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act1 虹のむこうに
act1 虹のむこうに①
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act1 虹のむこうに
オフィス街のど真ん中にある、木のぬくもりで包まれた小さなカフェ『OZ』は、大きな窓から日差しをふんだんに取り込んでいた。
暖かさとぬくもりを感じる穏やかな店内。
店長の天羽悠斗(あもう ゆうと)さんが、今はカウンター越し、常連さんの里奈ちゃんとのどかな時間を過ごしているように見える。
だが、里奈ちゃん。瞳に映る天羽さんへの熱い視線は隠せていないよ。
天羽さんは背が高くスタイルがいい上に、顔もいい。男前が自分の目の前で爽やかな笑みを浮かべているのだから分からなくもないが。
「ねえ天羽さん、この店って8時で閉店だよね? だったら今日、仕事が終わったら一緒に飲みに行かない?」
「残念だな。今日、ちょっとした書類を作らないといけないんだ。簡単なものなんだが、俺パソコンが苦手だから、夜中まで時間が空かないように思うんだ。良かったらまた今度、誘ってくれる?」
「データさえもらえれば、書類くらい、私が作ってあげるよ?」
「え? 本当に? 里奈ちゃんが書類作ってくれるの?」
天羽さんが爽やかな笑みを浮かべて喜びをあらわにすると、里奈ちゃんは頬を赤く染めて、嬉しそうに頷いた。
「それで……今日一緒に飲みに行ける?」
「ああ、もちろん」
この流れを見ていて俺が思うに。
天羽さんは人の皮をかぶった鬼だ。
常連さんである里奈ちゃんに仕事を押し付けてる。
パソコンは苦手だと言った天羽さん、大学では情報工学を専攻していたはず。大うそ付いてるじゃないか。
そしてランチタイムで仕事に追われるこの時間、大学生バイト俺(姫崎真希 ひめさきまさき)一人にも仕事を任せ、天羽さんは働いてくれる様子がない。
天羽さんは言った。
『優雅な動作を損なわず、最高速で働き続けろ』
だがいくらなんでもこのクソ忙しい中、一人で働かせるなんて。
ちらりと天羽さんに『助けて』と目で訴えてみる。
天羽さんはそれに気付いてくれた。爽やかな笑みを浮かべてくれた。が、目は『文句を言わずに働け』そう光っているはないか。
あれは鬼だ。鬼そのものだ。人の皮をかぶった鬼なんて可愛いものじゃない。
優雅な動作を損なわず、高速で動き続けろ。ね。はいはい。分かりました。頑張りますよ。ランチタイムを終える頃には、カフェにも客が段々と少なくなってくし、鬼さんに頼らなくても何とかなるでしょ。
そう、そして何とかなった。いつもの話だが。
里奈ちゃんが、天羽さんから書類を受け取り、うきうきした様子でカフェを出て行くと、カフェには天羽さんと俺と、空のカップだけが残された。
……やれやれ、片付けるか。
俺がほっと息を付いて、ダスターを手にしたとたん、天羽さんが俺の肩をガシリ、と掴んだので驚いて体が跳ねた。
大きな窓から注ぎ込む陽光が、天羽さんの爽やかな笑顔をキラキラと輝かせてる。
でた。この爽やかな笑み。またロクでもない事を考えてる。
「今晩、里奈ちゃんと飲みに行くから真希も付き合え」
「嫌ですよ。俺、今日彼女とデートですし」
「なんだ、まだあの歯科衛生士と付き合ってるのか? 珍しく今回は長く続いてるじゃないか」
「天羽さん、珍しいは余計です。軽く俺に失礼な事、言ってません?」
「でもその通りだろう。いつも三ヶ月と続かないじゃないか。真希は顔も愛想もいいからすぐにコクられているが、その後、すぐにフられているだろ?」
天羽さんは喉を鳴らして、おかしそうに笑った。
「いい男ぶろうとするから、失敗するんだろ? 真希は一見クールに見えるが、中身はただのアホだ。早く本当の自分に気付け」
「オブラートに包んで、天然と言って下さい。あ、ちょっと待って下さい。メールが届いてる」
天羽さんは仕事中にメールチェックしても怒らない。まあ俺が、常連さんにメアド教えてるから、というのもあるんだろうけど。営業というのか、客を大切にしろと言って、譲らない天羽さんは、「おまえがいるから、遊びに来る。そう言われる接客を心がけろよ」と常々、鬼ゆえに脅してくる。
でもメールは彼女からだった。
なんだろう? とメールを読んだ俺は、まさか、まさかの内容に、思考も行動も停止した。
「どうした? 真希?」
「……彼女に、フラレました」
「おめでとう」
天羽さんは晴れやかに笑い、俺の頭をグリグリと掻き回すように撫ぜた。
「ちょ……っ! 全然めでたくないです!」
そもそも別れをメールで告げられるなんて、きつすぎる。
しかもメールは『ごめんなさい。別れましょう』の一文だけ。俺のどこが悪かったのか、こういうところを直して欲しかったとか、そんな事が一切書かれていない。
俺が苛立って天羽さんの手を振り払うと、天羽さんは気分を害した様子もなく。切れ長の目を細めて、ニヤリと笑った。
「今晩、真希の予定が空いただろ?」
「は!? 俺、失恋したんですよ!?」
「いいじゃないか。失恋万歳。今夜は俺に付き合え」
「付き合えませんよ! 本気、鬼ですね。それに里奈ちゃん確実に天羽さん狙いじゃないですか。お邪魔虫なんてごめんです!」
「アホか。この俺が女と二人で飲みに行けるか」
「ちょ……いてて……」
天羽さんの爽やかな笑顔は一転して、鬼気迫るそらおそろしい顔に、変わり俺の肩を強く掴んだ。
