紋章という名の物語

彩城あやと

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「首都ウィステリア。ブロンブデン宮殿へと向かいます」

 アルヴィンが俺の黒髪を隠すためか、頭の上に肌触りのいい白のマントをかぶせてきた。
 マントの隙間から外の様子をうかがえば、いつの間にかアーレフが消えている。
 腕を見ればクリスタルブレスレッド。
 なんとなく、アーレフはクリスタルブレスレッドの中へと戻ったような気がした。
 ひょいとアルヴィンに抱きかかえられた。
 肉体的にも精神的にも疲れ果てていて、もうどうでも、何でもしてくれという気分でアルヴィンの首に腕を回し、しがみついた。
 とたん、不思議な感覚に包まれる。これは空間移動によるものだ。ふわふわとしてどこかおぼつかない。
 繰り返される空間移動の中。
 頭痛に襲われれば、アルヴィンが空間移動をやめて口移しで俺に魔力を与えてきた。
 
 両頬を手の平で優しく包まれ、何度も重ね合わされる唇と唇。
 甘い吐息。切なげに揺れるアルヴィンの蒼い瞳。唾液と唾液が混じり合い、溶け合ってこぼれ落ちていく。
 蕩ける。
 ぐたりとアルヴィンの胸に預け、首に腕を回せば強く、抱きしめられた。
 まるで愛されているような錯覚に心と身体がバラバラに引きちぎらそうで、アルヴィンをきつく睨みあげれば、アルヴィンが困ったように微笑んだ。
 だが、どこか幸せそうにも見える。
 頬が緩んだ。
 アルヴィンが少しでも幸せそうにしていると、あとはどうでも、なんでも、いいような気がしてくる。立派な代理王になって欲しいと思う。
 
「お忍びですので通常の空間移動ゲートは使えないんです。旦那様、もうしばらく、我慢なさって下さいね」

 アルヴィンの声は蕩けるように優しい。
 アルヴィンには幸せになって欲しいと思うが、目的地、ブロンブデンへとたどり着くのが怖い。そこから別れのカウントダウンが始まる。
 チクチクと。じわじわと。苛むように、胸が痛んで、アルヴィンの首筋に顔を埋めた。
 この時が永遠に続けばいいのにと、思う。





 ☆




 ナサニエルの首都、ウィステリア。
 元々王宮として使われていたブロンブデン宮殿は今現在、アルヴィンの居住用として使われているようだった。
 洗練された美意識を満たすような様式と時代を超越したような宮殿内部は、微妙に異なる3種の白が絡み合う壁と天井になっていて、美麗なシャンデリア、壁面を飾るスクリーン、随所に配された家具や調度品らが、モダンな印象を与えさせ、贅沢な気持ちに浸れる空間になっていた。
 俺の住む世界とはまったく、違う。
 今更突き詰められたような現実に、別れて正解だな、と納得して、同時に傷ついた。

「そんな顔を……なさらないで。どうしたらいいのか、分からなくなります」

「この顔は生まれつきだ」

「そうですか」

 切なげに揺れる蒼い瞳。
 この先、冷徹非道顔の俺をそんな瞳で見る者は、いないだろうと思う。アルヴィンは俺にとって稀有な存在だ。

 あらかじめ人払いがされていたのか宮殿内には誰ひとり見当たらず、長い廊下を渡りいくつか扉を開けば、そこはアルヴィンが普段、寝室として使っている部屋にたどり着いた。
 インテリアシーンをリードするような天蓋付きのベッド。
 何人もの人間が寝られそうだったが、突然、もそりとシーツがうごめいた。

「……ヘンリー、何の用ですか?」

 呆れたようなアルヴィンの声に、ヘンリーがシーツの中から、ひょいと顔を出した。

「驚いたか?」

「驚いたというよりは、呆れました」

「そうか。それは失敗したな」

「ヘンリー……」

「これぐらいしたってバチは当たらないだろ? 勝手に消えやがって。こっちの苦労も考えろってんだ」

 ヘンリーはベッドから這い出ると、服のしわを伸ばし、さっきの雑な口調とは想像も出来ない、完璧な所作で俺に一礼をとった。

「ごきげんうるわしゅう、王太子妃。ここにいらっしゃったということは、アルヴィンと別れる覚悟を決めたということで?」

 ずばりと切り込んでくるヘンリーは、どこまでのことを知っているのか。

「ああ」

 としか返事が出来ない。
 アルヴィンが眉間に深いシワを刻むと、その肩をヘンリーがぽんぽんと叩いた。

「ここにこもっている時間、俺がなんとか誤魔化しといてやる。あとは好きにやんな」

 ヘンリーは長く淡い金の髪色を揺らしながら、部屋を颯爽と出ていった。
 アルヴィンがため息ひとつ。俺の身体をベッドの上へと誘った。
 アルヴィンは代理王の紋章を一刻も早く完成させたいと思っているんだろう。
 それはいい。
 アルヴィンが代理王になりたいというのなら俺も協力は惜しまないつもりだ。
 だがしかし。
 ベッドは潜り込んでいたヘンリーの体温を吸ったためか、生ぬるい。
 眉をひそめた。
 不快だ。ここはアルヴィンのベッドだ。それなのにヘンリーは潜り込んでいた。

 俺の頬をアルヴィンが優しく撫でた。その腕を振り払う。怒りで視界が歪む。

 代理王の紋章。
 それを完成させるためには、魔力交換が必要だと言っていた。
 だが、それが俺に限り、必要だと言う訳ではない。
 誰でもいいのだ。
 魔力交換が出来れば。アルヴィンが持つ代理王の紋章は色鮮やかに完成する。

