葉城探偵事務所

彩城あやと

文字の大きさ
上 下
14 / 27

葉城探偵事務所 第四話 ⑤

しおりを挟む
俺は慌てて服に袖を通して、なんだか不器用そうに服を着るポチの着替えを手伝った。
 そして服を着てから、もう一度メガネを手に取ると、ポチが首を振って乱れたシーツを指差し「わん!」と鳴いた。
 ベッドは情事の後をうかがわせる乱れ方をしていた。
 なるほど。完全犯罪ってことか。ポチも雄か? 中々やるな。
 俺は守護人格の言うがまま、ベッドメイキングして髪型を整え、鏡に映る自分さえチェックした。
 亨さんも楓さんもポチも、同じ体を共有してる。で、亨さんに楓さんとの情事がバレないように、ポチが色々俺を指摘する。
 おかしな話だ。
 全てが整うと俺は、おかしな気持ちのまま、ポチにメガネをかけた。
 黒目がちのクリクリとした可愛い目がゆっくりと瞼に覆われる。
 やがて。
 ゆっくりと開かれた瞳は怜悧な光を宿して、その姿はインテリジェントな佇まいに変わる。
 俺は思わずその姿に飛びついて、ギュッと抱きしめると、亨さんは少し驚いたようだけど、俺をそっと抱きしめてくれた。
「ここは……? バスケットボールが当たったところまで、覚えています……それから、どうなりました?」
「亨さん、バスケットボールが当たってメガネが落ちたんだ。そこから楓さんと山手小学校の怪談を調査して、報告まで済ませてあるから」
「そうですか……大丈夫、でしたか?」
「うん。でも幽霊が怖かったな」
 嘘だ。亨さんが壊れてしまうのが怖かったし、楓さんに抱かれそうになった。
 もう一度ぎゅうっと抱きつくと亨さんが、労わるように背中を撫ぜてくれる。
 深く息を吸い込むと、亨さんの香りがして、ほうっと息をついた。
 亨さんの少し冷たいその手が俺の髪をゆっくりと梳くように撫ぜてくれる。
「大丈夫です。今は私がついていますから」
 囁きは俺の緊張を解きほぐそうとするかのように、優しい。亨さんは優しく、いたわるように、こめかみや額にキスを落とす。
「大丈夫です。幽霊より、生きている人間のほうが怖いんですから」
「亨さん……」
 頭のてっぺんに、ちゅっと音を立ててキスする亨さんを思うと、ぎゅっと差し込むように胸が痛くなった。
 だって俺は亨さんの過去を、知ってしまった。
 まだ幼かった亨さんはきっと、『幽霊』よりきっと生きてる人間の方が怖かったに違いない。
 まだ小さい子供が、異質な、視えるだけの幽霊よりも、周囲を取り巻く人間の方が怖かったなんて……どうかしてる。
 そして耐え切れずに人格を作り出すしか、幼い亨さんに自分を守る方法がなかったんだとしたら……亨さんの過去はあまりにもひどすぎる。
 俺は亨さんの胸に頬を擦りつけた。
 心臓のとくんとくんという鼓動にもういっそ、溶けてひとつになって、過去なんか忘れさせてあげたい。そう思った。
「そうだね。生きてる人間は悪さするから」
「まあ、幽霊もそうですが」
「確かに。そうだ! 聞いてくれる? トイレの花子さんの話」
「ええ。もちろんです」
 亨さんはにこりと笑った。
 そして俺は亨さんの消えた記憶をなぞるように、話を始めた。
 怪談のように怖く、怖く、亨さんを抱きしめたまま語った。
 亨さんはそんな俺を、優しく包み込んだまま頷いてる。
 でも俺が思い出して、自分でも怖くなって身震いしまうと、亨さんはゆらりゆらりと体を揺らして、頭のてっぺんにキスしてくれた。
 俺は亨さんにしてもらうこの行為が好きだ。
 存在することしか認めてもらえなかった幼い亨さん。誰にもその精神性を認めてくれなかったんだろうか。
 俺は亨さんに不安にならないで欲しかった。せめて。せめて俺と一緒にいる時くらい。
 俺は亨さんの記憶をなぞり終えると、亨さんを見上げた。
「どう? 怖かった?」
「ええ。すごく。まるで『視て』いるかのようでしたよ」
 くすくす、と笑う亨さんのネクタイをクイッと引っ張ると、俺は亨さんの唇にキスした。
「笑いながら怖がるなよ」
「失礼。晴樹さんの方が、怖がってるように見えましたので」
「あんなの本当に怖かったんだよっ! だから……」
「だから?」
「……もう少しこのままでいて欲しい」
「貴方のお望みのままに」
 亨さんの背中に手を回すと、視界の端で、風に揺られてカタカタと揺れる立て付けの悪い窓の外から、散歩中の犬が尻尾を振って嬉しそうに鳴いてるのが見えた。