「の、飲みに行くくらい、いいでしょう?」
「嫌だね」
ツンと横を向いた天羽さんは、ゲイだ。
それはひょんなことから、発覚した。
そしてその時、天羽さんはバックにカケアミ……違った。これは漫画じゃない。表現が違う……背中に暗雲をしょって、俺にこう言った。
「死にたくなかったら、黙ってろ」
ああ。うっかり喋れば、明日の朝日は拝めない。
人間は死の危険に直面した時、それまでの人生が脳裏に、どば――っと思い浮かぶのは、過去の経験からピンチを乗り切る方法がないか、脳が必死に探しているからだと言う。
走馬灯体験をした俺は天羽さんに怯え、その場で絶対に誰にも喋らない。とコクコクと頷き約束した。
そして今現在、俺は何故か天羽さんの秘密に付き合わされて、時々お邪魔虫化している。
でも。
「天羽さん、今回の失恋は痛くて、俺飲みに行く気になれない」
「珍しく、可愛い事を言うじゃないか」
「茶化さないで下さい。本当に今回は頑張ったんですよ。姉貴にも相談を持ちかけて。で、アドバイスされた通り頑張ったのに、別れようだなんて……なんで、なんで…メールで別れなんて切り出されるのか……」
がくりとうなだれる俺に、天羽さんがため息を付いて、こつん。と俺の額を軽く叩いた。
「真希はお姉さんに、なんてアドバイスされたんだ?」
「『女の子はね。ちゃんと、好きだとか、可愛いだとか、言ってあげなきゃダメなの。だから好きだの。可愛いだの。会うたびに100万回言っちゃいな』と言われました」
「……それで? その通りにしたのか?」
「はい」
「オブラートに包んだ表現で言うと、真希はアホだな」
「全然オブラートに包まれていません。 これでも必死だったんですよ! あ――もう! なんで俺、上手く付き合えないのかなあ……自分が嫌になる――!!」
「好きでもないのに、コクられたからといって、節操もなしにすぐに付き合うからだろう? でももう終わったことだ。ほら、気に病まず、座ってこれでも飲め」
天羽さんが白いシンプルなカップに挽きたての珈琲を注ぐと、カフェに芳醇な香りが広がっていく。
俺はガクリとうなだれたまま、カウンターに座り、珈琲を口に含んだ。
天羽さんの手で自家焙煎された珈琲は、酸味とコクが優れてて、香りもいい。後味が華やかでキレのいい味が、疲れた心と体に安らぎを与えてくれる。
グァテマラ。俺の好きな珈琲だ。
思い返せば、小学校5年生の時、クラスの男子に『真希は女ばっかりと遊んでる』そうからかわれた記憶がある。それ以来、女子とは何となく遊べなくなってしまい、中学校に入るともう、女子達は遠巻きに黄色い声援を送ってくれるだけになってた。
高校ではそんな自分を変えてみようと思ったのに……肝心の女子は牽制し合って『俺に告白しない同盟』を作って、俺に直接近寄ることはなかった。
クールで格好いい。
そう言われても彼女が出来ない。遠巻きに見られて、写メなんか撮られても全然嬉しくとも何ともない。むしろ同性の目を気にしないといけないというハンデを、背負うハメになるではないか。
それでも昔は純粋だった。
姉貴に頭の悪い男はダメ。そう言われたから猛勉強したし、運動オンチな男だとだと幻滅する。そう言われたからサッカー部で頑張ってエースの座にも付いた。
でも頑張れば頑張るほど、女の子達は、きゃあきゃあと騒ぐばかりで、肝心の彼女は出来やしない。
遊びもせず彼女を作る努力してるうちに、友達たちは彼女を苦も無くバンバン作るし、ああ。もう俺ってモテない人生なんだな。そう諦めて大学に進学すると……これが。
モテた。
努力の成果か。
俺は嬉しかった。やっと訪れた春に狂喜乱舞した。
だから「好き」と言われれば、嬉しくて付き合った。氷河期からのモテ期万々歳だ。
だが、すぐにフられるのは、何故?
天羽さんは俺の隣に座ると、カウンターに肘を置いて、大きな手の上に顔を乗せ、遠くを見ながら、何も言わずにポンポンと、励ますように俺の背中を叩いた。
「終わってしまった事は、変わらない。もう気にするな」
「天羽さん……珍しく優しい」
「珍しい。は、余計だ」
天羽さんは軽くため息を付くと、カウンターに置いてある焼き菓子を俺に手渡し、自分は煙草を吸うために、灰皿を引き寄せた。
焼き菓子は遠くのケーキ屋から取り寄せているものだ。そう滅多に食べられるものじゃない。
「商品まで、くれるなんて……俺、ほだされてしまいそう……」
ポトリ。
天羽さんが咥えたはずの煙草が、カウンターに落ちた。
……しまった。
天羽さんはゲイだ。俺はもしかして、とんでもないことを、口にしてしまったのかもしれない。
慌てて口を塞ぐ俺に、天羽さんが黒い笑みを俺に浮かべた。
「ふうん。そうか。確か真希はコクられると、誰とでも付き合う。そう言ってたな」
「いや、そんなこと言った覚えはありません」
「事実そうだろう。そもそも真希は人を好きになった事があるのか? いいだろう真希、俺を見ろ」
「嫌です」
俺は不穏な空気を感じ、カップを手に、あえて知らん顔すると、天羽さんは俺のカップを、ひょいと取り上げた。
「ちょっと! なに、を……」
ゆっくりと俺の顔に、身を乗り出した天羽さんの顔が近づいていく。
少し童顔で綺麗だけど、女の子の綺麗さじゃない、男らしい整った顔。
眉毛綺麗だなあ。キチンと手入れしてんのかなあ。……とか、のんびりしたことを考えている場合じゃない。これって、もしかしてキスされようとしている……?
