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葉城探偵事務所 ―Memories of Midnight― ①
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夢とは睡眠中に起こる体感現象の一瞬である。
主としてレム睡眠の時に出現するとされ、外的あるいは内的な刺激と関連する興奮によって、脳の記憶貯蔵庫から記憶映像が再生され、記憶映像に合致する夢のストーリーを作ると考えられている。
そもそも夢とは何なのか、その明確な意義については定義されていない。
現在その中でも有力な説とするなら、無意味な情報を捨て、必要な情報を忘れないように、睡眠中に脳内で様々な経験や情報の整理を行うものとされている。
そして夢は抑圧されて意識していない願望などが如実に現れるケースも多いとされている。
ただ、それらは誇張されて、現実として不可解な表現になっていることも多い。
晴樹は昼間、依頼人が来ないヒマさを利用して二冊の本を読んだ。
ひとつは「竹取物語」、もうひとつは「源氏物語」
記憶はカオス化し、時代も設定も内容も現実ではあり得ない内容になるこんな夢を見た。
舞台は奈良時代なのか、平安時代なのか、はっきりとはしない。
晴樹は安倍晴明ならぬ、安倍晴樹という陰陽師になっていた。
亨は帝の息子で第一皇子、楓は先帝の息子で第二皇子。
なんともよく分からない夢だ。
しとしと、と雨が降っている。
今は申の刻(午後四時)くらいだろうか。
申の刻といっても外はどんより曇っていて、部屋の中は薄暗い。
すっきりとした立烏帽子姿の亨親王が、夏直衣の葵の色清々しく、玲瓏な風情で円座に座り、楓皇子の姿をした式神に何やら説教をしている。
隣の部屋に楓皇子の姿をした式神を置くように頼んだのは楓皇子で、晴樹はその式神を操っている。
楓皇子の姿をした式神を通して、陰陽師、安倍晴樹は隣の部屋の様子を視ながら呟いた。
「楓王子、亨親王の説教がいくら長いからって、式神を相手にさせるのはどうなの?」
晴樹のそばでは楓皇子が深紫の直衣を着崩し、脇息にもたれかかって、ゆったりとくつろぎ、亨親王の説教を、まんまとまぬがれている。
晴樹が式神を通して隣の部屋の様子を見聞きしなくても、亨親王の声はよく響いて、この部屋に届けられている。
亨親王はこんこんと説教中だ。それは楓皇子の耳にも届いているはず。
「んん? じゃあ晴樹が行って、説教されなよ」
「俺が説教されてどうすんだよ! 普段の行いが悪いのは楓皇子だろ!!」
「嫌だよ。亨の説教は長い。晴樹は式神使うのが上手だ。それを利用させてもらうよ」
「一体誰のせいで、上手くなったと思ってんの!」
晴樹は陰陽師だ。しかも式神を使わせると、ピカイチに上手い。
そしてそこに目を付けたのが楓皇子。
自分を真似た式神を晴樹に操らせ、こうして亨皇子の説教をまぬがれるために、何度も晴樹を呼び出し、くつろいでいる。
晴樹はそんなくだらない頼みごとばかりを聞いているうちに、抜群の式神使いになってしまい「稀代の陰陽師、安倍晴樹」と呼ばれるほどになってしまった。
しかし晴樹に式神だけを操らせるだけで、楓皇子は終わらない。
楓皇子は呼び出した晴樹を、ちゃっかり口説き続けたのだ。
色恋沙汰にまったく免疫のない晴樹は、まんまと楓皇子にほだされ、なんと二人は恋人になってしまっていた。
でも悲しいいかな二人は身分が違う。
晴樹は出世欲に駆り立てられた恋だと思われなくて、楓皇子との関係は秘密にしていた。
でも陰陽師達の間では、二人が怪しい関係なのはバレている。
なんせ楓皇子は晴樹を何度も何度も呼び出し、その度に晴樹は呆けた姿で帰ってくるのだ。
公務で安倍晴樹を呼び出しているとは思えない。
何やっているんだ。あの二人。
陰陽師達はそう囁きあうが、かたや『楓皇子』かたや『稀代の陰陽師、安倍晴樹』
そんな奴らに面と向かって、どうこう言える陰陽師なんているはずもない。
しかし気まぐれな楓皇子が晴樹を呼び出せば、晴樹がいなくなった分、自分達に仕事の負担がかかる。
しかし身分違いの秘密の恋なら、静かに見守ってあげるべきなのか。
陰陽師たちは頭を抱えて困り果てていた。
そこに見かねた陰陽師頭が、勇気をもってチャンスを掴み、楓皇子の天敵とも言える亨親王に相談を持ちかける。
「『稀代の陰陽師、安倍晴樹』はその実、占術も呪術もたいした能力を持っておりません。
でも安倍晴樹が楓皇子の元に訪れたあと、不思議と御所内の物の怪を見つけ出して、あっさりとそれを退治してしまうのです。
結果、安倍晴樹は楓皇子に呼び出されたあと、御所にて被害を出さずに、『稀代の陰陽師』として、その名を馳せてはいます。
しかし、しかしですね。ここの所、いくら何でも楓皇子から安倍晴樹の呼び出しが多すぎます。御所には結界も張り、そうそう物の怪も出ません。
正直、陰陽師の通常乗務に支障をきたしているのが現状です。どうか亨親王から、楓皇子に口添えしていただけませんか?」
かくして亨親王は臣下を想い、楓皇子の元に乗り込んできている。
それが晴樹の作った式神だとは知らずに。
晴樹はこめかみを押さえ込んだ。
……一体なんだって、こんな事になってんだろう。
そもそも楓皇子の母親は身分が低かった為、楓皇子は後継者に頼るより他ならない。
その為、楓皇子は他の皇族や豪族を楽しませる気ままな皇子に、成り下がってしまった。
晴樹にしてみれば、楓皇子に呼び出されて、式神を扱えば、大変な精神力と集中力を余儀なくされる。
そして呆けて陰陽師寮に帰れば、皆がよからぬ噂を立てる。
なんなんだろう。俺って一体……。
実は晴樹と楓皇子の関係は、プラトニックだった。
隣の部屋から、式神相手だと知らずに、亨親王のよく響き渡る怜悧な声と、理屈めいた内容が部屋まで届く。
