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葉城探偵事務所 第四話 ②
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かくして、深夜0時に俺は亨さんと二人で山手小学校に来た。
理事長の笹沼絹江さんが校門前で俺たちを待っていて、鍵を手渡し、「鍵は明日の朝、9時に報告と共に受け取ります。」そう言って、そそくさと帰って行った。
口には出さなかったけど、理事長は絶対に学校の怪談を怖がってる。
俺も恐怖に身がすくむ中、ゴクリと唾を飲んでガラガラと音を立て、重たい校門の扉を開けた。
山手小学校六怪談・その一、「幽霊が掃除する旧校舎」
・今は使われる事のない旧校舎なのに、何故だか蜘蛛の巣が張らない。幽霊が掃除しているとの噂がある。
旧校舎は鬱蒼とした草むらの中に存在していた。
どこからか、ぴゅうう。と鳥が鳴く。
亨さんが旧校舎の鍵を差し込んだ。
カチャカチャ。
「長い間使われなかったせいでしょう。中々開きません」
「鍵穴に砂が入り込んでるのかな?……あっ! 開いた!」
なんとか鍵を開ける事が出来たが、今度は扉だ。これも土埃が挟まっているせいか、鍵を開けても、なかなか開かない。
「これは押戸? 引き戸?」
「構造から考えると、押戸です。」
ガシャン。
「開いた」
ギイイィィイと音が鳴り響いて扉が開く。
俺が息を飲む中、亨さんが懐中電灯で、旧校舎内を、さあっと照らす。
闇の中に、光が差し込み。
そこにはボウッとした影たちが浮かび上がる。
「こ、これは……!? なんていうことだ!」
そこには愕然とするような光景が広がっていた。
「蜘蛛の巣だらけじゃないか」
懐中電灯の光を跳ね返して、蜘蛛の巣がキラキラと光ってる。
「理事長、確認すらしてなかったようですね。第一、鍵や扉が中々開かなかったことから考えてみても、長い間、誰もこの旧校舎内を見ていなかったと考えられます。なのに『蜘蛛の巣が張らない』という怪談が一人歩きしていた」
「そこが小学校の怪談ってやつだね」
「……次に行きましょう」
山手小学校六怪談・その二、「トイレの花子さん」
・新校舎階三階にある女子トイレの手前から三番目の個室には「花子さん」がいて、コンコンとノックすれば、コンコンとノックが返ってくる。
「トイレの花子さんはどこの小学校にもいそうだね」
「そうですね」
そうわざと明るく振る舞いながら、俺たちは新校舎三階の女子トイレに来た。
ぴっちゃーん。
誰も居ないはずなのに、どこからか水音が響いた。
微かだが、トイレの中には人の気配がする。
ゴクリと息を飲み、入口から三番目のトイレへと進む。
トイレの個室は誰も入っていないと、扉は開いたままになってる作りになっていた。
一つ目のトイレ、和式便座がポツンと存在している。
二つ目のトイレ、やはり和式便座がポツンと存在しているだけ。
三つ目のトイレ、扉は閉じられている。
「亨さん! だ、だ、誰か中に入ってる!」
「晴樹さん落ち着いて下さい」
亨さんが扉を、『コンコン』とノックした。
しばらくして、『コンコン』と返事が帰って来た。
「いる! 花子さんだ!」
俺が怖くて逃げ出そうとすると、亨さんに腕を掴まれた。
ぴっちゃーん。
亨さんが黙ったまま扉をノックする。
『コンコン』
「入っていますか?」
『コンコン』
「入っていません」
入ってるじゃないか。
三番目のトイレから男の声で、返事が返ってきた。
しかもハッキリとした男の声は、花子さんのもんじゃないだろ。
「花子さん?」
「ハ、ハーイ」
今度は男の作り声で女の子の声を真似てる。
亨さんはため息を一つついて苛立ちげに扉を、コココココン、コンと叩いた。
「誰です? 出てきなさい」
カチャン。キィー。トイレの扉が開いた。
出てきたのは、花子さんではなく、無精ひげの生えた、大きな男。
「失礼ですが、どなたさまでいらっしゃいますか?」
亨さんが尋ねると、大きな無精ひげの男は答えた。
「音楽教師をやってます、溝口と申します。あんたたちは一体誰ですか?」
「この学校の六怪談の調査にやってまいりました。葉城探偵事務所の望月と申します。こちらは所長の葉城です」
「こんばんわ」
「こんばんわ」
なんか間の抜けた明るい挨拶だな。
「それで何で溝口さんは、こんな所にいらっしゃるんですか? こちらは理事長からの正式な調査依頼を受けております。答えていただけますね?」
「それは……いやあ、お恥ずかしい話ですが、音楽室からここのトイレが一番近くて、つい……」
「違いますね。第一音楽室とも第二音楽室とも、ここからは離れています。貴方は嘘をついてる。」
亨さんは校舎内の地図を把握してきたのか、溝口にぞんざいに詰め寄る。
「貴方は何かの目的があって、ここにいる。違いますか?」
「う……すみません……女子トイレに興味があって……それで……」
トイレの花子さんの正体は、変態か!?