******



 掃除は行き届いているが、事務所のおんぼろ窓の外から蝉の鳴き声がやんだ。
 蝉もある一定の温度を超えると、活動を停止するらしい。
 外はうだるような暑さなんだろう。
 でも事務所の中もそんなに変わらない。
「あつーー」
 エアコンは相変わらず効きが悪い。
 たまらなくて、うちわでパタパタと仰ぎ、少しでも涼しさを求める。
 亨さんから採用を認めてもらった溝口さんに作ってもらったキャラメルフラペチーノも、喉の乾きのために水分を吸い尽くして、クラッシュアイスだけがグラスの底に溜まってた。
 そう。溝口さんは亨さんにも「採用する価値があります」と言われて、この事務所で働く事になった。
 ただ溝口さんも幽霊なので、まとまった賃金はいらないらしい。一ヶ月の給料は、携帯代と煙草3カートンあればいいと言う。
 携帯代と言っても溝口さんは通話する相手もいないらしく、基本使用料とパケット放題しかかからない。溝口さんは携帯無料オンラインゲームがしたいだけの、ただのゲーマーだった。
 溝口さんを雇うというのは、本当に慎ましやかな賃金で済んだ。
 俺は時々思う。
 この事務所ってビンボーなんじゃないかって。
 あ、話がズレてしまった。
 亨さんが「採用する価値があります」と言ったのは「山手小学校六怪談」での経緯や、うららさんや落ち武者に敬われてるからだけではないみたいだ。
 あれは三日前に溝口さんが採用の返事を聞きに、この事務所に訪れた時の事だ。
 亨さんははじめ溝口さんの採用を、断るつもりでいた。
 と、いうかバッサリ断ってた。
 それはけんもほろろ。溝口さんが気の毒になったくらいだ。
 そして溝口さんは擬音共に事務所のドアを開け二度とこの事務所に現れないそう思った時だ。見送る亨さんに、溝口さんは何かを耳打ちした。そして二人は一言、二言交わし、亨さんは少し驚いたように頷いて、俺に向かってこう言った。
「彼は採用する価値があります」


 あの時、溝口さんは亨さんに、なんて言ったんだろう……?
 疑問に思っても、亨さんに聞くタイミングがない。と、いうか話をそらされる。
 う~ん、なんだろう? なんて言ったんだろう? すごく気になる。仕方がない。今夜あたり色仕掛けで迫ってみるか。そうすれば、亨さんも口を開くかもしれない。
 俺は毒婦のような笑みを浮かべて、亨さんと今夜一晩、一緒に過ごす約束をした。