「天羽さん!」
俺は慌てて天羽さんの肩を掴んで、押し止めた。
「なんだ?」
「なんだ? じゃないですよ! 一体ナニする気ですか!?」
「告白」
「いやいや、こんな顔近づけて、告白とかないでしょう?」
「キスで気持ちを伝える」
「それは告白とは言いません!」
「つまらんな。じゃあ、ちゃんと口で言ってやろう」
天羽さんの気持ち……?
「いや……聞きたくないです」
天羽さんはゲイだ。気持ちを伝えられても、一体どうしたらいいのか俺には皆目見当が付かない。
でも目を細めて、俺を見つめる天羽さんに、心臓が妙にバクバクと跳ねているのは何故だ?
ドキドキ。バクバク。心臓よ……落ち着け。深く考えるな。
とりあえず珈琲を飲もう。
カップを手にすると、手がカタカタ震えて、珈琲に波紋が広がった。
「クールな顔して、動揺してる姿って、妙にそそられると思わないか?」
「思いません」
天羽さんはクスリと笑って、休憩中の札を持って席から立ち上がった。
「ギャップだな。真希はそこらの女が引いてしまうくらい綺麗な顔してるから、高嶺の花扱いされて、本当の自分を出せずにいる。中身は、ただのアホなのに」
「ほっといて下さい」
ガシャン! 俺は派手な音を立ててカップをソーサーの上に置いた。
天羽さんは俺の中身を知りすぎてる。鬼のような事をするくせに、俺がどんな事を言っても、外見と違う。そんな事は言わない。だから家族以上に自分をさらけ出してしまってた。素の自分をアホと言われても仕方ないが、着飾った自分をアホと言われると、妙に苛立ってしまう。
「怒るな」
天羽さんは俺の不機嫌な姿を見ると、肩をすくめて、いつものように休憩中の札を店の外にかけに行った。それはいつも俺がしていること。
でも俺はあまりの不機嫌さに、天羽さんが俺の代わりに働いてくれてるという異常な事態に、気が付く事が出来なかった。
するり。とロールスクリーンが下ろされて、いつもは明るい店内が、陰る。
そこまでくると、いつもと違う空気に気が付いた。
ドアの外は休憩中の札。
ドアには鍵。
いつも休憩中でさえ大きく光を取り込む窓が、今はロールスクリーンによって、外の世界を遮断してしまっている。
これは一体何事かと、身構えると天羽さんは俺の肩を掴んだ。
耳元に吐息が触れる。
ごくり。唾を飲み込むと、天羽さんは肩をすくめて、カウンターの中に入っていってしまった。
……からかわれただけか。ゲイだけにビビる。
自然と力が入っていた肩の力を抜くと、天羽さんは引き出しの中から、ハチマキのような物を取り出して、カウンターの上に静かに置いた。
そのハチマキのような布は、仕事で使われることなんかない布だ。
でもずっと、引き出しの中にしまわれていたもので、一体何に使うものなのか、俺はずっと不思議に思ってた。
「天羽さん、この布って、一体何に使うものなんですか?」
「クイズだ。当ててみろ。 一番、両手を縛るためのもの。二番、目隠しに使うためのもの。三番、二人三脚するためのもの……さあ、三秒以内に答えろ」
「ええっ!? なんですか!? いきなり!?」
「ただのクイズだ。答えなければ、犯す」
天羽さんはカバンの中から、シルバーで装飾された黒いジュエリーボックスをカウンターにコトリと置いて、カウントし始めた。
「3」
ドアには鍵。窓にはロールスクリーン。
外から店内の様子が分からなくなってる状態だ。『犯す』と脅されれば、ジョークにも聞こえない。
早く答えないと……!
「2」
でも一番を選ぶと、縛られるような気がする。
二番を選ぶと、目隠しされてしまう気がする。
「1」
カウントは止まらない…!
「さ、三番! 二人三脚!」
これなら無難か!?
「よし、いいだろう。真希、立って足を出せ」
「は?」
「選んだのは真希だろ? 早く出せ」
「え? あ、はい」
俺は訳も分からず立ち上がり、素直に右足を前に出した。グズグズ言ってもどうせ天羽さんには逆らえない。
すると天羽さんは俺の前に立ち、左足を前に出すと、かがみ込んで、謎のハチマキを二人の足に縛り始めた。
これは……何のクイズだ? 三番を選んで正解だったのか? というかなんで休憩中に二人三脚なんだ? しかも普通、二人三脚って横並びになって足をくくりつけるものじゃなかったか?
天羽さんは俺の向かい合い、かがみ込んで足をくくりつけてる。
これじゃ、どっちかが、後ろ歩きしないと、いけなくなる二人三脚になってしまう。
「天羽さん? これどうやって二人三脚するんですか?」
「こうするんだ」
「え? うわっ!」
天羽さんは俺の腰に手を回すと、グイっと俺を抱きよせた。
「ちょ……っ、離して下さい…!」
しまった! 素直に従った俺がアホだった! がっちりホールドされて動けない。
いつも天羽さんにアホだ、アホだと言われてるが、自分のアホさ加減に今ほど後悔したことがない。たった一本の紐でつながれて、逃げられなくなってしまったこの状況を、全く予測出来なかったなんて。
「焦るな。真希」
天羽さんは俺をガッシリ抱き抱えたまま、黒い笑みを浮かべた。
「う、あ……」
もしかして、俺、お、犯されてしまう……!?