楓皇子の姿をした式神を通して視ている晴樹にはそれらが映像付きで届けられる。
晴樹は唸った。
これって俺が見聞きしてても、いい話なんだろうか。
楓皇子にこれ以上付き合うと力尽きてしまう。これで仕事に戻ったら呆けてしまって、みんなに変な想像されてしまう。
とっとと退散するしかない。
晴樹は勢いよく扇子で、ぴしり。と膝を叩いて、楓皇子に向き直る。
「楓皇子! だらしない格好してないで、ちゃんと服を着て、隣の部屋に戻って!」
楓皇子はくすくす、とおかしそうに笑った。
「服の着方なんて、知らない」
貴族というのは、普段から女房(皇族や貴顕の人々に仕えた奥向きの側仕えの女性の事)に何から何まで全部してもらっているものだ。
だから楓皇子は身支度ひとつ自分で出来ない。
「俺がちゃんと着せてやるよ」
晴樹が仕方なく、楓皇子の着崩した直衣に触れた時だ。
晴樹の手が楓皇子の束ねていた髪の紐に当たって、紐がはらりと解けた。
「あっ・・・・・・!!」
晴樹が驚きながら、慌ててその紐を掴む。
艶やかな髪がバサリと楓皇子の雅な背に降り注ぐと、楓皇子は麗しげな目元を震わせ。
その瞳を閉じた。
――やがて。
ゆっくりと開かれたその瞳は、禍々しくも妖しく艶美な光を放ち、部屋には黒方よりも濃く甘い香りが漂う。
楓皇子は長い髪をさらりと掻き上げ、すばやく逃げるように立ち上がった晴樹に艶然と微笑んだ。
その姿は雅な楓皇子から、禍々しい妖艶さを醸し出し、『楓』の姿へと変わっている。
楓皇子の瞳が妖しく、艶やかに揺れる。
「俺の髪を下ろすなんて、晴樹は欲求不満かい?」
「いや。違う、違う」
晴樹は楓皇子の髪紐を握り締めた。
楓皇子は髪を結んである紐を解くと、憑き物がついたようにエロくなってしまう。
晴樹は焦った。
どうしよう逃げなきゃ。
晴樹は楓皇子の生い立ちが、その変貌理由になっている事を知らなかった。まあ、別に知っていても、知らなくても結果は特に変わらないものなのだが。
楓皇子の母親は身分が低かった。
だから楓皇子が幼い頃、その才を現せても、古くからの豪族や貴族達の反感をかい、何度も楓皇子出家させられそうになっていた。
出家と言えば、坊主。坊主といえば、ハゲ頭。
後見人はこぞって抗い楓皇子を祭り立て、出家をさせないために動きまわる。
髪は命。
そんな鬱屈した環境の中で、楓皇子は髪を解くと現れる妖艶な『楓』と呼ばれる人格を作り出してしまう。
楓皇子の別人格である楓は優雅な仕草で、音もなくすうう、と艶妖に立ち上がった。
思わず一歩、後ずさる晴樹の手を楓がむんずと掴む。
「逃げる気?」
「えっと、俺、仕事に戻るね」
「ふふっ。晴樹は仕事熱心だね。なら、いいことを教えてあげよう。清涼殿に一匹の妖怪が紛れ込んでるよ。さあ、どうする?」
くすくす、と妖しく笑う楓に、晴樹は息を飲んだ。
楓は幼い頃から物の怪の類を『視る』ことが出来た。
その霊視能力は晴樹や他の陰陽師たちを遥かに凌ぐ程のものだ。
楓皇子には物の怪なんて視えないのに、楓だけが、この世にあらざるものを視る。
まるで憑き物の憑いたような『楓』は『楓皇子』とは違う人間に晴樹は見えた。
楓はいけしゃあしゃあと晴樹にこう言う。
「『視た』ものを教えてあげるから、報酬として晴樹を思う存分、抱かせて欲しいもんだね」
「楓皇子、それって卑劣だよ」
「ふふ。俺は楓皇子じゃない。楓だよ。晴樹を抱けるのは、楓だけ」
楓は楓皇子のように晴樹に愛の言葉を紡ない。歌も歌ない。
『報酬として俺に抱かれろ』としか言わない。
それでも楓皇子と晴樹は恋人だ。
楓を楓皇子の別人格として認識してない晴樹にとって同じ恋人だ。
だから楓が晴樹を「愛してる」そう言えば、晴樹は喜んで抱かれたのかもしれない。
でも楓はそんなこと、一切言わない。
しかも霊視能力の低い晴樹は、式神を使って祓える事が出来ても、視る事が出来ない。
視れなければ、晴樹は祓う事ができない。
楓は視えても祓えないし、陰陽師じゃないので祓う気もない。
体目的の卑劣極まりない恋人の出来上がりだ。
楓が視た物の怪を、晴樹が祓えば、『希代の陰陽師』として名を馳せることが出来る。
「『希代の陰陽師』として生きたいのなら、晴樹は俺のそばから離れてはいけないね」
晴樹は希代の陰陽師と呼ばれる事より、楓皇子と普通の恋人でいたいと思っていた。
晴樹の体を目的にした条件は、楓皇子を愛している晴樹にとって、卑劣な行為として、心を蝕んでいく。
晴樹は楓に掴まれた手をぼんやりと眺めた。
また『報酬』だ。
俺は報酬としてしか、抱かれない。
「……ちゃんと結界が張ってあるんだ。清涼殿にそう易易と妖怪が入れるわけがない」
晴樹が固い表情でそう言うと、楓はおかしそうに笑いながら、優美な手つきで晴樹の帯に触れ、シュルっと音を立てて解いていく。
ああ。また、だ。
また『希代の陰陽師』になる為に俺は抱かれる。
しゅるしゅるっと衣擦れの音が部屋に響くが、晴樹はそれに逆えない。身体にヒヤリとした外気が触れ、ぶるりと身を震わすことしか出来ない。
「南相の殿上間に結界のほころびがある。そこから、どうやら絡新婦(じょろうぐも)の妖怪が紛れ込んできている」
「……絡新婦…?」
「そう。昼間は美しい女官の姿をしているが、夜になると褥についた公達を襲ってる。…ほら、こんなふうに」
楓の手が晴樹の胸をするりと撫ぜると、尖った乳首がポツンと跳ねた。晴樹の身体は素直に、 楓に触られる事を望んでいる。
晴樹はその事実に唇を噛み締めた。
ゾクリとするその感覚に晴樹が身体をこわばらせると、楓は低く笑いながら、指先で固く尖った乳首をやわやわと捏ねた。じんっとした甘い感覚が晴樹を襲う。
「やめ……っ!」
「聞きたいだろう。絡新婦の居場所」
楓の唇が晴樹の唇と重なる。
晴樹が身をよじろうとすると、楓の熱い舌が晴樹の唇をこじ開けぬるぬると絡まり、その身体の力を奪っていく。
「ん……ん……」