 そして俺は後悔する。


 亨さんは双珠を弄びながら、俺の性器を咥え込み、丹念に舌を這わせる。
「は…………っ」
 ねっとりと絡みつく舌は快楽を与えてくれるけど、頂上まで導いてくれない。
 執拗に繰り返されるその行為で、もう亨さんの唾液と溢れてしまう俺の体液でべしゃべしゃになって、水音が響いてる。
「そんなに溝口が私に何を言ったか聞きたいんですか?」
 亨さんの情欲にまみれた熱い吐息と共に、交わされる質問に俺はコクコクと頷いた。
 亨さんの指先が尻の狭間をなぞる。
 そこももう唾液がつたわってぬるぬると滑る指にこれから待ち受ける快感を思い出させ、俺の体は身をぶるりと震わせた。
「はっ……お、教えて……亨さ……」
 性器に這う舌に合わせるかのように、後孔をなぞる指が蠢き、少しずつ侵入を許してく。
「んん………っ」
 蠢く指が感じる中の一点を、捏ねるように動くので、俺は亨さんの腕を握りしめた。
 亨さんがくすくすと笑う。
「一体何が聞きたいんですか? 感じる部分がもっと知りたいようですよ」
 亨さんのかすれた声が耳に届き、蠢く指は増やされ、俺の中を擦り上げる。
「ここでしょう?」
「はっ……あ……ちがっ……んん……っ!」
 溝口さんの事を聞きたいのに、亨さんの焦らしたようにゆっくりとした動きが、脳を溶かしていく。
「ここは随分私に慣らされたようですね? 狭いのに柔らかい」
 ローションを足して増やされた指が、ゆっくりと同じリズムを保って中を擦り上げる。
 俺の性器は、亨さんがいたずらに舌を這わすだけで、先端から雫がこぼれてく。
「はっ・・・・ああっ・・・・!やめっ・・・・もう、イカせて・・・・・っ!」
 生理的衝動が俺を追い詰め、首を振った。
「聞きたいんでしょう? 溝口の事。聞かなくていいんですか?」
 ブレそうになる快感の中で亨さんの声色が耳に届く。
 足を高く上げられて、後孔に亨さんの熱いものが充てがわれ、ぐっと圧がかかった。
「うあぁっ………っ!」
 息を飲む圧迫感が俺を襲う。痛みはない。ただ震えるような甘い痺れが下肢を襲う。
 ゆっくりとゆっくりと俺の中へと埋め込まれていく感覚に、四肢が震え、嬌声を漏らした。
「上手に……おねだり出来たら……教えて差し上げますよ……」
 一定のリズムで揺さぶられて、快楽しか追えない。返事なんて出来ない。
「あ……っあ……っあ……っ!」
「ほら。聞かないいんですか?」
 腰を強い力で掴まれて、強く揺さぶられた。狙うように突いてくる一点は例えようもないほど、気持ちが良くて。
 足を抱え上げさせられた指先が、亨さんのぐりっと捻る腰の動きで、ビリビリと痺れる。
 俺は限界の狭間に置かれたまま、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てて突かれる。
「ああ……っ、ふ……っ!あん……あ……っ!」
 声なんてもう抑えられない。揺さぶられる身体が喜悦を求めて、自分からも揺れる。
「ああ。そうです。もっと淫らに」
「あ……っ!あ……っ!亨さ、ん……!」
 亨さんは俺の一番イイ所を知ってる。性器は触ってもらえず、限界には届かない狭間で揺さぶられ、茎に雫が伝っていく。
「ああっ!……もう……っ!」
 耐えられない……! 欲求のまま俺は自分自身のものを握ろうとした手を、亨さんが素早く掴んだ。
「やめ……っ! イカせて……っ!」
「まだダメです」
 その時角度がグリっと変わって奥まで突かれた。
 電流が走るような快楽。狭間の中で、そこに驚くような甘い感覚を見つける。
「ひっ!いや……そこ、やめ……ああ……っ!あっ!」
 亨さんが小さく唸った。
「ここも……好きなんですか? 締め付け方が半端ない」
「や……っ!ちがうっ!あ……っ、そこ、い、やっ……っ!」
「溝口から聞きました……貴方が楓と仲良さそうにしてたと……」
「え? あああああっ!」
 亨さんの楔が狂気のように俺を突き刺し、捻り、出し入れを繰り返す。
 俺はただ許して欲しいとせがみ、亨さんに揺さぶられる。
「もう二度とそんな事をしないように、今日から空っぽになるまで抱いてあげます」
 強く揺さぶる亨さんの額から汗がポタリと俺の耳元に落ちた。
「あっあっあっ! ああああっ!」
 触られる事のなかった分身から、白く濁った体液が迸る。
 強引に快感へと引っ張られるような射精感に、身体がビクンビクンと跳ねた。
「く……っ!後ろだけで……イケるように、なりましたね」
「うあ……!」
 イったばかりの身体に、亨さんは容赦無く強く激しく突き上げる。
「やめ……」
 ずり上がろうとすると、掴まれて、腰が宙に浮く。
 泣いても喚いても許してくれない。
