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選択の章
◆夢の狭間に堕ちて ※エンディング選択
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***
「君には分からない……分かる訳がない……!」
桐原の頸に両手をかけ、強く締め上げる。
頸にかかっていた襟巻きが、するりと落ちた。
「どんな人の心でも、簡単に手に入れてしまう君には――!」
「千種……」
もつれ合うように、二人で欄干に倒れ込む。
その境界を越えて、身体の重心を崩した。
池の中に落ちると思った。
だが、何故か冷たい水の感触はいつまで経っても訪れず――
底のない昏い闇に包まれた。
「僕が、本当に欲しかったのは――……」
桐原の囁くような声が、聞こえた気がした。
もしも……
この名も身分も、家も。
何もかも捨てて。
自由に生きられたとしたら。
私は、もっと違う道を……違う夢を、見ることが出来たのだろうか――?
***
『あの人は、他人を思い通りにする事にかけては、悪魔みたいに天才的ですから――』
胸に落とされた疑惑の一雫が。
墨のようにゆっくりと、広がって。次第に、心を黒く染めていった。
(彼は庶子で――
家族とは上手くいっていなくて。
私を羨んでいた……?)
自分の前で二人が笑っているのを見るのは、耐えがたい苦痛だった。
(彼が望んだのは、私を傷つけることで)
(私との友情は、最初から――上辺だけのものだった……?)
……嫌だ。信じたくない――そんな事は私の妄想だ。
そうだろう、桐原?
どうして、婚約を告げた日から何も話してくれなくなったんだ?
私と距離を置くのは……どうしてなんだ?
いやだ、いやだ――……!
こんな醜い思いに囚われる自分が、何より嫌だった。いつから、こんな浅ましい人間になってしまったのだろう?
だが、その事実を誰にも打ち明けられない。
醜い自分を見せるのが――
他人に知られるのが嫌だった。
私の心は薔薇の檻に囚われてしまった様だった……考えれば考える程、もがけばもがく程、心は傷付いていく。
どこにも逃れることが出来なかった。
逃げ場のない昏い感情の鳥籠。
膨れ上がった澱みが、遂には私の心を完璧に黒く染め上げてしまう。
どちらかが、目の前から消えるしか、逃れる術がない――と。
そう思い詰めて。
遂には、怪しげな裏稼業の男達を雇い、桐原を傷付ける事まで考え……
そうして。
そうして眠れない夜を、書斎で過ごしていた時、邸に君が現れた………
――上も下もない、全き昏闇。
私の心の中をそのまま具現化したような闇だった。
橋から桐原と共に落下した筈の私は、闇の中で一人だった。
そして、走馬燈のように過去の幻を見ているのか……
……嗚呼。
彼のあの表情。
卑劣な行為に及んだ私を見詰めるあの瞳。
どうして、あんなに優しい目をしていたのだろう。
優しくて、哀しい目を。
そう。思い返せば。
彼は時折、あんな瞳で私を見ていた気がする。
彼の将来の仕事を羨んだ時も、女性関係を嗜めた時も、美術学校を卒業したくないと言った時も、ずっと一緒にいられたらと言った時も――
ただ「そうか」と笑った彼の、心の奥に踏み込む事を畏れた私。
彼の笑顔の裏に潜んでいた何かを。
理解しようとしなかった。
唯の友人でいなければいけないと思った。
それ以上の関係になることを――畏れた。
これは臆病な私の心が、招いた結果なのか。
私が、本当に望んだもの――
弱くて醜い自分の心を晒してでも、それでも失いたくないものがあると。
そう気付いていれば――……
私は何も無い闇に、手を翳した。
此処に――私と一緒に、いる筈じゃないのか?
私が知らなかったあらゆる感情。
華夜にさえ感じなかった執着。
羨望、嫉妬、憧れ――
愛情も、信頼も。
――憎しみも。
全て――全てを。
私に植え付けた君。
君は――何処にいるんだ……?