二人の舌には唾液と吐息が絡み合い、晴樹は甘く痺れる身体に目を閉じた。
楓の舌に晴樹が甘い吐息を漏らすと、楓は口づけをしたまま薄く笑って晴樹の分身をやんわり握る。
「ん……あ……」
身体中の産毛がざわめき、背中の下のほうから強い欲情が生まれてくる。楓の口づけは何度も角度を変えて深く侵入し、ゆっくりと分身を擦り上げた。
楓の与える快楽に慣らされた晴樹の身体は、もう晴樹のものであって、晴樹のものじゃない。それほど抱かれ、愉悦を味わわされていた。
稀代の陰陽師という呪縛。肉欲のみで愛のない冷たい行為。晴樹は心を殺すしかない。
唇が離れると楓は、晴樹の力なくした身体を見て目を細めた。
「もう立っていられないみたいだね」
晴樹がすっと顔を伏せると、楓はその背中を、そうっと優しく壁につけ、立たせた姿勢のまま、その乳首を下でねろりと舐めた。
「ふ……っ!」
それだけで晴樹の身体は震えて、背を仰け反らせる。
楓は晴樹の唇の隙間にそうっと、指先を差し込みながら、片方の乳首を舌でねっとりと転がし、もう片方の乳首を指先で捏ねた。
晴樹の分身はそれだけで痛いように反りかえらせ、先端を濡らしてしまう。
「あ…んん……」
「晴樹の身体は素直だね。ずっとこうされたかった?」
「ち……がう、俺は……俺は……」
楓はくすくす、と笑い晴樹の下肢に触らず、内太腿をするりと撫ぜる。
晴樹の舌が震え、口の中に差し込まれた楓の指先にそれが伝わる。
「俺は……?」
楓は喉を鳴らして笑った。
「何が欲しい?」
愛してると言って欲しい。
晴樹は首を振って何も答えられない。
ただ差し込まれた楓の指先を愛おしそうに、甘く噛み、ぴちゃり、と舌で愛撫した。
唾液が顎を伝っていく。
「晴樹……」
楓はふっとため息を漏らして、差し込んだ指先をゆっくりと引き抜き、晴樹の唇に唇を重ねる。
「ん……ん……はっ……」
唇の隙間から漏れる吐息はどちらのものか分からない位に、溶け合い交じり合う。
お互いを貪るようになんども絡み合う舌に唇に吐息に、部屋はしっとりと濃密な空気に包まれる。
晴樹は隣の部屋から漏れ聞こえる亨親王の声を、遠くに聴いた。
晴樹は楓に抱かれながら、亨親王を騙すために楓皇子の姿をした式神を操らないといけない。
唇がゆっくりと離れると、楓は身に付けていた衣を、さらりと脱ぎ捨てた。
そしてどこからか、香油の瓶を取り出し、蓋を開ける。
部屋にはあやめの清廉な香りがふわりと咲き誇り、晴樹はその香りに酔いしれた。
楓皇子は『報酬』としてしか、俺を抱かない……。
楓はそっとため息を付く晴樹を、壁を背にしたまま。その分身に舌をねろりと這わし、ゆっくりと茎全体にぬるぬると舌を絡め、くびれた部分を尖らせた舌でちろちろと舐めた。
「ふ……あ…………」
晴樹がもどかしげに首を振る。
「これでは満足出来ない?」
楓は限界まで口に含み大きく往復する。
「あ、あ……」
後孔には清廉な香りをたっぷりと纏った楓の指が侵入を許し、晴樹の甘く切なくなる部分を執拗に擦り上げる。
晴樹は『報酬』と言う文字が頭をよぎる。
『愛している』
楓にそう言って欲しい。
「楓……さん」
晴樹の足の指先が畳を、カリカリと音を立てて引っ掻いた。
「音。隣の亨に聞こえる」
くすくす、と笑いながら、楓は晴樹の分身にたっぷりとした唾液をのせて、口に含み往復する。後孔は香油と指とで、蕩けるまでぐちゅぐちゅと優しく擦り上げられ、晴樹は瞳を閉じて、愉悦の海に浸って行く。
「は…あ…ん……ん……っ!」
晴樹が我を忘れ、甘い嬌声をあげると、楓は晴樹の分身から口をずるりと離して、耳朶をやわやわと噛みながら囁く。
「あ…………っ!」
「晴樹、静かに」
晴樹は亨親王が隣に居ることくらい式神を通して知っていた。でも震える吐息は止められない。
溺れてしまいたい。『報酬』でもなんでも構わない。ただ楓に、この手に溺れてしまいたい。矜持もなくただ、楓に愛されたい。
晴樹の視界がぶわりと揺れた。
そんな晴樹を知ってか知らずか、後孔を慎重にまさぐっていた楓の指は、晴樹のその部分が慣れてきたのを感じ取り、じわじわと角度や深さを調節してくる。
「ひっ…あ……っ!」
晴樹が唇を噛み、声を抑えると、指がくんっといいところを押し当てた。晴樹がたまらずに上半身を反らすとおのずと胸を反らす形になる。
「晴樹は、いやらしい」
熱を含んだ瞳で楓は晴樹をチラリと見上げ、そのまま胸に顔を埋めて、乳首をねろねろと舐めて吸い、緩んできた後孔を規則的に嬲る。
「…………っ!」
「……中がうねってきてる。晴樹はこうされるのが好きだね」
楓が声を出すたびに熱い吐息と唇が乳首に触れ、下肢に熱がこもる。
晴樹は開放されたくて、楓の名前を小さく呼ぶが、楓は分身に触れてくれない。
楓の艶やかな髪の先に触れると、楓の指先が晴樹いいところを狙って擦り上げた。
「ふ、あっ……」
「晴樹は乳首と後ろでイケるだろう?」
楓の瞳にも吐息にも押し殺すように含まれた熱が、晴樹を追い詰める。
「あ…ちがっ……いや…宮さ……」
「さあ。晴樹」
楓が後孔をかき回し、部屋には水音と晴樹の抑えた吐息が広がる。
限界がくる。
何も考えられない世界。
もう『報酬』も。隣の式神も。亨親王も。関係ない。
「…………んんっ!」
晴樹の分身は触れてもらえずに粘着質な体液をどろりどろりと吐き出した。
「はあ…はあ…はあ…」
精を吐き出すと、晴樹は現実に引き戻される。
……楓皇子を窮地に追い込むわけにはいけない。乱れる息で晴樹は、隣の式神に異常がなかったかを確認した。
式神を通して、晴樹の脳内に隣の部屋が浮かび上がる。
どうやら亨親王は飽きもせずに、式神を楓皇子だと信じて説教を続けている。
良かった。ばれてない。
晴樹がホッと胸を撫で下ろすと、楓に身体をくるりと返され、手に肩に壁がついた。
「晴樹は私を見ずに、隣を、亨を視てた?」
誰の為に……!