「ここは昼間にも花子さんが居ると噂にもなってます。溝口さんは夜だけじゃなくて、児童のいる昼間にも来ていますね?」
「ええ!? そ、そんな事、誓ってしたことありません。それだと犯罪者になっちゃうじゃないですか! 僕がここを利用するのは誰も居なくなった夜だけですよ!」
あたふたとする音楽教師の溝口の様子を見ていると、嘘をついてるような感じには見えない。
第一、嘘つくような人なら、亨さんの呼びかけで素直に、個室から出てこないような気がする。
チラリと亨さんを見上げると、亨さんも同じ意見のようで、コクリと頷いた。
「今回、ここに忍び込んだのが初めてですか?」
「……いいえ。ちょっとここのとこ、クセになってました。すみません! でも、もうしません!」
拝むように両手を合わせる溝口さんは、なんだか正直そうな人だな。
亨さんは頭を抱えながら、ため息をついてた。
「分かりました。溝口さんを信じましょう」
「ありがとうございます! 信じてもらえて良かった!
しかし、咄嗟にノックをノックで返しましたが、これで普通は逃げて行きそうなもんなのに、おふた方、お強いですなあ」
「調査ですので」
亨さんはそう答えたけど、俺は逃げそうになっちゃったんだけどね。
「亨さん、じゃあ花子さんの正体は、溝口さんだったって事でいいの? でも昼間の噂の花子さんは?」
「小学校の怪談です。この音楽教師の行為に尾ひれがついて、昼間も『出る』ということになったのかもしれませんが、明日の報告前に来てもう一度調査する必要がありますね」
「分かった。じゃあ、次の怪談、音楽室に行ってみる?」
「あ。音楽室ですか? じゃあお騒がせしたお詫びに、僕が案内しますよ」
音楽教師の溝口さんが頭を掻きながら、申し訳なさそうに言った。
その三、「音楽室のピアノ」
深夜、音楽室の肖像画から抜け出したベートーベンが、悲しくさみしい曲を演奏している。
俺たち三人は懐中電灯の明かりを頼りに、暗い廊下をつき突き進む。
「第一音楽室はこちらです」
溝口さん案内のもと、渡り廊下を曲がり、第一音楽室にたどり着くと、扉の向こうから微かなメロディーが聞こえた。
「わあっ!」
俺が驚いて亨さんに飛びつくと、亨さんは俺の腰を引き寄せた。
「この曲……ベートベンの『エリーゼのために』ですね」
溝口が申し訳なさそうに、口を開く。
「あの……あれは僕の携帯アラーム音です」
「はあ!?」
「いや、女子トイレに行けるのは、深夜くらいなものです。で、いつもは仮眠取ってから、行くんですが、今日はたまたま早く目が覚めたので、携帯のアラーム切るのを、忘れてました」
「仮眠取ってまで、何をしてるんですか?」
「え? だから、女子トイレに行くんです」
溝口はガラリと音楽室の扉を開けて、室内に入り携帯のアラーム音を切った。
「ほら、僕の携帯でしょ。ね?」
ニッコリと微笑む溝口に対して、亨さんは無言でガラガラガラ、ピシャッと扉を締めた。
どうやら亨さんはムカついたみたいだ。
その四、「お岩さん」
・校舎横に設置されてる非常階段を登りながら、その階段を数えると「お岩さん」が現れる。
月明かりの中、どうっと生暖かい風が吹いている。
亨さんと俺は階段を数えながら登った。
「1、2、3、4、5、6……21、22、23、24、こんなんで、お岩さん出てくるのかなぁ」
正直、俺は怖くなくなってきた。
「46、47、48、49」
……息が切れる……
「78、79、80! もう! なにコレ!? 階段多いわっ!」
「晴樹さん、今なんて言いました?」
「え? なにコレ!? 階段多いわっ! って、言ったけど・・・・」
「階段多いわ……かいだんおおいわ……怪談おおいわ………怪談お岩」
「ははは。確かに現れた! 現れた! お岩さん現れた!」
流石、小学校の学校の怪談だ。くだらない。
もう怖くなければ、この際何でも良くなってきたかも。あーしかし疲れた。
山手小学校六怪談・その五、「白いワンピースの大女」
深夜2時頃、白いワンピースを着た大女がトラックを疾走する。彼女に見つかると「ワタシきれい?」と言いながら、どこまでも追いかけてくる。
「ねえ、亨さん」
「はい」
「あれが、白いワンピース着た大女?」
「そのようですね」
亨さんは綺麗に整った眉毛を片方上げて、口角を憮然とした感じで下げる。
トラックを疾走している白いワンピースを着た大女は確かにいた。
そして息をぜえぜえ、と弾ませこちらに向かって来る。
もちろん怖くもなんともない。
だって、それはあの音楽教師、溝口さんだったから。
「探偵さーーん!!」
大女って……ただ体のデカイ男の女装の間違いじゃないか。
亨さんは結構この六怪談を、真面目に調査するつもりだったんじゃないかな。六怪談のうちの三つの犯人が溝口さんだったからなのか、冷たく冴えた双眸が、益々冷ややかに溝口さんを見据えてる。
「何をしてるんですか?」
「は? ランニングですよ。いやー。最近、ビール腹でね。ははは。ご一緒しません?」
「ははは。じゃありません。ご一緒もしません。溝口さん、ご自分がどれだけ人騒がせな事をしてるのか、知ってるんですか?」
