紋章という名の物語

彩城あやと

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パチパチ、小枝が炎で弾ける音が薄暗がりの中、木立の中で響いた。
 ツタが伸びない範囲まで囲うよう掃討した空間で、焚き火の炎が揺らめき、目を見張るような美しい無口な魔法使いを浮かび上がらせている。
 そう。魔法使いはまるで神が渾身の作で創り出したように美しく、羽織る白いマントは銀糸で細やかな刺繍。裏地には一目見て上質だと分かる上質な毛皮を縫い付けていて、留め具は銀細工の趣あるもの。
 穏やかで気品のある自然な仕草さから、魔法使いは(上流階級)アッパークラスの出自だと知れた。
 ただ、この魔法使いは怯えている。
 この『迷える森』にではなく。
 この俺に。
 ……仕方がない。
 俺は自他ともに認める冷酷非道な凶悪顔しているのだから。
 魔法使いは、お互いが助けるために協力し合ったまでは良かったが、そのあと俺の顔を見て怯えたように距離を取っているのだろう。
 お互いが終始無言だ。
 パチパチ。木が爆ぜる。

「あの……私はアルヴィン・フェナー・グスターヴァス・アルファンガスと申します」

 パチパチ。
 意を決したように魔法使い――アルヴィンが口を開いた。
 炎に揺れるその顔はとても綺麗で……かなり緊張しているのが分かる。
 手がわきわきと動き、差し出されているのが謎だが。
 何だ? この手は? ……ああ、そうか。握手がしたいのか。

「俺はオルランド・サルヴァドール」

 アルヴィンが求めているだろうその手に、握手をしようとして手を差し出すと、綺麗な顔したアルヴィンの喉がかすかに上下したので、手をすぐさま下げた。

「悪い、握手なんて習慣、魔法使いの世界にはなかったか」

 怖がらせたか。

「いえ……、あります」

 アルヴィンが怖々と俺の顔を見つめながら、俺の手をそっと握り締めた。
 いや、まるで怖いものにおそるおそる触れたと言ったほうが正しいのかもしれない。
 きゅっと握り合わさる手。
 アルヴィンは綺麗に口角を上げて嬉しそうに笑った。

「オルランド、私は人間を見るのが初めてでひどく緊張しています。人間とは……その……あの、いえ、オルランドがそうなのかもしれませんが……すごく可愛くて……いえ、なんでもありません」

 アルヴィンがゴニョゴニョと言いよどむので最後のほうは聞き取れなかった。
 やはり。
 俺の顔が怖いんだろう。
 だが、俺はその時知らなかった。
 魔法使いと人間の感覚は違っていて。
 人間が凶悪顔だと思う顔は、魔法使いにとって――すこぶる無垢で可愛らしい顔だと言うことを。
 アルヴィンはのちに鼻息も荒くこう言ってた。

「可憐という言葉がぴたりと似合うオルランドの顔を欲望に染め上げ、泣かし、貫き上げたくて、どーにかなってしまいそうでした!! 
 ええ、そうです。耐えました。私は耐えましたとも。
 どんなに、ほにゃららがギンギンにたぎっていても、無垢で何も知らなさそうなあなたをひっくり返してアレやらコレやら、ぐちゃぐちゃのどろどろに私色に汚して……なんてことはもう!! 耐えたに決まっているでしょう!?」と。

 だからこのとき。
 俺の手を握るアルヴィンは互いに伝え合うあたたかさを信頼に変えたいのかと、けっこういじらしい奴なんだなと勝手に解釈していた自分はある意味幸せだったんだと思う。
 だから俺はアルヴィンが握る手を離せないでいた。
 ……アルヴィンが変態だと知っていれば、遠く距離を取っていたものを。

 アルヴィンにぐっと手を握り締められた。

「オルランド何故、迷える森にいるのです?」

「それは…………」

 王の紋章を消してもらうため。
 とは言えない。
 俺が王の紋章を継承してしまったことが魔法使いに知れると、俺を人間しないまま、ナサニエルの国王として迎え入れるおそれがある。
 だから俺はアルヴィン(まほうつかい)にこう答えるしかなかった。

「ちょっとした願い事を求めて、神殿を探しに」

「ちょっとした願い事で、命の危険を犯してこの森に入ったというのですか!? 
 命を粗末にするなど……あなたを生んだ親の事を考えてみて下さい! あなたの親はあなたを死なせるために、生んだわけではないでしょう?」

 ぐぐぐっとアルヴィンに迫れれて、仰け反り、倒れそうになると、アルヴィンが力強い手で俺の身体を引き寄せた。
 綺麗な顔が、はんぱなく近い。手がいつの間にか恋人繋ぎになっている。
 何なんだ、一体。