晴樹はそう言ってやろうとしたが、楓に尻の狭間をゆるりと撫ぜられて、蕾に楓の昂りが押し当てられ、息を飲む。
「待って……っ!」
「待てる訳がないだろう」
「…………っ!」
晴樹はこれから押し寄せてくるだろう悦楽に恐怖する。
楓皇子が式神を使い、この部屋で何をしているのか、亨親王に見つかる訳にはいかない。
意識を飛ばさないように式神に集中しないと……!
「う……っあ……っ!」
楓に揺さぶられながら、後孔が楔をずぶりと飲み込んでいく。
慎重に押し進まれる楓の楔に、驚くほど痛みはなく、甘い痺れだけが晴樹の身を包む。
与えられる愉悦に晴樹は唇を噛んで声を押し殺した。
「…………っ、は!」
亨親王に声を聞かれてはいけない。
楓皇子に抱かれていることを知られてはいけない。
背中にピタリと楓の身体が密着し、ゆるり、ゆうるり、と不規則に焦らすように揺さぶられ、頭の芯がぶれる。
「あ……ぁ……ぁ……あ……ぁ……」
快楽の狭間で晴樹が揺れる。楓の熱い昂ぶりは的確に晴樹のよがる部分を狙って責め立てる。
『報酬』がなければ、楓は晴樹を抱かない。
なら、楓は自分の快楽だけを求めればいいだけなのに、どうしてこんなにも晴樹の身体に快楽を与えるのか。
晴樹の吐息、反応を見て、楓の手は全身を撫ぜ、舌を這わし、突き上げる。
それは晴樹を愛おしむ行為ようで、時折晴樹の首筋にかかる楓の吐息が熱く切ない。
晴樹は『稀代の陰陽師』にならなくてもいいから、ずっと楓とこうしていたい。そう強く願った。
小さく楓の名を呼ぶと、楓も晴樹の名前を呼びながら、晴樹の体を妖しく揺らした。
交わす言葉はなくて、ただお互いの名前を呼び合う。吐息と圧倒的な快楽に支配される。
晴樹がとろりと溶けていく。嬌声がその口から漏れていく。
「ああ……あ……ぁ……」
「声が、漏れている」
「……ん……ふっ……」
晴樹は自分の腕を噛み、声を殺す。楓の声も熱く愉悦に呑み込まれていく。
呑み込んでいるのは、身体だけなんだろうか。
触れ合った晴樹の背中には二人分の汗が混じり合い、畳にぽたり。ぽたり。と染みを落としてく。
耳元には楓の熱い息遣い。隣の部屋からは亨親王の声。
声を漏らしてはいけないのに、楓は容赦無く晴樹を打ち付けて囁き耳朶をゆるく噛む。恍惚とした楓の吐息がひどく艶かしい。
「…ああ…晴樹……」
「は…あぁ……楓さ…ん……もうっ……もうっ……」
「晴樹…声が大きい…隣に…聞こえる…」
「…………っ!」
息を飲むと後孔に打ち込まれていた楔がギリギリまでさし抜かれて。
くる!
そう思った瞬間に最奥まで、ずんっ貫かれて、晴樹の目の前に火花が散る。
「…………ッ!!」
……しまった! 式神が……っ! 操れたどうか分からない!
