Prelude(前奏曲)

彩城あやと

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プレリュード 第二章

プレリュード 第二章 ④

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 懐かしい香り。もっと湊の香りを感じたくて鼻先を胸元に埋めると、湊はより一層力強く俺を胸に引き寄せた。
「潤! 森野に何をした!?」
 潤の高笑いが湊の腕の中から聞こえた。
「知りたい? ならこのビデオ買い取ってよ。そうだな。代償は湊が相続権を放棄する。その誓約書でいいや。もしイヤならこのビデオ、俺の顔は加工してゲイビに売りつけるよ?」
 湊はシーツの上から手探りで俺の体を調べ初め、そそり立った性器に気が付くと息を飲んで潤を睨みつけた。
「………! 潤! 何を考えている!?」 
「湊はピアノばっか弾いてるだけで、大学にも行かず、経営にも携わらず勝手ばっかしてたと思ってたのに、オヤジのヤツ、湊に盲導犬を与えて、湊にそろそろ経営に乗り出せ。とか言ってただろう?
 俺がどんなにどんなに努力しても、親父の息子にはなれないのに、湊は親父の血をひいてるだけで、俺からあっさりすべてを奪っていくんだ。なら……真面目に生きるなんて、アホらしいじゃないか。
 俺は富永家の長男だ。だから俺はその財産をもらう権利がある。そのためなら貴文だって利用させてもらおうかと思って。湊がこのいやらしい貴文の映像、他の男達オカズになっても構わない。そう言うなら別だけど?」
 抱きしめている湊の腕がするりと俺から離れた。
 …売られる。
 映像なんてたいしたもんじゃない。湊は財産を取るに決まってる。
 俺と湊との関係はすでに終わってしまっていて、俺がどうなろうと湊の人生には関係ない。
 そう、ゲイビデオが出回って、俺が外の世界に出歩けなっても湊に関係ないんだ。
 ――いっそこのまま世界が終わればいい。
 湊の返事なんか聞きたくなかった。
 縛られて耳を塞ぐことも出来ない俺の横で、湊がゆらりと立ち上がる気配を感じた。
「分かった…誓約書を用意しろ」
「み…なと……?」
 湊を見上げると、湊は静かな、涼やかな表情で潤を見ていた。
 その顔は感情を押し殺したポーカーフェイス。
 背中は怒気を孕んでた。湊は内心怒り狂っている。でも感情を押し殺すことに慣れてしまっている湊の表情に感情はまったく読み取れない。
「湊……」
 俺なんて捨てとけばいいのに……。
「あはは! 貴文、良かったじゃないか!」
 高らかに笑う潤の顔は人を人とも思わない、自分の事しか考えていない醜悪な顔だった。
 プツリ。頭の線がキれた。
 俺の映像がゲイビに売られるかもしれないということより、湊が潤の卑劣な提案を飲む。そっちのほうが許せない。湊は紳士だ。この状況を放って置けないだけなんだろう。
 でも俺は湊に守られて生きるより湊を守りたい。潤の提案を湊に飲ませる訳にはいかない。
 すうっと息を吸い込んだ。この状況を何とかしないといけない。考えろ。この状況を打破する方法を……。
 視界の隅で新堂が潤の手にしたハンディカメラを凝脂してるのが見える。奪い取る気なんだろうか?
 それなら。
「……潤は何も分かっていない」
 俺は淡々とした口調で潤に話かけた。
「俺が分かっていないだって? それは違うよ、貴文。何も分かっていないのは、富永家に関連するすべての人間なんだよ。
 いいか? 俺は親父の血が繋がっていないと知るまで、どれだけ努力してきたと思う? 努力して、努力して、家督を継ぐものだと、長男としての誇りを抱えてひたすら生きてきた。
 なのに「血」だ。血、血、血! 血にどんだけの価値があるってんだ? 血がすべてか? 血がそんなに偉いのか?