「落ち着け、この森に入ったこと、ちゃんと俺の親も知ってる。俺が森に入ったのは……俺が死なないように願うためだ」

 正しくは、人として死なないように。だが。
 何故か今だ繋がれている手をアルヴィンが強く握り締めてきた。
 魔法使いはこうして手をつなぎ合う習慣でもあるのか?
 それなら男同士で手を握り合っているのは少し、おかしいような気がする、とも言えない。
 蒼い瞳に見つめられた。

「……オルランドは不治の病にかかっているのですか?」

 不治の病? 『王の紋章』を継承することを伝染病に例えるなら、そうなるのかもしれない。

「ああ」

「…………っ! それは……その、オルランドの命の灯火はもう、消えかかっているの……ですか?」

「いや」

 死にはしないだろう。
 それにオヤジは「人間になりたい」と迷える森の精霊たちに願ってから、わりとゆっくりと黒髪黒瞳に変化したようだ。今の所、俺の身体に変化は見られないが。

「発病すれば……ゆっくりと進行するようだが……今の所、兆しはまったくない。ああ、心配しなくていい。コレは遺伝性のもの(?)だから人にも魔法使いにも伝染らない」

 アルヴィンは俺の手を強く握り締めたまま、何も言わず、唇をきゅっと噛み締めた。
 嘘とはいえ、目の前の人間がいつか死ぬと聞けば誰だって言葉を失って当然だ。
 罪悪感が突き抜ける。

「いや、俺の言ったことは気にしないでくれ……発病しない可能性も……」

 あるのだろうか。分からない。金髪碧眼に変わる、ということにおいてだが。

 アルヴィンがぱっと顔を上げた。その瞳には安堵と喜びとが入り混じり、妙に輝いて見える。

「まだすぐに亡くなると決まったわけではないのですね!?」

 アルヴィンは優しい魔法使いなのだろう。突き抜けた罪悪感が更に自身に舞い戻り、何とも言えない気分になる。話をそらしてしまおう。

「ああ、そうだ。当分、大丈夫だろう。それよりアルヴィンも願いを叶えるためにこの森へとはいったのか?」

「ええ」

「何を願うつもりなんだ?」

「それは……ですね……ええと……」

 言淀むアルヴィンを見て、何となく、この魔法使いにも色々事情がありそうだと感じた。

「言いたくないなら、別に言わなくても大丈夫だから」

 アルヴィンはどこか恥じらいを見せながら、碧い瞳を伏せた。
 パチパチ。
 炎が風に揺られてはぜた。夜風は湿気を運んできて、ひんやりとした空気に包まれる。
 俺はふるりと寒さに震え、小さくフィシアに囁いた。

「フィシア、この空間に風を入れるな。風で空気の膜を作れ」

『……フィシア……』

「? 何かおっしゃいましたか?」

「いや、空耳だろう? そう言えば、アルヴィンは魔法使いなんだろう? さっきから見てたが、アルヴィンが魔法を使わないのはどうしてなんだ?」

「使いたくても、この森で魔法が使えないからです」

「…………?」

「この迷える森の精霊たちは魔法使いが嫌いで、どれだけ魔力を与えると約束――のようなものをしても、取り付く島もありません。ですから元々魔法に頼らない人間、オルランドに会えたのはとてもこころ強くて。あなたに会えて良かったです」

 弱々しく微笑むアルヴィンは、一体、精霊たちに何をのぞむつもりなのか。
 いや、待て。その前に聞き捨てならないことを聞いたぞ。
 俺は何故、魔法が使えている? と、アルヴィンに聞けるはずもないのだが。

「オルランド、よろしければ神殿探し、一緒にしませんか? どちらかが『選ばれし者』なら、二人一緒でも神殿にたどり着けるかもしれません。その、オルランドの願いは……叶えていただかないといけませんし」

「……ありがとう。だが『選ばれし者』とはなんだ?」

「迷える森の神殿で願いを叶えられる者は、ナサニエルでそう呼ばれています」

「なるほど」

 アルヴィンは剣技に長けてる。どうやらこの迷える森で魔法は使えないらしいが、迷える森についての知誠もある。
 アルヴィンが手を差し出してきた。握手だろう。
 またアルヴィンに手を握られぱなしにならないかと一瞬心配したが、そこはあとでなんとかすればいいかとその手を握る。
 承諾した。
 ぐっと力よくその手を握ると……なんとなく……ねっとりと絡みつくようなよこしまな気配を感じた。アルヴィンをうろんげに見上げる。
 アルヴィンは真っ赤にして顔をそらした。その横顔は綺麗なことは綺麗だが。