晴樹の瞳孔が開く。式神を通して亨親王を視る。
しかし隣の部屋の式神に変化はなく、亨親王はこの部屋の情事に気づいた様子もない。人形のように整った怜悧な瞳で、楓皇子の姿をした式神を見ている。
晴樹は汗にまみれになって、楓に揺さぶられながら、隣の部屋に意識を集中する。
楓がそれを引き戻そうと、妖しく揺れ動く。楓の汗が、吐息が晴樹の首筋を伝う。楓の手で溶けてしまう。
「はっ……あっ……あっ…やめっ…式神が視れな…いっ!」
「……やめられる訳が、無い……晴樹は最近、奥でも感じるようになってきて……締めつけが半端ない……」
「ああっ……んっ!」
「声を、誰にも聴かせるな……晴樹の声を聴けるのは…俺だけだ」
耳元で楓が囁く。晴樹が流す涙は悦楽のためなのか、嬉しさのためなのか。
背中に楓の熱い舌が這い、後孔がとろけて楓を深く飲み込み、晴樹の感じる部分を執拗に貫く。
「……晴樹……俺に掴まれ…」
「ああ……っ! 楓…さ…」
楓は晴樹を揺さぶりながら、口づけを唇に、頬に、瞼に、落とす。
――駄目だ。このままじゃ、式神を操れない。
隣の部屋の式神を通して、晴樹は口を開いた。
『車宿のほうで何か物音がするね』
『誰が訪ねてきたのでしょうか?』
すると亨親王は渡殿のあたりに耳をすました。どうやら仕事を途中で放棄してきたようで、その理知的な顔がすっと車宿のほうを向く。
『これで失礼します』
低く響く声を上げて、亨親王は簀子縁にすべり出して行く。
亨親王の姿が完全に消えると晴樹は式神の任を解いた。
ひらり。
その場には一枚の人型をした紙が舞い落ちた。
主としてレム睡眠の時に出現するとされ、外的あるいは内的な刺激と関連する興奮によって、脳の記憶貯蔵庫から記憶映像が再生され、記憶映像に合致する夢のストーリーを作ると考えられている。
そもそも夢とは何なのか、その明確な意義については定義されていない。
現在その中でも有力な説とするなら、無意味な情報を捨て、必要な情報を忘れないように、睡眠中に脳内で様々な経験や情報の整理を行うものとされている。
そして夢は抑圧されて意識していない願望などが如実に現れるケースも多いとされている。
ただ、それらは誇張されて、現実として不可解な表現になっていることも多い。
晴樹は昼間、依頼人が来ないヒマさを利用して二冊の本を読んだ。
ひとつは「竹取物語」、もうひとつは「源氏物語」
記憶はカオス化し、時代も設定も内容も現実ではあり得ない内容になるこんな夢を見た。
舞台は奈良時代なのか、平安時代なのか、はっきりとはしない。
晴樹は安倍晴明ならぬ、安倍晴樹という陰陽師になっていた。
亨は帝の息子で第一皇子、楓は先帝の息子で第二皇子。
なんともよく分からない夢だ。
しとしと、と雨が降っている。
今は申の刻(午後四時)くらいだろうか。
申の刻といっても外はどんより曇っていて、部屋の中は薄暗い。
すっきりとした立烏帽子姿の亨親王が、夏直衣の葵の色清々しく、玲瓏な風情で円座に座り、楓皇子の姿をした式神に何やら説教をしている。
隣の部屋に楓皇子の姿をした式神を置くように頼んだのは楓皇子で、晴樹はその式神を操っている。
楓皇子の姿をした式神を通して、陰陽師、安倍晴樹は隣の部屋の様子を視ながら呟いた。
「楓王子、亨親王の説教がいくら長いからって、式神を相手にさせるのはどうなの?」
晴樹のそばでは楓皇子が深紫の直衣を着崩し、脇息にもたれかかって、ゆったりとくつろぎ、亨親王の説教を、まんまとまぬがれている。
晴樹が式神を通して隣の部屋の様子を見聞きしなくても、亨親王の声はよく響いて、この部屋に届けられている。
亨親王はこんこんと説教中だ。それは楓皇子の耳にも届いているはず。
「んん? じゃあ晴樹が行って、説教されなよ」
「俺が説教されてどうすんだよ! 普段の行いが悪いのは楓皇子だろ!!」
「嫌だよ。亨の説教は長い。晴樹は式神使うのが上手だ。それを利用させてもらうよ」
「一体誰のせいで、上手くなったと思ってんの!」
晴樹は陰陽師だ。しかも式神を使わせると、ピカイチに上手い。
そしてそこに目を付けたのが楓皇子。
自分を真似た式神を晴樹に操らせ、こうして亨皇子の説教をまぬがれるために、何度も晴樹を呼び出し、くつろいでいる。
晴樹はそんなくだらない頼みごとばかりを聞いているうちに、抜群の式神使いになってしまい「稀代の陰陽師、安倍晴樹」と呼ばれるほどになってしまった。
しかし晴樹に式神だけを操らせるだけで、楓皇子は終わらない。
楓皇子は呼び出した晴樹を、ちゃっかり口説き続けたのだ。
色恋沙汰にまったく免疫のない晴樹は、まんまと楓皇子にほだされ、なんと二人は恋人になってしまっていた。
でも悲しいいかな二人は身分が違う。
晴樹は出世欲に駆り立てられた恋だと思われなくて、楓皇子との関係は秘密にしていた。
でも陰陽師達の間では、二人が怪しい関係なのはバレている。
なんせ楓皇子は晴樹を何度も何度も呼び出し、その度に晴樹は呆けた姿で帰ってくるのだ。
公務で安倍晴樹を呼び出しているとは思えない。
何やっているんだ。あの二人。
陰陽師達はそう囁きあうが、かたや『楓皇子』かたや『稀代の陰陽師、安倍晴樹』
そんな奴らに面と向かって、どうこう言える陰陽師なんているはずもない。
しかし気まぐれな楓皇子が晴樹を呼び出せば、晴樹がいなくなった分、自分達に仕事の負担がかかる。
しかし身分違いの秘密の恋なら、静かに見守ってあげるべきなのか。
陰陽師たちは頭を抱えて困り果てていた。
そこに見かねた陰陽師頭が、勇気をもってチャンスを掴み、楓皇子の天敵とも言える亨親王に相談を持ちかける。
「『稀代の陰陽師、安倍晴樹』はその実、占術も呪術もたいした能力を持っておりません。
でも安倍晴樹が楓皇子の元に訪れたあと、不思議と御所内の物の怪を見つけ出して、あっさりとそれを退治してしまうのです。
結果、安倍晴樹は楓皇子に呼び出されたあと、御所にて被害を出さずに、『稀代の陰陽師』として、その名を馳せてはいます。
しかし、しかしですね。ここの所、いくら何でも楓皇子から安倍晴樹の呼び出しが多すぎます。御所には結界も張り、そうそう物の怪も出ません。
正直、陰陽師の通常乗務に支障をきたしているのが現状です。どうか亨親王から、楓皇子に口添えしていただけませんか?」