 どんだけ努力しても、富永家長男としての誇りを持っても、みんなそんなの関係ないって言う。
 ならなんで俺は富永家の長男として生きている?
 ははは。おかしいだろう? 血は汚い。とはよく言ったもんだ。
 でも貴文、金はね。裏切らない。心がないからね。金は綺麗なんだ。金があれば楽しく遊べる。…なぁクスリはいいだろう? 嫌なことすべて忘れさせてくれるだろ? 俺は金が欲しい。家督なんか湊にくれてやる」
「湊の父親は家督を湊に継がせる気がないのに?」
「……何を言ってる?」
「もし湊の親父が、湊を総裁にさせるつもりなら…新堂さんのような優秀な人間を世話係につけるはずだ。盲導犬は言葉を話せない。信号の色さえ識別出来ないんだ。いくら訓練を重ねた優秀な犬でも、総裁のフォローなんて出来る訳ない」
「………!? じゃあなんで、親父は盲導犬を湊に付けたんだ!?」
「ある盲導犬ユーザーは目的地に着くまでの苦労を半分、目的地に着いたときの喜びを2倍にしてくれるのが盲導犬だと言った。盲導犬とはそう言ったものなんだ。でも湊はこの家で何の不自由も感じずに暮らしてる。それでも湊の父親は湊に盲導犬を与えた。それはただ人の親として、もう一度外の世界で暮らせるようにと願っただけじゃないのか?」
「違う! 親父は湊をなんとしても総裁にと考えてる!」
「思い込みだ。普通に考えて湊に総裁を継がせるつもりなら、ピアノを弾いてばかりいる湊をゆるさないはずだ」
「じゃあ親父が経営に乗り出せと言ったのは……外に出る目的を作っただけだと言うのか!?」
「そんなこと俺が知るか。ただ俺に分かるのは、潤はどこかで間違った。という事だけだ。潤は捨てられたんじゃない…捨てたんだ。自分を…真面目に努力してきた自分を。おかしいのはみんなじゃない。潤だ」
「どこかで…俺は間違った…?」
 新堂が視界の隅でジリリと潤に近づいてくのが見えた。その視線の先には潤の手の中にあるハンディカメラ。潤の目は赤く血走っていて、そのことに気が付いていない。
 甘い香りを潤も吸っていた。どこか集中力に欠けているようにしか見えない。
 ハンディカメラを取り戻すのは、今しかない。湊に潤の提案を飲ます訳にはいかない。視界の隅で新堂が俺を見て軽く頷いた。
 呆然と立ち尽くす潤を見て、俺は息を深く吸い込んだ。
「セチア! バラック!(吠えろ)」
 コマンド(命令)を聞いたセチアは、潤に向かって吠え立てた。元々犬が苦手な潤は怯えたような表情を見せ「ひっ!」と声を漏らして一本後退した。
 セチアに気を取られた潤に、新堂は風のような素早さで近づき、潤の手に手刀を落とした。潤の手からハンディカメラが床にゴトンと音を立てて落ちると、新堂はハンディカメラを壁際にまで一気に蹴り上げる。
「くそっ!」
 不意打ちをくらった潤がハンディカメラを追うより、ハンディカメラを初めから壁に狙って蹴り上げた新堂の方が、動作が速い。
 新堂は潤より先にハンディカメラに追いつくと、ハンディカメラから素早くSDカードを取り出して、靴の踵で勢いよく踏み付けた。
 靴と床に挟まれたSDカードはプラスチックの破片をバラまきパラパラと飛んでいく。
「く……っ! なんてことしやがる!?」
「潤様『なんてことしやがる』と申し上げたいのはこちらの方です。どうか森野様に謝罪を」
「………」
「潤様」
  潤はその場でダンっと足踏みすると、大きく息を吸い込み、焦燥感でやつれた笑顔を俺に見せた。
「貴文。俺はどこで間違ったんだ?」
「富永家に囚われたところからじゃないのか?」
「……俺はどうすればいい?」
「変わればいい。自分の人生を決めるのは自分だ」
「そうか……まぁ…そりゃ、そうだよな」
 潤はふらつく足取りで俺たちの前を過ぎていく。
「潤様! 森野様に謝罪を!」