「え? 何か問題でも?」
「質問を質問で返しますが、ご自分に問題はないと思っていらっしゃいますか?」
「あ?……はい」
白いワンピースを着た溝口はにこやかに答えた。
ある意味すごい。
「……そのピラピラした服はなんです?」
「あ、コレ? ワンピースです」
「それは見れば分かります。なんでそんなものを着て走ってるんですか?」
「あ、コレ。ちょっと後ろ見てくださいよ! ほら、ファスナーが最後まで締まらないんです。だからこのワンピースが着れるようになるまで、ダイエットしようかと思って。無駄なあがきですかね?」
亨さんは呆れたように首を振った。
「……乙女ですね」
「ははは。よく言われます」
溝口さんは照れたように笑った。
「照れなくていいです。この小学校の六階段の内、三つ、貴方が怪談作ってます。存じ上げてましたか?」
「ががーん。し、知らなかった………」
「擬音はいりません。取り敢えず学校側から許可も取らずに、校庭を走ってはいけません。服装については各々趣味嗜好があると思いますが、公共の場では少し控えることをお勧めします。
あと、学校の怪談になるような行為は、教師として控えて下さい」
「はい……すみませんでした。しょぼ~ん」
溝口さんはがっくりとうなだれて、擬音と共にトボトボと帰って行った。
山手小学校怪談・その六、「深夜のバスケ」
・体育館。確かに誰もいないのにバスケットボールが宙に浮き、幽霊達がバスケ
の試合を毎夜繰り返す。
俺たちが体育館に向かうと、体育館の窓から明かりが漏れていた。
体育館はガラス扉で出来ていたけど、扉の向こうにはカーテンが張ってあって、外からは、中の様子が分からない。
体育館の外からでもボールの跳ねる音が、タンタンと聞こえる。
「ねえ。亨さんもしかして、これも………」
「白いワンピースの音楽教師……ですか?」
亨さんが半ば呆れ顔で、体育館の扉を開こうとしたけど、ガチャン。と音が鳴っただけで開かなかった。
「おかしいですね。中から鍵をかけたんでしょうか?」
訝しみながら理事長から預かった鍵を刺し込み、二人で体育館に入り込む。
カーテンをシャーっと開くと。
タン、タタタン。
そこにはボールが数個転がってるだけで、人影はない。
「誰かいらっしゃいます?」
「溝口さーん」
と、決め付けて呼んでみたけど、返事はなかった。
俺は体育館入口近くの転がったボールを手にしようと、体をかがめた。すると
「晴樹さん危ない!!」
亨さんがかばうように、俺を抱きしめた。
聞こえたのはボールの飛んでくる音と、バンッという衝撃音。
感じたのは抱きしめられた亨さんの体から伝わる振動。
「痛ッ!」
「! 亨さん!」
ボールが亨さんの横顔を叩いて、転がる。
メガネが衝撃で吹っ飛んでいった。
タン。タン……タン……ボールだけが何事もなかったかのように転がっていく。
「亨さん! 大丈夫!?」
身を反転して、亨さんを見上げると、痛々しげに目をつぶり、頬に手を当てていた。
その顔にメガネはない。
やがて。
亨さんがゆっくりと開いた瞳に、妖しい光が放たれ、俺をゆっくりと見下ろした。
甘い香りが体育館に立ちこめる。
「と…お…るさん?」
そう呼ぶと、亨さんの瞳に灯された、妖しい光がすうっ、と消える。
「はい」
「ほっ、良かった。大丈夫?」
楓さんになったのかと思ったけど、違ったみたいだ。
最近、メガネを外しても楓さんが出でくること、少なくなったなあ。
「…………! 晴樹さん! 危ない!」
風を切るような音がして、亨さんが飛んできたボールをなぎ払った。
「ここは危険です。こちらへ!」
俺は亨さんにぐいっと引っ張られて、少し開いていた体育館倉庫に引きずり込まれた。
ビックリする俺を尻目に亨さんは、体育館倉庫の扉をピシャリと閉める。
倉庫内を照らす光は、窓から差し込む月明かりだけ。
そして倉庫の扉の外から、ボールがバン!バン!と当たる音が響いた。
「ああ……心霊現象だ」
薄暗がりの中で、ぶるっと震えて、俺は自分の体を抱きしめた。
「晴樹さん震えているんですか?」
亨さんがゆっくりと近づいて俺を抱きしめ、頭のてっぺんにキスを落とす。
「しばらく、ここで落ち着くのを待ちましょう。こちらへ」
亨さんはマットに腰掛け、後ろから俺を抱え込むようにして座った。
倉庫の扉を外から、バン! バン! と打ち付けるような音は鳴り止まない。
「大丈夫ですよ。すぐに落ち着きます。ああ、良かったらこれを食べて下さい。少しは落ち着くかもしれません」
亨さんが差し出したのは、薄型カードタイプケースに入ったシュガーレスミントタブレット。カサリと封を開けて、ひとつ俺の口へと放り込んだ。
ふわりと甘い味と一緒にピリッとした刺激が口の中広がる。
「あれ? この味、どこかで……?」
「晴樹」
亨さんが俺の唇に、唇を重ねてきた。
「んん……」
二人の舌の間で、タブレットが転がる。
「ふっ……んん」
いつもとは違うキス。
焦らすようなゆっくりとした口腔を這い回る舌に、体が痺れる。
……ん?