天羽さんが俺を抱きしめたまま、俺の髪に顔を埋めた。鼻先で髪をくすぐられる。
これが力任せに押し倒されてるというのなら、俺は蹴っ飛ばしてでも逃げる。貞操になるのか童貞になるのか分からないが、危機回避は必須だ。
でも天羽さんは俺をからかって喜んでるところがあっても、本当に俺の嫌がることはしたことがない。落ち着けば…大丈夫。
「あ、天羽さん、い、痛い。離して下さい」
俺の声が天羽さんにちゃんと届いたのか、俺の腰にがっしりと手を巻きつけてた天羽さんの手が、壊れ物を扱うような優しさに変わった。が、俺を優しく抱きかかえたまま、こう呟いた。
「……なあ、真希がなんですぐに彼女にフられるのか、俺が教えてやろうか?」
「え!?」
天羽さんは俺がすぐにフられる理由を知っているのか。
そう思うと、なんで二人三脚しているのか。抱きつかれているのか。そんな疑問は霧となって消えてしまった。
おそるおそる天羽さんを見上げると、天羽さんは爽やかに微笑んだ。
「クイズだ。当ててみろ」
「また?」
「真希がすぐにフラれる理由は次のうちどれ? 一番、勃たない。二番、勃っても、役にたたない。三番、性的指向の問題」
「俺を馬鹿にしてるんですか? 俺はちゃんと勃つし、役にも立ててました! ちゃんと女の子も好きです! そんなの自分でも知ってる事です! 俺が聞きたいのは、性格とか、彼女への接し方が間違ってるかどうかです!」
天羽さんの長い指先が、するりと俺の髪の間をかいくぐり、地肌を撫ぜた。ゾクリ。肌が粟立つ。
「性格? 真希の顔は確かに綺麗に整いすぎて、冷たく見えるくせに、その実、中身はただのアホだ。女はそこを見ていない。でもな。そこは問題じゃない。性格は悪くないんだ。それは仕事にも現れてる。いい加減な事はしないし、言わない。真面目だが人に強要することもないし、人のせいにすることもない。例え中身がアホで、外見と違っていても、からっぽじゃない。俺はそれが魅力的に思えるし、女がそれに気付いても、天然でギャップが可愛いいと思うヤツもいるだろう」
「じゃあ、俺の接し方が悪かったって事ですか?」
「いいや。真希には仲のいいお姉さんがいるだろう? 女の本性も子供の頃から、自然に見て育ったはずだ。あることないこと鵜呑みにするアホだとしても、タブーは犯すとは考えられない。なら考えられる事と言えば…長く続かない理由…それは性的問題じゃないのか?」
「性的……問題……それは……考えたことがなかった……」
人馴れしてる天羽さんの言う通り、性格にも接し方にも問題がないとすれば、雄としてどこかおかしいと言う、性的問題にたどり着いてもおかしくない。
だから俺は、彼女にすぐフられてた?
ああ、どうしよう。こんな場合、どうすればいいんだろう。
性的問題? 性的問題とは具体的に何だ? 分からない。
医者に相談するべきか。いや、でも性的問題と漠然と言われても、どの医療機関に通えばいいのかよく分からない。そもそもどこが雄としておかしいのかが、自分では分らない。
「天羽さん、俺は一体、どうすればいいんですか!?」
「俺が相談に乗ってやろう。脱げ」
「は!? 脱ぐ?」
「男同士だろ、恥ずかしがるな」
天羽さんは俺のベルトに手をかけた。
俺は慌てて逃げようとしたけど、足は紐で天羽さんの足と繋がれてるので、逃げように逃げられない。
「ちょ………っ! まっ………!」
「女に聞くより、男の体に詳しいぞ」
ゲイだから。確かに。
「いや、だからってはい、そうですか。なんて言える訳ないでしょう!?」
「じゃあおまえ、女に、俺のモノ普通か? そんな風に聞いて、イキナリ、モノを見せられるのか?」
「変態じゃないんですから、見せられる訳ないでしょう!?」
「じゃあ男友達に、俺のモノ普通か? そんな風に聞いて、イキナリモノを見せられるのか?」
「そんなことしたらドン引きされますよ! 見せられる訳ないでしょう!」
「だから俺が見てやろう。そう言っているんだ」
「ええ……!?」
確かに話の流れから天羽さんが、俺を変態だと思うことも、友情の危機を感じる心配もない。
しかも天羽さんは男前だし、モテそうだし、男の性器もそうとう見慣れてるに違いない。
なんたって、ゲイなんだから。
でもゲイに局部を見られる。それには抵抗を感じる。それじゃ感覚として発情した女の子に見られてるのと変わらないような気がする。
やっぱり医者に行くべきか。いや、でもどこに行けばいいんだ? 俺のどこが雄としておかしいのかが分らない……ああっ! またこの考えに戻ってきてしまってる!