 新堂が潤の前に立ちふさがると、潤は前髪を軽く掻き上げて笑った。
「貴文を使って脅した湊様に謝罪を。そう付け足さないおまえは対外的なものを恐れてんだろ? 貴文がこの件を訴えるか訴えないか。富永家に傷が付くか、付かないか。おまえにとって重要なのはそこだろう?……くだらない。みんな富永家にとり憑かれてる。富永家に泥を塗られる行為がそんなに嫌か? ふん。反吐がでる」
「……内々の謝罪より、まずは森野様に謝罪するべきだと申し上げたいのです」
「正論だな……貴文」
 潤が踵を返してゆっくりとした足取りで俺に近寄ると、湊が俺を背にして立ちはだかり、潤はそれを見てかすかに笑った。
「湊、自分の人生を決めるのは、自分だとよ。俺らには知らなかった言葉だな。そんな言葉教えてもらった事無かったもんなぁ」
「潤、森野にそれ以上近づくな」
「何それ? そんなに貴文が大事ならおまえも自分の人生を自分で決めれば? 母親はもう死んだ。呪いはもう解けてるんじゃね?」
「……何が言いたい?」
「んなこと自分で考えろ。……貴文。今回のこと…悪かった。
 俺はこれから自分の人生、自分で考えてみることにする。そこにもう富永家の事は考えない。これからなんかあったら俺を呼べ。少なくてもそんな生き方してみるから。ああ、あとクスリ。依存性ないし1、2回使ったくらいじゃ脳にも損傷ねえから」
 潤は湊の肩をポンポンと叩くとひと声だけかけて部屋を出て行く。
 扉の閉まる音が聞こえると、肩から力が抜けてため息が出た。
「…森野、大丈夫か?」
「ああ」
 嘘だ。体は熱く火照っていた。体の中に埋め込まれた坐薬が溶け出して痒みと言いようのない情欲に襲われてる。
 唯一救いなのは、思考も理性も失っていないということだ。湊を守りたいという一心で気が逸れてたのに、潤がいなくなると安心したように嵐が襲ってくる。
 もし、思考も理性も失ってしまってたら、俺はきっと泣いて湊に助けて欲しいとすがりつく。それぐらい辛い。
 俺はシーツをぎゅっと握り締め、自分の体を抱いた。
「一人にしてくれ」
「森野どうした? 声がかすかに震えてる」
 湊の手が俺の顔に触れようとしたので、強く払いのけた。
「触るな…!」
 新堂もおかしな様子の俺に気がついたのか、俺の顔を覗き込んだ。
 見るな。近寄るな。早く消えてくれ……! 湊と新堂の乱入で気がそれたけど、クスリは俺を蝕んでいる。一度意識すると止まらない。
「行けよ! 早く出て行け……あ、ああ……!」
 新堂が俺の肩に手を置くと、体がビクリと跳ねた。
 嫌だ。嫌だ。触るな。
「……!? 森野様、潤様にどんなクスリを使われたんですか!?」
「あ、青いカプセル……ざ、坐薬…う、あ、触るな……!」
「まだ坐薬を使って時間はさほど経っていませんね!?」
 ガクガクと頷くと、新堂は軽々と俺を抱え上げた。触れた体温、擦れるシーツ、すべてが鋭敏になった体を刺激する。
「……! 離せ!」
「いけません。粘膜がクスリを吸収する前に洗浄しないと……!」
 新堂は俺を抱えてバスルームに飛び込んだ。
 シャワーがひねられて、床から跳ねた冷たい水が体に降りかかると、新堂にシーツを剥ぎ取られた。
「やめろ……! 自分で出来る!」
「こんな状態で出来る訳がないでしょう!? 大人しくして下さい」
 壁に手を当てたままで、自分の体重さえ支えきれなかった。足がガクガクと震え、新堂がシャワーヘッドを手にした時だ。湊の手が伸びて新堂の肩を掴んだ。
「離れろ、新堂。俺がする」
「しかし……」
「目が見えなくても中を掻き出すくらい訳ない」
「……分かりました。ではこれを」
さあああああ。
 シャワーの熱気がバスルームを包んだ。
「森野、力を抜いて」
 湊の大きな手が背中に触れた。
「あ、ああ……さ、わるな……出てけ!」