本当に痺れてきた。
叙情的な意味合いではなく、ビリビと体感する痺れ……? なんだ、コレ?
ごくり。
亨さんの舌の動きと唾液のせいで、小さく溶けたタブレットを飲み込んでしまった。
「あ…………?」
うっとりと俺を見下ろす亨さんの端正な顔つきが、いつもと少し違うような……。
甘い香りがいつもよりも濃く感じるのは、気のせいか?
「亨さん………?」
窓から忍びこんでくる月の光が、雲に隠されていて、くすくす。という笑い声が闇の中で響く。
「楓だよ。メガネが落ちた瞬間からね。亨の真似したんだけど、晴樹は気がつかなかった?」
「なっ…………!?」
俺は驚いて身をよじり立ち上がろうとしたけど、抱きしめている楓さんの腕にぐっと力が入って、身動きが出来ない。
「ジッとしてて。ああ……晴樹……」
楓さんにがっしりと抱きしめられたまま、後ろから囁く声が首筋に響く。
「は、はなせっ!」
「いやだね」
吐息が耳元を掠めて、耳をやわやわ、と甘噛みされる。
「ちょ………!な、んで、こんな事!?」
全身の産毛が総立ち、震えてしまいそうな体をこわばらせると、楓さんが首筋に、襟足に、耳の後ろに、唇を這わせる。
「俺はもうすぐ消滅する」
「消滅?どういうこと………?」
「俺はもうすぐ亨に吸収されて、統合されてしまうって事だよ」
「え……? なんで……?」
「亨が『視たい』と思い始めたんだよ。亨は多重人格者だ。周囲の環境に耐えられず、人格を切り離した。『俺』や『犬』、『俺の認識出来ない祓える誰か』をね。そして『視える俺』を求め始めた。いずれ……」
「ちょっと待って! 他にも人格者がいるの!?」
振り返ろうとすると、楓さんの舌が、耳の中に侵入してぬるりと弄ばれ、一瞬呼吸が止まった。
「いるよ。亨は7歳まで『視て』『祓えた』からね。切り離された『視える』人格は俺だろう? そして亨は今『祓え』ない。では『祓えた』特異体質はどこに消えたと思う?」
暗がりの中、楓さんの、妖しく綺麗な声が震えている。
「ね? 俺の事は、どうでもいい?」
ねろりと首筋を舐められて、身体を起こそうとしても、全身が痺れて上手く動けない。
あのタブレットミント……!
「か、えで、さん……く、薬、を……!?」
舌がもつれて上手く話せない。
背中から、亨さんとは違う声色の妖しい声が、聞こえる。
「ふふっ。主人格の亨が惹かれれば、俺もそれに引っ張られる。晴樹に無性に惹かれる。でもね、口説いてる時間はなさそうだから。薬を使わせてもらったよ。
このタブレットも亨の意識を操作して、今日はポケットに忍ばせる事が出来た。でも明日はどうなるか分からない。もう俺には、時間が残されてなさそうだから」
「い、や……だ、はな……せ」
体が痺れて思うように動かない。
「媚薬といい、この痺れ薬といい、薬のよく効く体質なんだ。晴樹は。少しジッとして。俺も亨の一部だ。晴樹もそう言ってただろう?」
後ろから抱きしめる楓さんの腕が微かに震えたかと思ったら、その顔を俺の肩にコツンと落とした。
「楓、さん?」
「晴樹とキスしたら、俺も痺れたな」
「なにそれ!? なんかもう俺、このまま犯されるのかと思っちゃったじゃないか!」
「犯されたい?」
「結構です!」
「なあんだ。つまらない。亨に統合される前に、晴樹を味わいたかったのに」
楓さんはそう言いながらも、俺の腰に手を回して、そろりと撫ぜた。
「ちょっ……! 本当に? 本当に統合されるの?」
「本当だよ。気になる?」
「当たり前じゃないか!」
「そう。じゃあこのままでいい。痺れてる間だけ、こうしてて。代わりに亨の事を教えてあげる。亨自身も知らない事も、ね」
もう痺れ薬で身動きの取れない俺の体を、楓さんはぎゅっと抱きしめた。
どの道、動こうとしても動けるわけじゃない。
俺は返事の代わりにひとつため息をつくと、襟足を楓さんが頬ずりしてきた。
「ちょっと! やめてよ! そういうの!」
「んん? こういうの?」
ねろり。耳たぶを舐められた。
「や、やめろって!」
「俺は亨と同じ身体なのに、反応が違う。いつもなら、もっと」
「わあっ! 言わなくていい! それより、教えてくれるんだろ! 亨さんの事!」
「ふふっ。いいよ。全て晴樹に教えてあげる」
楓さんは、俺の首筋に鼻や唇、頬を擦り付けながら、話始めた。
第四話 ③へとつづく
理事長の笹沼絹江さんが校門前で俺たちを待っていて、鍵を手渡し、「鍵は明日の朝、9時に報告と共に受け取ります。」そう言って、そそくさと帰って行った。
