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嵐の予感②
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「来月1ヶ月の売上で、どちらがトップを取るか勝負をしませんか?」
にっこりとユキが笑った。
普段、滅多に見せない極上の笑顔とその言葉に、高城でさえ意表を突かれたようだった。
「ほう……?」
「普段、高城さんには葵さんがいつもヘルプについて売上を6:4で振分けていますよね。それと同じことを僕達もしたいんです。2対2で売上勝負をして、蓮夜先輩が勝ったら――先輩の退店を心から祝ってあげてください」
「……!」
ユキの意図を理解して、高城は珍しく驚いた表情を見せた。
「それが、お前の望みなのか?」
「そうです」
「負けを認めろとか、謝罪ではなく――祝って欲しいって?」
「はい」
キッパリと言い放つユキに迷いは微塵も見えない。
ユキの行動に驚きながら見守る蓮夜と、黙って聞いている葵。2人が静観する中、一瞬の沈黙が流れる。
ユキの力強い答えに何を感じたのか――高城は声を上げて笑った。
「はは……普段冷静なお前が、随分と熱くなってるな。それだけでも充分見ものだが……店のルールを変えるイレギュラーな事ではあるし、もう少し誠意を見せて欲しいな?」
にっこりと愉しそうに微笑んだまま、はっきりとした返事を口にしようとしない。
まだ足りないと言うその様子に、ユキが頭を垂れる。
「貴方を納得させる結果を出して見せます。どうか許可をください」
「おい、ユキ……っ」
ユキが従順に高城の言うことに従って頭を下げている――何故そこまで、と思わずにはいられない。
(ユキが俺の為に、こんな行動に出るなんて……)
高城相手にも全く怯まない。
それがユキの個性だ。
誰が相手でも決して弱気を見せず、卑屈にならない。初めて店に来た時からそうだった。
同時に、人に対して距離を取りたがるのもユキの個性、と言えた。必要以上に親しくなろうとせず、ここには仕事に来ているだけと、割り切った態度を隠そうとしなかったユキ。
そのユキが――
どうしてと繰り返し考えながら、連夜は。
そんな状況でもないのに、これまでの2人の日々を思い返してしまった。
普段のユキは、俺のことを先輩らしく扱うことはあまり無かった。
体育会系の上下関係なんて、はっきり言ってパワハラですよねと公言してしまうようなキャラだから、最初は周りと揉めてばかりいて、それが危なっかしくて見ていられなくて、上から頼まれたっていうのもあったし傍に置くようになった。
ユキからしたら俺は、面倒な絡みばかりしてくる手のかかる人という感じだったと思う。そういうのも、お互い承知の上でのふざけたやり取りが通常モードで。
普段何してんのとか、どの辺に住んでんのとか、何を訊いても「個人情報」と言って教えてくれなくて、塩対応過ぎるユキにちょっかい出すのが逆に面白いって俺は思ってたけど。
――それが一転、いつもの冷静さはどこへ行ってしまったのかと思うような行動に出ているユキ。
驚いたし、かなり戸惑ってもいる。
(相変わらず、考えてることは良く分からないヤツ――だけど)
これがユキなりの愛情表現なのかと思ったら……
今すぐ抱き締めて、わしゃわしゃしたい気持ちが猛烈に湧き上がって、蓮夜はウズウズしてしまった。
同時に、高城の視線がユキから蓮夜に移る。
「――後輩にここまで言わせて、肝心のお前はどうなんだ、蓮夜?……俺に何を言われようが、結局決めるのはお前だからな。辞めたければ、尻尾を巻いてさっさと辞めたっていいんだぞ?」
……そう、高城の言う通りオーナーの許可さえあれば店を辞めることはいつでも可能だ。だが、ユキは蓮夜の気持ちを思ってこんな無茶な勝負を言い出している。高額な酒が飲めない未成年のユキに、金額的な負担がかかるのは目に見えているのに。
高城の前にあるテーブルに、バンと音を立てて両手を着き、互いの顔を近付ける。
蓮は、高城の挑発に乗った。
「勿論――俺だって、ユキにここまで啖呵を切られたら黙っていられませんよ。やらせてもらいます。貴方に勝って、誰にも文句を付けられない状態にして……堂々と、ホストを辞めます」
蓮夜は真っ正面から高城を見据えた。
2人の間に見えない火花が散る。
高城が満足気に笑みを深めた。
「……いいだろう。ただし、お前が負けたら俺の言うことを聞いてもらうぞ?それで構わないなら受けてやる」
「上等です。どうぞご自由に」
「――決まりだな。オーナーには俺から言っておく。葵、そういう訳だから宜しく頼む」
ふう、と溜息をひとつ吐き、億劫そうに髪をかき上げて。仕方ありませんと一言。
「……貴方が望むのであれば、お付き合いしますよ」
こうして、後に店の伝説となる「7月決戦」の火蓋が切って落された。
ユキは静かに佇み、蓮夜に向かって微笑んでいる。
一体どんな想いと策謀を、その胸に秘めているのか……いつも通り、謎めいていることに変わりはない。