パニックでうろたえていると、天羽さんが驚くほどの手際の良さで、下着ごとジーンズを引き下ろしてきた。
下肢に空気が触れてヒヤリとした感じに、ドキリと心臓が高鳴った。
天羽さんが綺麗に整った眉を片方上げて、下を向いた。
……ああ、天羽さんに局部を見られてる。
オフィス街のど真ん中にある、木のぬくもりで包まれた小さなカフェ『OZ』は、大きな窓から日差しをふんだんに取り込んでいた。
暖かさとぬくもりを感じる穏やかな店内。
店長の天羽悠斗(あもう ゆうと)さんが、今はカウンター越し、常連さんの里奈ちゃんとのどかな時間を過ごしているように見える。
だが、里奈ちゃん。瞳に映る天羽さんへの熱い視線は隠せていないよ。
天羽さんは背が高くスタイルがいい上に、顔もいい。男前が自分の目の前で爽やかな笑みを浮かべているのだから分からなくもないが。
「ねえ天羽さん、この店って8時で閉店だよね? だったら今日、仕事が終わったら一緒に飲みに行かない?」
「残念だな。今日、ちょっとした書類を作らないといけないんだ。簡単なものなんだが、俺パソコンが苦手だから、夜中まで時間が空かないように思うんだ。良かったらまた今度、誘ってくれる?」
「データさえもらえれば、書類くらい、私が作ってあげるよ?」
「え? 本当に? 里奈ちゃんが書類作ってくれるの?」
天羽さんが爽やかな笑みを浮かべて喜びをあらわにすると、里奈ちゃんは頬を赤く染めて、嬉しそうに頷いた。
「それで……今日一緒に飲みに行ける?」
「ああ、もちろん」
この流れを見ていて俺が思うに。
天羽さんは人の皮をかぶった鬼だ。
常連さんである里奈ちゃんに仕事を押し付けてる。
パソコンは苦手だと言った天羽さん、大学では情報工学を専攻していたはず。大うそ付いてるじゃないか。
そしてランチタイムで仕事に追われるこの時間、大学生バイト俺(姫崎真希 ひめさきまさき)一人にも仕事を任せ、天羽さんは働いてくれる様子がない。
天羽さんは言った。
『優雅な動作を損なわず、最高速で働き続けろ』
だがいくらなんでもこのクソ忙しい中、一人で働かせるなんて。
ちらりと天羽さんに『助けて』と目で訴えてみる。
天羽さんはそれに気付いてくれた。爽やかな笑みを浮かべてくれた。が、目は『文句を言わずに働け』そう光っているはないか。
あれは鬼だ。鬼そのものだ。人の皮をかぶった鬼なんて可愛いものじゃない。
優雅な動作を損なわず、高速で動き続けろ。ね。はいはい。分かりました。頑張りますよ。ランチタイムを終える頃には、カフェにも客が段々と少なくなってくし、鬼さんに頼らなくても何とかなるでしょ。
そう、そして何とかなった。いつもの話だが。
里奈ちゃんが、天羽さんから書類を受け取り、うきうきした様子でカフェを出て行くと、カフェには天羽さんと俺と、空のカップだけが残された。
……やれやれ、片付けるか。
俺がほっと息を付いて、ダスターを手にしたとたん、天羽さんが俺の肩をガシリ、と掴んだので驚いて体が跳ねた。
大きな窓から注ぎ込む陽光が、天羽さんの爽やかな笑顔をキラキラと輝かせてる。
でた。この爽やかな笑み。またロクでもない事を考えてる。
「今晩、里奈ちゃんと飲みに行くから真希も付き合え」
「嫌ですよ。俺、今日彼女とデートですし」
「なんだ、まだあの歯科衛生士と付き合ってるのか? 珍しく今回は長く続いてるじゃないか」
「天羽さん、珍しいは余計です。軽く俺に失礼な事、言ってません?」
「でもその通りだろう。いつも三ヶ月と続かないじゃないか。真希は顔も愛想もいいからすぐにコクられているが、その後、すぐにフられているだろ?」
天羽さんは喉を鳴らして、おかしそうに笑った。
「いい男ぶろうとするから、失敗するんだろ? 真希は一見クールに見えるが、中身はただのアホだ。早く本当の自分に気付け」
「オブラートに包んで、天然と言って下さい。あ、ちょっと待って下さい。メールが届いてる」
天羽さんは仕事中にメールチェックしても怒らない。まあ俺が、常連さんにメアド教えてるから、というのもあるんだろうけど。営業というのか、客を大切にしろと言って、譲らない天羽さんは、「おまえがいるから、遊びに来る。そう言われる接客を心がけろよ」と常々、鬼ゆえに脅してくる。
でもメールは彼女からだった。
なんだろう? とメールを読んだ俺は、まさか、まさかの内容に、思考も行動も停止した。
「どうした? 真希?」
「……彼女に、フラレました」
「おめでとう」
天羽さんは晴れやかに笑い、俺の頭をグリグリと掻き回すように撫ぜた。
「ちょ……っ! 全然めでたくないです!」
そもそも別れをメールで告げられるなんて、きつすぎる。
しかもメールは『ごめんなさい。別れましょう』の一文だけ。俺のどこが悪かったのか、こういうところを直して欲しかったとか、そんな事が一切書かれていない。
俺が苛立って天羽さんの手を振り払うと、天羽さんは気分を害した様子もなく。切れ長の目を細めて、ニヤリと笑った。
「今晩、真希の予定が空いただろ?」
「は!? 俺、失恋したんですよ!?」
「いいじゃないか。失恋万歳。今夜は俺に付き合え」
「付き合えませんよ! 本気、鬼ですね。それに里奈ちゃん確実に天羽さん狙いじゃないですか。お邪魔虫なんてごめんです!」
「アホか。この俺が女と二人で飲みに行けるか」
「ちょ……いてて……」
天羽さんの爽やかな笑顔は一転して、鬼気迫るそらおそろしい顔に、変わり俺の肩を強く掴んだ。