口には出さなかったけど、理事長は絶対に学校の怪談を怖がってる。
俺も恐怖に身がすくむ中、ゴクリと唾を飲んでガラガラと音を立て、重たい校門の扉を開けた。
山手小学校六怪談・その一、「幽霊が掃除する旧校舎」
・今は使われる事のない旧校舎なのに、何故だか蜘蛛の巣が張らない。幽霊が掃除しているとの噂がある。
旧校舎は鬱蒼とした草むらの中に存在していた。
どこからか、ぴゅうう。と鳥が鳴く。
亨さんが旧校舎の鍵を差し込んだ。
カチャカチャ。
「長い間使われなかったせいでしょう。中々開きません」
「鍵穴に砂が入り込んでるのかな?……あっ! 開いた!」
なんとか鍵を開ける事が出来たが、今度は扉だ。これも土埃が挟まっているせいか、鍵を開けても、なかなか開かない。
「これは押戸? 引き戸?」
「構造から考えると、押戸です。」
ガシャン。
「開いた」
ギイイィィイと音が鳴り響いて扉が開く。
俺が息を飲む中、亨さんが懐中電灯で、旧校舎内を、さあっと照らす。
闇の中に、光が差し込み。
そこにはボウッとした影たちが浮かび上がる。
「こ、これは……!? なんていうことだ!」
そこには愕然とするような光景が広がっていた。
「蜘蛛の巣だらけじゃないか」
懐中電灯の光を跳ね返して、蜘蛛の巣がキラキラと光ってる。
「理事長、確認すらしてなかったようですね。第一、鍵や扉が中々開かなかったことから考えてみても、長い間、誰もこの旧校舎内を見ていなかったと考えられます。なのに『蜘蛛の巣が張らない』という怪談が一人歩きしていた」
「そこが小学校の怪談ってやつだね」
「……次に行きましょう」
山手小学校六怪談・その二、「トイレの花子さん」
・新校舎階三階にある女子トイレの手前から三番目の個室には「花子さん」がいて、コンコンとノックすれば、コンコンとノックが返ってくる。
「トイレの花子さんはどこの小学校にもいそうだね」
「そうですね」
そうわざと明るく振る舞いながら、俺たちは新校舎三階の女子トイレに来た。
ぴっちゃーん。
誰も居ないはずなのに、どこからか水音が響いた。
微かだが、トイレの中には人の気配がする。
ゴクリと息を飲み、入口から三番目のトイレへと進む。
トイレの個室は誰も入っていないと、扉は開いたままになってる作りになっていた。
一つ目のトイレ、和式便座がポツンと存在している。
二つ目のトイレ、やはり和式便座がポツンと存在しているだけ。
三つ目のトイレ、扉は閉じられている。
「亨さん! だ、だ、誰か中に入ってる!」
「晴樹さん落ち着いて下さい」
亨さんが扉を、『コンコン』とノックした。
しばらくして、『コンコン』と返事が帰って来た。
「いる! 花子さんだ!」
俺が怖くて逃げ出そうとすると、亨さんに腕を掴まれた。
ぴっちゃーん。
亨さんが黙ったまま扉をノックする。
『コンコン』
「入っていますか?」
『コンコン』
「入っていません」
入ってるじゃないか。
三番目のトイレから男の声で、返事が返ってきた。
しかもハッキリとした男の声は、花子さんのもんじゃないだろ。
「花子さん?」
「ハ、ハーイ」
今度は男の作り声で女の子の声を真似てる。
亨さんはため息を一つついて苛立ちげに扉を、コココココン、コンと叩いた。
「誰です? 出てきなさい」
カチャン。キィー。トイレの扉が開いた。
出てきたのは、花子さんではなく、無精ひげの生えた、大きな男。
「失礼ですが、どなたさまでいらっしゃいますか?」
亨さんが尋ねると、大きな無精ひげの男は答えた。
「音楽教師をやってます、溝口と申します。あんたたちは一体誰ですか?」
「この学校の六怪談の調査にやってまいりました。葉城探偵事務所の望月と申します。こちらは所長の葉城です」
「こんばんわ」
「こんばんわ」
なんか間の抜けた明るい挨拶だな。
「それで何で溝口さんは、こんな所にいらっしゃるんですか? こちらは理事長からの正式な調査依頼を受けております。答えていただけますね?」
「それは……いやあ、お恥ずかしい話ですが、音楽室からここのトイレが一番近くて、つい……」
「違いますね。第一音楽室とも第二音楽室とも、ここからは離れています。貴方は嘘をついてる。」
亨さんは校舎内の地図を把握してきたのか、溝口にぞんざいに詰め寄る。
「貴方は何かの目的があって、ここにいる。違いますか?」
「う……すみません……女子トイレに興味があって……それで……」
トイレの花子さんの正体は、変態か!?