「どうした?」

 繋いだ手はタイミングよく離しておく。

「いえ………」

 アルヴィンは地面に片手を付き、胸を押さえている。鼻息が荒い。

「あなたがその……とても……」

「え?」

「かわ、かわい……い、いえ、なんでも……」

 こわ、こわい……? 
 アルヴィンの顔が真っ赤だ。そんなに怖がらせたか。
 やっかいだな。オヤジ譲りの呪いというのも。

 暗闇い森の中、パチンと炎がはぜた。
 あまりアルヴィンを刺激しないほうがいいのかもしれない。

「今日はもう休むか」

 マントを深くかぶり、ガサガサとした枯葉の上で横になる。

「そ、そうですね。おやすみなさい」
 
 それにしても寒い。
 湿気が冷気を含んで地面から冷える。
 このままでは明け方気温がさらに下がったとことで凍死するかもしれない。それくらい寒い。 
 この空間に吹きすさぶ風はフィシアがせき止めてくれてたが、気温の低さに震える。
 アルヴィンも火のそばがいいのか、枯葉をゆったりと踏みしめ、火をまたいで俺の向かいへと移動してしまった。
 目を閉じて、体を丸めるようにして眠りにつこうとする。だが、やはり、寒い。
 気温はますます下がり、これはもはや眠れるレベルの寒さじゃなくなってきているような気がする。
 アルヴィンは寝ることをすでに諦めてたのか、火にたき木をくべている。

「アルヴィン、寒くて眠れないのか?」

 アルヴィンが炎の向こう、困ったように微笑んでいる。
 そのとき。
 俺は知らなかった。
 実はこのときアルヴィンは口に出せないようなよこしまな考えでいっぱいだったということを。
 だからアルヴィンのそのよこしまな考えを知らない俺はアルヴィンの身なりの良さから、アルヴィンは寒さに弱いものかと思い込み、こう誘ってしまった。

「一緒に寝るか」

「…………!?」

 気温の低い時に肌を寄せあえば体温を保てるし、逆に体温より高い灼熱の中で素肌を寄せあえば暑さがしのげる。
 それを実践しようとしただけだったのだが。

 アルヴィンが固まっている。
 何故か鼻血を抑えるかのような仕草をして。

 初めて出会った男同士が身を寄せ合って、寝ようとしてるんだ。驚くなという方がおかしいのかもしれない。
 それでも俺もこの寒さには辟易とするほど飽きていた。
 オヤジと野宿するときもお互いが身を寄せ合い眠ることにも慣れていた。
 だから俺は立ち上がりそっとアルヴィンのそばに座り込んだ。
 体温を分け合うようにぴったりと。
 じわりじわりと服ごしにお互いの体温は伝わってくる。
 アルヴィンは薄着だった。マントの下のシャツの下に何も身に付けていないのかもしれない。
 服ごしのあたたかさと、ほどよく引き締まった筋肉質な体躯からそれが伝わってくる。
 アルヴィンは固まったままだ。綺麗な顔が呆然と前を前を向いている。唇がかすかにふるえている。
 俺の体温もアルヴィンには伝わっていると思うのだが。 
 やはり。
 俺が怖いのか。
 どうすればアルヴィンが怖がらなくなるのか。
 アルヴィンの綺麗に整った横顔を見上げながら考える。
 だが、何も思い浮かばない。

「俺の顔は怖くても、俺自身は怖くないから」

 そう言ってもアルヴィンは、いや、アルヴィンに限らず誰も信じないだろう。
 何故なら俺の顔は精霊たちの呪いを引き継いだ冷徹非道顔なのだから。
 仕方ない、か。

「悪かった」

 がさりと落ち葉を踏みしめアルヴィンから離れようとすると、アルヴィンが俺の腕を掴み、一気に世界が反転した。
 気が付けば落ち葉の上、アルヴィンがのしかかるように俺を覗き込んでいる。
 いきなり転がされてどこも痛くないのはアルヴィンの力強い手が俺の身体を支えているからだろう。
 宙に枯葉が舞っている。俺はどんな勢いで押し倒されたのか。唖然とする。

「悪くないです」

「は?」

「あなたは悪くないです。突然のことに動揺してしまいあなたに不快な思いをさせてしまったことまずはお詫びします」

「い、いや別に不快になんて思ってないから……」
 
 のいてくれないだろうか。重くはないが、あたたかいが、何かが違う。

「一言だけ、いいですか?」

 アルヴィンの真剣な顔。作り物みたいに綺麗だなとぼんやりと思う。
 というか、何故そんなに見つめる?