「乱暴はしない。落ち着け」
 力が入らず四肢がガクガクと震えてた。この状況では確かに自分ではどうしようもないのかもしれない。
 腰に温かいシャワーの雨が当たる。湊の手がゆっくりと滑って内股に触れ、シャワーが窄みをくすぐった。
「う……っ」
 腰が砕けてズルズルと手が壁を滑っていくと、湊が俺の足を押し開いて、ローションをまとってヌメった窄みに湊の長い指が触れた。息を詰まらせると、湊はゆっくりと中に温かいお湯と長い指先を差し込んでくる。
 痒みと熱をもった後孔を刺激されると、どうしようもないほど中を掻きむしって欲しくなる。ローションでヌルヌルになった中をくちゅり、湊の指先が刺激した。でもそのまま擦ってはもらえず、中のぬめりを掻き出すように動き始めた。
「………! は……、あ、ああ……み、なと……」
「……! 新堂! 外で待ってろ!」
 湊の慌てたような声がすると、新堂の返事と共にバスルームの扉は、パタンと静かに閉められた。
「なんて声を出すんだ。馬鹿」
「馬鹿と……言うやつが……馬鹿なんだ……」
「減らず口を……でも、久々だな。気が強いところは変わらない」
 くっくっと喉を鳴らして笑う湊は多分、俺が発情している事を知っていた。だから意識を逸らす為にわざと会話を続けようとしているのが分かった。
 でもねっとりとしたローションはお湯をかけられてもそこまで洗い流される事はない。中の襞にぬるぬると絡み付いて中々洗い流されることなく存在し続ける。
 湊の長い指先が中を掻き出すように蠢くと、堪らなく甘く切なくさせる一点に当たる。どうしたって吐息が漏れる。
 でも俺は息を殺して会話を続けた。もう違うことに集中していないと自分が何をしでかすか分からないところまできていたからだ。
「湊は…ひどいヤツに……う、あ……な、なった…」
「ひどいやつ…? ああ…この世に最も逢いたくて、逢いたくなかったヤツが目の前に現れたんだ。余裕がなかった」
「あ…逢いたくて…逢いたくな…かった…?」
「疑って悪かった。セチアを残してどこにもいなくなった森野を探して……こんなことになってしまうなんて……森野が俺の目の前に現れたのは…なんでなんだという思いでいっぱいになって……余裕をなくした俺が悪かった」
「ここに来たのは、ぐ、偶然だと……は、あ……ん、んん…い、言った…」
「悪かった」
「悪いで済んだ…ら、警察…は、あ……ああっ! も、もう…やめろ…! も、もう……! 湊! 湊!」
 もう射精感は限界にまで上り詰めていて、もう会話を続けるどころの騒ぎじゃなかった。痒みと熱に苛まされて、汗が滴り落ちる。
「も、もういい…湊……も、もうやめ……」
「くそっ! 中々取れない…!」
 湊の指が掻き出すというよりローションを擦り落とすというような動きに変わる。中が緩んできたのか指はいつの間にか二本に増やされて、甘く痺れる部分を確実に擦り上げる。
「ひ………っ!」
 シャワーのさああああ。とした水に混じってじゅぶじゅぶと卑猥な音がバスルームに響く。
 もう力も抜けきって腕で体重を支える事も出来ずに尻だけを湊に突き出した卑猥な格好で、後孔を湊の指が中を擦り上げてた。性器の先からはトロトロと雫が漏れ出しているのが見える。その後ろには濡れることも構わず後孔の中を夢中になって掻き回す湊の姿。
 もう我慢の限界は超えてた。
 無意識に性器に手を伸ばしてしまいそうになってしまう自分を叱咤して唇を噛んだ。
 湊に後孔を擦り上げられて、自慰に耽るなんてそんな卑猥な自分の姿なんて想像出来ない。ローションのぬめりが落ちるまでの我慢。でも湊の指の抽挿は容赦なく俺を責め立てる。ぬちゃり。微妙に角度を変え続けながら、中を擦り上げる。
「ん、あ……ん……」
