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嵐の前の二人②

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全くもうと呟きつつ、ユキは話を本筋に戻した。

「僕はまず、普通に正攻法で行こうと思ってます」
「正攻法?」
「SNSを解禁してみようかと」

ピタリと蓮の動きが止まる。

「……もしかしてユキ、今まで全く使って無いとか?」
「はい」
「うぉ、マジか」

積極的な営業活動をあまりしていなさそうだなとは思っていたが……
プライベートを明かしたがらないユキらしいとも思うが、それを聞いて同時に疑問も浮かぶ。
ユキはこれまでSNSも全く使わず、どうやって集客していたのだろう?
何もしていない割りには、最初からユキ目当ての新規客が、案外途切れることなく店に現れていたのだが。

(あの子達は、一体どこでユキを見つけて来てたんだ……?)

SNSなどが情報源ではないとしたら?
店の公式サイトにそこまでの発信力があるとは思えないし、正直、大学でも交友関係はそこまで広く無さそうに見える。

……そもそも。
女の子にそこまで興味もなく、この世界で売れてやろうという欲もなく、もの凄くお金に執着している訳でもなさそうな。
色々なことに淡白なユキという男が、何故ホストをしているのか――根本的な部分が、入店以来ずっと連夜には「謎」なのだ。
そういう部分が、今回のこのイベントで少しずつ明かされるのかなと思うと、勝負とは別の感情が蓮の中で疼き始める。いつか自分から話してくれるだろうと思ったその時が、ようやく訪れているのだとしたら。

「先輩は?」
「あ?……ああ、俺はインスタとXをやってる」
「フォロワー数ってどのくらいですか」
「インスタの方が多くて、1万くらいかな。それでも少ないけど」
「……それ、少ないんですか?」
「高城さんは10万だからなー」
「どっちにしても一般人のレベルじゃない気が……更新はどのくらいの頻度で?」
「んー、週に1,2回はアップするようにしてて、最初は仕事のことメインに営業っぽくやってたんだけど。だんだん食べ歩きの写真載せるようにしたらそっちの方が受けたっていう」
「……それ、ホストとしてどうなんですかね?」
「何もやってないユキにだけは言われたくない」
「ちょっと見せてください」

蓮のインスタのアカウントを見せてもらい、ユキがスマホの画面をスクロールしていく。
確かに食べ物の写真が多い。ホストなら、普通は自撮りが多そうだが……最初は真顔で色々チェックしていたユキだが、何故か次第にうつむき加減になり、空いている片手で顔を覆い肩を震わせ始めた。

「何だよ」
「…………食べ歩き写真が多いのは、良いんですけど……先輩、ちょっと匂わせが酷すぎませんか?」
「えっ!?匂わせ??」
「これ、勘の鋭い人なら分かっちゃいますよ」

ユキが笑いを堪えながら指摘する。

「4,5回に1回ぐらいはセレスタイトか、泉水さんと一緒の時の投稿ですよね」

うっ、と蓮夜が一瞬返答に詰まった。

「いや匂わせって……別に誰かにマウント取ろうとか思ってないし、泉水さんとツーショットとかしてないし、誰と一緒とかも書いてないし、それに他の友達と出かけてる写真も沢山あるだろ!?」
「まぁ、そう、ですかね……?」

何で分かるんだと子供のようにムキになって反論する蓮夜は、顔を赤らめてあらぬ方向を見る。ユキと目を合わせないようにしているのがまた笑いを誘う。

……照れる割には相当分かりやすいですけどね。
端々に写り込む泉水さんの手、指が細くて形が綺麗だから気付くし、先輩の表情もかなりリラックスしていて、笑顔の感じが違うからバレバレです……と心の中で突っ込みを入れつつ、後でゆっくりチェックさせてもらおう、とユキは心の中で思う。
2人の幸せそうな雰囲気にお腹いっぱいになりそうだった。

「フォロワー数がすでに1万いるのは大きいかなと。僕も新しくアカウントを作りますから、そうしたらお互いフォローしあって絡んで行きましょう」
「おー。まずはそこからスタートってことだな。俺は馴染みのお客と、普段の交友関係に営業かけ始めてみる。あ、あと、来月の締日って『浴衣DAY』だろ?」
「7月25日……そこが売上の最終日になる訳ですよね。そう言えばそうでした」
「それ用に気合い入れて、2人でお揃いの浴衣とか準備するか?」
「!」
「まぁ、全く一緒とかじゃなくリンクコーデみたいな感じで……嫌か?」

急に振られてびっくりしたが、嫌な訳がない。ふるふると首を振ってそんなことはないと慌てて意思表示する。

「……嬉しい、です」
「じゃあそうしよう。コンセプトとか柄とかは後で相談な。費用は俺が持つよ」
「えっ」

驚くユキの頭をわしゃわしゃと掻き混ぜてから引き寄せ、ぎゅっと強く抱き締めた。

「俺の為にユキが真剣になってくれるとか、もー、めちゃくちゃ嬉しい!お前って案外熱いよな。愛してるよユキ」
「……!」

蓮夜のこういう行動は珍しくない。さっきも頭を撫でられていたし。
ユキを茶化すために、最近はしょっちゅうやっているので今更驚かない筈だった。

なのに――「愛してる」と。

そんな言葉と一緒に抱き締められた時。

瞬間、ユキの心の奥の何かが、ピリッと静電気のように弾けて。

拒否反応を起こした。


(――□□□□□くせに)


突然、反射的に身をよじりその手を払いのける。

「……!」

連夜の顔には驚きの表情が浮かんでいた。
それはそうだろう。今の今まで親密な雰囲気だったのに。
そんなことをするつもりは無かったから、自分でも驚いてしまった。

――いま、何で、触られたくないって思ったんだろう……?

理由が分からなかったけれど、早く何か言わなくちゃと、慌てて言葉を探した。

「………髪のセット崩すの止めてくださいって、何度も言ってますよね?」

そう言って、表面上は普段通りの「ユキ」を装い、ツンと顔を背けてみせる。
「ごめんごめん」と蓮夜もさっきまでと同じ笑顔に戻った。

――いつもの冗談だと思ってくれた、かな。

ほっと、溜息をひとつ吐く。

元々、過度なスキンシップは苦手だ。
こんな風に日常的に触れられて平気な相手は、家族か連夜しかいない。
それでも、想定外のスキンシップをされると、身体が勝手に拒絶してしまうのかもしれない。
この人の行動には慣れたつもりだったけど……困った人だなと苦笑する。

いや――違う。
困った人間なのは、自分の方だ。

お揃いにしよう、とか。
愛してる、とか。
誰にでも普通に言えるこの人に。

自分だけは別格な後輩だと思われていたかったし、この先もそうでいたいと思っていた。

自分勝手な感情を抱いている――
その自覚はある。

それでも、自分にとってこの人が特別なように。
この人にとっても自分は特別でありたかった。

この店の中でだけ、それは叶えられてきたのだけれど……

それはもうすぐ終わる。
分かっている。
それで駄々をこねるほど、子供ではない。

それにしても、こういう天然で罪作りな所だけは、すごくホストっぽいんだよなと思ったら、何だか。
力が抜けて、ユキも笑ってしまった。

この人の、自然な笑顔が好きだ。
肩の力が抜けてしまうような。
こっちが張り詰めているのが馬鹿らしくなるような。そんな笑顔。

ずっと笑っていて欲しいと思った。
この先も、ずっと、ずっと――
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