「まさかこんなにおいしいシュチュエーションがこの迷える森に落ちているとは思えませんでした!」

「は?」

 ぐぐぐっと近づいてくるやたらと綺麗な顔。澄んだ蒼い瞳は熱に浮かされた情欲がにじみ溢れている。

「ま、待て何を!」

 両手を押し上げてアルヴィンの硬く厚い胸板を押すが、体勢的に不利すぎた。
 押し上げられない!
 唇に熱いアルヴィンの唇が近づいてくる。
 あ、さわやかなミントの香り。こいつさっき何を食った? とかのんきなことを考えている場合ではない。
 これはまず間違いなく。何か勘違いされている。
 必死にアルヴィンの硬く厚い胸板を、押した。

「ここまで誘っておいて、その上焦らしてくるなんて……私を煽っているのですか?」

 煽るか!
 息をするタイミングを間違うだけでまず、間違いなく、押し負けそうになる中、ぐぐぐっとアルヴィンの硬い胸板を押し返し、力いっぱい睨んだ。
 今日ほど冷徹非道顔に生まれたことに感謝したことはない。
 きっとアルヴィンはひるむはずだ。
 だてに村人から『冴え渡る冷徹非道顔』だの『悪の化身』だの言われ続けていない。
 この冷徹非道顔は精霊たちの呪いがかかっている。
 どうだ怖いだろう! 恐ろしいだろう。逃げ出したくなるだろう。早く放せ!!
 案の定。アルヴィンののしかかる身体がふっと軽くなった。
 アルヴィンは痛みに耐えたかのように苦しげに眉を寄せている。
 そうだ。これが、この顔が精霊たちの呪いだ。
 怖い。
 そんな人の……いや、アルヴィンは魔法使いだが……本能的な恐怖心を刺激してくる。

「そんな目で睨まないで下さい……」

 アルヴィンがそっと俺の頬を撫でた。
 驚きで目が見開く。
 慈しむような蒼い瞳。優しい手。熱い指先が頬から耳元。髪にまで流れてくる。
 ……怖くないのか?
 自分の父親ですら恐れおののくこの顔が。

「放せ」

「ひどいことはしません。優しく、与えるのは快楽だけです。野外で行うのは初めてですが出来るだ……げふっ……!」

 アルヴィンの言葉の先を聞くのが恐ろしくて、思わず横っ腹を思いっきり殴ってしまった。

「何を考えている!?」

「ナニって……それは……」
 
 ぱああっと薔薇が咲いたかのようにアルヴィンの頬が染まる。
 
「……恥ずかしいことか。そんなに恥ずかしいことをする気だったのか?」

「いえ、違います。愛し合うことは恥ずかしいことでは……ちょ、オルランド何を……」

 そこらに転がっていたツタを握り締める。何かと首を傾げるアルヴィンの両手を後手でぐっと掴むと、その勢いできゅっとアルヴィンの手を拘束してやった。

「静かにしていろ」

 人の性癖をとやかく言うつもりはないがそれが自分身に及ぶとしたら話は別だ。
 こいつは危険だ。危険人物だ。朝になったらさっさと別れよう。
 アルヴィンの澄んだ不安そうな蒼い瞳が俺を射止めてくる。
 流石に横暴だったか。反省しなければ。
 アルヴィンの両手を拘束したツタを解こうと、ツタを握れば、アルヴィンが口を開いた。

「し、嗜虐趣味はなかったのですが、そんな顔したオルランドにこんなことされると、ものすごく興奮するのですが。これから一体、私は何をされるのでしょうか!?」

 静かにアルヴィンを見下した。
 綺麗なだけでなく優しさと栄智を住まわせた蒼い瞳。すらりと伸びた鼻梁。意外と情熱的ではないのかと思える少し肉厚で広角の上がった唇。
 パーツ、パーツひとつひとつが綺麗に整っていて歪みがなく、完全に左右対称になっている。
 だから神が渾身の作品だ! と言い切ってもいいほどアルヴィンは綺麗な顔立ちをしているのに。
 中身が残念だ。いや、変態か。

「ああ、どうかあなたに触れる栄誉を。この身の全身を使い、あなたに未だかつてない世界をご覧に見せ……あ、ちょっと何を……」

 ハンカチを取り出し、きゅっと猿ぐつわでアルヴィンの口を封じても、むぐぐ、むごむごとうるさかったが気にせず地面に転がしてみる。
 明日の朝、別れるにしてもアルヴィンの体力をこうした束縛で奪いたくはない。
 いくらアルヴィンが変態行為に走ろうとしていたとしても、身体は休めてやらなければ。
 そして俺の身体も。
 暖をとるようにしてアルヴィンの横に寝転べば、俺の横に転がるアルヴィンが暴れだした。
 これは寝るどころの騒ぎじゃない。うるさい。うざい。
 ちっ、仕方ない。
 アルヴィンは、変態だ。
 そっと、耳元で囁いてみる。