 甘い痺れに、いっそ体が勝手に爆発してくれやしないかと思わず神に祈った。それぐらい甘い享楽の狭間に堕ちてしまってる。でもそんな都合のいい願いなんて神様は聞き届けてくれるはずもなく。俺は早くこの行為が終わるのをただ待つしかなかった。
「みな……は、あ、あ……早く…もっと、早く…あ…あ、ん……して…」
「……こうか?」
 水を含んでかえって滑りが良くなったんじゃないかと思う中を、湊の指が加速する。甘い痺れでどうにかなってしまいそうなところをじゅぶじゅと音を立てながら擦り上げられる。
「は……っ! あああっ! ち、ちが…ちがう……っ! ゆ、ゆっくり…もっ…と、ゆっくり……ん、んん!」
「痛いのか?」
 湊の焦ったような声がして指の動きが止まった。急に止められるとたまらない。後孔は湊の指をきゅうっとくわえ込み、腰を振って中の襞に湊の指を自ら擦りつけてしまう。
「森野……」
 息を飲む音が聞こえ、指がズルリと抜けた。もうその時は死んでしまいたい気分で唇を噛み締めるしかなかった。浅ましい姿。それを湊に気付かれた。
 湊はそっと俺を抱え起こすと、外へ連れて行くのかと思ったけど、何故だか俺を後ろから抱きしめた。シャワーヘッドが床に転がって足元を濡らしていく。
「森野、辛いか…?」
 肩口に湊の熱い吐息が当たって、体がビクビクと跳ねてしまったので、それを隠したくて首をブンブンと振ると湊は笑った。
「素直じゃないな……でもそこが可愛くて……怖くて……」
 湊の手がそっと性器に触れた。
「う……く、う……っ!」
 湊の手の中で性器が弾け、白濁を撒き散らした。我慢して我慢して触られただけで。しかもイった先の快楽は気を失いそうになるほどよくて、湊の腕にしがみついて息を乱した。
 でも一度出したのにおさまらない。一度出した事が呼び水になったみたいに湊の手の中で、萎えることのない性器がヒクヒクと揺れてた。
「あ……あ、あ……」
「まだ…辛いか……?」
 首をゆるゆると振っても、湊は性器から手を離さずに扱き始める。声が乱れて何度も湊の名前を呼ぶと、湊はあやすように俺の名前を呼んで「クスリのせいだから」そう耳元で囁いた。
 クスリのせい。
 気が遠くなる。
 シャワーの熱気で湊の精錬された香りに包まれる。
 手のスライドが大きくなる。
 触れられてる部分だけじゃない。湊に淫猥な事をされてる。そう思うと胸がきゅうと切なくなるほどいい。湊の手はもう逆らえないくらいの動きをみせて、クスリのせいだからと言ったくせに、まるで快楽の部屋の扉をこじ開けるようにくちゅりと卑猥な音をさせながら扱きあげてくる。
 額にこめかみに汗が伝う。羞恥心で身をよじると鈴口を親指で弄ばれて、背を仰け反らせて湊の肩口で首を振った。
「あ…あ、みな…と……」
「そんな声を出すな」
「あ…で、でも……ん、んん……」
 自分でするのとは比べられないくらい、いい。しかもそれが湊の手だ。一度死んだと思った愛しい人。その手の中で絶頂を迎えられる幸福感。俺は背中に湊の体温を感じながら絶頂を迎えられる。そう思うとひどく興奮した。
「み、なと……湊……あ…ぁぁ……」
「そんな声を出すな。正気じゃいられなくなる」
「な、んだ……そ、れは……?」
 湊の瞳が熱を帯びて俺を見下ろしてる。ひどく淫らな俺をみて興奮してる。それはひどく扇情的でシャワーの音が現実ではないような錯覚を起こさせてしまう。
「そのままだ。俺にこんな事をされたいなんて、森野は昔から思った事もないだろうけどな」
「お、男同士だろう?」
 でも湊の体温は吐息がひどく感じてる。
「キスは出来ても?」
「キ、キスは愛情表現であって……」
「セックスも愛情表現だ。俺が欲しいと森野は求めていなかった」
 欲しくなかった訳じゃない。でも男と男が抱き合う。それには抵抗を覚えてた。
 俺は無意識に湊を拒んでいたのか……?