「ここは昼間にも花子さんが居ると噂にもなってます。溝口さんは夜だけじゃなくて、児童のいる昼間にも来ていますね?」
「ええ!? そ、そんな事、誓ってしたことありません。それだと犯罪者になっちゃうじゃないですか! 僕がここを利用するのは誰も居なくなった夜だけですよ!」
あたふたとする音楽教師の溝口の様子を見ていると、嘘をついてるような感じには見えない。
第一、嘘つくような人なら、亨さんの呼びかけで素直に、個室から出てこないような気がする。
チラリと亨さんを見上げると、亨さんも同じ意見のようで、コクリと頷いた。
「今回、ここに忍び込んだのが初めてですか?」
「……いいえ。ちょっとここのとこ、クセになってました。すみません! でも、もうしません!」
拝むように両手を合わせる溝口さんは、なんだか正直そうな人だな。
亨さんは頭を抱えながら、ため息をついてた。
「分かりました。溝口さんを信じましょう」
「ありがとうございます! 信じてもらえて良かった!
しかし、咄嗟にノックをノックで返しましたが、これで普通は逃げて行きそうなもんなのに、おふた方、お強いですなあ」
「調査ですので」
亨さんはそう答えたけど、俺は逃げそうになっちゃったんだけどね。
「亨さん、じゃあ花子さんの正体は、溝口さんだったって事でいいの? でも昼間の噂の花子さんは?」
「小学校の怪談です。この音楽教師の行為に尾ひれがついて、昼間も『出る』ということになったのかもしれませんが、明日の報告前に来てもう一度調査する必要がありますね」
「分かった。じゃあ、次の怪談、音楽室に行ってみる?」
「あ。音楽室ですか? じゃあお騒がせしたお詫びに、僕が案内しますよ」
音楽教師の溝口さんが頭を掻きながら、申し訳なさそうに言った。
その三、「音楽室のピアノ」
深夜、音楽室の肖像画から抜け出したベートーベンが、悲しくさみしい曲を演奏している。
俺たち三人は懐中電灯の明かりを頼りに、暗い廊下をつき突き進む。
「第一音楽室はこちらです」
溝口さん案内のもと、渡り廊下を曲がり、第一音楽室にたどり着くと、扉の向こうから微かなメロディーが聞こえた。
「わあっ!」
俺が驚いて亨さんに飛びつくと、亨さんは俺の腰を引き寄せた。
「この曲……ベートベンの『エリーゼのために』ですね」
溝口が申し訳なさそうに、口を開く。
「あの……あれは僕の携帯アラーム音です」
「はあ!?」
「いや、女子トイレに行けるのは、深夜くらいなものです。で、いつもは仮眠取ってから、行くんですが、今日はたまたま早く目が覚めたので、携帯のアラーム切るのを、忘れてました」
「仮眠取ってまで、何をしてるんですか?」
「え? だから、女子トイレに行くんです」
溝口はガラリと音楽室の扉を開けて、室内に入り携帯のアラーム音を切った。
「ほら、僕の携帯でしょ。ね?」
ニッコリと微笑む溝口に対して、亨さんは無言でガラガラガラ、ピシャッと扉を締めた。
どうやら亨さんはムカついたみたいだ。
その四、「お岩さん」
・校舎横に設置されてる非常階段を登りながら、その階段を数えると「お岩さん」が現れる。
月明かりの中、どうっと生暖かい風が吹いている。
亨さんと俺は階段を数えながら登った。
「1、2、3、4、5、6……21、22、23、24、こんなんで、お岩さん出てくるのかなぁ」
正直、俺は怖くなくなってきた。
「46、47、48、49」
……息が切れる……
「78、79、80! もう! なにコレ!? 階段多いわっ!」
「晴樹さん、今なんて言いました?」
「え? なにコレ!? 階段多いわっ! って、言ったけど・・・・」
「階段多いわ……かいだんおおいわ……怪談おおいわ………怪談お岩」
「ははは。確かに現れた! 現れた! お岩さん現れた!」
流石、小学校の学校の怪談だ。くだらない。
もう怖くなければ、この際何でも良くなってきたかも。あーしかし疲れた。
山手小学校六怪談・その五、「白いワンピースの大女」
深夜2時頃、白いワンピースを着た大女がトラックを疾走する。彼女に見つかると「ワタシきれい?」と言いながら、どこまでも追いかけてくる。
「ねえ、亨さん」
「はい」
「あれが、白いワンピース着た大女?」
「そのようですね」
亨さんは綺麗に整った眉毛を片方上げて、口角を憮然とした感じで下げる。
トラックを疾走している白いワンピースを着た大女は確かにいた。
そして息をぜえぜえ、と弾ませこちらに向かって来る。
もちろん怖くもなんともない。
だって、それはあの音楽教師、溝口さんだったから。
「探偵さーーん!!」
大女って……ただ体のデカイ男の女装の間違いじゃないか。
亨さんは結構この六怪談を、真面目に調査するつもりだったんじゃないかな。六怪談のうちの三つの犯人が溝口さんだったからなのか、冷たく冴えた双眸が、益々冷ややかに溝口さんを見据えてる。
「何をしてるんですか?」
「は? ランニングですよ。いやー。最近、ビール腹でね。ははは。ご一緒しません?」
「ははは。じゃありません。ご一緒もしません。溝口さん、ご自分がどれだけ人騒がせな事をしてるのか、知ってるんですか?」