 ざっと見たところ、今このベッドに情事のあとは見られないが、俺と会わなかった27日間、アルヴィンはヘンリーと何をしていたのか。

「旦那様?」

 冗談じゃない。
 胸が妬ける。人が苦しんでいる間にアルヴィンは一体何があって、代理王になると覚悟したのか。

「旦那様、空間移動を繰り返してお疲れになりましたか?」

 アルヴィンは相変わらず人形のように綺麗で、声は優しく蕩けている。
 それが余計に腹立たしい。
 アルヴィンが望むなら、代理王の紋章が完成するまで、魔力交換でも何でも付き合うつもりだった。
 生あたたかいベッドから逃げるように床に降り、アルヴィンからふいと顔を背けた。

「帰る」

「……は?」

「今すぐ、帰る」

 子供のようだと思った。
 だがもう、何も考えたくない。煩わされたくない。
 オヤジの住む村に帰って、何もかも忘れてしまいたい。
 どうしてアルヴィンを好きになってしまったのか。夫婦になってしまったのか。忘れてしまいたい。
 俺の気持ちに呼応するように、クリスタルブレスレットが鈍く輝いた。

 アーレフも帰りたがっている。
 オヤジの元へ。
 ブレスレットをそっと撫でると、その手をアルヴィンに強く掴まれた。

「私がいない間に、アーレフに気を移しましたか?」

 アーレフに気を移す? 気にかかるという意味だろうか?

 ぼんやりとアルヴィンを見上げる。
 怒っていてもアルヴィンは造られた人形のように美しかった。

「……アーレフはいい奴だ。裏切らない」

 そう、俺とオヤジと一緒に暮らすという約束を破らない。望んでいる。

『帰ろう。オルランド。オルランドの今の状態であれば俺が迷える森の神殿まで案内できる』

「アルヴィン、アーレフが今の俺の状態なら迷える森の神殿まで案内できると言っている。魔力交換は誰とでも出来るんだろう?」

 ここで……別れよう。
 そう言い続けようとして、身体が宙に浮いた。ベッドの上に放りあげられる。おおいかぶさるアルヴィン。睨み上げれば、アルヴィンが俺の首筋に指を滑らせた。
 息が詰まる。
 アルヴィンの指先から流れ込むわずかばかりの魔力。身体が求めている。ゾクゾクする。愉悦を含んだ熱。熱い吐息が知らずにもれた。
 おおいかぶさるアルヴィンの蒼い瞳に、強い情欲の炎が灯った。

「魔力交換は誰とでも出来るか、ですか? ええ、誰とでも出来ますよ。旦那様のその顔ならアーレフと言わず、誰もが喜んで魔力を差し出すでしょう。それこそ、枯れ果てるまで」

 アルヴィンが壮絶な色香を含み、俺の頬を撫でた。微量な魔力が注がれる。声が出ない。
 身体をひっくり返され、ホーズを下着ごと、足から引き抜かれた。
 後孔に熱いアルヴィンのものが押し当てられる。

「ですが、私はそれが許せない」

 受け入れる準備もない後孔に、アルヴィンの狂気のような性器がメリメリと音を立てるように侵食してくる。

「あ、あああああああああっ!」

 驚きで悲鳴が上がった。
 だが、痛みが不思議とない。
 あるのは圧倒的な圧迫感と――愉悦。
 アルヴィンは何をしたのか。
 軽く揺さぶられると、自ら濡れるはずのない後孔から、ぬちゃぬちゃと淫猥な音が鳴り響いた。
 壮絶な気持ちよさに背中がしなる。ここがどこだか一瞬で分からなくなる。
 アルヴィンが俺の腰を強く掴んだ。熱い手の平。一気にアルヴィンの性器が後穴にのめり込んでくる。

「は、ぁ……っ!ぁぁっ!」

 世界が愉悦で白く弾けた。
 腹の上に白濁した体液が、がんがんと突き上げられるたび、まき散らされる。
 シャツを捲り上げられ、片手で両方の乳首を弄ばれながら、性器を扱かれると、すすり泣くような自分の声を聞いた。

「やめ、てくれ……」

「私の代理王の紋章が完成するまで、逃がしません」

 訳が分からなかった。
 後ろから覆い被さるように抱かれ、耳の穴を舌で弄ばれれば、もう何も聞こえない。
 しがみついたアルヴィンのたくましい腕が、汗でしっとりと滲みだした。
 ぬちゅちゃぬちゃと淫猥な水音。肉を叩きつける渇いた音。内部で擦り合わされる卑猥な凶器。

「は……、あ、ぁ、ああ……っ!」

 意識が霞む。吐息が散る。はくはくと呼吸を求めると中でアルヴィンが爆ぜた。

「く……ぅ」

 熱い息が額にかかる。膨大な魔力が注がれる。世界は白く輝き、絶大な幸福感を運んできた。
 幻聴が聞こえる。
  
 ――どうしようもなく、愛しています。

 収まらない愉悦の中。
 身体中にキスの雨が降ってくる。
 腰を掴まれ、揺さぶられる。

「あ、ぁぁ……ひっ」

 霞む意識の中、アルヴィンから逃げられないことを覚悟した。
 だが、どのくらいこんなことを繰り返せば、代理王の紋章が完成するのか。
 奥まで強く貫かれる。
 まだ見たこともない景色が広がる。
 
 耳元で、アルヴィンが俺の名前を呼び続けている。
 オルランド、オルランド、と。

 どうやら、俺はもう、アルヴィンの『旦那様』ではなくなってしまったようだ。
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