 湊の手は白濁した体液をまとって淫猥に蠢き、卑猥な音をバスルームに響かせてた。正常じゃいられなくなる。いやもう湊の体にもたれかけて、先端からトロトロとした体液を滴らせて屹立した性器を扱かれてる状態は正常じゃないのかもしれない。
「は、んん……み、湊、も、もういい…やめろ……」
「ダメだ。止まらない。この手の中に森野がいる。感じてる。たとえクスリのせいでも、卑怯者と呼ばれても離せない。好きなんだ、森野。ずっと忘れられない」
 過去の記憶が交差する。どんな言葉を重ねられても、過去は変わらない。胸が軋むように痛んだ。
「なに、を言って……別れたいと言って「癌で死んだ」と、嘘までついたのは湊だろう? 湊がこの世にもういない。俺はそれでどれだけ悲しんだと思う!? 今更、今更何を……!」
 身をよじると湊の動きがピタリと止まった。
「癌で死んだ…? 癌で死んだのは母親だ」
「え……?」
「確かに母親に反対されて、森野に近づくなと脅された。でも別れを選んだ理由はそこじゃない。森野と俺とでは求めてるものが違う。森野は俺が好きだと言いながら、性的欲求を持たなかった。好きだと言われても俺とは想いの形が違う」
「な、な、なんだ……それ……?」
「軽蔑するか? ずっと森野を抱きたい。むちゃくちゃ俺に溺れさせたい。精神的ものだけじゃなく肉体的にも。そう思う醜い自分が嫌だった。でも森野は違うただ俺と同じ時間を共有出来るだけで喜んでた。想いの形が違うんだ……でも今はクスリのせいでもいい。俺の手の中で感じてくれ」
「み、なと……」
「もう、何も言わないでいい。これはクスリの毒だ。吐き出せ」
 湊は俺を引き寄せて性器を擦り上げ始めた。
 息が乱れる。湊の腕の中。熱くて、熱くて。熱が全身にこもって汗が滴って……。湊の吐息が首筋を這うとゾクゾクとした熱がぶわりと全身を襲った。
「ふ、んう……く……っ」
「森野」
 熱い囁きが耳朶をくすぐった。湊はキスも愛撫もせずにただ射精という行為のみに集中してる。切なく俺の名前を呼ぶくせに、俺の息が乱れるたびに後ろからぎゅっと抱きしめるくせに。
 不器用な男。
 俺を抱きたかったと言うのに。ただ俺の性器を握って射精させるという行為にしか及ばない。『クスリのせいだから』そんな言い訳を俺に残しておくために、俺の体には触れずに淫れさそうとはしない。
 唇はギリギリ触れることのない距離。吐息が混じり合うのを感じる。湊の香りが唇に触れる。クスリのせいで快楽に限界はなくて性器の先端からは雫が溢れて茎を伝っていた。限界は目の前。でも足りない。これじゃ足りない。



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