「………………」
声が、出ない。
まるで金縛りにあっているようだった――……
桐原の名を呼ばない➡︎ 「永遠の夢」篇へ
桐原の名を呼ぶ➡︎ 「醒めない夢」篇へ
「君には分からない……分かる訳がない……!」
桐原の頸に両手をかけ、強く締め上げる。
頸にかかっていた襟巻きが、するりと落ちた。
「どんな人の心でも、簡単に手に入れてしまう君には――!」
「千種……」
もつれ合うように、二人で欄干に倒れ込む。
その境界を越えて、身体の重心を崩した。
池の中に落ちると思った。
だが、何故か冷たい水の感触はいつまで経っても訪れず――
底のない昏い闇に包まれた。
「僕が、本当に欲しかったのは――……」
桐原の囁くような声が、聞こえた気がした。
もしも……
この名も身分も、家も。
何もかも捨てて。
自由に生きられたとしたら。
私は、もっと違う道を……違う夢を、見ることが出来たのだろうか――?
***
『あの人は、他人を思い通りにする事にかけては、悪魔みたいに天才的ですから――』
胸に落とされた疑惑の一雫が。
墨のようにゆっくりと、広がって。次第に、心を黒く染めていった。
(彼は庶子で――
家族とは上手くいっていなくて。
私を羨んでいた……?)
自分の前で二人が笑っているのを見るのは、耐えがたい苦痛だった。
(彼が望んだのは、私を傷つけることで)
(私との友情は、最初から――上辺だけのものだった……?)
……嫌だ。信じたくない――そんな事は私の妄想だ。
そうだろう、桐原?
どうして、婚約を告げた日から何も話してくれなくなったんだ?
私と距離を置くのは……どうしてなんだ?
いやだ、いやだ――……!
こんな醜い思いに囚われる自分が、何より嫌だった。いつから、こんな浅ましい人間になってしまったのだろう?
だが、その事実を誰にも打ち明けられない。
醜い自分を見せるのが――
他人に知られるのが嫌だった。
私の心は薔薇の檻に囚われてしまった様だった……考えれば考える程、もがけばもがく程、心は傷付いていく。
どこにも逃れることが出来なかった。
逃げ場のない昏い感情の鳥籠。
膨れ上がった澱みが、遂には私の心を完璧に黒く染め上げてしまう。
どちらかが、目の前から消えるしか、逃れる術がない――と。
そう思い詰めて。
遂には、怪しげな裏稼業の男達を雇い、桐原を傷付ける事まで考え……
そうして。
そうして眠れない夜を、書斎で過ごしていた時、邸に君が現れた………
――上も下もない、全き昏闇。
私の心の中をそのまま具現化したような闇だった。
橋から桐原と共に落下した筈の私は、闇の中で一人だった。
そして、走馬燈のように過去の幻を見ているのか……
……嗚呼。
彼のあの表情。
卑劣な行為に及んだ私を見詰めるあの瞳。
どうして、あんなに優しい目をしていたのだろう。
優しくて、哀しい目を。
そう。思い返せば。
彼は時折、あんな瞳で私を見ていた気がする。
彼の将来の仕事を羨んだ時も、女性関係を嗜めた時も、美術学校を卒業したくないと言った時も、ずっと一緒にいられたらと言った時も――
ただ「そうか」と笑った彼の、心の奥に踏み込む事を畏れた私。
彼の笑顔の裏に潜んでいた何かを。
理解しようとしなかった。
唯の友人でいなければいけないと思った。
それ以上の関係になることを――畏れた。
これは臆病な私の心が、招いた結果なのか。
私が、本当に望んだもの――
弱くて醜い自分の心を晒してでも、それでも失いたくないものがあると。
そう気付いていれば――……
私は何も無い闇に、手を翳した。
此処に――私と一緒に、いる筈じゃないのか?
私が知らなかったあらゆる感情。
華夜にさえ感じなかった執着。
羨望、嫉妬、憧れ――
愛情も、信頼も。
――憎しみも。
全て――全てを。
私に植え付けた君。
君は――何処にいるんだ……?
「………………」
声が、出ない。
まるで金縛りにあっているようだった――……
桐原の名を呼ばない➡︎ 「永遠の夢」篇へ
桐原の名を呼ぶ➡︎ 「醒めない夢」篇へ
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