「の、飲みに行くくらい、いいでしょう?」
「嫌だね」
ツンと横を向いた天羽さんは、ゲイだ。
それはひょんなことから、発覚した。
そしてその時、天羽さんはバックにカケアミ……違った。これは漫画じゃない。表現が違う……背中に暗雲をしょって、俺にこう言った。
「死にたくなかったら、黙ってろ」
ああ。うっかり喋れば、明日の朝日は拝めない。
人間は死の危険に直面した時、それまでの人生が脳裏に、どば――っと思い浮かぶのは、過去の経験からピンチを乗り切る方法がないか、脳が必死に探しているからだと言う。
走馬灯体験をした俺は天羽さんに怯え、その場で絶対に誰にも喋らない。とコクコクと頷き約束した。
そして今現在、俺は何故か天羽さんの秘密に付き合わされて、時々お邪魔虫化している。
でも。
「天羽さん、今回の失恋は痛くて、俺飲みに行く気になれない」
「珍しく、可愛い事を言うじゃないか」
「茶化さないで下さい。本当に今回は頑張ったんですよ。姉貴にも相談を持ちかけて。で、アドバイスされた通り頑張ったのに、別れようだなんて……なんで、なんで…メールで別れなんて切り出されるのか……」
がくりとうなだれる俺に、天羽さんがため息を付いて、こつん。と俺の額を軽く叩いた。
「真希はお姉さんに、なんてアドバイスされたんだ?」
「『女の子はね。ちゃんと、好きだとか、可愛いだとか、言ってあげなきゃダメなの。だから好きだの。可愛いだの。会うたびに100万回言っちゃいな』と言われました」
「……それで? その通りにしたのか?」
「はい」
「オブラートに包んだ表現で言うと、真希はアホだな」
「全然オブラートに包まれていません。 これでも必死だったんですよ! あ――もう! なんで俺、上手く付き合えないのかなあ……自分が嫌になる――!!」
「好きでもないのに、コクられたからといって、節操もなしにすぐに付き合うからだろう? でももう終わったことだ。ほら、気に病まず、座ってこれでも飲め」
天羽さんが白いシンプルなカップに挽きたての珈琲を注ぐと、カフェに芳醇な香りが広がっていく。
俺はガクリとうなだれたまま、カウンターに座り、珈琲を口に含んだ。
天羽さんの手で自家焙煎された珈琲は、酸味とコクが優れてて、香りもいい。後味が華やかでキレのいい味が、疲れた心と体に安らぎを与えてくれる。
グァテマラ。俺の好きな珈琲だ。
思い返せば、小学校5年生の時、クラスの男子に『真希は女ばっかりと遊んでる』そうからかわれた記憶がある。それ以来、女子とは何となく遊べなくなってしまい、中学校に入るともう、女子達は遠巻きに黄色い声援を送ってくれるだけになってた。
高校ではそんな自分を変えてみようと思ったのに……肝心の女子は牽制し合って『俺に告白しない同盟』を作って、俺に直接近寄ることはなかった。
クールで格好いい。
そう言われても彼女が出来ない。遠巻きに見られて、写メなんか撮られても全然嬉しくとも何ともない。むしろ同性の目を気にしないといけないというハンデを、背負うハメになるではないか。
それでも昔は純粋だった。
姉貴に頭の悪い男はダメ。そう言われたから猛勉強したし、運動オンチな男だとだと幻滅する。そう言われたからサッカー部で頑張ってエースの座にも付いた。
でも頑張れば頑張るほど、女の子達は、きゃあきゃあと騒ぐばかりで、肝心の彼女は出来やしない。
遊びもせず彼女を作る努力してるうちに、友達たちは彼女を苦も無くバンバン作るし、ああ。もう俺ってモテない人生なんだな。そう諦めて大学に進学すると……これが。
モテた。
努力の成果か。
俺は嬉しかった。やっと訪れた春に狂喜乱舞した。
だから「好き」と言われれば、嬉しくて付き合った。氷河期からのモテ期万々歳だ。
だが、すぐにフられるのは、何故?
天羽さんは俺の隣に座ると、カウンターに肘を置いて、大きな手の上に顔を乗せ、遠くを見ながら、何も言わずにポンポンと、励ますように俺の背中を叩いた。
「終わってしまった事は、変わらない。もう気にするな」
「天羽さん……珍しく優しい」
「珍しい。は、余計だ」
天羽さんは軽くため息を付くと、カウンターに置いてある焼き菓子を俺に手渡し、自分は煙草を吸うために、灰皿を引き寄せた。
焼き菓子は遠くのケーキ屋から取り寄せているものだ。そう滅多に食べられるものじゃない。
「商品まで、くれるなんて……俺、ほだされてしまいそう……」
ポトリ。
天羽さんが咥えたはずの煙草が、カウンターに落ちた。
……しまった。
天羽さんはゲイだ。俺はもしかして、とんでもないことを、口にしてしまったのかもしれない。
慌てて口を塞ぐ俺に、天羽さんが黒い笑みを俺に浮かべた。
「ふうん。そうか。確か真希はコクられると、誰とでも付き合う。そう言ってたな」
「いや、そんなこと言った覚えはありません」
「事実そうだろう。そもそも真希は人を好きになった事があるのか? いいだろう真希、俺を見ろ」
「嫌です」
俺は不穏な空気を感じ、カップを手に、あえて知らん顔すると、天羽さんは俺のカップを、ひょいと取り上げた。
「ちょっと! なに、を……」
ゆっくりと俺の顔に、身を乗り出した天羽さんの顔が近づいていく。
少し童顔で綺麗だけど、女の子の綺麗さじゃない、男らしい整った顔。
眉毛綺麗だなあ。キチンと手入れしてんのかなあ。……とか、のんびりしたことを考えている場合じゃない。これって、もしかしてキスされようとしている……?