ユキが心の奥の奥で考えていることが――まだ他にもあるような。そんな風に、蓮夜には感じられた。
にっこりとユキが笑った。
普段、滅多に見せない極上の笑顔とその言葉に、高城でさえ意表を突かれたようだった。
「ほう……?」
「普段、高城さんには葵さんがいつもヘルプについて売上を6:4で振分けていますよね。それと同じことを僕達もしたいんです。2対2で売上勝負をして、蓮夜先輩が勝ったら――先輩の退店を心から祝ってあげてください」
「……!」
ユキの意図を理解して、高城は珍しく驚いた表情を見せた。
「それが、お前の望みなのか?」
「そうです」
「負けを認めろとか、謝罪ではなく――祝って欲しいって?」
「はい」
キッパリと言い放つユキに迷いは微塵も見えない。
ユキの行動に驚きながら見守る蓮夜と、黙って聞いている葵。2人が静観する中、一瞬の沈黙が流れる。
ユキの力強い答えに何を感じたのか――高城は声を上げて笑った。
「はは……普段冷静なお前が、随分と熱くなってるな。それだけでも充分見ものだが……店のルールを変えるイレギュラーな事ではあるし、もう少し誠意を見せて欲しいな?」
にっこりと愉しそうに微笑んだまま、はっきりとした返事を口にしようとしない。
まだ足りないと言うその様子に、ユキが頭を垂れる。
「貴方を納得させる結果を出して見せます。どうか許可をください」
「おい、ユキ……っ」
ユキが従順に高城の言うことに従って頭を下げている――何故そこまで、と思わずにはいられない。
(ユキが俺の為に、こんな行動に出るなんて……)
高城相手にも全く怯まない。
それがユキの個性だ。
誰が相手でも決して弱気を見せず、卑屈にならない。初めて店に来た時からそうだった。
同時に、人に対して距離を取りたがるのもユキの個性、と言えた。必要以上に親しくなろうとせず、ここには仕事に来ているだけと、割り切った態度を隠そうとしなかったユキ。
そのユキが――
どうしてと繰り返し考えながら、連夜は。
そんな状況でもないのに、これまでの2人の日々を思い返してしまった。
普段のユキは、俺のことを先輩らしく扱うことはあまり無かった。
体育会系の上下関係なんて、はっきり言ってパワハラですよねと公言してしまうようなキャラだから、最初は周りと揉めてばかりいて、それが危なっかしくて見ていられなくて、上から頼まれたっていうのもあったし傍に置くようになった。
ユキからしたら俺は、面倒な絡みばかりしてくる手のかかる人という感じだったと思う。そういうのも、お互い承知の上でのふざけたやり取りが通常モードで。
普段何してんのとか、どの辺に住んでんのとか、何を訊いても「個人情報」と言って教えてくれなくて、塩対応過ぎるユキにちょっかい出すのが逆に面白いって俺は思ってたけど。
――それが一転、いつもの冷静さはどこへ行ってしまったのかと思うような行動に出ているユキ。
驚いたし、かなり戸惑ってもいる。
(相変わらず、考えてることは良く分からないヤツ――だけど)
これがユキなりの愛情表現なのかと思ったら……
今すぐ抱き締めて、わしゃわしゃしたい気持ちが猛烈に湧き上がって、蓮夜はウズウズしてしまった。
同時に、高城の視線がユキから蓮夜に移る。
「――後輩にここまで言わせて、肝心のお前はどうなんだ、蓮夜?……俺に何を言われようが、結局決めるのはお前だからな。辞めたければ、尻尾を巻いてさっさと辞めたっていいんだぞ?」
……そう、高城の言う通りオーナーの許可さえあれば店を辞めることはいつでも可能だ。だが、ユキは蓮夜の気持ちを思ってこんな無茶な勝負を言い出している。高額な酒が飲めない未成年のユキに、金額的な負担がかかるのは目に見えているのに。
高城の前にあるテーブルに、バンと音を立てて両手を着き、互いの顔を近付ける。
蓮は、高城の挑発に乗った。
「勿論――俺だって、ユキにここまで啖呵を切られたら黙っていられませんよ。やらせてもらいます。貴方に勝って、誰にも文句を付けられない状態にして……堂々と、ホストを辞めます」
蓮夜は真っ正面から高城を見据えた。
2人の間に見えない火花が散る。
高城が満足気に笑みを深めた。
「……いいだろう。ただし、お前が負けたら俺の言うことを聞いてもらうぞ?それで構わないなら受けてやる」
「上等です。どうぞご自由に」
「――決まりだな。オーナーには俺から言っておく。葵、そういう訳だから宜しく頼む」
ふう、と溜息をひとつ吐き、億劫そうに髪をかき上げて。仕方ありませんと一言。
「……貴方が望むのであれば、お付き合いしますよ」
こうして、後に店の伝説となる「7月決戦」の火蓋が切って落された。
ユキは静かに佇み、蓮夜に向かって微笑んでいる。
一体どんな想いと策謀を、その胸に秘めているのか……いつも通り、謎めいていることに変わりはない。
ユキが心の奥の奥で考えていることが――まだ他にもあるような。そんな風に、蓮夜には感じられた。
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