かくして亨親王は臣下を想い、楓皇子の元に乗り込んできている。
それが晴樹の作った式神だとは知らずに。
晴樹はこめかみを押さえ込んだ。
……一体なんだって、こんな事になってんだろう。
そもそも楓皇子の母親は身分が低かった為、楓皇子は後継者に頼るより他ならない。
その為、楓皇子は他の皇族や豪族を楽しませる気ままな皇子に、成り下がってしまった。
晴樹にしてみれば、楓皇子に呼び出されて、式神を扱えば、大変な精神力と集中力を余儀なくされる。
そして呆けて陰陽師寮に帰れば、皆がよからぬ噂を立てる。
なんなんだろう。俺って一体……。
実は晴樹と楓皇子の関係は、プラトニックだった。
隣の部屋から、式神相手だと知らずに、亨親王のよく響き渡る怜悧な声と、理屈めいた内容が部屋まで届く。
楓皇子の姿をした式神を通して視ている晴樹にはそれらが映像付きで届けられる。
晴樹は唸った。
これって俺が見聞きしてても、いい話なんだろうか。
楓皇子にこれ以上付き合うと力尽きてしまう。これで仕事に戻ったら呆けてしまって、みんなに変な想像されてしまう。
とっとと退散するしかない。
晴樹は勢いよく扇子で、ぴしり。と膝を叩いて、楓皇子に向き直る。
「楓皇子! だらしない格好してないで、ちゃんと服を着て、隣の部屋に戻って!」
楓皇子はくすくす、とおかしそうに笑った。
「服の着方なんて、知らない」
貴族というのは、普段から女房(皇族や貴顕の人々に仕えた奥向きの側仕えの女性の事)に何から何まで全部してもらっているものだ。
だから楓皇子は身支度ひとつ自分で出来ない。
「俺がちゃんと着せてやるよ」
晴樹が仕方なく、楓皇子の着崩した直衣に触れた時だ。
晴樹の手が楓皇子の束ねていた髪の紐に当たって、紐がはらりと解けた。
「あっ・・・・・・!!」
晴樹が驚きながら、慌ててその紐を掴む。
艶やかな髪がバサリと楓皇子の雅な背に降り注ぐと、楓皇子は麗しげな目元を震わせ。
その瞳を閉じた。
――やがて。
ゆっくりと開かれたその瞳は、禍々しくも妖しく艶美な光を放ち、部屋には黒方よりも濃く甘い香りが漂う。
楓皇子は長い髪をさらりと掻き上げ、すばやく逃げるように立ち上がった晴樹に艶然と微笑んだ。
その姿は雅な楓皇子から、禍々しい妖艶さを醸し出し、『楓』の姿へと変わっている。
楓皇子の瞳が妖しく、艶やかに揺れる。
「俺の髪を下ろすなんて、晴樹は欲求不満かい?」
「いや。違う、違う」
晴樹は楓皇子の髪紐を握り締めた。
楓皇子は髪を結んである紐を解くと、憑き物がついたようにエロくなってしまう。
晴樹は焦った。
どうしよう逃げなきゃ。
晴樹は楓皇子の生い立ちが、その変貌理由になっている事を知らなかった。まあ、別に知っていても、知らなくても結果は特に変わらないものなのだが。
楓皇子の母親は身分が低かった。
だから楓皇子が幼い頃、その才を現せても、古くからの豪族や貴族達の反感をかい、何度も楓皇子出家させられそうになっていた。
出家と言えば、坊主。坊主といえば、ハゲ頭。
後見人はこぞって抗い楓皇子を祭り立て、出家をさせないために動きまわる。
髪は命。
そんな鬱屈した環境の中で、楓皇子は髪を解くと現れる妖艶な『楓』と呼ばれる人格を作り出してしまう。
楓皇子の別人格である楓は優雅な仕草で、音もなくすうう、と艶妖に立ち上がった。
思わず一歩、後ずさる晴樹の手を楓がむんずと掴む。
「逃げる気?」
「えっと、俺、仕事に戻るね」
「ふふっ。晴樹は仕事熱心だね。なら、いいことを教えてあげよう。清涼殿に一匹の妖怪が紛れ込んでるよ。さあ、どうする?」
くすくす、と妖しく笑う楓に、晴樹は息を飲んだ。
楓は幼い頃から物の怪の類を『視る』ことが出来た。
その霊視能力は晴樹や他の陰陽師たちを遥かに凌ぐ程のものだ。
楓皇子には物の怪なんて視えないのに、楓だけが、この世にあらざるものを視る。
まるで憑き物の憑いたような『楓』は『楓皇子』とは違う人間に晴樹は見えた。
楓はいけしゃあしゃあと晴樹にこう言う。
「『視た』ものを教えてあげるから、報酬として晴樹を思う存分、抱かせて欲しいもんだね」
「楓皇子、それって卑劣だよ」
「ふふ。俺は楓皇子じゃない。楓だよ。晴樹を抱けるのは、楓だけ」
楓は楓皇子のように晴樹に愛の言葉を紡ない。歌も歌ない。
『報酬として俺に抱かれろ』としか言わない。
それでも楓皇子と晴樹は恋人だ。
楓を楓皇子の別人格として認識してない晴樹にとって同じ恋人だ。
だから楓が晴樹を「愛してる」そう言えば、晴樹は喜んで抱かれたのかもしれない。
でも楓はそんなこと、一切言わない。
しかも霊視能力の低い晴樹は、式神を使って祓える事が出来ても、視る事が出来ない。
視れなければ、晴樹は祓う事ができない。
楓は視えても祓えないし、陰陽師じゃないので祓う気もない。
体目的の卑劣極まりない恋人の出来上がりだ。
楓が視た物の怪を、晴樹が祓えば、『希代の陰陽師』として名を馳せることが出来る。
「『希代の陰陽師』として生きたいのなら、晴樹は俺のそばから離れてはいけないね」
晴樹は希代の陰陽師と呼ばれる事より、楓皇子と普通の恋人でいたいと思っていた。
晴樹の体を目的にした条件は、楓皇子を愛している晴樹にとって、卑劣な行為として、心を蝕んでいく。
晴樹は楓に掴まれた手をぼんやりと眺めた。
また『報酬』だ。
俺は報酬としてしか、抱かれない。
「……ちゃんと結界が張ってあるんだ。清涼殿にそう易易と妖怪が入れるわけがない」
晴樹が固い表情でそう言うと、楓はおかしそうに笑いながら、優美な手つきで晴樹の帯に触れ、シュルっと音を立てて解いていく。
ああ。また、だ。
また『希代の陰陽師』になる為に俺は抱かれる。
しゅるしゅるっと衣擦れの音が部屋に響くが、晴樹はそれに逆えない。身体にヒヤリとした外気が触れ、ぶるりと身を震わすことしか出来ない。
「南相の殿上間に結界のほころびがある。そこから、どうやら絡新婦(じょろうぐも)の妖怪が紛れ込んできている」
「……絡新婦…?」
「そう。昼間は美しい女官の姿をしているが、夜になると褥についた公達を襲ってる。…ほら、こんなふうに」
楓の手が晴樹の胸をするりと撫ぜると、尖った乳首がポツンと跳ねた。晴樹の身体は素直に、 楓に触られる事を望んでいる。
晴樹はその事実に唇を噛み締めた。