「天羽さん!」
俺は慌てて天羽さんの肩を掴んで、押し止めた。
「なんだ?」
「なんだ? じゃないですよ! 一体ナニする気ですか!?」
「告白」
「いやいや、こんな顔近づけて、告白とかないでしょう?」
「キスで気持ちを伝える」
「それは告白とは言いません!」
「つまらんな。じゃあ、ちゃんと口で言ってやろう」
天羽さんの気持ち……?
「いや……聞きたくないです」
天羽さんはゲイだ。気持ちを伝えられても、一体どうしたらいいのか俺には皆目見当が付かない。
でも目を細めて、俺を見つめる天羽さんに、心臓が妙にバクバクと跳ねているのは何故だ?
ドキドキ。バクバク。心臓よ……落ち着け。深く考えるな。
とりあえず珈琲を飲もう。
カップを手にすると、手がカタカタ震えて、珈琲に波紋が広がった。
「クールな顔して、動揺してる姿って、妙にそそられると思わないか?」
「思いません」
天羽さんはクスリと笑って、休憩中の札を持って席から立ち上がった。
「ギャップだな。真希はそこらの女が引いてしまうくらい綺麗な顔してるから、高嶺の花扱いされて、本当の自分を出せずにいる。中身は、ただのアホなのに」
「ほっといて下さい」
ガシャン! 俺は派手な音を立ててカップをソーサーの上に置いた。
天羽さんは俺の中身を知りすぎてる。鬼のような事をするくせに、俺がどんな事を言っても、外見と違う。そんな事は言わない。だから家族以上に自分をさらけ出してしまってた。素の自分をアホと言われても仕方ないが、着飾った自分をアホと言われると、妙に苛立ってしまう。
「怒るな」
天羽さんは俺の不機嫌な姿を見ると、肩をすくめて、いつものように休憩中の札を店の外にかけに行った。それはいつも俺がしていること。
でも俺はあまりの不機嫌さに、天羽さんが俺の代わりに働いてくれてるという異常な事態に、気が付く事が出来なかった。
するり。とロールスクリーンが下ろされて、いつもは明るい店内が、陰る。
そこまでくると、いつもと違う空気に気が付いた。
ドアの外は休憩中の札。
ドアには鍵。
いつも休憩中でさえ大きく光を取り込む窓が、今はロールスクリーンによって、外の世界を遮断してしまっている。
これは一体何事かと、身構えると天羽さんは俺の肩を掴んだ。
耳元に吐息が触れる。
ごくり。唾を飲み込むと、天羽さんは肩をすくめて、カウンターの中に入っていってしまった。
……からかわれただけか。ゲイだけにビビる。
自然と力が入っていた肩の力を抜くと、天羽さんは引き出しの中から、ハチマキのような物を取り出して、カウンターの上に静かに置いた。
そのハチマキのような布は、仕事で使われることなんかない布だ。
でもずっと、引き出しの中にしまわれていたもので、一体何に使うものなのか、俺はずっと不思議に思ってた。
「天羽さん、この布って、一体何に使うものなんですか?」
「クイズだ。当ててみろ。 一番、両手を縛るためのもの。二番、目隠しに使うためのもの。三番、二人三脚するためのもの……さあ、三秒以内に答えろ」
「ええっ!? なんですか!? いきなり!?」
「ただのクイズだ。答えなければ、犯す」
天羽さんはカバンの中から、シルバーで装飾された黒いジュエリーボックスをカウンターにコトリと置いて、カウントし始めた。
「3」
ドアには鍵。窓にはロールスクリーン。
外から店内の様子が分からなくなってる状態だ。『犯す』と脅されれば、ジョークにも聞こえない。
早く答えないと……!
「2」
でも一番を選ぶと、縛られるような気がする。
二番を選ぶと、目隠しされてしまう気がする。
「1」
カウントは止まらない…!
「さ、三番! 二人三脚!」
これなら無難か!?
「よし、いいだろう。真希、立って足を出せ」
「は?」
「選んだのは真希だろ? 早く出せ」
「え? あ、はい」
俺は訳も分からず立ち上がり、素直に右足を前に出した。グズグズ言ってもどうせ天羽さんには逆らえない。
すると天羽さんは俺の前に立ち、左足を前に出すと、かがみ込んで、謎のハチマキを二人の足に縛り始めた。
これは……何のクイズだ? 三番を選んで正解だったのか? というかなんで休憩中に二人三脚なんだ? しかも普通、二人三脚って横並びになって足をくくりつけるものじゃなかったか?
天羽さんは俺の向かい合い、かがみ込んで足をくくりつけてる。
これじゃ、どっちかが、後ろ歩きしないと、いけなくなる二人三脚になってしまう。
「天羽さん? これどうやって二人三脚するんですか?」
「こうするんだ」
「え? うわっ!」
天羽さんは俺の腰に手を回すと、グイっと俺を抱きよせた。
「ちょ……っ、離して下さい…!」
しまった! 素直に従った俺がアホだった! がっちりホールドされて動けない。
いつも天羽さんにアホだ、アホだと言われてるが、自分のアホさ加減に今ほど後悔したことがない。たった一本の紐でつながれて、逃げられなくなってしまったこの状況を、全く予測出来なかったなんて。
「焦るな。真希」
天羽さんは俺をガッシリ抱き抱えたまま、黒い笑みを浮かべた。
「う、あ……」
もしかして、俺、お、犯されてしまう……!?