「イキたいんでしょう?」
「ちっ……ちが……っ、もうイった! イったからっ!」
「でも前も触って欲しいんでしょう?」
 亨さんは荒く乱れる息でそう囁いて、俺の性器を握りしめ、突き上げる同じリズムで上下に擦り上げる。
「ほら……こうしていれば、何度でも、イけるでしょう?」
 霞んでいく頭に、亨さんの声とぐちゅぐちゅとかき混ぜる音が、交じり合う。
「貴方に、こうして、触れられるのは……私だけです」
「あ……あ……亨さ……」
 揺さぶられているのか、揺れているのか、もうよく分からない。
「腰をもっと突き出して」
 俺は言われるまま、ぎゆっと足に力を込めて踏ん張ると、腰を掴んでいた亨さんの左手が俺の胸の突起を捏ね回す。
 もう痛いほど尖った赤い先端が悦んで、悲鳴にも似た声をあげた。
 握られた性器は亨さんの手の中でひくひくと脈打ち、後孔はとろとろに蕩かされて、亨さんの楔が甘く痺れる一点を突かれるのを待ち望んでる。
 どこもが快楽に結びついて相乗効果で気持ちがよくって。
「く……っ晴樹さん……っ」
 亨さんの焦ったような声と共に、突き上げが大きく強くなる。
「う……っくっ・・・・・・っ!」
 白く霞んでいく世界で弾ける。
 俺の中で質量の増した亨さんから、熱い飛沫が流れ込むのを感じて、俺は亨さんにしがみついて、声もなく射精した。
「………はぁはぁはぁ」
 重なり合う身体から、乱れる息と流れる汗が誰のものかなんて、分からない。
 そんな中で俺たちは唇を重ね合った。
 もう行為は終わったのに、口づけは終わらない。
 お互いを貪るように続くキスに俺は泣いた。
 それに気が付いた亨さんの唇が銀の糸を引きながら離れてく。
「……すみません。無理をさせましたか?」
「……ちがう。いや、違わないけど。
亨さんがあんまり自分の気持ち言ってくれなかったのに。俺、ヤキモチでも亨さんの気持ちが聞けたのが、嬉しくて」
「晴樹さん……」
 しかしだ。
 俺は亨さんを軽く睨んだ。
「溝口さんは見張り役で雇ったってこと?」
「それだけではありませんが……」
 いやそうだろ。
 ジッと見て返答を求める俺に、亨さんは小さくため息を付いた。
「まあ……その、ですね。溝口は『魂が揺らがないように、自分に正直になるのもいいかもしれない』とも言ってました。
私は最近、自分でも楓にたいする気持ちの処分の仕方にも悩んでいました。
そこを言い当てられたような気がしましたので、そこを見通す力が、この葉城探偵事務所にも、必要となる時が来るかもしれないと思い、溝口の採用に至った訳です」
 いや、心霊探偵業務でそれは必要ないと思う。
 これは。
 詭弁だな。
 本音で何を考えてるか分からないけど、亨さんも楓さんも俺を丸め込もうとする所が似てるなあ。
 亨さんが真面目な顔を作ってるのが分かる。
 嘘も本音の一部だ。
 本当の事を知られたくないなら、しらばっくれればいい。
 嘘は逆に本音の糸口になったりする。
 俺はなんだかあったかい気持ちで、くすくす、と笑った。
「晴樹さん?」
 不安そうに覗く亨さんの表情は。作ったものなんかじゃない。
 俺は亨さんを引き寄せてもう一度キスした。
「亨さん大好きだよ」
 俺がそう言うと亨さんは、優しく微笑んだ。
 楓さんがゆっくり飲み込まれてるって言ってたけど、亨さんは何も変わっていない。……楓さんは、どうなったんだろう。そして亨さんは楓さんをどうする気なんだろう。
 不安げに見上げると、亨さんは何も言わずに、そろりと俺を引き寄せて抱きしめた。
 亨さんの胸の鼓動に包まれる。
 とくん。とくん。とくん。
 ああ。
 俺の鼓動も亨さんに聞こえてるかな?この音はなんだか安心する。うつらうつらと眠りに誘われる。
 亨さんの唇がそっと俺の頬に触れた。
「さあ。もう目を閉じて」d
 その声に誘われるように俺は目を閉じた。
 亨さんは無理して統合なんかしてしまって大丈夫? 自殺しない? そう聞きたい。
 でもそう聞くと、楓さんから聞いた話を、楓さんの考え方を、亨さんは俺に問いただしてくるだろう。亨さんに口弁で勝てるはずなんてない。
 分かれてしまった人格を飲み込もうとしてる亨さんは、きっと膨大な精神力が必要になってるのに、俺が色々と知ってしまった事がきっと負担になる。
 そんな時に「自殺」なんてキーワードを聞かせられない。
 普通じゃない、弱った精神状態の時に「自殺」なんて選択肢、甘美な囁きに聞こえてしまわないだろうか。
 一体俺はどうすればいんだろう。
 唯一の救いはポチ。ポチは守護人格なんだって言ってた。
 そのポチが楓さんとの過ちを認めずに、「青いボール」も見ずに出てきてくれた。
 ポチとせめてポチと話が出来ればいいのに。