ゾクリとするその感覚に晴樹が身体をこわばらせると、楓は低く笑いながら、指先で固く尖った乳首をやわやわと捏ねた。じんっとした甘い感覚が晴樹を襲う。
「やめ……っ!」
「聞きたいだろう。絡新婦の居場所」
楓の唇が晴樹の唇と重なる。
晴樹が身をよじろうとすると、楓の熱い舌が晴樹の唇をこじ開けぬるぬると絡まり、その身体の力を奪っていく。
「ん……ん……」
二人の舌には唾液と吐息が絡み合い、晴樹は甘く痺れる身体に目を閉じた。
楓の舌に晴樹が甘い吐息を漏らすと、楓は口づけをしたまま薄く笑って晴樹の分身をやんわり握る。
「ん……あ……」
身体中の産毛がざわめき、背中の下のほうから強い欲情が生まれてくる。楓の口づけは何度も角度を変えて深く侵入し、ゆっくりと分身を擦り上げた。
楓の与える快楽に慣らされた晴樹の身体は、もう晴樹のものであって、晴樹のものじゃない。それほど抱かれ、愉悦を味わわされていた。
稀代の陰陽師という呪縛。肉欲のみで愛のない冷たい行為。晴樹は心を殺すしかない。
唇が離れると楓は、晴樹の力なくした身体を見て目を細めた。
「もう立っていられないみたいだね」
晴樹がすっと顔を伏せると、楓はその背中を、そうっと優しく壁につけ、立たせた姿勢のまま、その乳首を下でねろりと舐めた。
「ふ……っ!」
それだけで晴樹の身体は震えて、背を仰け反らせる。
楓は晴樹の唇の隙間にそうっと、指先を差し込みながら、片方の乳首を舌でねっとりと転がし、もう片方の乳首を指先で捏ねた。
晴樹の分身はそれだけで痛いように反りかえらせ、先端を濡らしてしまう。
「あ…んん……」
「晴樹の身体は素直だね。ずっとこうされたかった?」
「ち……がう、俺は……俺は……」
楓はくすくす、と笑い晴樹の下肢に触らず、内太腿をするりと撫ぜる。
晴樹の舌が震え、口の中に差し込まれた楓の指先にそれが伝わる。
「俺は……?」
楓は喉を鳴らして笑った。
「何が欲しい?」
愛してると言って欲しい。
晴樹は首を振って何も答えられない。
ただ差し込まれた楓の指先を愛おしそうに、甘く噛み、ぴちゃり、と舌で愛撫した。
唾液が顎を伝っていく。
「晴樹……」
楓はふっとため息を漏らして、差し込んだ指先をゆっくりと引き抜き、晴樹の唇に唇を重ねる。
「ん……ん……はっ……」
唇の隙間から漏れる吐息はどちらのものか分からない位に、溶け合い交じり合う。
お互いを貪るようになんども絡み合う舌に唇に吐息に、部屋はしっとりと濃密な空気に包まれる。
晴樹は隣の部屋から漏れ聞こえる亨親王の声を、遠くに聴いた。
晴樹は楓に抱かれながら、亨親王を騙すために楓皇子の姿をした式神を操らないといけない。
唇がゆっくりと離れると、楓は身に付けていた衣を、さらりと脱ぎ捨てた。
そしてどこからか、香油の瓶を取り出し、蓋を開ける。
部屋にはあやめの清廉な香りがふわりと咲き誇り、晴樹はその香りに酔いしれた。
楓皇子は『報酬』としてしか、俺を抱かない……。
楓はそっとため息を付く晴樹を、壁を背にしたまま。その分身に舌をねろりと這わし、ゆっくりと茎全体にぬるぬると舌を絡め、くびれた部分を尖らせた舌でちろちろと舐めた。
「ふ……あ…………」
晴樹がもどかしげに首を振る。
「これでは満足出来ない?」
楓は限界まで口に含み大きく往復する。
「あ、あ……」
後孔には清廉な香りをたっぷりと纏った楓の指が侵入を許し、晴樹の甘く切なくなる部分を執拗に擦り上げる。
晴樹は『報酬』と言う文字が頭をよぎる。
『愛している』
楓にそう言って欲しい。
「楓……さん」
晴樹の足の指先が畳を、カリカリと音を立てて引っ掻いた。
「音。隣の亨に聞こえる」
くすくす、と笑いながら、楓は晴樹の分身にたっぷりとした唾液をのせて、口に含み往復する。後孔は香油と指とで、蕩けるまでぐちゅぐちゅと優しく擦り上げられ、晴樹は瞳を閉じて、愉悦の海に浸って行く。
「は…あ…ん……ん……っ!」
晴樹が我を忘れ、甘い嬌声をあげると、楓は晴樹の分身から口をずるりと離して、耳朶をやわやわと噛みながら囁く。
「あ…………っ!」
「晴樹、静かに」
晴樹は亨親王が隣に居ることくらい式神を通して知っていた。でも震える吐息は止められない。
溺れてしまいたい。『報酬』でもなんでも構わない。ただ楓に、この手に溺れてしまいたい。矜持もなくただ、楓に愛されたい。
晴樹の視界がぶわりと揺れた。
そんな晴樹を知ってか知らずか、後孔を慎重にまさぐっていた楓の指は、晴樹のその部分が慣れてきたのを感じ取り、じわじわと角度や深さを調節してくる。
「ひっ…あ……っ!」
晴樹が唇を噛み、声を抑えると、指がくんっといいところを押し当てた。晴樹がたまらずに上半身を反らすとおのずと胸を反らす形になる。
「晴樹は、いやらしい」
熱を含んだ瞳で楓は晴樹をチラリと見上げ、そのまま胸に顔を埋めて、乳首をねろねろと舐めて吸い、緩んできた後孔を規則的に嬲る。
「…………っ!」
「……中がうねってきてる。晴樹はこうされるのが好きだね」
楓が声を出すたびに熱い吐息と唇が乳首に触れ、下肢に熱がこもる。
晴樹は開放されたくて、楓の名前を小さく呼ぶが、楓は分身に触れてくれない。
楓の艶やかな髪の先に触れると、楓の指先が晴樹いいところを狙って擦り上げた。
「ふ、あっ……」
「晴樹は乳首と後ろでイケるだろう?」
楓の瞳にも吐息にも押し殺すように含まれた熱が、晴樹を追い詰める。
「あ…ちがっ……いや…宮さ……」
「さあ。晴樹」
楓が後孔をかき回し、部屋には水音と晴樹の抑えた吐息が広がる。
限界がくる。
何も考えられない世界。
もう『報酬』も。隣の式神も。亨親王も。関係ない。
「…………んんっ!」
晴樹の分身は触れてもらえずに粘着質な体液をどろりどろりと吐き出した。
「はあ…はあ…はあ…」
精を吐き出すと、晴樹は現実に引き戻される。
……楓皇子を窮地に追い込むわけにはいけない。乱れる息で晴樹は、隣の式神に異常がなかったかを確認した。
式神を通して、晴樹の脳内に隣の部屋が浮かび上がる。
どうやら亨親王は飽きもせずに、式神を楓皇子だと信じて説教を続けている。
良かった。ばれてない。
晴樹がホッと胸を撫で下ろすと、楓に身体をくるりと返され、手に肩に壁がついた。
「晴樹は私を見ずに、隣を、亨を視てた?」
誰の為に……!