「え? 何か問題でも?」
「質問を質問で返しますが、ご自分に問題はないと思っていらっしゃいますか?」
「あ?……はい」
白いワンピースを着た溝口はにこやかに答えた。
ある意味すごい。
「……そのピラピラした服はなんです?」
「あ、コレ? ワンピースです」
「それは見れば分かります。なんでそんなものを着て走ってるんですか?」
「あ、コレ。ちょっと後ろ見てくださいよ! ほら、ファスナーが最後まで締まらないんです。だからこのワンピースが着れるようになるまで、ダイエットしようかと思って。無駄なあがきですかね?」
亨さんは呆れたように首を振った。
「……乙女ですね」
「ははは。よく言われます」
溝口さんは照れたように笑った。
「照れなくていいです。この小学校の六階段の内、三つ、貴方が怪談作ってます。存じ上げてましたか?」
「ががーん。し、知らなかった………」
「擬音はいりません。取り敢えず学校側から許可も取らずに、校庭を走ってはいけません。服装については各々趣味嗜好があると思いますが、公共の場では少し控えることをお勧めします。
あと、学校の怪談になるような行為は、教師として控えて下さい」
「はい……すみませんでした。しょぼ~ん」
溝口さんはがっくりとうなだれて、擬音と共にトボトボと帰って行った。
山手小学校怪談・その六、「深夜のバスケ」
・体育館。確かに誰もいないのにバスケットボールが宙に浮き、幽霊達がバスケ
の試合を毎夜繰り返す。
俺たちが体育館に向かうと、体育館の窓から明かりが漏れていた。
体育館はガラス扉で出来ていたけど、扉の向こうにはカーテンが張ってあって、外からは、中の様子が分からない。
体育館の外からでもボールの跳ねる音が、タンタンと聞こえる。
「ねえ。亨さんもしかして、これも………」
「白いワンピースの音楽教師……ですか?」
亨さんが半ば呆れ顔で、体育館の扉を開こうとしたけど、ガチャン。と音が鳴っただけで開かなかった。
「おかしいですね。中から鍵をかけたんでしょうか?」
訝しみながら理事長から預かった鍵を刺し込み、二人で体育館に入り込む。
カーテンをシャーっと開くと。
タン、タタタン。
そこにはボールが数個転がってるだけで、人影はない。
「誰かいらっしゃいます?」
「溝口さーん」
と、決め付けて呼んでみたけど、返事はなかった。
俺は体育館入口近くの転がったボールを手にしようと、体をかがめた。すると
「晴樹さん危ない!!」
亨さんがかばうように、俺を抱きしめた。
聞こえたのはボールの飛んでくる音と、バンッという衝撃音。
感じたのは抱きしめられた亨さんの体から伝わる振動。
「痛ッ!」
「! 亨さん!」
ボールが亨さんの横顔を叩いて、転がる。
メガネが衝撃で吹っ飛んでいった。
タン。タン……タン……ボールだけが何事もなかったかのように転がっていく。
「亨さん! 大丈夫!?」
身を反転して、亨さんを見上げると、痛々しげに目をつぶり、頬に手を当てていた。
その顔にメガネはない。
やがて。
亨さんがゆっくりと開いた瞳に、妖しい光が放たれ、俺をゆっくりと見下ろした。
甘い香りが体育館に立ちこめる。
「と…お…るさん?」
そう呼ぶと、亨さんの瞳に灯された、妖しい光がすうっ、と消える。
「はい」
「ほっ、良かった。大丈夫?」
楓さんになったのかと思ったけど、違ったみたいだ。
最近、メガネを外しても楓さんが出でくること、少なくなったなあ。
「…………! 晴樹さん! 危ない!」
風を切るような音がして、亨さんが飛んできたボールをなぎ払った。
「ここは危険です。こちらへ!」
俺は亨さんにぐいっと引っ張られて、少し開いていた体育館倉庫に引きずり込まれた。
ビックリする俺を尻目に亨さんは、体育館倉庫の扉をピシャリと閉める。
倉庫内を照らす光は、窓から差し込む月明かりだけ。
そして倉庫の扉の外から、ボールがバン!バン!と当たる音が響いた。
「ああ……心霊現象だ」
薄暗がりの中で、ぶるっと震えて、俺は自分の体を抱きしめた。
「晴樹さん震えているんですか?」
亨さんがゆっくりと近づいて俺を抱きしめ、頭のてっぺんにキスを落とす。
「しばらく、ここで落ち着くのを待ちましょう。こちらへ」
亨さんはマットに腰掛け、後ろから俺を抱え込むようにして座った。
倉庫の扉を外から、バン! バン! と打ち付けるような音は鳴り止まない。
「大丈夫ですよ。すぐに落ち着きます。ああ、良かったらこれを食べて下さい。少しは落ち着くかもしれません」
亨さんが差し出したのは、薄型カードタイプケースに入ったシュガーレスミントタブレット。カサリと封を開けて、ひとつ俺の口へと放り込んだ。
ふわりと甘い味と一緒にピリッとした刺激が口の中広がる。
「あれ? この味、どこかで……?」
「晴樹」
亨さんが俺の唇に、唇を重ねてきた。
「んん……」
二人の舌の間で、タブレットが転がる。
「ふっ……んん」
いつもとは違うキス。
焦らすようなゆっくりとした口腔を這い回る舌に、体が痺れる。
……ん?