 これからどうすればいいかなんて俺には分からない。
 なにをしないといけないのか、なにが余計なことなんか分からない。
 俺はこの人を失いたくない。ただそれだけ。
 俺は泣きそうになって、亨さんにギュッとしがみついた。
「どうしました? また怖い話でも思い出しましたか?」
「……うん……よく分かったね……」
「少し震えていましたから」
 それは泣きそうになっただけだ。
 亨さんは冷たい手で俺の髪をやわやわと梳いた。
「怖がりなんだよ。俺は『幽霊探偵事務所』の所長なのに」
「私が『視えて』『祓えた』なら貴方に怖い思いをさせずに済むのかもしれません。幼少時はそれが出来たのですが……」
「……いいよ、俺は亨さんがいるならそれだけで」
「私は…………貴方が落ち武者に取り憑かれて、衰弱していくのをただ黙って、見ていることしか出来ない自分が嫌でした」
「なんで? 亨さんは色々と俺のために動いてくれたじゃないか。」
「でも私では貴方を救う事が出来ませんでした。楓に見てもらわないと糸口さえつかめない。しかし楓を外に出すと、貴方に何をしでかすか分からない。
同じ体でも楓は別人です。激しく嫉妬しましたし、何故……楓と分かれてしまったのかと、後悔しました」
「俺が知ってる……好きになった亨さんは『今』の亨さんだ。別に『視え』なくても『祓え』なくても構わないよ。ただ俺のそばにこうして居てくれればいい」
「晴樹さん……」
「それに、もしあの時視えて祓えたなら、俺はあの時、亨さんに抱かれる勇気なんてなかったよ。亨さんを好きだって気持ち自分でも誤魔化してたし……。
だからね。あの時はそれで良かったんだ。こうして亨さんと、一緒にいられるんだし」
 亨さんは何も言わずに髪に指を絡ませたまま、俺にキスをした。
「どうしてでしょう。私は意味もなくただ貴方に惹かれると思ってましたが、そんな気持ちを伝えて下さると、貴方が可愛くて、自分がどうにかなってしまいそうです」
 俺はくすくす、と笑ってしまった。
「なに? 意味もなく惹かれるって? でも分かるかなあ……生まれる前は一つだったんじゃないかと思うくらい、亨さんが近い感じがする。伴侶? 半身?
そばにいてくれるだけで、自分の足りないものを補ってくれるような、感覚っていうのかなあ。これが愛って言うの?
それとも生まれる前は元々ひとつだったんじゃないのかなあ?」
「私と晴樹さんが元々ひとつ?」
「あ、ごめん変なこと言った?」
「いいえ。私もそれぐらい貴方を求めています」
「……だから……だから、俺は亨さんを失いたくない。それぐらい好きなんだ。もう色んな意味で亨さんがいないと生きていけない気がする」
 亨さんは目を見開いて、俺に覆いかぶさりキスをした。
 それは優しいものではなく、激しくて、情熱的で、甘美なキス。
 両手が髪をかき混ぜ、長い、長いキスに酔いしれて、飲み込みきれなかった二人分の唾液が顎をつたう。
 どうしてこんなにも亨さんを求めてしまうんだろう。
 触れ合った唇が、絡まる舌が震える。唇が離れると、亨さんが切なげに囁いた。
「私は嫉妬深い。貴方が楓に惹かれてしまわないかと、奪われてしまわないかと不安になります」
「それはないよ。俺の半身は亨さんだけだから」
 俺は亨さん引き寄せてちゅっと音を立ててキスをした。
「俺は亨さんしか惹かれない。俺のことが好きなんだったら、それぐらい信じて」
「……はい」
「あと、ちゃんと自分の気持ちも伝えて欲しい。そんな風に考えてたなんて知らなかったから」
「男の嫉妬なんて醜いでしょう」
「う~ん。でも俺も男だからね。なんとも言えない。それに好きな奴に嫉妬されるのって、結構嬉しいかも。
女々しいなんて言わないでよ。愛されてる感じがして悪くないって意味だから」
「では素直に嫉妬します。もう遠慮はしません」
 亨さんの唇がまた重なる。それは情欲を孕んだキス。その手が俺の体を弄り始めた。
「んーーーー! っちょっと待って! 何する気?」
「言ったでしょう。私は嫉妬深くて、独占欲が強い」
 亨さんがするりと俺の太腿を撫で上げ、ぐいっと掴んだ。
 ふと見ると、亨さんの分身が猛ってる。
「え? いや俺もう無理だから!」
「大丈夫ですよ。貴方は何もしなくても、私が何度でもイカせてあげますから」
 亨さんはメガネの奥で眼光を光らせて、にやりと笑った。
 しまった! 俺は何か余計な事を言ってしまったらしい。どこかで、第二ラウンドを告げる鐘が鳴った。
 そのあと、どうなったかと言うと、俺はもう……お嫁にいけない。としか言えない。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

