。バレたら一緒に殺されるか」
「簡単に言わないでくださいよ!もう。あと――因みにこれって所謂EDってことなんですかね?……だとしたら、心療内科とかに行くのが、本当は良いのでは、ってちょっと思ったり」
「俺もそう言ったんだけどなぁ。アイツ、潔癖症っぽいとこあるから、全然知らない他人に自分のそういうプライベートな話をしたくないってさ。そこまですることじゃないとか言って」

成程と思うと同時に、まだまだ自分の知らない泉水さんがいるんだろうな、と感じた。
そしてひとつ、モヤっとした不安も生まれた。
潔癖な泉水さんが俺に秘密を知られた、って分かったら……?

「お前のその、他人に物怖じしないところとか?空気読まないでグイグイ行けそうな鈍感さに期待してるわ」
「……橘さん~、褒めるならもう少しストレートに分かりやすく褒めてくれません?」
「今のは褒めてない」
「ちょっと!いきなりやる気削がないで!俺は褒められて伸びるタイプですからね?」
「いやそんなの知らねぇから……だけどまぁ、水商売で色々苦労もしてそうだが、そういうのを感じさせない明るさは貴重だと思うぜ」
「えっ、急に褒められると逆に怖い」
「褒められたいのかそうじゃないのか、どっちなんだよ」

不意を突かれて顔を赤くした蓮にツッコミを入れてくる。
さっきは自分の方が赤かったクセに、とやり返すとまた言い合いになった。

――蓮は自分の恋心を自覚すると同時に、ちょっとおかしな味方を得ることになったのだった。
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