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嵐の予感①

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「高城さんに勝って、泉水さんとの幸せな未来をちゃんと掴んでください……!」

ぎゅっと相手の拳を握り、ユキは力強く蓮夜に訴えかける。
鬼気迫る、と言ってもいいくらいの勢いに、連夜はすっかり圧倒されていた。

「お、おう?」

確かに、高城を納得させる円満退職を望むなら、自分の実力を分かりやすく示す以外、方法はない訳で……。
となると、ユキの言う通り「トップの座を勝ち取ること」。
それはどうしても必要な条件に思えた。

「では、いざ。直談判に参りましょう」
「ん?」

そう言うが早いか、ユキは素早く立ち上がり、蓮夜の腕をぐっと掴む。
そのまま引っ張ってスタスタとどこかへ向けて歩き出した。
店の厨房、事務室などがあるバックヤードを通り過ぎ、どんどん進む。

「ユキ?どこに行こうとしてる?」
「勿論、高城さんの所です」
「え……」

サッと蒼褪める蓮夜が呆気に取られているうちに、ユキはひとつの扉の前に立った。そこは重々しい雰囲気を湛えた店の聖域とも言うべき場所だった。

「頼もう――」
「ユキ――!ちょっと待て――!?」

派手な音を立てて、勢いよくドアが開かれる。蓮の突っ込みも間に合わなかった。

「……騒々しいですね。ノックくらいしたらどうですか?」

艶のある美しいテノールが、不機嫌さを隠さずにそう告げた。
ここはオブリビオン内にあるキャスト控室とは別の部屋。
No.1だけに許された個室――つまり、今現在は高城のプライベートルームである。

(……うっ、相変わらずスゴい空間)

蓮夜は、入店した時、挨拶をするためにこの部屋を訪れて以来、何度かここには来ているのだが。今でも入る度にたじろいでしまう。

部屋の中は、一言で表せば絢爛豪華――。一瞬で、部屋に飾られた本物の薔薇の香りに包まれる。壁紙は黒。壁を飾る腰壁はマットな金色。
置かれたインテリアも同様に黒と金色がベースだ。ただアンティーク風なデザインのものを置いているので、そこまでギラギラしている訳ではない。

接客する店内の方は、フランスのベルエポック時代のものを中心にまとめていて、アールヌーボーの女性的な雰囲気のインテリアは柔らかくて落ち着く。
一方この部屋はというと、高城が好き勝手に改装していて――絶対君主の支配的なムードというか何というか、アクが強すぎて少々落ち着かない。
つまりは高城っぽさが全面に出過ぎているから、だと思う。
ブラックとゴールドを基調にしたこの部屋が、蓮夜は正直苦手である……これは高城には絶対言えないが。

2人を咎めたのは高城ではなく、一緒に部屋にいた高城の専属ヘルプ「葵」だった。
肩にかかる長めの黒髪が揺れる。名前の通り和風な印象を与える涼しげな美貌の持ち主だ。
歳は高城より少し上、キャリアで言えば充分ベテランだ。それで何故ヘルプかと言えば、2人の関係が大きく影響しているらしいが詳しくは分からない。
この特殊なポジションは店が認めたものだ。葵はこの店で一人だけ特別扱いされていると感じる人間も多く――表立って文句を言えない人間は、葵のことを「高城の公設秘書」と、裏で揶揄している。

部屋の正面、堂々とした佇まいの大きなソファーに高城が座っていた。葵は彼が手にしたカップにコーヒーを注いでいた所だったらしい。その姿はまるで本物の召使いのようだった。
ジロリとこちらを睨め付ける様子は、「神経質そうな執事」という役柄がすんなりハマりそうで、2.5次元の世界に来たのかと思ってしまう。

「すっ、すみません!……おいユキ、幾らなんでも無茶しすぎだろ。お前らしくないぞ?」
「蓮夜先輩は少し黙っててください」
「――2人揃って一体何の用だ?」

ソファーに座った高城がコーヒーカップをカチャリと机に置き、呆れ顔でこちらを見ている。仕事前のくつろいだ時間を邪魔されて、こちらも葵と同様に不機嫌そうだ。

「お話しがあって来ました」

この状況にあっても慌てているのは蓮夜だけで、一向に臆する気配のないユキは単刀直入に切り出した。

「退屈な話なら聞かないぞ」
「高城さん、蓮夜先輩の退職話に反対したって聞きましたけど」
「ああ、そうだ――それがどうかしたのか?」

悪びれた様子も全く無く、静かに高城は答える。

「僕達と、勝負してくれませんか?」
「勝負?」
「こちらが勝ったら、蓮夜先輩を自由にしてあげてください」
「……まるで、俺が蓮夜を縛りつけているようなことを言うんだな」

ニヤリと笑ってユキを睨んだ。
普通の人間ならそれだけで震え上がりそうな、圧力を感じる微笑みだ。
蓮夜はユキの方をチラリと見たが、表情に変化はない。

「誤解されているなら不愉快だが――話は面白そうだ。どんな勝負がしたいのか言ってみろ、ユキ」
「ありがとうございます」
「おい、ユキ……っ」

話しを聞いてもらえれば、高城がこの申し出を受けない筈はない――
ユキには、その自信があった。
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