晴樹はそう言ってやろうとしたが、楓に尻の狭間をゆるりと撫ぜられて、蕾に楓の昂りが押し当てられ、息を飲む。
「待って……っ!」
「待てる訳がないだろう」
「…………っ!」
晴樹はこれから押し寄せてくるだろう悦楽に恐怖する。
楓皇子が式神を使い、この部屋で何をしているのか、亨親王に見つかる訳にはいかない。
意識を飛ばさないように式神に集中しないと……!
「う……っあ……っ!」
楓に揺さぶられながら、後孔が楔をずぶりと飲み込んでいく。
慎重に押し進まれる楓の楔に、驚くほど痛みはなく、甘い痺れだけが晴樹の身を包む。
与えられる愉悦に晴樹は唇を噛んで声を押し殺した。
「…………っ、は!」
亨親王に声を聞かれてはいけない。
楓皇子に抱かれていることを知られてはいけない。
背中にピタリと楓の身体が密着し、ゆるり、ゆうるり、と不規則に焦らすように揺さぶられ、頭の芯がぶれる。
「あ……ぁ……ぁ……あ……ぁ……」
快楽の狭間で晴樹が揺れる。楓の熱い昂ぶりは的確に晴樹のよがる部分を狙って責め立てる。
『報酬』がなければ、楓は晴樹を抱かない。
なら、楓は自分の快楽だけを求めればいいだけなのに、どうしてこんなにも晴樹の身体に快楽を与えるのか。
晴樹の吐息、反応を見て、楓の手は全身を撫ぜ、舌を這わし、突き上げる。
それは晴樹を愛おしむ行為ようで、時折晴樹の首筋にかかる楓の吐息が熱く切ない。
晴樹は『稀代の陰陽師』にならなくてもいいから、ずっと楓とこうしていたい。そう強く願った。
小さく楓の名を呼ぶと、楓も晴樹の名前を呼びながら、晴樹の体を妖しく揺らした。
交わす言葉はなくて、ただお互いの名前を呼び合う。吐息と圧倒的な快楽に支配される。
晴樹がとろりと溶けていく。嬌声がその口から漏れていく。
「ああ……あ……ぁ……」
「声が、漏れている」
「……ん……ふっ……」
晴樹は自分の腕を噛み、声を殺す。楓の声も熱く愉悦に呑み込まれていく。
呑み込んでいるのは、身体だけなんだろうか。
触れ合った晴樹の背中には二人分の汗が混じり合い、畳にぽたり。ぽたり。と染みを落としてく。
耳元には楓の熱い息遣い。隣の部屋からは亨親王の声。
声を漏らしてはいけないのに、楓は容赦無く晴樹を打ち付けて囁き耳朶をゆるく噛む。恍惚とした楓の吐息がひどく艶かしい。
「…ああ…晴樹……」
「は…あぁ……楓さ…ん……もうっ……もうっ……」
「晴樹…声が大きい…隣に…聞こえる…」
「…………っ!」
息を飲むと後孔に打ち込まれていた楔がギリギリまでさし抜かれて。
くる!
そう思った瞬間に最奥まで、ずんっ貫かれて、晴樹の目の前に火花が散る。
「…………ッ!!」
……しまった! 式神が……っ! 操れたどうか分からない!
晴樹の瞳孔が開く。式神を通して亨親王を視る。
しかし隣の部屋の式神に変化はなく、亨親王はこの部屋の情事に気づいた様子もない。人形のように整った怜悧な瞳で、楓皇子の姿をした式神を見ている。
晴樹は汗にまみれになって、楓に揺さぶられながら、隣の部屋に意識を集中する。
楓がそれを引き戻そうと、妖しく揺れ動く。楓の汗が、吐息が晴樹の首筋を伝う。楓の手で溶けてしまう。
「はっ……あっ……あっ…やめっ…式神が視れな…いっ!」
「……やめられる訳が、無い……晴樹は最近、奥でも感じるようになってきて……締めつけが半端ない……」
「ああっ……んっ!」
「声を、誰にも聴かせるな……晴樹の声を聴けるのは…俺だけだ」
耳元で楓が囁く。晴樹が流す涙は悦楽のためなのか、嬉しさのためなのか。
背中に楓の熱い舌が這い、後孔がとろけて楓を深く飲み込み、晴樹の感じる部分を執拗に貫く。
「……晴樹……俺に掴まれ…」
「ああ……っ! 楓…さ…」
楓は晴樹を揺さぶりながら、口づけを唇に、頬に、瞼に、落とす。
――駄目だ。このままじゃ、式神を操れない。
隣の部屋の式神を通して、晴樹は口を開いた。
『車宿のほうで何か物音がするね』
『誰が訪ねてきたのでしょうか?』
すると亨親王は渡殿のあたりに耳をすました。どうやら仕事を途中で放棄してきたようで、その理知的な顔がすっと車宿のほうを向く。
『これで失礼します』
低く響く声を上げて、亨親王は簀子縁にすべり出して行く。
亨親王の姿が完全に消えると晴樹は式神の任を解いた。
ひらり。
その場には一枚の人型をした紙が舞い落ちた。
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