悪役令嬢は見る専です

小森 輝
BL
 異世界に転生した私、「藤潮弥生」は婚約破棄された悪役令嬢でしたが、見事ざまあを果たし、そして、勇者パーティーから追放されてしまいましたが、自力で魔王を討伐しました。  その結果、私はウェラベルグ国を治める女王となり、名前を「藤潮弥生」から「ヤヨイ・ウェラベルグ」へと改名しました。  そんな私は、今、4人のイケメンと生活を共にしています。  庭師のルーデン  料理人のザック  門番のベート  そして、執事のセバス。  悪役令嬢として苦労をし、さらに、魔王を討伐して女王にまでなったんだから、これからは私の好きなようにしてもいいよね?  ただ、私がやりたいことは逆ハーレムを作り上げることではありません。  私の欲望。それは…………イケメン同士が組んず解れつし合っている薔薇の園を作り上げること!  お気に入り登録も多いし、毎日ポイントをいただいていて、ご好評なようで嬉しいです。本来なら、新しい話といきたいのですが、他のBL小説を執筆するため、新しい話を書くことはしません。その代わりに絵を描く練習ということで、第8回BL小説大賞の期間中1に表紙絵、そして挿絵の追加をしたいと思います。大賞の投票数によっては絵に力を入れたりしますので、応援のほど、よろしくお願いします。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

平凡くんの憂鬱

BL
浮気ばかりする恋人を振ってから俺の憂鬱は始まった…。 ――――――‥ ――… もう、うんざりしていた。 俺は所謂、"平凡"ってヤツで、付き合っていた恋人はまるで王子様。向こうから告ってきたとは言え、外見上 釣り合わないとは思ってたけど… こうも、 堂々と恋人の前で浮気ばかり繰り返されたら、いい加減 百年の恋も冷めるというもの- 『別れてください』 だから、俺から別れを切り出した。 それから、 俺の憂鬱な日常は始まった――…。

風邪をひいてフラフラの大学生がトイレ行きたくなる話

こじらせた処女
BL
 風邪でフラフラの大学生がトイレに行きたくなるけど、体が思い通りに動かない話

処理中です...