本当に痺れてきた。
叙情的な意味合いではなく、ビリビと体感する痺れ……? なんだ、コレ?
ごくり。
亨さんの舌の動きと唾液のせいで、小さく溶けたタブレットを飲み込んでしまった。
「あ…………?」
うっとりと俺を見下ろす亨さんの端正な顔つきが、いつもと少し違うような……。
甘い香りがいつもよりも濃く感じるのは、気のせいか?
「亨さん………?」
窓から忍びこんでくる月の光が、雲に隠されていて、くすくす。という笑い声が闇の中で響く。
「楓だよ。メガネが落ちた瞬間からね。亨の真似したんだけど、晴樹は気がつかなかった?」
「なっ…………!?」
俺は驚いて身をよじり立ち上がろうとしたけど、抱きしめている楓さんの腕にぐっと力が入って、身動きが出来ない。
「ジッとしてて。ああ……晴樹……」
楓さんにがっしりと抱きしめられたまま、後ろから囁く声が首筋に響く。
「は、はなせっ!」
「いやだね」
吐息が耳元を掠めて、耳をやわやわ、と甘噛みされる。
「ちょ………!な、んで、こんな事!?」
全身の産毛が総立ち、震えてしまいそうな体をこわばらせると、楓さんが首筋に、襟足に、耳の後ろに、唇を這わせる。
「俺はもうすぐ消滅する」
「消滅?どういうこと………?」
「俺はもうすぐ亨に吸収されて、統合されてしまうって事だよ」
「え……? なんで……?」
「亨が『視たい』と思い始めたんだよ。亨は多重人格者だ。周囲の環境に耐えられず、人格を切り離した。『俺』や『犬』、『俺の認識出来ない祓える誰か』をね。そして『視える俺』を求め始めた。いずれ……」
「ちょっと待って! 他にも人格者がいるの!?」
振り返ろうとすると、楓さんの舌が、耳の中に侵入してぬるりと弄ばれ、一瞬呼吸が止まった。
「いるよ。亨は7歳まで『視て』『祓えた』からね。切り離された『視える』人格は俺だろう? そして亨は今『祓え』ない。では『祓えた』特異体質はどこに消えたと思う?」
暗がりの中、楓さんの、妖しく綺麗な声が震えている。
「ね? 俺の事は、どうでもいい?」
ねろりと首筋を舐められて、身体を起こそうとしても、全身が痺れて上手く動けない。
あのタブレットミント……!
「か、えで、さん……く、薬、を……!?」
舌がもつれて上手く話せない。
背中から、亨さんとは違う声色の妖しい声が、聞こえる。
「ふふっ。主人格の亨が惹かれれば、俺もそれに引っ張られる。晴樹に無性に惹かれる。でもね、口説いてる時間はなさそうだから。薬を使わせてもらったよ。
このタブレットも亨の意識を操作して、今日はポケットに忍ばせる事が出来た。でも明日はどうなるか分からない。もう俺には、時間が残されてなさそうだから」
「い、や……だ、はな……せ」
体が痺れて思うように動かない。
「媚薬といい、この痺れ薬といい、薬のよく効く体質なんだ。晴樹は。少しジッとして。俺も亨の一部だ。晴樹もそう言ってただろう?」
後ろから抱きしめる楓さんの腕が微かに震えたかと思ったら、その顔を俺の肩にコツンと落とした。
「楓、さん?」
「晴樹とキスしたら、俺も痺れたな」
「なにそれ!? なんかもう俺、このまま犯されるのかと思っちゃったじゃないか!」
「犯されたい?」
「結構です!」
「なあんだ。つまらない。亨に統合される前に、晴樹を味わいたかったのに」
楓さんはそう言いながらも、俺の腰に手を回して、そろりと撫ぜた。
「ちょっ……! 本当に? 本当に統合されるの?」
「本当だよ。気になる?」
「当たり前じゃないか!」
「そう。じゃあこのままでいい。痺れてる間だけ、こうしてて。代わりに亨の事を教えてあげる。亨自身も知らない事も、ね」
もう痺れ薬で身動きの取れない俺の体を、楓さんはぎゅっと抱きしめた。
どの道、動こうとしても動けるわけじゃない。
俺は返事の代わりにひとつため息をつくと、襟足を楓さんが頬ずりしてきた。
「ちょっと! やめてよ! そういうの!」
「んん? こういうの?」
ねろり。耳たぶを舐められた。
「や、やめろって!」
「俺は亨と同じ身体なのに、反応が違う。いつもなら、もっと」
「わあっ! 言わなくていい! それより、教えてくれるんだろ! 亨さんの事!」
「ふふっ。いいよ。全て晴樹に教えてあげる」
楓さんは、俺の首筋に鼻や唇、頬を擦り付けながら、話始めた。
第四話 ③へとつづく
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