天羽さんが俺を抱きしめたまま、俺の髪に顔を埋めた。鼻先で髪をくすぐられる。
これが力任せに押し倒されてるというのなら、俺は蹴っ飛ばしてでも逃げる。貞操になるのか童貞になるのか分からないが、危機回避は必須だ。
でも天羽さんは俺をからかって喜んでるところがあっても、本当に俺の嫌がることはしたことがない。落ち着けば…大丈夫。
「あ、天羽さん、い、痛い。離して下さい」
俺の声が天羽さんにちゃんと届いたのか、俺の腰にがっしりと手を巻きつけてた天羽さんの手が、壊れ物を扱うような優しさに変わった。が、俺を優しく抱きかかえたまま、こう呟いた。
「……なあ、真希がなんですぐに彼女にフられるのか、俺が教えてやろうか?」
「え!?」
天羽さんは俺がすぐにフられる理由を知っているのか。
そう思うと、なんで二人三脚しているのか。抱きつかれているのか。そんな疑問は霧となって消えてしまった。
おそるおそる天羽さんを見上げると、天羽さんは爽やかに微笑んだ。
「クイズだ。当ててみろ」
「また?」
「真希がすぐにフラれる理由は次のうちどれ? 一番、勃たない。二番、勃っても、役にたたない。三番、性的指向の問題」
「俺を馬鹿にしてるんですか? 俺はちゃんと勃つし、役にも立ててました! ちゃんと女の子も好きです! そんなの自分でも知ってる事です! 俺が聞きたいのは、性格とか、彼女への接し方が間違ってるかどうかです!」
天羽さんの長い指先が、するりと俺の髪の間をかいくぐり、地肌を撫ぜた。ゾクリ。肌が粟立つ。
「性格? 真希の顔は確かに綺麗に整いすぎて、冷たく見えるくせに、その実、中身はただのアホだ。女はそこを見ていない。でもな。そこは問題じゃない。性格は悪くないんだ。それは仕事にも現れてる。いい加減な事はしないし、言わない。真面目だが人に強要することもないし、人のせいにすることもない。例え中身がアホで、外見と違っていても、からっぽじゃない。俺はそれが魅力的に思えるし、女がそれに気付いても、天然でギャップが可愛いいと思うヤツもいるだろう」
「じゃあ、俺の接し方が悪かったって事ですか?」
「いいや。真希には仲のいいお姉さんがいるだろう? 女の本性も子供の頃から、自然に見て育ったはずだ。あることないこと鵜呑みにするアホだとしても、タブーは犯すとは考えられない。なら考えられる事と言えば…長く続かない理由…それは性的問題じゃないのか?」
「性的……問題……それは……考えたことがなかった……」
人馴れしてる天羽さんの言う通り、性格にも接し方にも問題がないとすれば、雄としてどこかおかしいと言う、性的問題にたどり着いてもおかしくない。
だから俺は、彼女にすぐフられてた?
ああ、どうしよう。こんな場合、どうすればいいんだろう。
性的問題? 性的問題とは具体的に何だ? 分からない。
医者に相談するべきか。いや、でも性的問題と漠然と言われても、どの医療機関に通えばいいのかよく分からない。そもそもどこが雄としておかしいのかが、自分では分らない。
「天羽さん、俺は一体、どうすればいいんですか!?」
「俺が相談に乗ってやろう。脱げ」
「は!? 脱ぐ?」
「男同士だろ、恥ずかしがるな」
天羽さんは俺のベルトに手をかけた。
俺は慌てて逃げようとしたけど、足は紐で天羽さんの足と繋がれてるので、逃げように逃げられない。
「ちょ………っ! まっ………!」
「女に聞くより、男の体に詳しいぞ」
ゲイだから。確かに。
「いや、だからってはい、そうですか。なんて言える訳ないでしょう!?」
「じゃあおまえ、女に、俺のモノ普通か? そんな風に聞いて、イキナリ、モノを見せられるのか?」
「変態じゃないんですから、見せられる訳ないでしょう!?」
「じゃあ男友達に、俺のモノ普通か? そんな風に聞いて、イキナリモノを見せられるのか?」
「そんなことしたらドン引きされますよ! 見せられる訳ないでしょう!」
「だから俺が見てやろう。そう言っているんだ」
「ええ……!?」
確かに話の流れから天羽さんが、俺を変態だと思うことも、友情の危機を感じる心配もない。
しかも天羽さんは男前だし、モテそうだし、男の性器もそうとう見慣れてるに違いない。
なんたって、ゲイなんだから。
でもゲイに局部を見られる。それには抵抗を感じる。それじゃ感覚として発情した女の子に見られてるのと変わらないような気がする。
やっぱり医者に行くべきか。いや、でもどこに行けばいいんだ? 俺のどこが雄としておかしいのかが分らない……ああっ! またこの考えに戻ってきてしまってる!
パニックでうろたえていると、天羽さんが驚くほどの手際の良さで、下着ごとジーンズを引き下ろしてきた。
下肢に空気が触れてヒヤリとした感じに、ドキリと心臓が高鳴った。
天羽さんが綺麗に整った眉を片方上げて、下を向いた。
……ああ、天羽さんに局部を見られてる。
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