「放置プレイは好みじゃないか?」

 とたんにアルヴィンが静かになる。
 そっとアルヴィンの顔色を伺うと、アルヴィンは何を考えているのやら。
 滑らかな白い肌を薔薇色に染め、何かに耐えるかのように唇を引き結んでいる。
 眉根は深くシワを刻み、その懊悩する顔を見れば年齢を問わず女たちは「素敵だ」とため息をこぼすかもしれない。
 だが残念ながら俺は男だった。
 確かに素敵な顔なのかもしれないが、その変態さに素直に引く。
 それでも一応自分のコートをアルヴィンにもかぶせて、乾いた落ち葉をかき集めてふたりの身体に乗せる。
 アルヴィンと俺の身体から発せられる熱はそれで放射を防き、なんとかじんわりとあたたかくなり、眠気が襲ってくる。
 それでもアルヴィンは縛ってあるのでたき木を足すのは俺の約目になるなと考えていると、アルヴィンがさるぐつわ越し、何か俺に話しかけてきた。

「ふうう、ほうひフレイほいうほは、ほひらかは、ははかになふのへは?」

 ――普通、放置プレイというのは、どちらかが裸になるのでは?

 たぶん、アルヴィンはそんなことを言っているんだろう。変態だから。
 だが、この寒さの中、そんなことをすればます間違いなく、死ぬ。
 アルヴィンは変態だからそれで死んでも本望なのかもしれないが。
 俺は死ぬのもごめんなら、隣に寝る男を死なすのもごめんだ。
 横向きに転がるアルヴィンの背中をそっと抱きしめる。
 とたん、アルヴィンの身体がビクリと跳ねた。
 これで満足してくれ。これが俺の精一杯だ。
 アルヴィンの表情は確認しない。
 きっとため息がこぼれるような綺麗な表情を浮かべているのかもしれないが、アルヴィンの考えている変態さを思うと見る気にもならない。
 ふわふわと心地いい、ぬくもり。
 アルヴィンから与えられる優しいぬくもりで、眠気が本格的に襲ってきた。
 アルヴィンは勝手に膨らませた妄想で眠れない夜を過ごす可能性があるが、アルヴィンの身体は休まると考えて。

「おやすみ、アルヴィン。いい夢を」
 
 そう呟くと、縛っていたアルヴィンの手がそわそわと俺の太腿を撫ぜだした。
 手癖の悪い。
 むくりと起き上がり、横向きに転がるアルヴィンの前に移動する。
 これなら後ろ手に縛られたアルヴィンの手が俺にイタズラしてくることはない。
 アルヴィンの唇を避けて、アルヴィンの胸元に身体を寄せ、これでまぁ一安心か。とはいかなかった。
 アルヴィンが自身の昂ぶりを俺の身体に押し付け、訴えてくる。
 なんせ、アルヴィンに限り、放置プレイ中、なのだから。
 どうにかしろと言いたいのだろう。
 ぞをぞわと肌が泡立つが、不思議と嫌悪感はない。何故かは深く考えたくないが。
 きっとアルヴィンをキツく睨みあげる。

「もし俺にその腰を擦りつけてみろ」

 そのモノ踏みつけるぞ。
 と、言いかけてやめた。
 アルヴィンは変態だから、きっと喜んで腰を擦り付けてくるに違いない。
 そんな安眠妨害だけは勘弁欲しい。夢見が悪い。
 お仕置きだ。
 と、言ってもアルヴィンは変態だからそのお仕置きを望んで、腰を擦り付けてくるに違いない。

「……その時点で今日のプレイは終了だ」

 明日のプレイなんてものはこの世に存在しないが。

 とたんアルヴィンが静かになった。
 希望が絶たれる。絶望が襲う――そんな恐怖が変態アルヴィンを襲っていると勝手に思い込み、静かに目を閉じる。
 アルヴィンの胸が静かに上下し、ため息を吐いてるような気配を感じるが、そんなこと知ったことではない。
 髪にすりっとアルヴィンの頬が当たった。
 まさか……頬ずり?
 ぎょっとしたが、まぁ頭もあたたかくなるからいいかと。前向きに考えて、俺はアルヴィンの心音を聞き、ぬくもりを感じながら、深い眠りへと落ちていった。


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